ボブ・ディランとジョン・レノンの関係
ジョン・レノンとボブ・ディラン、それぞれの音楽的背景や交流について。 ビートルズやディランの影響関係、逸話を振り返ります。
どちらも時代に名残している人たち。 逸話も多い。
ジョン・レノンが友達から教わったボブ・ディラン。 ボブ・ディランはビートルズのアメリカ進出で知ったのだろう。 音楽誌にも目を通していた様子があるので周りから知ったのだろう。
その後ボブ・ディランのイギリス公演で初対面。 (ドノヴァンの事の方を意識していたようにも見えたが・・・) マリファナを一緒に吸って、ビートルズはタバコから マリファナ吸いにかわる。
ボブ・ディランはビートルズの 「アイ・ウォント・トゥ・ホールド・ユア・ハンド」を知っていたらしい。 なにが気に入っていたのかというと、 アイ・ゲット・ハイという歌詞だという。 そんな歌詞はどこを見ても載っていない。 そんなもの放送できる訳もない。 (アイ・キャント・ハイドという歌詞のところを アイ・ゲット・ハイと勘違いしていたらしい。) それを言われたポール・マッカートニーは何も言えなかったらしい。 ボブ・ディランはこの頃精神ズタズタで薬(マリファナ)で 支えているかんじ。ノー・ディレクション・ホームの最後を見れば ボブ・ディランの精神状態がどれだけ追い込まれてるかわかる。 家に帰りたいとうつろな目で叫ぶボブ・ディランが映し出される。
ボブ・ディランはその後バイク事故を起こし隠遁する。
再びボブ・ディランが現れるのはウディ・ガスリー追悼コンサート。 この時普通のおやじ姿であらわれたディランにジョン・レノンは ショックを受ける。昔の幻想を追いかけていたのだろうか?
何気に気にしていたのはジョン・レノンのような気がするのは ジョン・レノンは亡くなっていて、様々な資料が公開されているから。 ボブ・ディランは未だに秘密のヴェールに包まれているので、情報量の 差だと思う。おそらくお互い気にはなるはずだ。 (ボブ・ディランはRUN DMCでさえ気にしてた男だ)
1979年 ボブ・ディランはスロー・トレイン・カミングを発表する。 その中のガッタ・サーヴ・サムバディにジョン・レノンは かみつく。
ジョン・レノンはサーヴ・ユアセルフという曲?をつくっている。(返歌) ほとんどギターをかき鳴らして叫んでるだけだが、
イエス・キリストこそ唯一の神だって/ついに目覚めたんだって/陽だまりの樹の下で瞑想した仏陀に心酔してるんだって/東洋のマホメット教の信奉者になったんだって/クリシュナを崇拝するあまり通りを踊りまわってるんだって/全能の神とやらもいいが何か大切なことを忘れてやいないか/それはあんたの母親さ/そう母親の影響を忘れちゃいけない/自分の魂くらい自分で面倒みろよな/代わりなんか誰も務めちゃくれないぜ/悪魔に傾倒しようが法律を盲信しようが知ったこっちゃない/だけど自分の始末ぐらい自分でしろよな/おい坊や/ここにはルームサーヴィスはないんだよ/昔と何も変わっちゃいない/血なまぐさい聖戦さ/愛と栄光を求める闘い/神と祖国を守る為の戦争なんてもういらない/その呪縛からきみたちを解放しよう/それとも僕みたいになりたくないなら石器時代にでも送りかえそうか/こんなに便利な冷蔵庫だって僕がガキだった頃は誰もが持ってたわけじゃない/テレビやら贅沢な夕食やらろくでもないがらくたやら/それにガキどもは揃って同じ車をほしがってる/靴さえあればそれで十分じゃないか/イエスを信じようがマルクスを信じようがそれは勝手さ/マークス・アンド・スペンサーを信じようがいまいましいウールワースを信じようが別にかまわない/・・・・・まったくあんたはどうしようもないバカ者だ/風呂場で耳でも洗ってきな
と歌っている。ジョン・レノンもボブ・ディランファンだったのか それとも経験があるからの忠告だったのかはわからない。 そしてボブ・ディランが誰かにつかえなければならないと 歌ったのも本当かどうかわからない