公開ライトノベル作品その6

オリジナル・SF作品(ORIGINAL Science-Fiction )

 【解説】こっちは、SFマガジン?に応募して落選した作品。

 オープニングは、「宇宙戦艦ヤマト」みたいだけど、内容は全然違う。タイムパラドックス要素を加えた、人間ドラマの異次元漂流記にするつもりだった。

超時空戦闘艦しまかぜJX707

量産 工房/作

 

 暗黒の宇宙空間を背景に、超・望遠映像を映し出す大型ディスプレイ上に、奇怪な宇宙船の集団がポツンポツンと姿を現す。画面上で確認できる敵艦の数は、そう多くない。けれど、レーダーで把握している敵艦隊の規模は、はるかに強大だ。
「敵、ガルコリア艦隊捕捉。二隊に分かれ急速接近中!」
 レーダーオペレーターの水島曹長の声が、CIC内に響く。
「艦隊旗艦よりデータリンク受信。右舷側敵艦隊の認識記号アルファ、左舷側敵艦隊の認識記号をブラボーに自動設定。」
「無人偵察機ナンバー十一、ナンバー三十六、ナンバー五およびナンバー二十二が、それぞれ敵と接触に入ります」
「光学観測班より報告。敵アルファ戦力、現在、戦闘艦二百二十八隻を確認。敵ブラボー戦力、現在戦闘艦三百二十隻を確認。なおも増加中」
照明が落とされた艦橋内で、旗艦CICからの報告を聞きながら、三剣唯依艦長は左舷後方に展開している艦隊旗艦「ワシントン」の動きを注視する。
艦隊旗艦「ワシントン」は、全備重量三十八万八千七百トンの重戦闘宇宙艦だ。
合衆国宇宙艦隊の誇る最新鋭艦で、後続する同型艦「ニューヨーク」、「ペンシルベニア」他六隻が今回の作戦に参加しており、地球軍宇宙艦隊戦力の主力として期待されている。
「勝てますかね?」
副長の泉史朗大尉が、少し緊張気味な顔でつぶやく。推定される戦力比は、「攻撃三倍の法則」をはるかに下回る六分の一に近い劣勢だ。
「やるしかないでしょう」
三剣艦長は、緊張した面持ちで答えて、艦橋内のスタッフの様子を見渡す。
乗艦しているクルーの大半は、二十歳前後の若者たちだ。
光量を落としたCIC内に浮かびあがるクルーの顔は、皆青白く見える。艦内の照明の影響だけではない。おそらく艦長と同じように、緊張しているせいもあるのだろう。
無理もない。
座乗している日本艦JX707宇宙戦闘艦「しまかぜ」は、日本が初めて試作した宇宙戦闘艦「ゆきかぜ」級の七番艦だ。全長二百五十四メートル、全備重量九千六百十一トンの艦体に、サイクルビーム砲八門、ミサイルポッド八基、大型リニアガン二基他を装備している。日本が独自のアイデアと設計思想を盛り込んで作った自信作だが、実戦での運用実績はまったくない。
従って、新型艦に対する信頼性は低く、その戦闘能力もまだ未知数なところが大きい。
クルーの誰しもが不安はぬぐえないだろう。しかし、それ以上の不安要因は、座乗している艦長をはじめとする乗組員二十八名全員に、実戦経験がほとんどないことだろう。
日本は、宇宙開発を積極的に進めてきながらも、ずっと軍事的側面での対応をまったく無視してきていた。そのツケが、今、こんなところにも現れているのだと思う。
数々の優れた技術を持ちながら、戦争勃発の可能性を無視してきた結果なのである。それは、あの「ルシファーの黒い箱舟」事件で首都を失って、日本人としての危機意識を大きく変化させられたとしても、急には変われない社会制度の弊害だといえる。自前の艦隊をつくって参加できたことさえも奇跡とさえ言われているのだ。
「……祖国日本の名誉のためだけではない。私たちが、私たちの子供たちが生き残る希望。君たちに託されているのは、人類の未来への希望を勝ち取ることにあるのだ!」
 臨時総理は、艦隊出撃の訓示で、防衛大臣を差し置いて力説し、最後に深く頭を垂れた。艦隊乗員は、全員が熱い思いと重責に心動かされたが、戦場ではそれがどれほど役に立つと言うのか?
 それでも、艦隊乗員すべての思いは一緒だった。
 やるしかない。愛する母なる星・地球に住む、みんなのためにー。
「そう。やるしか……ありません」
三剣艦長は、短くカットされた髪の毛を白い帽子の中に整えてしまいながらつぶやく。
緊張のため白くなった顔に、赤い唇がますます強調されて見える。新たに編成された日本宇宙艦隊に七人いる艦長の中でただ一人の女性艦長ということもあって、三剣唯依は、その期待と重責に押しつぶされそうだった。けれども、自分の後に続く若き女性士官たちのためにも、ここでしっかりとした評価を確立したいとも考えていた。
およそ一年ぶりに行われる本格的な宇宙艦隊同士の戦闘。宇宙戦争は、始まったばかりなのだ。そこで試されるのは、艦の性能だけではない。三剣唯依たち、指揮官もその能力を試されるのだ。そして、日本艦隊としての力量も。
絶対に恥ずかしい戦績は残したくない。だから、三剣唯依は今回の艦隊参加に当たって、あえて前衛艦隊への配置を希望した。それがかなえられた今、他の日本艦と離れてでも、思う存分、艦を手足のように動かしたかった。
それは、武者震いのような感覚とともに、三剣唯依を突き動かしていた。
「無人偵察機ナンバー五より、敵情報告。敵ブラボー戦力、軽戦闘艦クラス二百八、重戦闘艦クラス八十七、超・重戦闘艦クラス二十五、さらに後続艦の存在を確認……プッ」
「どうしたの?」
「ナンバー五からの通信途絶。破壊されたようです」
三剣艦長の確認に、泉副長が答える。
「無人偵察機ナンバー二十二より、敵情追加報告。確定。敵ブラボー戦力は、軽戦闘艦クラス百八十九、重戦闘艦クラス八十七、超・重戦闘艦クラス三十八。続いて、ナンバー三十六より、敵アルファの戦力についての報告……」
突然、警報が鳴り響く。
「警報! 本隊正面に敵先導艦一隻確認しました」
 艦隊前方を深度スキャンしていた、レーダーマンの水島曹長が叫ぶ
「強行偵察艦ですね。今、我々の戦力と布陣が分析されるのは、まずいです。撃破しましょう」
泉副長が意見具申し、三剣艦長がうなずく。
「副長。旗艦へ発信! 『我、しまかぜ。敵先導艦一隻確認。先行してこれを攻撃する』」
「機関最大出力。艦首リニアガンにスピア装填。いつでも発射できるよう、準備っ」
「旗艦『ワシントン』、リー提督より入電。『攻撃を認む。健闘を祈る』」
 通信をオペレートしている島本江利子一士が、旗艦からの許可を伝える。
三剣艦長と泉副長が目を合わせる。艦隊司令部も撃破の必要性を認めたようだ。
三剣艦長と泉副長は、士官学校同期の間柄で、長い付き合いだ。士官学校でも理論派として知られていた泉副長は、他の男性士官と意見が対立することが多く、孤立気味だった。しかし、意見をしっかりと受け止めて聞いてくれる三剣艦長とは、特に相性が良くて、艦長と副長という関係になっても、良好な関係を維持していた。
「艦長。これでいけますね」
 泉副長が親指を立ててみせる。それを見て、三剣艦長がうなずき、命令を伝える。
「艦隊戦システムとのリンク解除。単艦行動設定オン。敵ターゲット測敵開始! 敵の有効射程外から先制攻撃を仕掛けます!」
「了解。単艦行動設定オン。へへっ。やっと自由に機動できるって――わけだ。レーダーっ。敵弾、探査ビーム照射の兆候はすぐにこちらへまわせっ!」
 操縦席の増岡航宙士が、操縦桿を握り締めながら、レーダーを担当している水島曹長に呼びかける。
「艦長。副長。『しまかぜ』、先行します」
 増岡航宙士の声と同時に、「しまかぜ」のメインエンジンがうなりをあげ、一気に加速をはじめる。本隊前衛を構成する七隻の軽戦闘艦の十字隊形から突出して、接近してくる敵先導艦の頭を押さえる形で突っ込んでいく。とは、いっても距離は地上とは比較にならないほど遠い。相対速度が速いが故に、双方とも早めに予測位置を計算して、対応策をうってくることになる。
「進路牽制に、誘導弾を低速でばら撒きましょう」
 泉副長の頭の中では、「しまかぜ」の全兵装についての知識と敵の情報が結び付けられて、戦闘についてのイメージができあがっている。しかも、艦長の指示に合わせて臨機応変に対応できるだけの懐の深さもあるのだから恐れいる。
 低速でばら撒くのにも訳がある。突撃してくる敵との相対速度を低く抑えて、高機動力を発揮させようということだ。敵が探知して、速度を落せば、なお食いつきやすくなる。
三剣艦長は、泉副長に絶大な信頼を寄せていた。
だから――。
「任せます」
「リニアガン照準発射と同時に、ミサイルポッドよりA2多弾頭誘導弾四発を敵艦の回避予測パターンに合わせて発射する! 続いてサイクルビーム砲第一、第二砲塔測敵開始っ。有効射程圏内に入り次第、連続射撃!」
 泉副長のはつらつとした声が艦橋内に響きわたり、艦の各攻撃兵装の扉が開口する音が、あちらこちらから、モーター音とともに微かに聞こえてくる。
「ターゲット捕捉。自動追尾設定完了! リニアガン撃てます」
 長友雄一戦闘班長が、各部兵装の状況を確認して、泉副長へ知らせる。
「ようし、てーっ!」
 艦首下部、艦橋真下から、はじけるようなショック音が響いて、前方の深淵のような空間に向かって矢のような弾体が弾かれたように飛んでいく。太陽の光を受けて、一瞬煌いたものの、すぐにその姿は見えなくなってしまった。


