混合診療解禁は国民皆保険制度を崩壊させる

TPP参加に向けて政治は舵を取ったようです。最も心配される事の一つは国民皆保険制度が崩壊に向かうのではないかという事です。TPP推進論者はそのようなことはない、交渉において拒否すればよいことであると言います。なるほど、もしアメリカが、健康保険制度、国民健康保険制度を廃止せよというような露骨な要求を押し付けてきた場合はそれも可能かも分かりません。怖いのは、分かったそのような要求は引っ込める、その代わりXXXXを認めなさい、という形での要求です。XXXXに入るものとして有り得るのは、そして最も危険なのは「混合診療の解禁」です。 私は混合診療(保険外併用療養)の解禁は国民皆保険を崩壊させるものと思っています。様々な議論があるのは知っておりますが、皆保険制度の維持という観点から見て説得力のある解禁派の見解には今までお目にかかっていません。100歩譲っても、国民皆保険が崩壊する危険がかなりの確率であるといえます。生活実感が無い政治家たちは、政治的思惑やアメリカを初めとする各方面からの圧力により決定しかねません。この問題については農業のように強力な圧力団体がある訳ではありませんから、世論の高まりのみが頼りとなります。国民ひとりひとりが、正しい知識と理解に基づき考え判断することが求められています。

  1. 何故混合診療解禁は国民皆保険を崩壊させるか
  2. 保険外診療の制度と実情について正しく知ろう
  3. 混合診療解禁についての議論

補足1

補足2

1.何故混合診療解禁は国民皆保険を崩壊させるか

医療には保険診療と保険外診療があります。いわゆる保険が利く診療と利かない診療です。現在、日常的な病気で受けている診療はほとんどが保険診療であることはご存知の通りです。言い換えれば、必要な診療のほとんどが保険内で済むほどわが国の公的医療制度は充実しているということです。
このように優れた医療制度になっている理由は、できるだけ保険診療を受けようとする国民の意向と、保険の適用を望み保険適用に向かって努力する医療側、薬品メーカー、医療機器メーカーの関係が良く機能しているからです。この関係により保険医療が発達を遂げてきていると言えます。
保険外の診療は混合診療の禁止ということにより制限されています。これは診療の一部にでも保険外診療が含まれると診療全体が保険適用外になるという規則です。難病の方の為などの目的で、保険診療との併用が認められている保険外診療もありますが、これは専門家の審査に基づき厚労省が厳密に対象を限定しています。これがために保険外の診療はめったに利用されず、医療側が保険適用を得るために努力する背景となっています。
混合診療の解禁は、この規則を廃止し、全ての保険外診療を無条件に保険診療と併用可能にさせようと言うものです。一見、今までの保険診療に、保険外診療という選択枝が増え、国民には良い事のようにも見えます。
しかしながら、このように保険外診療のハードルを下げることで何が起きるか想像してみてください。保険診療は診療点数として法令で厳密に値段が決められていますが、保険外診療は青天井です。売る側が勝手に値段を付けられます。つまり保険外診療の方が、使われさえすれば儲かるのです。例えば、特効薬として皆に大量に使用される保険適用ではない薬というのが薬品メーカーにとっては最も儲かる製品になります。このような状況で、薬品メーカーや医療機器メーカーが何で面倒な手続きを踏んでまで、敢えて保険の適用を申請するでしょうか。一部の人が心配するように今まで保険適用だったものが、取り下げられるということも起こりえます。
勿論、国民一人一人が支払う医療費は増加します。ここで出てくるのが民間の医療保険です。より良い医療を受けたい国民、利益を上げたい医療側企業、それと民間の医療保険会社の間に悪い関係が成立すると、次第にまともな医療は高額化して、保険内医療が貧弱なものになってしまうのは火を見るよりも明らかに思えます。イメージを図にしてみました。

混合診療の解禁

混合診療解禁時の医療制度の変化
(現状で必要な医療が保険適用になっていない患者の方等異論があるかも分かりませんが趣旨をご理解ください)

医療関係メーカーや保険会社のビジネスは活発化するでしょう。医療法人の経営も良くなるかも分かりません。金のかかる診療をどんどん保険外に追い出せるということで財務省も大歓迎でしょう。それこそ混合診療解禁を主張する人たちの目指すところと思われます。高額な民間医療保険に加入できる富裕層にはあまり影響がないでしょう。むしろ今まで完全自由診療で受けていた療養の一部が保険適用になり有利になる可能性もあります。しかし公的医療保険しか使用できない人は低レベルの医療しか受けられなくなります。 やがてどれだけ高額な医療保険に入っているかで生き延びる確率が決まる、マイケル・ムーアが「シッコ」で描いたようなアメリカ型社会になってしまうでしょう。国民皆保険制度の崩壊への道筋です。 一部の人が言うように先進医療の開発は活発化するかも分かりません。しかし一部の金持ちしか受けられない医療がいくら発達しても一般国民には関係ありません。混合診療解禁で失うものの方がはるかに大きいと思われます。

2.保険外診療の制度と実情について正しく知ろう

保険外診療の併用禁止の法的根拠

保険診療と保険外診療の併用は原則禁止であることは既に述べましたが、この事に対する法的根拠はどうもあまり強固なものではありません。保険医療機関及び保険医療養担当規則という厚生労働省令(厚生労働大臣の出す命令)にある次の条文のようです。

