もう一度観たいけど多分観られないだろう映画

昨年11月に、映画評論家でCM制作でも活躍した石上三登志さんが亡くなられた。石上さんというと、私個人としてはサム・ペキンパーを早くから評価されていた事と共に、リチャード・レスターに注目していた人ということで特に印象に残っている。レスターの映画では、「ナック」以外に感心するものが無かった私は「何で?」と思いながら文章を読んだものだ。そのレスターをすっかり見直したのが「ローヤル・フラッシュ」という映画であり、当時のノートを見ると”ご機嫌度最高”などと書いてある。これは1978年に、自由が丘にあった武蔵野推理劇場で、ジョン・G・アビルドセンの「デキシー・ダンスキング」と共にスプラッシュ公開された。このとき石上さんが多分奥様と思われる女性同伴で観に来ておられて、劇場関係者が席までやってきて挨拶しているのを目撃した。石上さん=レスターという印象はそのためかも分からない。

映画ファンのなかでも多分知っている方は少ないと思われるこの「ローヤル・フラッシュ」だが、何とDVDが発売されたらしい。定価4000円もするので、当面買うつもりはないが、このような知名度がなく、またいわゆるジャンル映画でもない作品がソフト化されるというのはちょっと意外だった。こういうことがあると、再見をあきらめている映画でも、そのうちせめてDVD、ブルーレイで観ることができるかも知れないという期待が湧く。

もう一度見たいけど多分観られないだろうなとあきらめている映画ということでまず頭に浮かんだのは、フランスの女流で脚本家として活動していたニナ・コンパネーズの監督デビュー作「夏の日のフォスティーヌ」。私は女流監督の映画はリズムが合わないのか眠くなってしまうことが多い。ヴァルダ「幸福」、カヴァーニ「愛の嵐」といった名作といわれているものでさえそうである。しかしながらこの映画はひたすら快く映画の流れに酔わされた記憶がある。雨などの自然描写やデビュー作らしい瑞々しさがとても気持ち良く見られたように思う。撮影がギスラン・クロケであり、流麗さは今思うとこの名カメラマンに拠るところも大きいかも分からない。監督について日本版Wikipediaに記事があるかなと思ったらちゃんとあった。この後も何本か撮っているみたいだがいずれも日本未公開のようだ。主演はこの頃いろんな映画にチョコチョコ出ていた印象があるミュリエル・カタラ。小悪魔的な美少女でこの映画もいい感じだった。他に出ていたのをはっきり憶えているのはアンドレ・カイヤット「愛の終わりに」。この人については消息不明である。フランス語判Wikipediaには記事があり、少なくともまだ存命ではあるようだがフランス語が全く分からないのでその他不明。

最近、記憶にしっかり残っているつもりでいたことが誤りであったことを知って愕然とした経験が何度かあった。それでミュリエル・カタラが「愛の終わりに」に出演していたことを確認しようとしてインターネット上をいろいろ見たが分からず、結局キネ旬「世界映画作品記録全集1977年版」で確認できた。kinenoteを始め多くの映画紹介サイトがあるが、書かれていることは皆似たりよったりのようだ。

次に思いついたのはエリオ・ペトリの1970年作品「怪奇な恋の物語」。監督はそこそこ知られている人だし、主演はフランコ・ネロにヴァネッサ・レッドグレイブで、それなのに何で再公開もソフト発売も難しいと思うかというと、狂った主観による映画で話が分かりにくいうえにたいした話でもなく、たいていの人には多分面白くないだろうからだ。当時の私は映画の面白さを発見した頃で、名画座中心に何でもかんでも見ていたが、これは気に入って何度か観た。その頃から迷宮っぽい映画が好きだったんだと思う。

そういえば、また観たいなと思う映画は、映画を頻繁に見始めた学生時代に出会って、その後再見の機会が無い映画が多い。その中で有名作でないもの、あるいは有名監督の作品でないか、そうであっても忘れられているようなものが、観たいけど多分観られないだろうなと思っている映画である。マイケル・パウエルの単独監督作品「としごろ」(今回調べてみて主演の女の子がヘレン・ミレンだったと知ってびっくり)、当時ごひいきだったオルネラ・ムーティ主演「二人だけの恋の島」等々。

初稿2013/5/1