 人類抹殺を宣言して突如侵攻してきたガルコリア艦隊。
外宇宙から飛来したと思われていた、この謎の敵の出現は、あまりにも突然だった。
最初に接触したのは、宇宙空間ではない。地球本土、メガシティ003・TOKYOの上空だった。
後に「ルシファーの黒い箱舟」と名づけられた、この事件は、接触当初はまったく敵意もなく、友好な関係が築かれるものとの希望的観測が行われたほど、おだやかなものだった。
しかし、交渉の最中、推定重量十万トンを超える宇宙船が、地球の重力の罠に捉われて、地上の都市の上へ墜落するという悪夢が起こったことで、関係は完全に悪化した。そして、日本は首都とそこに住む多大な人口の大半を失うという、人類史上、かってない規模の大災害に見舞われたのである。
これをきっかけに、ガルコリアと名乗る宇宙人は、人類側を「一方的な先制攻撃を行った卑怯者」、自らを「地球の正統な後継者」と表明し、地球人類の完全抹殺を宣言するに至ったのである。
人類は、このかつてない危機に迅速に対応した。地球衛星軌道に出現したガルコリアの小艦隊に対しては、多数の衛星攻撃兵器と、地上発進型の宇宙攻撃機に核ミサイルを搭載して攻撃を加え、撃退に成功した。
その一方で、日本は、首都のメガシティ003・TOKYOを失って、存亡の危機に直面していた。失われた一千五百万の住民とともに、産業技術と生産施設だけでなく数多くの貴重な資産が失われていたのである。アメリカ合衆国を中心とした宇宙艦隊の緊急整備が進む一方で、日本の宇宙艦隊整備が遅れたのは、この事件が大きく影響していた。
そしてー人類が警戒を強める中、やがて敵は、火星と地球の間の空間を中心とした広大なエリアを侵入場所に変更して、次々と侵攻艦隊を送り込んできた。
ガルコリアの侵攻艦隊の戦術は、狡猾だった。
 宇宙戦争開始当初、火星と地球に対して実施された同時攻撃により、人類は宇宙艦隊戦力を分断され、各個撃破されるという苦戦に陥った。それでも、壊滅的な損害にならなかったのは、敵の宇宙戦力が逐次投入されたのと、その科学技術レベルが、人類のもつレベルとほぼ同等であったからに他ならない。
 そして、今、戦いは、月軌道を防衛ラインとして膠着状態となっており、人類は反撃のための戦力の再建に取り組んでいた。
ガルコリアという謎の存在との戦いもまもなく、一年になろうとしている。
人類が宇宙へと本格進出を開始してからほぼ二百年後。
進宙歴199年7月。
これは、地球艦隊第一艦隊、第二突撃戦隊に所属した日本艦X707宇宙戦闘艦「しまかぜ」がガルコリアとの宇宙戦争の中で記録した、時空を越えた奇跡と冒険の物語である。


「第二艦隊接近!」
 レーダー手を担当している水島曹長の声が響く。
「報告より数が少ない! どういうことだ?」
「第二艦隊旗艦『イリューシン』より回答。参加予定だったチョセン宇宙艦隊は、大気圏離脱に失敗。六隻が自爆。二隻が地球衛星軌道上で、機関修理のため離脱。チナ宇宙艦隊は、全艦艇が機関不調により、速度を維持できず後落。」
 島本一士が、第二艦隊の集結情報を伝える。
「……くそったれっ。何なんだよ。地球が危機だっていう時に……」
「戦場で敵前逃亡されるよりは、ましです。そう思いませんか?」
 三剣唯依艦長が、苛立っている泉副長に声をかける。
「なるほど。それはまあ、そうですけど。第二艦隊が全力で支援してくれさえすれば、こんな大敗はしなくて済んだと思いますので……」
「……悔しいですか?」
「あたり前でしょう。数で圧倒されなきゃ、勝てたと思います」
「そうですね……。でも、みなさん、よくがんばりました。戦闘も操艦も見事だったと思っています。味方が、あれほど一方的に叩かれるとは、思いもしませんでしたけど――」
 そう言って、艦橋から確認できる地球軍第一艦隊の残存艦艇の群れを眺める。その数は、あまりにも少ない。
 重戦闘艦中唯一残った「ミシガン」は、艦橋を喪失していて、現在、残存艦隊の指揮を執っているのは、中型戦闘艦「ロンドン」に座乗しているストライカー大佐だ。そして、艦隊につき従う艦艇は、二十隻にも満たない。
奇跡的に唯一無傷となった「しまかぜ」は、八割を喪失した艦隊の最後尾について、敵の追撃の警戒にあたっていた。
「あんな小さな槍で、敵艦を沈めるとは思いもしなかったよ」
艦橋内の予備椅子に座っているピアース少佐がつぶやく。
ピアース少佐は、撃沈されたアメリカ合衆国重戦闘艦「ワシントン」の乗員だ。今、「しまかぜ」の艦内には、撃沈された地球軍艦艇から救出した味方将兵三十人を収容しているが、ピアーズ少佐も宇宙空間でサルベージされた一人だ。
「直径五センチ、全長二・五メートルの超加速された槍です。真正面から撃ち込まれたら、レーダーでもなかなか捉えられない隠し玉です。それでも、参加した「ゆきかぜ」級は、本艦を残して全滅しましたが……」
「ビーム砲の応酬だけだったら、被害はもっと拡大してる。さすがに勇猛な古代日本海軍の末裔だ。あの『カミカゼ突撃』で、敵が混乱していなかったら、我が艦隊が全滅したとしてもおかしくなかったと思うね」
「貴官の賞賛は、ありがたく頂戴しておきましょう」
 三剣唯依艦長が、謝辞を述べる。ただし、形式上のものだ。
「敗因は、何だとお考えですか?」
副長の泉史朗大尉が、訊ねる。
「艦隊戦システムが、敵に読まれていた……そんなところかな?」
「まさか!」
「偶然じゃないだろう。あの時、貴艦『しまかぜ』は、艦隊戦システムとのリンクから外れていたんだ。ミサイル攻撃にしろ、ビーム攻撃にしろ、戦術AIコンピュータの指揮下にあった他艦の動きは、回避パターンも含めて、敵に読まれていたんだ。だが、『しまかぜ』だけは違った。それが、貴艦の『カミカゼ突撃』が成功した原因だと、私は分析しているんだがね」
「艦の性能ではない、と?」
「おいおい。貴艦クラスの性能なら、我が合衆国艦隊の『イオージマ』級軽戦闘艦も大して変わらんよ。まあ、リニアガンを戦闘艦に乗っけるという発想は、貴軍のオリジナルだがな」
ピアーズ少佐の分析に、副長の泉史朗大尉は、黙ってしまう。
アメリカ合衆国宇宙艦隊が開発導入した「艦隊戦システム」は、重戦闘艦や軽戦闘艦など、雑多な艦艇で構成される艦隊を戦闘機動において、旗艦の統率の下で統制するためのものだ。密集防御や機動攻撃などの艦艇の動きを指揮することで、艦隊に属する全艦艇を有機的に連動して動かすことができるため、どんなに混戦となっても味方艦艇同士が接触、衝突、あるいは同士討ちなどが起こらないとされていた。また、攻撃においては、危険度が高い順に目標を設定し、艦隊火力を集中して一気に壊滅させることが期待されていたのである。
システム運用のため、情報のリンケージが行われて共有されることになっているので、仮に旗艦が指揮機能を喪失しても、次の艦が代役をスムーズに務められるようになっていたはずなのだ。
合衆国宇宙艦隊総司令部は、「有機的攻防戦術」による完全勝利を目指し、この「艦隊戦システム」を今回、すべての地球艦艇に装備することを求めていたのである。
そして万難を排して、ガルコリアに対し大規模な艦隊戦を挑んだのだが、結果はとんでもない大敗となってしまったのだ。
大敗の原因は、敵ビーム砲の圧倒的な命中精度だ。
一本、二本のビームであれば、うまくすれば電磁シールドで弾ける。しかし、それが次々と重なれば、電磁シールドもやがて貫通される。貫通されて電磁シールドを維持することができなくなれば、あとは、ビームの滅多刺しにさらされる。
地球軍第一艦隊は、前衛艦隊から順に次々と被弾壊滅させられたのである。
「冷静な分析ですね。それができていたなら、せめて、戦闘中に何らかの手は打てなかったのでしょうか?」
三剣唯依艦長が、皮肉交じりにたずねる。
「だから――勘弁してくれ。俺は、『ワシントン』に乗り組んではいたが、艦隊司令部に意見具申できる立場になかったんだ。そういうことは、戦術参謀に言ってくれ」
ピアーズ少佐が肩をすくめながら弁解する。
「結局は、頭の固い司令部が原因、ということなのですか?」
「そういうこと~。そう言えば、日本の方では、『魚群機動戦システム』とかいう新しい艦隊戦システムを開発中だときいた? この艦にも搭載してるんじゃないのか?」
「試作品は、ね。同じシステムを搭載した艦艇が複数いないと使えないし、意味がありません……」
その会話の間に、第一艦隊の残存艦隊は、第二艦隊と合流し、態勢を整えていく。

