midnight call

第18話

「そう言えば、もうすぐ梅雨入りだよね」

 完二の体力が回復し、メンバーに加入してから数日。たちは昼休みに教室でカップ麺を食べていた。ふと雪子が発した言葉に、まだ早くねえか、と陽介は怪訝な顔を見せる。確かにもうすぐ梅雨ではあるが、話題に出すには多少時期が早い。急にどうしたのだろうかと思ったが、雪子は何か気にするような素振りをしているため、きっと何かあるのだろう。も首を傾げて続きを促した。

「梅雨で毎日雨になったら、毎晩マヨナカテレビ見ないといけないね」
「あー、考えてなかった……」

 全く考えていなかったその事実に、ははっとした。だから雪子は神妙な表情を浮かべていたのか。天気予報を見て霧について深刻に考えるようになったのはごく最近であるためそこまで思い至らなかったが、確かに、梅雨になると雨の日が続き、霧の出る日が増えるだろう。そうなると、もしその間に誰かが向こうに落とされてしまえば、すぐにシャドウの餌食になってしまうだろう。それは何としても阻止しなければならない。これ以上死者は出してはならない。今まで以上に慎重にならねば、とは気を引き締めた。

「てか、今雨を気にするっつったら、へへ、林間学校だろ?」

 そんなの真剣な決意を余所に、陽介はどこか浮足立った様子でそう話を切り出した。林間学校。その言葉に、陽介とは裏腹にたち女子は微妙な表情を浮かべた。何で林間学校なんかを楽しみにしているのか。は一瞬そう考えたが、陽介が転校してきたのは半年前だ、と気付く。通常学校生活における林間学校とは楽しい学校行事の一つであるはずで、それに浮足立つことは至極普通のことなのだろう。つまりこの八十神高校における林間学校で何をするのか、全く知らないのだ。

「あんねえ、林間学校の目的、“若者の心に郷土愛を育てる”だよ?」
「建前なんて、そんなもんだって。フツーじゃん」
「やることつったら、そこの山でゴミ拾いだからね」
「ゴ、ゴミ拾い?何の修行だよ?」

 そう、八十神高校での林間学校とは、ただのゴミ拾いのボランティア活動だ。陽介の言う通り、通常の林間学校における林間学校の目的なんてただの建前で、団体行動によるルールや制限はあるものの、比較的自由に行動でき、ちょっとした旅行になるだろう。事実中学校で行った林間学校はとても楽しいものだった。たちも去年はそういった雰囲気を期待して臨んだのだが、それはばっさりと裏切られた。八十神高校では、林間学校の目的は建前ではなく、本当にそれだけが目的であり、それ以外のことは何一つとしてない。つまらないなんてものではないのだ。

「ま、夜だけはちょっと楽しいかも。飯盒炊爨とか、テントで寝たりとか」
「私たち五人、班一緒だよ」

 そう、今年は彼らと同じ班なのだ。去年のように全くつまらないものではなく、友達とわいわい楽しむ時間がわずかでもある。そうやって喜ぶ間もなく、激しい音を立てて陽介が立ち上がった。それに肩を跳ね上げて驚き、は陽介を見る。突然立ち上がったその目は爛々と輝き、頬は興奮によりわずかに紅潮していた。

「一緒……まさか、夜も一緒!?」
「死ね!テントは男女別!」

間髪入れずに千枝が叫び否定する。陽介の下心に、は表情を引きつらせた。何とも正直な反応だ。男女が一緒のスペースで寝るなんて普通の林間学校でもまずないだろうに、あの諸岡がいる上にとても楽しいとは言えないような八十神高校の林間学校でそんなことはあり得ないだろう。

「言っとっけど、夜にテント抜け出すと一発停学だかんね」
「ハァ……なんかつまんなそーだな。せっかく面白イベント来たと思ったのに……」

 陽介は脱力した様子で席に座り直した。ちらりとを見ると、もどことなく沈んだ表情を浮かべている、気がする。男の子とは皆こんなものなのだろうか。は苦笑いをせざるを得なかった。こういった学校行事に刺激を求める気持ちもわからなくはないのだが。

「一泊だけだし、次の日はお昼前に解散になるから、すぐ終わっちゃうけどね」
「そういえば、去年は河原で遊んで帰ったね」
「河原って、泳げんの?」
「あー、泳げんじゃん?入ってるやついるよ、毎年」
「そっか、泳げんだ……」

 そういえば去年何人か水着を持参して泳いでいた者を見かけた気がする。はそこまで親しくない者との班であったため、特に遊ぶこともなく帰ったのだが、河原で遊んでいた生徒たちを見て羨ましくなったものだ。
先程まであれだけ無気力状態で嘆いていたのに、泳げると聞いて陽介はまた浮かれた表情を浮かべた。そんなに河原で泳ぎたいのだろうか、それならばその時間ぐらいは取るように配慮はするが。何にしても、こんなつまらない行事に、よくそんなにころころと表情を変えられるものだ。いっそ感心できるな、とは思った。



「週末からは林間学校だ。言っとくが、単なるキャンプだと思うなよ。遊んで緩みきっとる貴様らの精神をぎっちり引き締める、教育の場だからな」

 倫理の授業中、諸岡は相変わらず説教染みた口調でそう告げた。や陽介はともかく、八十神高校の林間学校というものをたちは昨年しっかり身をもって経験している。今更改めて言われなくても、そんなことはわかりきっている。は内心で溜息をついて、また長ったらしい説教が始まるんだろうな、と身構えた。その予想は当たり、諸岡は半ば怒鳴りつけるように説教を続ける。