(特殊療法等の禁止)
第十八条  保険医は、特殊な療法又は新しい療法等については、厚生労働大臣の定めるもののほか行つてはならない。

ちょっと頼りない気がするのでもっと明確な禁止規定を健康保険法に入れて欲しいものです。
但し、健康保険法には次に述べるような保険外併用療養費の規定があり、これが間接的に混合診療(保険外併用療養)を禁止していると見ることもできます。

保険外診療の併用が認められる場合

混合診療を解禁して欲しいのは、アメリカ国内の薬品会社や保険会社からの圧力を背景にするアメリカだけではありません。わが国の薬品会社、医療機器メーカーも利益を上げたいのは同じであり、またオリックス生命等保険会社も虎視眈々と機会を狙っています(神奈川県保険医協会の記事)。いろいろな医療を自由に試したい一部研究者。そして、医療費を民間保険でまかなわせるという安易な手法での健保財政の改善を主張する一部学者、政治家等がいます。医者も政府も解禁により利益があると思われ必ずしも頼りになりません。なお念のために書きますが、日本医師会は混合診療解禁に明確に反対を表明しています(混合診療って何〜混合診療の意味するものと危険性)。
そういう解禁したい人たち・団体がよく言う嘘が、わが国では混合診療が全く認められていないかのように説明しそれを前提に混合診療が必要な場合を例示すると言うものです。

混合診療(保険外併用療養)は必要な場合は認められます。認められる場合、保険外診療の部分に対しては全額自己負担になりますが、それ以外については保険外併用療養費というものがが支給されます(健康保険法第86条)。実質的に保険内診療の部分は通常と同じ自己負担金となります。保険外併用が認められる療養には「選定療養」と「評価療養」があります。 「選定療養」は被保険者が選定する特別な療養。「評価療養」は保険適用対象とすべきかどうか評価の必要な療養です。厚生労働省の告示(厚生労働省告示平成18年第495号)で具体的に定められています。例えば「選定療養」には差額ベット、大病院に紹介状無しでいく場合、金を使用した歯冠等が含まれます。「評価療養」は先進医療、治験(いわゆる臨床試験)である医療等があり、先進医療と認められるものについてはさらに告示(厚生労働省告示平成20年第129号)により施設基準と共に具体的に定められています。

3.混合診療解禁についての議論

混合診療解禁について解禁派と解禁反対派にどのような議論があるかは日本版ウィキペデイアの記事混合診療が大変良くまとまっています。また前にあげた日本医師会のページも参考になります。ここでは繰り返しません。解禁派の言う、保険外併用を認めてもらうための手続きが煩雑であり時間がかかるという理由は、”指の水虫が治らないので足ごと切り落としてしまえ”という議論と同じでしょう。実際に不便を感じている患者さんたちの声は評価療養の拡大と手続きの迅速化に反映できますし、本当に求められているのは必要な療養が速やかに保険適用になることなはずです。財政改善を理由とした主張に至っては、健康保険制度の根拠である日本国憲法の生存権の精神を踏みにじる、庶民切捨ての暴論でしょう。

TPPに関しては農業の問題のみクロースアップされていて、マスコミも農業のことばかり取り上げる傾向が見えます。私が見た中ではテレビ朝日のモーニングバードがTPPに関連して米のことのみ問題にされ過ぎである点や、混合診療解禁に伴う国民皆保険制度の崩壊の危険性を一度ならず取り上げており心強いですが、いかんせん朝の番組であり、見る人が限られます。医師会も反対は表明しているものの、農業団体のような強烈な反対運動を行ってはいないようです。このままでは農産物を例外とするための取引材料として医療、保険の分野が人身御供にされかねません。是非国民世論が盛り上がって欲しいです。

補足1

政治経済学者の植草一秀氏がご自身のブログで、混合診療を新幹線と在来線の関係で説明しておられます。大変うまい譬えと思いますので紹介したいと思います。

「・・・新幹線が走る前は在来線が充実していた。在来線にも特急電車は走っていたが、特別料金のかからない普通列車が充実して、どこに行くにも、普通列車で行くことができた。
 ところが、新幹線が開通すると、在来線が大幅に圧縮されてしまう。目的地まで普通列車を乗り継いで行くことが困難になり、時間帯によっては、新幹線を使わない限り、目的地に到達することができなくなる。
 部分的には在来線そのものが廃止されてしまうケースさえ登場する。
  医療の分野で混合診療が全面解禁されれば、在来線の普通列車だけを利用する患者が著しい困難に直面する。いくらでも新幹線を利用できる富裕層にとっては快適であるが、新幹線をなかなか利用できない低所得者は、運転本数が激減した普通列車しか利用できず、厳しい状況に追い込まれるのだ。」

補足2

平成25年6月3日の第13回社会保障制度改革国民会議で委員のお一人である宮武剛目白大学客員教授が混合診療の禁止が日本の皆保険体制の根幹になっていると発言されています。本稿では述べていない視点ですので要旨を紹介します。第一に混合診療を全面解禁にした場合、魔法の水みたいな医薬品とか神がかりの医療行為みたいなものまででてきて、それらに付属する医療行為が全部保険適用になる。その結果保険給付が膨らんでしまう。それを避けるために混合診療を認めるものを審査・選別するということになると現在の保険外併用療養費と同じ作業になってしまう。第2に医療行為は現物給付であり、連続的で全体的に成り立っているものを保険外と保険内で線引きするのが極めて難しく、厳密に言えば不可能。

初稿2013/2/28
改訂2013/3/13
●混合診療解禁時の図と説明追加
補足1追加2013/4/6
補足2追加2013/8/6