「補給艦『センカク』、『タケシマ』接近。続いてメディカル船『イオートウ』より、負傷者搬送についての照会情報受信」
「A2対艦ミサイル受け取り準備。スピアとエネルギーの補給が最優先です。それと平行して、重傷者をメディカル船へ移送願います。医療班は、負傷者のデータを最優先でメディカル船へ送信。受け入れが円滑に進みます。食料、消耗品の補充は、後回しにしてください! ここはまだ、戦場ですから――」
三剣艦長が柔らかな声で指示を出す。それを聞きながら、泉副長は、妙に感心してしまう。
怒鳴るのでもなく、下手に出るのでもない。それでも妙に納得させられてしまう適切な指示に、クルーたちはいつの間にかテキパキと行動してしまうのだ。
命令には意図がある。意図を伝えなくても命令は活きるが、意図からブレてしまう恐れがある。兵を意のまま動かすには、しっかりと命令の意図、背景を伝えることが重要なのだ、
「しまかぜ」は、二隻の補給艦の間に滑り込むようにしてランデブーを行う。同時に艦載艇が負傷者を載せて、メディカル船へと飛び立つ。
艦隊の後衛は、第二艦隊が担当しているので、今のところ不安はない。ただ心配なのは、第二艦隊を構成するほとんどの艦が、まだ実戦経験がなく、しかも寄せ集めの集団だということだ。
「艦隊戦システム」は、組み込まれているとしても、それがうまく機能するかどうかさえわからない。逆にシステムを使わなければ、衝突や同士討ちの可能性が高まるだろう。いずれにしても頭の痛いところだ。
「こちら、機動マシン。斉藤だ。ブリッジ聞こえるか?」
船外に出て、補給艦との物資受け渡しを手伝っていた機動マシンから連絡が入る。
「副長だ。どうした?」
 泉副長がすかさず応答する。
「第二ミサイルポッドの切り離しができない。戦闘の時に至近距離で爆発したミサイルか何かの破片が、連結器に食い込んでる。切断作業をしたいが、ミサイルポッドに一発、未発射の奴が残ってるんだ。こりゃ下手すると暴発するぞ」
「第二ポッドのミサイルは全弾発射済みのはずです。これは、断線して発射されなかった奴がそのまま……」
ブリッジの戦闘班長・長友が補足説明する。
「暴発すると味方艦を破壊しかねません。艦隊内から一旦離れて、不発ミサイルの処理をしないと、危険です。どうします?」
「困ったな。敵が追撃してくる可能性がある中で、ミサイル、スピア他の弾薬とエネルギーの補給は最優先したいところなのに……」
「再度、補給にまわる時間的余裕は、期待できません。できる範囲内の補給は済ませて、それから第二ポッドのミサイルを処理しましょう」
三剣艦長が、泉副長の懸念に答える。
「それしかないか……な」
「ブリッジ! 負傷兵の搬出は完了しました。こちらからも人手を応援に回せます。指示願います」
メディカルルームの佐藤から、内線で連絡が入ってくる。
「了解。弾薬の補給を最優先で片付けましょう。その次に補給物資の積み込みです。最後にー第二ミサイルポッドの切り離しと処分を行ます。総員、手の開いている者は、ただちに応援にまわってください」
三剣艦長は、決断を下して指示を伝える。
「俺も手伝おう。船外作業ライセンスも持ってるし、一応、戦場も経験済みだ」
ピアーズ少佐が、予備席から立ち上がると、艦橋からハッチへと向かっていく。
「助かります。少佐には申し訳ありませんが、機動マシンの方、よろしく頼みます」
「了解。マイケル! 一緒に来てくれ。お前はサポートだ」
 ピアーズ少佐は、艦橋入り口でブラブラしていた兵に声をかける。
「イェッサー。お供します」
 マイケルと呼ばれた兵の服は、撃沈された第一艦隊旗艦「ワシントン」の所属を示している。金髪の若き好青年だが、彼も「しまかぜ」にサルベージされて救助された兵の一人だ。
 ピアーズ少佐とマイケルは、一緒に機動マシンの管制に使われているサブ・ブリッジへと降りていった。
かくして、宇宙戦闘艦「しまかぜ」は、弾薬と補給物資の積み込みを終えて、第二ミサイルポッドの不発弾処理のため、一旦、艦隊を離れることとなった。
 そして、不発弾処理をはじめて数十分後、多数の船外作業員を艦のまわりにまとわりつかせた最悪の状況で、再び戦闘は始まった。


