昨年、今年頃観た日本映画から

豊島圭介という初めての人の「海のふた」を観た。自分の撮りたい世界を自分の感性に忠実に妥協なく作っている。丁寧でほころびもなくちゃんとできていて、作品世界の中の空気が感じられる。作者と等身大の自然さにとても好感を持った。 この作品、キネマ旬報のREVIEWを見ると評価がひどい。このような静かな映画は今の日本映画界では分が悪いようだ。

この頃の日本映画の批評界には不満である。昔は見どころのある映画は見どころを掬い取る人がいたし、反対に誰もが絶賛するという作品もあまりなかったのではないか。最近は、一部の作品に称賛が集まり、無視される映画は徹底して無視される。そもそも映画評論家や映画批評家を名乗らず「映画コメンテーター」だの「映画文筆家」など意味のわからないタイトルで仕事をしている人が目立つ。ただ書きたいことを書いて自分が楽しんでいればよいということか。日本映画についての批評は映画界を育てるという重要な意味がある。自分の思い入れだけではなく、しっかりしたパースペクティブを持ってほしいと思う。

例えば昨年は「そこのみにて光輝く」が絶賛されまくった。私はどちらかというと苦手な映画である。呉美保監督はキネマ旬報ベストテンの表彰式で「映画製作は集団作業」というような趣旨のあいさつをされていたが、その集団作業であることが見えすぎて監督個人の顔が見えず、悲惨なシチュエーションの展覧会のようなものを何で見なければならないのか分からなかった。
良いところはあるので、誉める人がいて良い。しかし絶賛一辺倒になるのはどうか。

昨年の映画で、無視されているが、私が心に残っている映画は次のようなものである。()内の数字はキネ旬ベストテンにある場合はその順位である。

吉田恵輔「銀の匙」については別稿で書いた。

中島哲也「渇き。」(36)。この人はCM出身のせいか作者の作為・創意が目につき過ぎる気がして、今まであまり好きではなかった。この映画でそのちまちましたものが完全に吹っ切れてスケール感がある映画になった気がする。主人公が汚れすぎてはいるものの、見事なハードボイルド映画になっていると思った。

行定勲「円卓こっこ、ひと夏のイマジン」(52)。良く考えると性格異常の問題児なのだが、そのような子によりそった暖かい視線が良い。「遠くの空に消えた」でも感じたが、行定監督は子供の世界を描くとみずみずしい感性を示すように思う。

残念なのは成島出監督。今の日本映画界では確かな感性とそれを支える技術を持った人の一人と思っている。昨年は「不思議な岬の物語」(70)が公開されたが、映画の外見がしっかりしているのに、結末の描き方の型へのはまりぶりががっかりする。これは今年公開の「ソロモンの偽証」にも言える。「八月の蝉」でビッグネームになったのだから、もう少し作家精神を発揮して頂けないだろうか。

今年はまだ半分少しが過ぎただけだが、既に私にとっては嬉しい年になりそうだ。

今まで私が苦手だった二人、河瀬直美、是枝裕和の新作がとても良い。二人を一緒にしたのは、二人ともドキュメンタリーの出身であり、私が苦手だった理由もその辺にあると思っているからだ。二人の対象を見つめる手法による映画は私に快いものではない。スクリーン上に世界やドラマが見事に構築されているのを見るのが私が映画を観る楽しみだからだ。

河瀬という人は対象が持っている力を写し取る力がすごい。その結果「殯の森」では映されている自然がドラマを侵食してしまい自然の圧倒的な力以外何も印象に残らない。「2つ目の窓」は、無理にドラマを作ろうとしているあざとさを感じ嫌な思いが残った。しかしながら幾つかのシーンに見られる対象をとらえて描く力には尋常ではないものがあり、その力を発揮できる世界が他にあるのではないかという思いを強くもっていた。
「あん」も基本的には変わっていない。対象を見つめそこから抉り取る作り方だ。だがこの映画では樹木希林がすばらしい。今まではただ器用な人くらいで、こんなに内面から滲み出る演技ができる人とは思わっていなかった。まず樹木希林と永瀬正敏が存在感のある世界を構築し、それをカメラが写し取る。そういうやり方で素晴らしい映画になっている。ただし、このような題材とそれで世界を構築できるほどの俳優の存在に恵まれることはいつも期待できることではない不安がある。

是枝監督の「海街ダイアリー」は作風が変わった。風景や音を効果的に使って、開放感があり、叙情性も感じられる。今までよりもずっと伝統的な映画をのつくり方を意識しているようで、構図も昔の日本映画を思わせるところもある。ぎこちなさが残るし、あるいは過去の映画の模倣という批判が出るかもしれないと思う。でもとても気持ちが良かった。今後日本映画の良い伝統を引き継ぐ巨匠になるのはこの人かもしれないとさえ思った。

「ヒミズ」以降機能不全に陥ったとしか思えなかった園子温監督が完全復活。やり放題の「リアル鬼ごっこ」も楽しんだが、「ラブ&ピース」が良い。非現実的でかつ存在感のある世界を作りあげるのがこの人の持ち味だと思った。「冷たい熱帯魚」「恋の罪」は残酷や卑猥がそのための手段になっていた。この作品は「愛のむきだし」以来の豊かなメルヘンの世界。さらに純化している。

三池崇史監督はA級作品が続いて今や日本を代表する映画監督の一人であろうが、「極道大戦争」を見ると、こちらが本領発揮と思ってしまう。ハチャメチャな展開は楽しいが、どこか冷たく乾いているのが独特であろう。個人的にはもっと悪乗りしてくれた方が好きではあるが。

瀬々敬久監督「ストレイヤーズ・クロニクル」は、この話がこんな重厚な映画になるのかと驚かされる。X−MENみたいな話が「ヘブンズストーリー」のタッチで進む。見応えのある傑作。

その他不満が無いわけではないが、映画を観る喜びを与えてくれたものに、山下敦弘「味園ユニバース」、成島出「ソロモンの偽証前・後編」、朝原雄三「愛を積む人」等々。

初稿2015/7/26