時の流れを見守る少女

第1話

 どこまでも続く海は深い深い青色。それとはまた違う青が広がっている空には、鳥が群れをつくって羽ばたいている。
 群島諸国のラズリル島へ向かう小さな船には、一人の少女が乗っていた。桜色に光る長い銀髪を揺らし、翡翠色の瞳はその広い海を見つめている。南の地方特有の暖かな風は心地よく、気を抜くと眠りにさえ誘われてしまいそうだ。
 遠くには先程からうっすらと島が見えてきていた。目のいい少女はいち早くそれを確認し、目を細める。

「嬢ちゃん、見えるかい?あれがラズリルだ」

 少女を快く乗せてくれた船主も、島の方向を指差して人のいい笑みを浮かべた。



「さあ、着いたぞ」

 降りられるかい?という問いに頷いて、少女は陸に足をつけた。慣れてるねぇと笑う船主に、ずっと旅をしていますからと微笑む。

「ありがとうおじさん」
「いいってことよ!困ったときはお互い様って言うだろ?」

 もしまた会ったらそんときも乗せてやるからな!と言う船主に別れを告げて、少女は街の中へと入っていった。
 この少女、がラズリルへ来た理由は、ただひとつ。次の物語の中心となる人物が、ここにいるからだ。
 星の流れは止まることなく巡り続け、ときたまその輝きが強くなる。輝きだした108の星は、その中でも一際強く輝く一つの星の元へ集まり、世界が動く。その108の星のことを、星の流れを読み取ることのできる者たちは“宿星”と呼び、星々が動きだすと、その行方を見守っていた。そして今は、その中心の星が少しずつ輝きだしている最中だった。
 は、自身の持つ特殊な紋章により、中心の星、天魁星である人物が誰で、どこにいるのかを探り出した。
 の持つ特殊な紋章は、通常の紋章の元となる、世界で27しか存在しないという“真の紋章”と呼ばれるものの一つ。彼女はその紋章によって星の流れを感じ取り、天魁星の傍でその流れの行く末を見守り続けている。何十年も何百年もその流れを見続けているうちに、いつしか同じく長い時を過ごしている者たちから、“星の流れを見守る少女”と呼ばれるようになった。星の流れを見守るというのはその紋章の使命であり呪いでもあるのだが、天魁星以外の星を読み取ることのできないには、その流れを見るのは楽しみの一つでもあった。
 街中の店を次々と見て回り、船着場からも見えていた大きな門に辿り着いた。門の前には番をする兵が数人立っている。おそらくここが、ラズリルにあるガイエン海上騎士団の館なのだろう。ずいぶん立派な館だ。

「あの、すみません、旅の者なんですけど」

 先ほどの船主に対してもしたように、見た目相応になるように演技をして兵士に話しかけた。兵士たちは首を傾げてどうしたと返事をする。

「ここってラズリル海上騎士団の館ですよね?」
「ああ、そうだが…、それが?」
「中の様子って、見学できたりとか…しませんか?」
「見学、だと?」

 兵士たちは驚き顔を見合わせて相談する。そして、少し待ってろと残して、その内の一人が中へ入っていった。
 見学をする旅人はあまりいないのだろうか。もしかしたら無理なのかもしれない。そう考え込んでいると、先ほど中へ入っていった兵士が男女二人を連れてきた。
 男の方は髭を生やし、いかつい雰囲気ではあるが、その目はどこか熱く優しい印象を与える。女の方は上品そうで、鎧を着ているがロッドを手に持っているところを見ると魔術士なのだろう。実際彼女からは強い魔力を感じる。おそらく彼らが騎士団の団長と副団長なのだろう。

「中を見学したいと言ったのは貴殿か?」
「はい、と申します」
「私は団長のグレンだ。こちらは副団長のカタリナ。ふむ…、カタリナ、どうだ?」
「…それほど強い魔力は感じられません。おそらく大丈夫かと」

 しばらく目を閉じていたカタリナはそう返す。どうやら意識を集中させて魔力の確認をしていたらしい。は内心で苦笑した。服の中にしまってある特別なアクセサリーで魔力の制御をしているだけで、本当は何倍もの魔力を持っているからだ。
 もちろんそんなことなどまったく知らないグレンは、カタリナの言葉に頷いてに向き直った。

「よし、いいだろう。ただし、念のために武器はすべて預からせてもらう」
「ありがとうございます!」

 は無邪気に喜び、それから腰につけていた長剣を取り外して近くにいた兵士へ渡した。こちらだ、と言うグレンについていき、は門をくぐって館の中へと入っていく。
 入ることができてよかったとは安堵した。なぜなら、今度の天魁星はガイエン海上騎士団の訓練生なのだから。もちろん街中で会うことも可能だが、ガイエン海上騎士団に所属しているとなると、街中だけでは忙しくてなかなか会う機会がないだろう。だから、はわざわざ中に入って、できるだけ接触を増やそうとしたのだ。
 訓練所の中へ進んでいく途中で出会う兵士や訓練生たちは皆、グレンやカタリナに敬礼し、に首を傾げた。はその様子に内心で笑いながらも会釈をしてグレンたちのあとをついて行く。
 訓練生の集まっている場所へ近づくと、銀髪の青年がこちらに駆け寄ってきた。

「団長、副団長、おはようございます!」
「ああ、おはよう、スノウ」

 元気よく挨拶をした青年はスノウというらしい。訓練生のようだが、他の訓練生とは少し違い、高価そうな防具を身につけている。貴族の息子なのだろう。彼の後ろからは赤毛の髪に赤い鉢巻きをした、彼よりも幼い、まだ青年と呼ぶには少しばかり早いぐらいの少年も歩いてきて、落ち着いた雰囲気でまた二人に挨拶をする。
 後ろの少年を見て、はすぐにわかった。彼が次の天魁星だ。そして、グレンの対応のごくわずかな違いに気付き、彼はグレンに気に入られているのだなとも思った。

「あれ?団長、その子は…?」

 スノウがに気付いて不思議そうに見つめる。グレンは二人に向かってを紹介し始めた。

「彼女はと言って、旅の者だそうだ。騎士団を見学したいと言われたので案内をしていたところだ。殿、こっちはスノウ。ラズリルの領主、フィンガーフート伯のご子息だ。そしてこっちはと言って、フィンガーフートの…養子、とも言うべきか」
「初めまして、です」

 軽くお辞儀をしてにっこりと笑う。するとグレンは、そうだと何かを思いついたように声を上げた。

「せっかくだから二人が案内してやってくれ。歳が近いほうが彼女もやりやすいだろう」
「え?」
「というより、仕事が詰まっててな。悪いがお願いしてくれないか?」
「はい、わかりました」

 が頷くと、グレンは宜しくなと言ってカタリナを引き連れて去っていった。

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2010.03.04