「敵襲!」
 警戒警報が艦内に鳴り響く。
 第二艦隊所属の重戦闘艦二隻が、すでに被弾し、爆煙を噴出させながら定位置を離れて漂流を始めている。完全な奇襲攻撃だ。
 衝突を回避するため、各艦がエンジンをスタートしているが、起動して回避運動を開始するまでには時間がかかる。せいぜい姿勢制御スラスターで、爆風による影響を抑えるのが手一杯という状況だ。
 その間に、さらに中型戦闘艦「ロンドン」にミサイルが命中して炸裂する。周辺空間にぶちまけられた金属片や人間らしき物体が猛スピードで艦隊内の空間を飛びぬけていく。
「遅いっ。ピケット艦は何してたんだ!」
「チョセン宇宙艦隊所属、重戦闘艦『カムジャタン』、『チャプチェ』突出します!」
レーダー・マンから、期待が込もった声が上がる。がー次の瞬間。
「『チャプチェ』より通信。機関故障のため、我……退避するぅー?  えっ。な、なんでだよ? はあぁ? 『カムジャタン』も故障ぉおおお? くそっ。まさか、自分たちだけ、逃げようって言うのかよ!」
「そんなバカなっ! チョセン宇宙艦隊に送信っ。『持ち場を離れるな』と」
 副長の泉史朗大尉が、歯噛みしながら吠える。
「応答なし。か、回線切れました……故障でしょうか?」
「チョセン宇宙艦隊、最大加速で離脱します。だ、第二宇宙速度突破」
 レーダーマンの報告に船外活動から帰ったばかりのピアーズ少佐も、頭を左右にふる。
「機関故障で? 最大加速か?」
「ちいいっ。こっ、こちらも脱出しましょう!」
 操縦席の増岡航宙士が、操縦桿を握り締めながら叫ぶ。
「ダメだっ。今、本艦の船外では多くのクルーが作業中だ。艦内に戻ってスタンバイするまで、最低でも十分はかかるっ!」
 泉副長がダメ出しする。
「そんな、このまま標的になったら、結果は同じですよ!」
「落ち着いてっ。奇襲の第一波の攻撃は、本艦から外れたのです。これ以上の直撃はありません。私たちは、味方艦がぶちまけた大量のデブリの影にいます。だからー第二波は、そう簡単には当たらないはずです」
三剣艦長の声が艦橋内に響き渡り、ざわめきが一瞬にして静かになる。
「だいじょうぶ。今、この危機を一緒に乗り越えられるのが、本当の戦友です。だいじょうぶ。落ち着いて。私たちはひとりじゃありません。味方がいます。奇襲の第一波を防ぎきれば、きっと、なんとかなります!」
三剣艦長の乗組員全員に言い聞かせるような話しかけが、パニックに陥りかけた艦内を静めていく。その声が聞こえたかのように、第二艦隊の主力となっているソ連艦隊が一隻、また一隻と向きを変え、奇襲をかけてきた敵の小型艦へと突撃していく。
逃走した味方艦の悪口を言っても仕方がない。同じ人類、地球艦隊とはいっても、規律もモラルもすべてが統一されているわけではない。劣等感とそれから生じた自己満足や面子だけで宇宙に無謀な宇宙進出を進めている国もあるのだ。非常時だからといって、そんな国の艦隊に期待をかけるほうが愚かなのだ。
三剣艦長の言葉は、的を射ているだけに、しばらくするとあきらめとサバサバとした雰囲気が艦内に広がっていく。怒りからは、何も生まれない。使命感と責任感ある行動、そして冷静さだけが危機を回避して、生き残ることに繋がっていくのだ。
「船外作業班の回収を急いでください。エンジン始動! 使用可能な武器のチェックを進めてください」
 三剣艦長の適切な指示が飛ぶ。そのスムーズな指揮に、クルーたちが応えていく。
こういう時、泉副長は思う。ああ、艦長は普段、俺を信頼して全てを任せているんだなと。
「サイクルビーム第一砲塔旋回不能! ターレットにひずみが生じている模様」
 長友戦闘班長が、あせったような声をあげる。
「こちら機動マシン001号。聞こえた。こちらで砲塔を動かしてやる。指向先を教えてくれ」
 長友戦闘班長の声を聞きつけたのだろう。船外で機動マシンを操作している斉藤が、とんでもない提案をしてくる。
「ようし。斉藤頼む。長友っ。斉藤に砲塔の指向先を指示してやってくれ」
 泉副長が間に入って、指示を出す。
「了解っ」
「旗艦『イリューシン』、『モスクワ』回頭。敵艦隊前面に出ます。旗艦『イリューシン』より通信。『補給艦とメディカル艦の退避を優先する。全艦、敵艦隊の侵入を阻止せよ』。以上です」
「びっ、ビーム来ます!」
 次の瞬間、観測班から悲鳴のような声があがり、「しまかぜ」の周囲を高エネルギービームでできた多数の槍が通り過ぎていく。 
 あとから来た槍の一本が、「しまかぜ」の艦首に当たって弾かれる。
「艦首に被弾。そっ、損害なし?」
「?」
 三剣艦長の疑問を察して、ピアーズ少佐が答える。
「旗艦を貫通したビームですよ。たぶん、破壊力が――半減してるんです」
「盾になってくれたということ……? なら、こちらも期待に応えないといけませんね。針路変更! 本艦は、旗艦の左舷より回り込んで敵艦隊に突撃します!」
宇宙戦闘艦「しまかぜ」は、姿勢制御スラスターを噴かせながら艦首の向きを変え、メインエンジンに点火して最大加速をかけて突撃に移った。
「斉藤っ! サイクルビーム第一砲塔5度右へ。もうちょい右。行き過ぎた。ちょい左……」
 第一砲塔のゆがんだターレットが無理やり動かされる音が、艦橋内にゴリゴリと響く。原始的な方法だが、現状では主砲を一基でも失いたくないのだ。
「上下角誤差修正、自動追尾はカット! 手動照準に切り替えます。敵、突撃偵察艦三隻捕捉!」
「撃ってください!」
三剣艦長の号令とともに艦橋の窓いっぱいに閃光がきらめき、青白いビームが敵艦めがけて発射される。
「命中! 敵、突撃偵察艦、一隻横転。噴出した黒煙のため、針路が逸れていきます。残り二隻は直進して向かってきます。本艦、針路633へ修正。相対速度アップ。サイクルビーム砲塔旋回……間に合いません!」
「任せろっ! ミサイルポッドよりA2多弾頭誘導弾発射!」
三剣艦長の命令を待つことなく、副長の泉史朗大尉が指示を出す。
 ミサイルポッドからの発射の反動で、「しまかぜ」の速度が若干抑制される。艦橋の両側を白い弾体をしたA2多弾頭誘導弾が飛翔して、通り過ぎていく。
「敵ミサイル接近!」
 レーダーオペレーターの声が響く。
「ECM作動! デコイA、B、C発射と同時に展開っ! 針路修正。元にもどせ」
「直進ですか?」
「当然です。死中に活を見出すには、それしかありません。突撃してください」
三剣艦長の言葉と同時に、「しまかぜ」は突撃を続行する。敵ミサイルは、放出したデコイの方へ逸れていき、針路上にあった敵突撃偵察艦にA2多弾頭誘導弾が突っ込む。弾頭がばら撒かれ、その網の中に突っ込んだ敵突撃偵察艦が爆発、四散する。
「命中! 敵、突撃偵察艦、一隻撃沈!」
 オペレーターの声が響き、艦橋の窓が白く輝く光に満たされる。
「敵ビーム射撃、なっ、なんとかかわしました」
「敵、突撃偵察艦、捕捉。ち、近すぎます!」
「かまわん! ミサイル撃てっ! 近接戦闘用機関砲一番、三番射撃開始っ! 右舷アンカーも敵艦に撃ち込めっ」
 泉副長の指示に合わせて、口径四十ミリの宇宙空間用機関砲バルキリーが、すれ違いざまに敵艦に向けて弾幕射撃を浴びせかける。敵艦の側面にでかい穴が次々と穿たれ、金属片が飛び散るが、相対速度が極めて速いため、ほんの一瞬の出来事だ。
ミサイルは、機動が間に合わず、全弾はずれてあさっての方向へ飛び去っていく。
射出された右舷アンカーがかろうじて敵艦後部に撃ち込まれ、敵艦後部の装甲板や構造材を引きちぎっていく。この制動ショックで敵艦の姿勢が乱れ、敵艦から放たれたレーザーは、照準を狂わされて、「しまかぜ」に命中することなくはずれる。
「回頭っ! すれ違った敵艦を追えっ!」
「まってっ。そのままですっ。そのまま直進して、敵の本隊を叩きます」
 泉副長の命令を、三剣艦長が訂正する。
「ま、またですか?」
「すでに敵の前衛艦に飛び込まれて、我が艦隊内は乱戦状態になってます。ここに外部から、敵本隊からのアウトレンジ攻撃をかけられたら、地球艦隊がまた一方的に叩かれます。ここは、本艦が突っ込んで、敵本隊の攻撃を牽制するしかありません」
「ですが、圧倒的な火力の差があります。集中攻撃を食らったら……完全にお陀仏になります」
「我が軍の主力が、目の前にいるのです。それをほっといて、この『しまかぜ』を全力で叩こうなんて考えるはずがありません」
「かけますか?」
「いいですよ。オッズは十倍でどうでしょう?」
 泉副長は、三剣艦長の頭の回転の速さと大胆さに舌を巻いた。
「ははっ。やめときます。いいでしょう。本隊を叩きましょう。狙うは信玄の首のみって奴ですね」
 X707宇宙戦闘艦「しまかぜ」は、右舷アンカーを引き込みながら、自身の数十倍を超える巨艦が群れをなす敵艦隊の中央に、フルバーニアで突っ込んでいった。


 いつの間にそこまで到達してしまったのか、三剣艦長も副長の泉史朗副長もよく覚えていない。乱戦の中、幾筋ものビームやレーザー、数十発のミサイルの雨をかいくぐった「しまかぜ」は、今、火星軌道の近くを遊弋していた。
敵艦隊のど真ん中に乱入することに成功したからといって、「しまかぜ」がまったく敵の攻撃を防げたわけではない。幸いなことに搭載したミサイルや弾薬はほとんど使い尽くした後のことで、誘爆などによる被害の拡大を起こさずに済んだだけのことだ。
艦体に外部装着されたミサイルポッドなどは、目立つため、あちこちに被弾して破損している。ただ最も幸いだったのは、居住区画への被弾を免れたことと、エンジンなどに致命傷を受けなかったことだった。
一緒に戦った第二艦隊とは、ガルコリア艦隊によって、まったく離れ離れにされてしまったが、結果として「しまかぜ」は敵艦隊の背後に回りこんで大暴れする形となったのだ。巨大なガルコリア艦隊の旗艦らしきものとも遭遇したが、武器弾薬をほとんど使い尽くした中ではパスするしかなかった。
「しまかぜ」が撃沈撃破、どれくらいの戦果をあげたか、もはや誰にもわからなかった。
 エンジン出力を切り、慣性航行を続けながら、全員がふと我にかえったところだったのである。
「終わった……かな?」
 増岡航宙士が、オートパイロットをオンにして、操縦桿から手を離す。被弾した時に備えて着込んでいる宇宙服の手袋を外す。そのとたん、水滴が手袋の中からポタポタと垂れる。
 それを見て、泉副長は増岡航宙士の肩に手を置く。
「ご苦労。グッジョブだ」
「いえ。緊張しすぎるとー、時々、こうなっちゃうんですよ」
 増岡航宙士が、少しだけ、はにかみながら答える。そこに通信が入ってくる。 
「チョセン宇宙艦隊所属、『チャプチェ』『カムジャタン』より通信。我、敵と接触。現在、交戦中。至急、応援頼む」
 通信オペレーターが、通信内容を艦橋内に流す。
(「第二艦隊旗艦へ。至急救援を。敵は圧倒的戦力で、本艦と『カムジャタン』を包囲しつつあり。大至急救援求む。繰り返す。こちらチョセン宇宙艦隊所属、『チャプチェ』。艦長のジェジュンだ。第二艦隊の全艦艇は、ただちに救援に向かわれたし…………」)
「ははっ。放っておこう。こちらにそんな余裕はない」
ピアーズ少佐が、辛らつな意見を述べる。
「へっ。自分勝手な奴らだ。自分で撒いた種だぜ」
 長友戦闘班長も手厳しい。
「何とか、できませんか?」
「は?」
「言いたいことはわかります。けれど、ウソをつかないと生きていけない可愛そうな人たちだと思えば、救ってあげるのもありじゃないでしょうか。それに――下手に生き残ったりすると、今度はなぜ助けに来なかったかと、逆恨みしてくるかもしれませんよ」
「はっ。先に我々を置いて逃亡した奴らだぞ。自業自得って奴だ」
ピアーズ少佐が憤りながら答える。その意見は、艦橋内に詰めているクルーたちほぼ全員の一致した見解だったろう。けれども、三剣艦長は全員の顔を見渡して、ため息をついて言った。
「それが理解できないほど、精神的に幼稚なんです。仕方ないじゃないですか。見殺しにしたとなったら、日本艦隊の名誉が傷つきます。それでもいいとは思いませんけど。どうでしょうか?」
三剣艦長の言葉を聞いて、ピアーズ少佐が肩をすくめる。
「すまん。今は、居そうろーしてる身分だったな。判断は、君たちに任せるよ」
三剣艦長の視線を受けて、副長の泉史朗大尉が黙ってうなずいて、状況をまとめて報告する。
「ミサイルはすべて使い果たしています。機関砲の弾薬は若干残っています。あと使用できるのは、ビーム砲とリニアガン程度です。救援の過程での戦闘参加は、困難としか思えません。ですが、遠距離からの牽制程度なら、何とかなるかもしれません。エネルギーも半分しかありませんが――。それでも、行きますか?」
「行きましょう。出来る限りのことはしたいと思います。見捨てることはできませんよね」
 三剣艦長の視線を受けて、泉副長は増岡航宙士の肩をポンと叩く。
「了解。針路変更」
「へいへい。それじゃ、もうひとふんばりいきますか」
増岡航宙士が、再び操縦桿を握る。
 「しまかぜ」は、救援要請が発信された宙域へと向かった。しかし、すでに艦体自体に損害が蓄積していて、最大戦速は発揮できず、結局到着した頃には、戦闘は終結した後だったのである。



