2日目(3/20) スペインの古都トレドへ

 朝、ウェリントンホテルを出発したバスはすぐアルカラ通りへ入ります。アルカラ門が見えてきました。新古典主義のフランシスコ・サバティーニにより1887年、カルロス3世時代に作られたものですがそこここに銃弾の痕があります。1939年スペイン内戦時の市街戦によるものです。ここを過ぎるとシベレス広場に出ます。

 広場といっても現在はロータリーになっていて中心に大地と自然の女神の彫刻があります。ここを左折すると右の角がスペイン国立銀行、左が中央郵便局の立派な建物です。道はここからプラド遊歩道です。中央に林のような植え込みがある広い遊歩道はブラド美術館の前を通り、アトーチャ駅まで続きます。この道は18世紀カルロス3世が小川を埋立てこの道を作りました。ちなみにエル・プラドとは牧場のことです。

 バスは左折して短いトンネルを抜けると国道401号線、通称トレド街道という高速道路に入ります。スペインでは高速道路の70%強が無料です。有料の高速道路は民間会社が管理運営しているのです。トレド街道は国道ですからもちろん無料です。マドリッドから15分も走れば周囲に広々とした大地が広がっています。マドリッドは人口300万人の大都会、15年ほど前までは20Kmまでが通勤圏といわれていましたが最近は40Kmまで通勤圏が広がったということです。

 バスの両側には青々とした麦畑がどこまでも続いています。今は未だですがやがてアマポーラの真っ赤な花や野生のラベンダーの花が咲くことでしょう。ミモザの黄色やエニシダの黄色い花もこの辺りでは未だあまり見かけません。しかし麦の収穫が済む5月以降は一面赤茶けた乾燥した大地に変わります。そうですマドリッドより北の地方は比較的雨も多いのですが南の地方は雨の少ない乾燥地帯なのです。今はこのあたり一年中で最も緑が美しい季節です。バスは1時間ほどでマドリッドから70Kmほど南にあるトレドの町に到着しました。

スペインの栄光が凝縮された聖なる街トレド(Toledo)

 タホ川が大きく湾曲して東・南・西と流れている自然の要塞のような地形に最初に目を付けたのは2200年前のローマ人でした。当時はトレトウムと呼ばれていました。5世紀になるとイベリア半島はゲルマン系の人たちに占領されます。569年西ゴート族の王レオビヒルドがここを王国の首都にして最初の輝かしい時代を迎えました。しかし712年今度は新たな侵略者アラブ人の手に落ちます。彼らはここをトライトラと名づけて美化し、さらに堅固な要塞にしました。

 そして1085年カスティーリャ王国のアルフォンソ6世の指揮下のキリスト教徒の軍隊がトレドに侵入しました。この時からトレドは政治的にも文化的にもスペインの中で主役を果たす最も輝かしい時代を迎えました。16世紀になると皇帝カルロス5世はここを首都に定め絶頂期を迎えます。1561年国王フェリッペ2世(天正遣欧使節団の少年たちを謁見した)がスペインの首都をマドリッド移すとともにトレドは衰退していきました。 彼は現在の人口は約5万人です。

スペインの古都トレド

 バスはまずタホ川の対岸に抜け南側の展望台に向かいました。ここからはアルカサル(王宮)やカテドラル(大聖堂)をはじめとする街の建物が手にとるようによく見えました。アルカサルはスペイン内戦でフランコ将軍と民間人が立てこもり、政府軍との間に60日の攻防戦を展開し、破壊されたためその後修復されたものです。

 展望台を降りて伝統工芸(ダマスキーノ)の工房へ向かいました。ダマスキーノとは象嵌細工のことでダマスカスから伝わったのだそうです。本物はすべて手作りですが最近は機械加工の粗悪な偽物も多いのだそうです。そのほかの伝統工芸はセラミック(陶器)、剣や槍などの武具があり展示されていました。

 いよいよトレドの街を散策します。道は迷路のように細く曲がりくねって続きます。キリスト教・ユダヤ教・イスラム教の文化が入り混じっています。私たちはカテドラルに向かいました。ここは1227年聖王フェルナンド3世によって建設が始められました。完成は1493年のことで長さ113メートル、幅57メートル、高さ45メートルのゴシック建築の大寺院です。内部の写真撮影は禁止されていますので写真で示すことはできませんが宝物室の内部は大変豪華な宝物で飾られています。中でも目を引くのは正面の「聖餅顕置台」でしょう。高さ2メートル半、重量約200Kgで金銀、エメラルド、ルビー、ダイヤ、サファイア、アメジスト、真珠などの宝石で作られています。5000個もの部品で構成されているこの台の作者はドイツ人エンリケ・デ・アルフェです。左側に置かれた一つの王冠はイサベル女王の戴冠式のときのものといわれています。ここにあるものはすべてお金では換算できない宝物なのです。