「大体だなぁ、貴様らは他人任せにしすぎだ!何でも他人がやってくれてると思ってないか?どうせ誰かがやってくれる、どうせいつか誰かがやる……くだらん!そう、人という字があるな。これの成り立ちを……ニヤけとる花村、答えろ!」

 言い方に問題はあるが、確かにその通りだな、とは思った。連続殺人事件を解決しようとたちと動き始めて気がついたことだが、確かに他人任せにしている部分は多かった。自分たちの住んでいる地域で起こっているとても身近な事件であるにもかかわらず、多くの者が自分は大丈夫だと信じきって、あれこれとあることないこと好き勝手に面白おかしく言い、事件の解決もすべて警察に任せている。確かに自分たちでできることは少ないため警察に委ねるしかないのだろうが、誰もが自分には関係ないと他人事だ。それはきっと自身も、テレビに落ちるなんておよそ信じられないような体験をし、事件に関わることなどなければ同じだったのだろう。

「ほう、花村にしては……それともの入れ知恵か?だが、そうだ」

 そんなことを考えている間に、花村は答えをから聞き出していたらしい。諸岡が説明を始めたため、はそちらに集中した。諸岡の性格はとても好きにはなれないが、言っていることは正論や勉強になることが多い。

「人という字は人間が立っている姿から作られた象形文字だ。つまりは自立!支える、寄りかかるなど言語道断!この間殺された女どもがいるだろう。他人任せにチャラチャラした人生を送っとるから、ああなる!同じ目に遭いたくなかったら、心得ることだな!」
「……最低だよ。ンな言い方あるかよ……」

 唸るように陽介は呟いた。はそっと陽介を見るが、怒りを必死で押し殺しているような表情をしている。当たり前だ、自分が心を寄せていた人物に、犯人によって殺されてしまった被害者に対して、決して許されない暴言を吐いたのだから。
 余程が心配そうな顔をしていたのだろう。視線に気づいて振り向いた陽介は、少しだけ表情を和らげ、悪ィな、と力なく謝った。



 林間学校を前日に迎えた放課後、飯盒炊爨の材料を買うためにたちはジュネスの食品売り場に足を運んだ。料理は女子の担当っしょ!と千枝に言われ、女子だけで何を作るか相談したが、やはりこういうときには定番のカレーが一番盛り上がるのではないか、という結論に至った。最終候補に千枝と雪子の二人がラーメンを推していたのには驚いたが。が知らないだけで、この辺りでは飯盒炊爨にラーメンを作ったりするのだろうか、と考えてしまったが、ラーメンじゃ浮くもんね、と言っていたのでそういうわけではないらしい。
 何を作るか決める際、料理はできるかと訊かれたが、普段から家事は母親に任せ切りにしているため、自信がないと答えた。対する二人はそこそこできそうな反応を見せていた。雪子は旅館の娘ということもあり、二人に任せておけばおそらく大丈夫だろう。そう判断して材料選びは二人にお願いすることにした。……のだが。

「カレーって、何入ってたっけ?」
「にんじん、じゃがいも、玉ねぎ……ピーマン、まいたけに……ふきのとう?」
「ふきのとう……とふきって一緒?」

 何やら不穏な様子なのは気のせいだろうか。二人の会話を聞きながら、はだんだんと不安な気持ちになってきた。カレーにピーマンやまいたけはメジャーではないにしろわからないことはない。だがふきのとうは入れるのだろうか。ふきのとうとふきは果たして一緒なのだろうか。
 二人に任せると言った手前、口出しするのも失礼だろう。きっと二人の家ではそのようなアレンジをするに違いない。そう無理矢理信じ込むしかない。

「……ねー、千枝。カレーに片栗粉って使うよね?」
「……?そ、そりゃ、使うんじゃん?」
「使わないと、とろみつかないよね。じゃあ片栗粉と……小麦粉もいるかな」
「こ、小麦粉って、あれでしょ。薄力粉と、強力粉?どっちだろ」
「強いほうがいいよ、男の子いるし。じゃあ、それと……あった!」

 辛味に唐辛子とキムチと、胡椒は白か黒か。隠し味にチョコ、コーヒー、ヨーグルト。コーヒー苦手だからコーヒー牛乳で、魚介も混ぜたらきっといい出汁が出るよね。
 ……明らかにこれはやばいのではないだろうか。は思わず隣で荷物持ちのためにカートを持っているを見た。そして、ぎょっとする。そこには、顔面蒼白にして全てを悟った彼が立っていた。ちらと聞いただけだが、彼は自炊ができるらしい。その彼のあまりにも悲惨な表情に、あ、これはもうだめだ、とも覚悟を決めたのだった。
 何故今この場に陽介がいないのか。何か準備があると言って彼だけ一人上の階に行ってしまった。彼ならきっとこの状況でも突っ込みを入れてくれただろうに。何故、今、いない。おそらくこの瞬間はまったく同じように陽介を恨んだ。
 ああ、林間学校、サボりたい……――
 そう願うが真面目なは当日、しっかり出席してしまうのであった。

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2015.12.26