「救命ボートが一隻。なんだか二人の乗員が、しがみついてるみたいですが……」
「奪い合いしてるみたいだな」
「様子を見ましょう。艦停止! 全艦、周囲の警戒を怠らないでください」
 戦闘宙域には、撃破された双方の艦船の破片が無数に漂っていた。中には不発弾も数多く含まれていて、安易にその中には踏み込むことができない。
 スペースデブリのバリアみたいなものである。
 そんな中で、「しまかぜ」は、戦場から離脱していく救命ボートをデブリのバリアの向こう側に一隻確認していた。その動きは安定せず、トラブルが起こっているとしか見えないのだが、空間に無数に漂うデブリのため、接近もできず遠くからレーダースキャンと望遠カメラで様子を見守ることしかできない。
 望遠カメラで捉えた映像が、艦橋内の大型ディスプレイに映し出される。三剣艦長はじめブリッジのスタッフが見守る中で、救命ボートから一人の乗員が蹴りだされて、宇宙空間を漂流する。ボートは、シャッターを閉じて、軽くブースターを噴かして、宙域から向こう側へと去っていく。おそらく、こちら側に「しまかぜ」がいることを確認していないのだろう。
 救命ボートは、原則として一人乗りだが、無理に二人乗れないことはない。けれど、宇宙空間を漂流する時間がどれくらいの期間になるかわからない中では、自分が生き残るために奪い合うという事態が起こることもやむを得ない。
「微弱ですが、船外活動通話をとらえました」
レーダーオペレーターの水島が、艦内スピーカーに捉えた通話電波を流す。
(ヨン! 待って、私を……ザザサッ……いかないでっ。ザッ)
(男は、これからの戦い……ザザッ……必要……ザザッ)
(……愛してるって……ウソな……ザザッ……)
(あんにょ……ザッ……けーせよ……ザザッ……)
(ヨーン! ……ザッ……私、こわい……ザザサッ……死にたくな……ザザサッ……)
(……ザザサッ…………ザザサッ……)
 あとは、雑音と女性の泣き声が続くばかりだ。
 生へ執着する人間が起こす、そんな浅ましい光景を目撃して、ブリッジ内に気まずい雰囲気が漂う。緊急避難として、やむをえないことだと理解はしているものの、見ていて気持ちのいいものではない。まして、痴話ゲンカのような通話で、男は彼女を見捨てて一人で逃げてしまったとしか考えられない。
 泉副長は、ふと気になって、艦長の顔をちらっと見上げる。すぐさま、艦長のきびしい視線が返ってくる。
 表情には出さないが、怒っているのは明らかだ。
「よっし。ボートから蹴り落とされた乗員を救助だ」
 泉副長が、指示を出す。
「救命ボートは……どうします?」
 レーダーオペレーターの水島が尋ねる。
「残念だが、回収する時間がない。それに、あっちが、離れていってしまった以上、救助は困難だ。なあに、二、三日もすれば味方が助けるだろ」
「了解」
 泉副長の答えを受けて、水島の顔に皮肉っぽい笑みが浮かぶ。
 「しまかぜ」の周囲を、艦船の残骸が拡散して飛んでいく。その数は、少しずつ減っていく。そのピークが過ぎたところで、艦の外へ斉藤が機動マシンで飛び出す。そして、こちらへ漂ってくる宇宙服姿の乗員をキャッチしようと待ち構えた。


「ニコル……いいます。所属は、チョセン宇宙艦隊所属、重戦闘艦『カムジャタン』。配属は、医療・通信管制班でした」
 救助されたのは、長い黒髪の女性だった。先ほどまで心細さと恐怖に押しつぶされそうになりながら、泣き通しだったのだろう。真っ赤に泣き腫らした目の下に、クマまでできていた。顔色も青くて、しかも身体が少し震えている。精神的ショックの大きさがわかるところだ。
「了解。怪我がなくてなによりです。ところで、『カムジャタン』、『チャプチェ』は、どうなったんでしょう? 無事、脱出できたんでしょうか?」
「爆沈しました。両方とも……」
「そうですか……。とんだ災難でしたね。ゆっくり休んでください」
 三剣艦長は、信じられないほど優しく声をかける。
「艦長。救出していただいて……感謝します」
「ん。当然のことです」
「いえ。自分は、そう思わない。我が艦隊は、トップも士官も兵も……腐っています。恥ずかしいですけど……これが現実……」
「そうですか? ……でも、私は、優秀な兵を救助できたと信じています。……ちがいますか?」
「いえ。努力します。これから――。きっと……」
 ニコルは、そう言うと救助にあたった斉藤、サブ・ブリッジで救助のサポートに当たったマイケル一士とともに艦橋を出て行く。
 しばらくの沈黙の後、補助席のピアーズ少佐が声をあげた。
「オーケー。仕事だ。仕事。艦長、これからどうするね?」
「地球へ帰還して、残存する地球艦隊と合流を図るべきですね。けど……。現状では、あまりにも危険な航海になりそう。武器、弾薬の補給が、ぜひとも欲しいところです……」
 三剣艦長は、艦の状況に関するデータを読み取って、腕組みしながらつぶやく。
「なら、火星軍のダイモス基地はいかがでしょうか。そこなら、補給が受けられます」
泉副長が、大型ディスプレイに想定航路図を呼び出す。
「なるほど。ダイモス基地なら、アラモポートに火星軍の第四艦隊が駐留しているし、物資の蓄えもあるしな。何よりも、ここから一番近い地球軍の拠点だ」
 ピアーズ少佐が、肯定する。
「でも、兵装の規格が合わない可能性が……。完全な補給は困難です。理想を言わせていただければ、月基地のアルテミス・セブンが一番です。あそこには、「ゆきかぜ」級の建造に携わったメーカーのドックもありますしー、完璧な修理と補給が期待できます」
 レーダーオペレーターの水島が、少し期待を込めた提案をする。
「アルテミス・セブン? いや、それを言うならスリーの方だな」
ピアーズ少佐が、少しバツが悪そうな顔をして訂正する。
「なんで? セブンの方が施設も何も充実してる。艦船修理用のドックも、大小十近くそろってるし……うまくいけば第一、第二残存艦隊と合流できる可能性もあります。距離的にもー火星とほとんど変わらないですよ」 
「……アルテミス・セブンは、敵の隕石誘導弾攻撃で先日壊滅した。地球本土には、まだ伝えられていなかったが……」
「……」
 ピアーズ少佐の答えに、泉副長もレーダーオペレーターの水島も驚きのあまり声が出ない。
「月の防衛戦力は、ほぼ半分になった……。それだけのことです」
 三剣艦長が静かに事実を繰り返して、確認するようにつぶやく。
「そんな、地球艦隊最大の前線基地がなくなってたなんて――。隠してたんですか?」
 レーダーオペレーターの水島が、血相変えて席を立ち、ピアーズ少佐に詰め寄る。
「水島兵曹。落ち着いてっ」
 泉副長が、席を立った水島を押える。
「これが落ち着いてなんていられますかっ! あそこには、日本艦隊の――。『イオージマ』級軽戦闘艦『はたかぜ』が慣熟訓練のため派遣されてたはずです。まさか、『はたかぜ』まで撃沈されたなんてこと……ないですよね?」
「『はたかぜ』? ユリア艦長候補生の『はたかぜ』?」
三剣艦長は、後輩のハーフの士官の顔を思い出しながら確認する。たしか、フルネームは、ユリア・川西。ショートカットの金髪が美しい美人艦長候補生として、日本艦隊総司令部でも話題の中心になっていた。日本宇宙艦隊士官候補生養成課程の二期生で、トップの成績をあげたため、アメリカ軍から供与された軽戦闘艦に乗り組んで、チャンスがあれば作戦に参加することになっていた。ただし、艦隊戦前の第一艦隊参加艦艇リストに、「はたかぜ」の名前はなかったはずだ。
「ええ。そうです……よ。僕の妻が……香澄が、乗艦してるはずなんだ……」
 水島の声が詰まる。
「残念だが、アルテミス・セブンの被害は、壊滅としか聞いていない。そこにいた艦艇のどれだけが退避できたのか、情報はない。今、私が答えられるのはそれだけだ」
ピアーズ少佐は、そう言うと水島の肩を軽く押し戻す。
「まだ、警戒配備中だ。席にもどれ」
 重苦しい雰囲気の中、泉副長が確認の声をあげる。
「やはり、火星のダイモス基地、アラモポートへ向かうしかないでょう。よろしいですか?」
「それしかないですね。任せます」
 三剣艦長が答えて、ピアーズ少佐に指で合図を送る。近くにこいという合図だ。ピアーズ少佐がシートベルトをはずし、艦長席へ飛ぶ。
「あとで、艦長室へご足労願います。副長とともに確認したいことがあるので――」
「……わかりました」
 その間に、「しまかぜ」は、ゆっくりと姿勢制御ブースターを噴かせて進路を変更していく。新たな目的地は、火星の衛星ダイモス。火星軍第四艦隊が駐留するアラモポート宇宙軍港となった。