 カテドラルの中心部へ移動していきます。スペインで一番立派なものといわれる聖歌台があります。2段になった聖歌台の低部はロドリゴ・アレマン(15世紀)の作で背あての部分にグラナダ王国陥落の様子が薄肉彫りしてあります。材質は珍しく胡桃の板が使われています。上部椅子席は右側がフェリペ・デ・ボルゴーニャというフランスの工芸家、左側はスペインのベルゲテの作です。大祭壇は一面の木彫り彫刻で飾られています。キリストの一生が示されています。初期のキリスト教は偶像崇拝を禁じていました。しかし当時の庶民は識字率が低かったのと高価なため聖書を買って読むことができませんでした。そこで一般教化に役立つとして絵画彫刻で視覚的に示したというわけです。ここで示されているのは偶像(アイドル)ではなく、聖像(イコンまたはアイコン)ということになります。

 次は聖器室に参りましょう。本来はミサのために聖職者が着替える場所ですが美術館になっています。数々の絵がありますが最も重要な絵は一番奥のエル・グレコの「聖衣剥奪」でしょう。ゴルゴタの丘にたどり着いてこれから十字架にかけられるイエスの様子を見事に表したものです。イエスの顔と左足のつま先にスポットライトのように光が当たっています。まさにエル・グレコの代表作の一つです。

 カテドラルを出て坂道を少し下るとサント・トメ教会に出ます。ここには古くから教会があったといわれていますが14世紀には完全に崩壊状態にありました。この教会を修復した人はオルガスの領主ゴンサロ・ルイス・デ・トレドという人です。大変熱心なキリスト教徒で彼の埋葬のとき奇跡が起こりまた。1323年彼が死んでまさに埋葬をしようとしたとき聖アグスティンと聖エステバンが現れて、遺体を手にとりお墓に入れたのです。そのとき「神とその聖者に奉える者はこのような褒章を得るのだ」という力強い声が響いたのです。

 2世紀後、サント・トメ教会の司祭アンドレス・ヌニェス・デ・マドリッドがこのテーマで絵を描くことをエル・グレコに頼んだのです。彼は2年の歳月をかけてこの絵「オルガス伯の埋葬」を完成させました。上下2段に分けられる構図は天上界と地上界を表しています。オルガス伯の魂が天使に抱かれてまさに天国に上って行くところです。地上界に居る人々の視線がバラバラですがただ一人正面を向いている人が居ます。彼こそがこの絵の作者エル・グレコです。この絵は1586年に完成されてから一度も修復がされていません。世界三大名画の一つといわれています。

ラ・マンチャ地方コンスエグラ(Consuegra)の風車

 トレドの観光を終えてバスでさらに南下して60Km先のラ・マンチャへ向かいました。ラ・マンチャとはアラビア語で乾いた大地を意味します。ミゲル・デ・セルバンテスによって1605年に発表された小説「ドン・キホーテ」の舞台となったところです。この乾いた大地には牧草は茂らないので羊や山羊の放牧、ブドウ畑(ワイン用)、アーモンド、小麦、オリーブ、サフラン(スペインの80)などを生産しています。

 昼食は鳥の煮込み料理がメインのドンキホーテメニューでした。昼食後コンスエグラの風車群を見ました。ここは丘の上にあるので景色が抜群でラ・マンチャの家並みや畑が一望できました。もちろんこの風車は製粉用に作られたものですが今はまったく使われてはいません。名物になっているフェジロおじさんの風車を見学しました。料金は1ユーロです。丘の古い城跡で結婚式を挙げているカップルがいました。

コンスエグラの風車

見学を終えて東に向かいマドリデホス(Madridejos)から国道4号線の高速道路でマドリッドに戻りました。バスはやがてM30号線(内環状線)を経て王宮前のモロ庭園の入り口近くに止まりました。マドリッドはスペインの首都、人口は約300万人、標高は650m、イベリア半島のほぼ中央部に位置します。9世紀にアラブ人が砦を築きましたが砦のことをアラビア語でマヘリット(Magerit)と呼びこれが現在のマドリッドです。1561年カルロス5世のあとを継いだフェリペ2世がトレドから宮廷をマドリッドに移しそれ以来、マドリッドはスペインの首都として現在に至っています。1931年王政は廃止され、共和制になりましたが1963年、フランコ独裁政権が後継者にファン・カルロス王子を指名し1975年ファン・カルロス1世として即位し、王政復古が行われました。庭園から高い位置の王宮を見学しました。

 次に向かったのはスペイン広場で首絞め強盗で有名なところ、懐中物にはご用心です。でも小さな子供たちがボール蹴りに興じている平和の姿からはちょっと想像できないことです。

 ここには作者のセルバンテスがやせ馬のロシナンテに乗ったドン・キホーテとロバに乗った従者のサンチョ・パンサを上から見守っています。左右の女性は、右が従者が見た百姓娘のアルドンサ、左はドン・キホーテが見たお姫様のドルシネア、もちろん同一の女性です。ここは旅行者の絶好な記念撮影の場所となっています。

ドン・キホーテとサンチョ・パンサ

スペイン広場のすぐそばグラン・ビア通りに三越があります。ここでショッピングをしました。その後、オエステ公園に向かい展望台から夕日に映える王宮とアルムデナ大聖堂を見ました。5月にはロイヤルウェディングがここで行われるそうです。またこの公園には紀元前4世紀のエジプトのデボ神殿が移築されています。

夕食は「San Antonio De La Florida」で白身魚の衣上げという天婦羅のルーツのような料理でした。