「火星軍第四艦隊司令は、アーノルド准将です。火星出身の初めての艦隊司令官ですが、敵ガルコリア艦隊の第一次火星侵攻において勝利し、火星本土への被害を最小限に抑えた英雄でもあります」
 泉副長が、寄港するアラモポート宇宙軍港に駐留する司令部の陣容を説明する。
「現在の火星軍の戦力は、第二次火星侵攻の損害からの再建途上にある。予備戦力をかき集めても、かつての五割というところだ。第一艦隊が戦った敵艦隊戦力が、そのまま侵攻してくれば勝ち目はないだろうな」
ピアーズ少佐が、アイスコーヒーを飲みながら両艦隊の戦力を比較する。
「いいえ。フォボス基地の第五艦隊と、火星本国で新たに編成された第七艦隊が合流すれば、戦力的にはほぼ互角となります。第一次侵攻の時と同じように全力で迎え撃つことができれば……」
泉副長は、火星軍の陣容についての情報を示して、艦隊戦力同士の決戦への期待を述べる。
「まあ、そんな心配は無用だ。敵ガルコリアの侵略目標は火星じゃないからな」
 ピアーズ少佐は、それを根本から否定する。
「は?」
「少佐……。情報を小出しにするのは止めてくれませんか?」
泉副長が唖然とする中、三剣艦長がピアーズ少佐に注意する。
「……地球軍総司令部は、この戦いについて、何か隠しているのでしょう? 知っていることを話してくれませんか?」
「そう言えば……少佐の艦隊内での配置部署……任務とか、まだ確認していません。撃沈されたアメリカ合衆国重戦闘艦「ワシントン」に乗り組んでいたことは聞いていますが、第一艦隊の司令部とは直接関わっていないようなこと、前に言ってましたね……。でも、その割には、いろんな情報に接することができたみたいだし……。まさかスパイなんてこと、ないでしょうね」
泉副長も、三剣艦長の言葉を受けてハッとなり、疑惑の目をピアーズ少佐に向ける。
「はははっ。スパイ? まさかガルコリアの? じょーだんはよしてくれ。もしそうなら、艦隊戦で命を失う危険もあるのに、わざわざ乗り組んだりしないさ。」
「艦隊に乗り組んで、敵に情報を発信して戦闘を有利にすることもできる。自らの命を顧みない狂信的な思想教育を受けた人間なら、それも可能だろう」
「おいおい、俺はそんなの嫌だね。俺は死にたくないよ。地球には、妻も子供たちもいるんだからね。それを残して逝くなんて、とてもとても……」
 ピアーズ少佐は、本当に困ったという表情で懸命に弁解する。
「……」
「オーライ。わ、わかった。話すよ。全部……」
 三剣艦長と泉副長の冷たい視線に、ピアーズ少佐は観念したかのように話し始めた。
「私は、今回、合衆国大統領の書簡を持った停戦交渉団の一員として、『アラスカ』に乗艦していたんだ」
「! ま、まさか? そんなことって……。『ルシファーの黒い箱舟』事件で、ガルコリアとの交渉は不可能。今後一切の妥協はしないということで、国連総会でも確認済みのはず……だ」
 泉副長が血相変えて、ピアーズ少佐の話に最初から食いつく。それを三剣艦長が手で制する。
「すみません。続けてください」
「あ、ああ。まあ、泉副長の気持ちはわかるが、この宇宙戦争で中心となって戦ってきた合衆国国防総省は、この戦争の行く末について、かなり悲観的な結論に到達したんだな。つまり、こうだ。今後2年目の戦闘において、地球軍は宇宙戦力のほとんどを壊滅させられて、宇宙圏の制宙権を奪われる。3年目以降は、大気圏外からの一方的な攻撃で、地球上の全都市は壊滅的な損害を受ける。そして、4年目には、地球上の全ての国家とともに地球人類は滅亡する……」
泉副長が真っ赤になって何か言おうとするのを、今度はピアーズ少佐自身が、制止する。
「言わなくていい。わかるよ。人類がそんなに簡単に滅亡しないと言いたいんだろ。私も同意見だ。だが、このままだと、かなりの人類が犠牲になることは確かだ。我が合衆国大統領としては、その惨劇を回避し、願わくば、将来の反抗に向けた時間稼ぎをしたいと考えたんだ。国防総省も1年間の猶予期間があれば、戦力上の劣勢の挽回は十分可能との結論をはじき出した。だからーサンタフェの宇宙艦隊工廠での新型重戦闘艦の緊急建造計画と平行して、大統領は、特使を派遣することに同意したんだ。敵に意図を察知されないよう、国連にも極秘でね」
「……」
 しばらくの沈黙のあと、三剣艦長がかすれた声で質問を投げかけた。
「交渉のチャンネルは……どうやって確保したのでしょうか? 『ルシファーの黒い箱舟』事件以後、彼らとの交渉ルートはなくなっていたはずです……」
「だいじょうぶ。ちゃんと確保されてた……。信じられないかもしれないが、実は……ガルコリア人は、異星人じゃなかったんだ」
「は?」
「ガルコリア人は、異次元人、つまり別の世界に住む地球人なんだ。それが、国防総省が捕虜や様々な資料、情報を分析して得た……結論だ」
「……!」
艦長室内が沈黙の静けさに包まれる。三剣艦長が、泉副長の様子をチラっと見る。それを察して泉副長が少し呆けた顔で、艦長の方を見て、すぐ我にかえる。
「ち、同じ地球人が、我々を滅ぼそうとしているって、か? なんで? なんでそんなこと……するんだよ。ありえない……」
 しばらくして、泉副長が疑問を口にする。
「私も同意見です。別の世界に住んでいたとしても同じ地球人であれば、分かり合えるし、共存の道を歩むことも可能なはず……」
 三剣艦長も泉副長に賛同する疑問を口にする。
「そうだね。けれど、そんなの希望的推測だろ? 我々自身の歴史を振り返ってみるといい。西洋史で言う大航海時代から第二次大戦、いや太平洋戦争まで、人類の歴史は侵略の歴史だ。同じ人間だといっても、黒人は奴隷化、アメリカ大陸のインディアンやオーストラリアのアボリジニは絶滅の対象とされてきたほどだ。人種差別の問題は、過去の遺物じゃない。人類史に深く根を下ろしたやっかいな負の遺産だ。」
 ピアーズ少佐は、冷静に人類史を俯瞰した上で事実を指摘する。
「特に、新大陸やオセアニア、アジアで行われた侵略の歴史は西洋史の最大の汚点だが、太平洋戦争で帝国主義が終焉していなければ、今頃どんな世界が生まれていたか、想像することは難しいことじゃない。そんな世界が仮にあったとして、それがガルコリア人のいる別の世界の出来事だったと仮定すれば……」
「では、少佐は……ガルコリア人は別の世界の、人種差別の意識が染み付いた白人だと? そう言われるのですか?」
三剣艦長が、つばを飲み込みながら、少佐の言わんとすることを推測してたずねる。
「いや。俺もその話を聞いた時、気になったもんだから、停戦交渉団のスコット大使に確認したんだけど、ちがったよ。正直、こんな戦いをしている相手が、世界が違うとはいえ、自分たちの祖先と同じ人種だったとしたらとても耐えられたもんじゃないからな」
ピアーズ少佐は、少しだけ笑みを浮かべて答える。
「国防総省の調査結果では、ガルコリア人は東洋人、アジア系を中心とする種族だ。我々、欧米系の種族じゃなかった……」
「……!」
「はははっ。安心していい。なぜだか知らないが、ガルコリア人の住んでいた世界に、日本列島はない。だから――日本人ということはありえないし、言語系統もまるっきり異なる……。話が脱線してしまったな。合衆国が、彼らとの停戦交渉を可能と判断したのは、そこなんだ。彼らが我々の住む世界の地球を欲しているのはなぜか? それを確認して妥協点を探ることだけでも、交渉中ということで、戦争の進行を遅らせることができると考えたんだ。一月でも、いや一日でもいい。侵攻を遅らせる……。それが、大統領が、今回の交渉を指示した目的だったんだ」
「実際に――交渉は行われたのですか?」
「失敗した……。ガルコリア人は、我々の予想を超えるメンタリティーを持った存在だったよ。交渉のテーブルで、彼らは平気でウソを重ねた。停戦交渉宙域として指定された宙域に、彼らは隕石誘導弾攻撃を仕掛けてきたんだ。信じられない方法で。艦隊はなんとか攻撃を回避したが、停戦交渉を想定して防空体制を解除していたアルテミス・セブンは、隕石誘導弾の直撃を受けて壊滅した。その時、停戦交渉団は、スコット大使も含めて、ほぼ全滅した。乗艦していた重戦闘艦『アラスカ』と一緒にね。私は、第一艦隊の旗艦『ワシントン』のリー提督との連絡のために、停戦交渉団から離れていて助かったというわけだ」
「勝手なことするから……ですよ」
 泉副長が、皮肉を交じえてコメントする。
「きついな。でも、これは人類がガルコリアとの戦いで勝利するための、希望をかけた交渉だったんだ。それはわかってくれ」
「そのために……月のアルテミス・セブンが失われたんですよ。完全に合衆国の判断ミスじゃないですか?」
「それを言うなら、『ルシファーの黒い箱舟』事件でメガシティ003・TOKYOを失った日本政府の対応の方はどうなんだ? 一千五百万の住民を死なせた責任の方が重くないのか? 『平和憲法の理念は、宇宙人との間においても当然適用される』とか、甘ちゃんなこと言って合衆国の反対を押し切って、得体の知れないガルコリアと平和交渉をしようとしたのは、日本の方が先だぞ。おかげで、日本に依存していた産業技術、生産基盤のかなりの部分が無くなって、宇宙艦隊の維持さえ一時は危機に陥りかけたんだ……。幸い国防省の先進技術情報集積記録管理プロジェクト『フェニックス』があったんで、失われた技術の大半が復活したが、それさえも無ければ、人類はとうの昔に、ガルコリアに敗北しているところだ!」
「あの時は、戦争状態に入る前じゃないですか。それとこれは、話がちがう。比べられませんよ」
「合衆国も欧米各国の首脳も、警告したんだぞ! それを無視した無能な日本国総理の責任、そして日本人の甘ちゃん気質が、あの事態を招いたのだ。日本政府が交渉していた相手は、ガルコリア人ではあるが、反体制派として亡命してきた連中だというのが、国防総省の現在の見解だ」
「え? 反体制派? ガルコリア人の中にそんなのがいたのか?」
「ああ。反体制派といっても、侵略する意図にかわりはない。ただ人類を絶滅させるか、させないかという違いだけで、現在交戦中のやつらは絶滅させることしか考えていないのが、今回の交渉の中で明らかになったということだ」
「大統領に交渉結果を伝えたスコット大使は、最後にこう言ったよ。『これは殺るか殺られるかの二者択一です。我々が生き延びるため、平和を確実なものにするためには、ガルコリア人の世界の母星まで行き、彼らを完全に滅ぼさなければならないでしょう。凄惨な戦いになりますが、もはや戦争の決着はそれしかないでしょう』ってな」
「無理ですね。我々には、彼らの世界に攻め込む技術が、ありません。別の世界に存在する彼らの母星を攻撃することは、不可能です」
 三剣艦長が、さばさばとした表情で答える。
「いや、すでに彼らの技術を真似た、試作の時空跳躍システムは完成している。問題は、そのナビゲーターだけだ」
「そ、そんなの聞いてないぞ」
「だから、極秘だと言ってるんだ。今回の交渉団には、敵の母星まで行き、そのナビゲーターになるか、目印となる装置を向こうに置いてくることも想定して実行されたんだ」
 そう言うと、ピアーズ少佐は胸ポケットから小さな情報端末カードを取り出した。それは合衆国宇宙艦隊要員の身分証明書にもなっている小型の携帯用コンピュータだ。
「これが、その役割を果たす。信じられないかもしれないが、時空を越える時空重力子振動を受けると作動して、特定波動の重力子振動波を一定周期で発信することになっている」
「そんなの聞いてないぞ」
「そりゃそうだ。この極秘計画はすでに宇宙戦争が始まった当初から、すでに実行されてきている。君たち宇宙艦艇の乗組員には一切知らされることなく、ね。敵、ガルコリアが、我が軍の捕虜を時空を超えて母星まで連行していけば、我々には敵本星へ侵攻するチャンスが生まれるというわけだ。残念ながら、これまで、敵は一切捕虜を取るようなことはしていないので、失敗しているがね」
「それでは、それを確保した上で、試作の時空跳躍システムを積んだ宇宙艦隊を新たに建造して、侵攻する予定ということなんですね?」
「はははっ。新しく竣工した第二世代の宇宙艦艇には、搭載済みさ。この『しまかぜ』にも、ね」
「!」
「そんなこと、きいてないぞ!」
 泉副長は、イライラしたように「きいてない」という言葉を繰り返すばかりだ。
「だからー、すべて秘密なの。合衆国提供の宇宙艦艇用エンジンにパーツの一部として組み込んであるんだ。エンジン暴走制御システムとかいう名前でね」
「では、それを起動させれば、この『しまかぜ』も次元を超えて、別の世界にあるガルコリアの本星に行くことができるということなんですか?」
「理論上は、ね。試作システムが正常に稼動して、なおかつナビゲーションシステムからの信号を正確に受信して行くことができればーの話だけど……ね」
「なぜ、それほどまでに……秘密に?」
「そうしなきゃ、敵をだますことなんかできないからさ。時空跳躍システムやナビゲーターの問題を我々がクリアしそうだとガルコリアが知れば、必ず何か対応策を取ってくる。それを防ぐためにも、これはすべて秘密にしなければならなかったんだ」
「試作の時空跳躍システムを起動させたことは?」
「ない! ガルコリアに知られないようにするために、試験も一切行われていない」
「危険じゃないのか?」
「ガルコリアの艦艇にもついている奴のコピーだ。信じるしかない。ただ、さっきも言ったように、ナビゲーター無しだと、どこへ飛ばされるかわからないんだ。帰ってこれるとは思うが……。その時、何が起こるかは、我々には予測もつかない……」
「冒険ですね」
「そう、冒険だ」
「いいえ、それは無謀というんですよ」
 三剣艦長が、泉副長とピアーズ少佐をたしなめる。
「仮にも人間が乗って行くものなら、安全の確保は第一にすべきものです。戦いの中で、兵を使い捨ての駒のように扱う軍隊が勝利することなどありえません」
「……いや、だが、これは極秘で進めることがどうしても必要で……」
「隠していても、一度、手の内を明かしてしまえば、それで終わりです。それよりも、自信があるなら積極的に使うべきだし、それを念頭に置いて戦いを進めることで、新たな展開が期待されるとは思いませんか? ひょっとして、それを使えば、アルテミス・セブンも助けることができのではないですか?」
「ど、どうかな……それは――わからない」
 ピアーズ少佐は、口ごもってしまう。だが、その様子を見ていた泉副長は、「基地は無理でも、艦隊戦力は失われずに済んだかもしれない」と感じていた。なにしろ次元を超えることができるのだ。逃走するのに使えば、こんな便利なものはないだろう。そう思う。
「地球軍宇宙艦隊司令部も、そのことは承知しているのでしょうか?」
「上層部だけだ。第一艦隊のリー提督も知っていたはずだが、他は誰も知らんだろう」
「地球軍宇宙艦隊司令部は、今後どうするつもりなのでしょう?」
「さあね。ただ、艦隊主力が壊滅した今となっては、火星軍を中心にゲリラ戦を展開して、できるだけ艦隊戦力を維持し、時間稼ぎを続けることになるだろうね」
 ピアーズ少佐は、情報端末カードを手にすると、現存する艦隊戦力表を呼び出す。それは前日の半分以下となっている。すさまじい損耗率だ。これでは、明日には、地球軍宇宙艦隊は全滅する計算となってもおかしくないだろう。
「もはや、正面きって艦隊戦を行うことはできないよ。」

「私が話した内容は、信じられないかもしれないがトップシークレットだ。他には絶対に話さないで欲しい。これは、我々に残された最後の反撃のチャンス、希望なんだからな。もし……、もし、ここから秘密がガルコリアに漏れて――、結果として我々が滅亡しても心が痛まないのならー、好きにするさ。」
 ピアーズ少佐は、そう言って締めくくると、残っていたアイスコーヒーを一気に飲み干す。
再び沈黙の静けさに包まれた艦長室内で、三剣艦長も黙ったままアイスティーに口をつける。それを見て、泉副長も自身の飲み物を口にくわえる。
静けさの中で自分たちの考えを整理しているのだろうと、ピアーズ少佐は思う。オープンにした秘密を信用するかしないか、そしてこれからどう行動するのか。これからの行動に、オープンした秘密を活かせるのか、どうか。確認したいことは山ほどある。
艦長室の小さな側面の丸窓から、外の宇宙空間に浮かぶはるかな赤い星を見つめる。
つい数日前、第一艦隊旗艦の特別室に収容されて感じた思いが胸中に蘇り、ピアーズ少佐は思わず顔をしかめる。同じような丸窓から感じた安心感をここで感じることはない。片や合衆国宇宙艦隊主力の重戦闘艦だ。桁外れの装甲と防御力を備えた艦だった。それに対して、こいつは吹けば飛ぶような、装甲らしい装甲もほとんど持たない軽戦闘艦だ。比較すること自体が無意味だ。
それなのに、この艦は、二度の宇宙空間戦を戦って、圧倒的不利の中をほぼ無傷で潜り抜けてきたのだ。艦の性能ではない何か、そう何かがこの艦を守っているのかもしれない。
「この『しまかぜ』は、立派だ……」
ピアーズ少佐は思わずつぶやいていた。それを聞いたのか、三剣艦長と泉副長が少佐の方へ黙ったまま視線を向ける。
「……いや、強運の船と言った方がいいかもしれんな……」
「……」
三剣艦長と泉副長はやはり黙ったままだ。ピアーズ少佐の独り言が続く。
「科学が発達して、一発必中が当たり前となった戦場で生き残れるのは、不可能に近くなりつつある……。それでも戦争を続けていると、なぜか不思議と被害を受けない艦が出てくる。確率論の上をいく奴が――。コンピュータの解析でもわからない原因に守られる奴だ。その原因は、どんなに科学が進歩しても突き止めることはできないだろうと思う。それが……、運命なんだというのは簡単だ。けれど、私はそう思わない。パラレルな多次元宇宙の存在が明らかになった今、私は歴史の分岐点、ターニング・ポイントこそが、その幸運の源泉なんじゃないかと思っている」
 ピアーズ少佐はそう言うと、黙ったまま見つめている三剣艦長と泉副長に視線を向ける。
「わかるかな? 私の言いたいことが? パラレルな多次元宇宙への出発点がもし仮に決まっているなら、その存在はその時がくるまで絶対の安全が保障されるはずなんだ。だからこの『しまかぜ』の幸運がそれによるものだとすれば、宇宙は何らかのイベントを用意しているはずだ。パラレルな多次元宇宙への出発点となるイベントを……」
「個人的に……」
泉副長が口を開く。
「……壮大なSF的発想を提示するのは構いません。けれど、そんなもの何の役にも立ちませんよ。私は、自分自身の力を信じます。自分の未来は、自分の力で切り開くべきものです。それを放棄したら、人間の生きている価値など、無きに等しい。すべて予定調和、因果律で縛られているなんてー考えただけで、むなしくなるだけです」
 泉副長は、現実主義者だ。頭も切れるし、そのすばやい判断は、士官学校時代から定評があるだけじゃない。臨機応変な思考の柔軟性も備えていて、常識に捉われない独自の発想も優れている。そんな彼にとって、切実な問題は上官たちの無理解との戦いであった。論争で屈服させても、こちらの意図したとおり動いてくれない組織との戦いは、彼の精神を疲弊させた。それを予定調和だったなどと断定されては、たまったものではないだろう。
 けれど、泉副長の経歴や心中をまったく知らないピアーズ少佐は、それを無視して言葉を続けた。
「いや、そんな無機質なものなんかじゃない。なんてー言うのかな。そう、コスミックな……、宇宙の意志なんじゃないかと思うんだ」
「それこそナンセンスですよ。神の存在を仄めかすようなことを言ってごまかさないでください。少佐の宗教観なんか、興味はありません」
泉副長の批判は手厳しい。
「信じる、信じないは任せるよ。ただ、信じる者は救われるってね。言うだろ。俺は、それを期待したいだけさ」
 ピアーズ少佐がそう答えた時、三剣艦長が少し腰を浮かせる。
「この程度にしておきましょう。少佐。話してくれてありがとう。礼を言います」
「礼を言うには及ばんよ。私自身、話して良かったのかどうか、まだ結論は出ていないんだ。心の奥から突き上げてくる衝動は、話すべき時だったのだとは思うけど……。君たちのこれからの行動を見てから判断することになるんだろうな」
「ん。期待を裏切らないよう、努力します」
「ああ、よろしく頼むよ。狭い艦内だ。できるだけ気まずい思いを持ったまま顔つきあわせていきたくはないからな」
 そして、艦長室での三人の密談は終わった。部屋を出て、それぞれの部署、部屋へ戻る三人の胸中には、複雑な思いが渦巻いていた。


「JX707『しまかぜ』。こちら、火星軍ダイモス基地アラモポート。応答せよ」
「こちらJX707『しまかぜ』。予定通り第三ドックへの入港許可を願います」
「了解。入港を許可します。現在進路そのまま。ガイド・ビーコンに沿って進入せよ」
「こちら『しまかぜ』。了解」
 通信オペレーターの島本一士が火星軍ダイモス基地のアラモポート管制室と入港に向けた交信を続ける。
「艦長! 十分後にドックに入ります。艦橋までご足労願います」
 ブリッジを任されていた戦闘班長・長友が、状況を確認して、艦長室へコールする。
「わかりました。今、行きます。副長は?」
「副長は……少し休みたいとのことで、ついさっき、自室へ戻られました」
「了解。今、行きます。ピアーズ少佐も?」
「ははっ。少佐の方は元気いっぱいで、救助したニコルとかいうチョセン艦乗員のヒアリングに行ってます。第二艦隊のその後について聴取するとか言ってましたが、どーだか。ニコルって娘、意外と美人ですからね」
 そばで聞いていた通信オペレーターの島本一士が、苦笑いする。
「むだですよ。ニコルは、マイケル一士の方に脈ありですから――」
「ははっ。じゃ、少佐の浮気は失敗ってことになるのかな」
 島本一士の答えに、長友は同情するような顔をしてから、二人して笑い出す。

しばらくして、艦橋に三剣艦長が、現れる。
「まもなく、ドック入りです」
 「しまかぜ」の操縦桿を握る増岡航宙士が、声をあげる。
「了解。物資の補給と修理の手続きは済んでる?」
「はい。地球軍月基地『アルテミス・スリー』との暗号交信で正式な了解が得られたとのことで、できる限りの補給をするとの約束をいただきました。ただ――」
 副長に代わり指揮をとっていた長友少尉が答えるが、語尾がつまる。
「何か、問題があるの?」
 三剣艦長が艦長席のディスプレイで状況を確認しながら、長友少尉に話を促す。
「三点ほど。まず、本艦に収容した他艦の乗組員については、重傷者以外、下船収容は認めないとのことです。二つ目に、リニア・ガン用のスピアの補給はやはり特殊すぎて不可能との回答を受けています。そして、三点目に、火星軍の連絡将校一名の乗艦要請が来ています。乗艦を認めない場合は、補給に支障が出ると言うのですが、言葉のニュアンスは、拒否すれば補給は認めないという感じです」
「どれもこれも、受け入れるしかなさそうね」
「そうですね」
「とにかく了解したと伝えて、補給を優先させましょう。交渉は、それからよ」
「わかりました」
 長友少尉が、「了解」の返答をする間もなく、JX707「しまかぜ」は、火星軍ダイモス基地アラモポート第三ドックへ入港した。


「『しまかぜ』の入港を心より歓迎いたします」
 白いヒゲの火星人将校が、握手を求めてくる。
「こちらこそ。多大なるご支援に心より感謝申し上げます」
 三剣艦長が、その手をとって、固く握り返す。
「ふむ。しかし、意外ですな。日本国の戦闘艦の艦長が、女性とは知りませんでした。サムライの伝統の下、当然、男性だとばかり……」
「二十一世紀前半までですよ。それは――。今は、男女間にまったく差はありません」
泉副長が、艦長に代って答える。
「そうですか。私は、てっきり『ルシファーの黒い箱舟』事件以降、人材不足が深刻で、とうとう追い詰められたのかと思っておりました」
「ははっ。うちの艦長は、そんじょそこらの艦長とはちがいますよ。なにしろ、二度のガルコリア艦隊との交戦をくぐり抜けてきた猛者です。たしか……撃沈、撃破合計十隻にはなりますよ」
 泉副長が、指折り数える仕草をしながら答える。三剣艦長は、そばで黙って聞いているだけだ。
「そ、そうですか。そいつはすごい……」
白いヒゲの火星人将校が、目を丸くして驚く。
「いや、失礼しました。三剣艦長。私、このたび、貴艦に乗船することになった火星軍宇宙艦隊A集団情報参謀アブラハムです。しばらくお世話になります」
 姿勢を正し、改めて自己紹介するが、アブラハムはかなり高齢に見える。
「失礼だが、階級は?」
「はっ! 大尉であります」
 泉副長が、気まずそうな顔をする。無理もない、この「しまかぜ」の艦内では、副長と同格、艦長や居候しているピアーズ少佐に次ぐ階級だからだ。
「アブラハム大尉。たいへん申し訳ないが、本艦は、撃沈破された味方艦から救助した乗員を収容していて、すでに乗艦定員を上回っている状況です。乗艦を遠慮してもらうわけにはいかないでしょうか?」
 三剣艦長が泉副長の気持ちを察して、やんわりと乗艦拒否の希望を伝える。
「どうぞ。気になさらないでください。私は、予備役から招集された老兵です。情報参謀とは名ばかりで、我が軍との連絡役、貴殿たちに対するアドバイザーとして派遣されたにすぎません。なあに、一兵卒との相部屋でもかまいません」
「いや、しかし……」
「三剣艦長。私の先祖はトルコという国の出身で、家訓として『日本との絆を大事にしろ』と命じられております。他の国々と違って、日本という国は信頼を裏切らない。この度の戦いで、私はこの日本の船に乗って、一緒に戦うことができてとてもうれしいのです。どうか、この老いぼれにチャンスを与えてくださらぬか」
 そこまで言われて三剣艦長は、泉副長に目配せする。泉副長は、やれやれといった顔で肩をすくめる。
「わかりました。乗艦を許可しましょう。狭い艦ですが、よろしく頼みます」
「はっ。せいいっぱいお役にたたせていただきます」
 かくして、火星軍宇宙艦隊A集団情報参謀アブラハム大尉は、火星軍との連絡将校として、JX707「しまかぜ」に乗艦することとなった。
 そして、アブラハム大尉の仲介で物資、弾薬等の補給もスムーズに進み、艦体の応急修理も最優先で実施された。
対艦ミサイルポッドは、A2多弾頭誘導弾等、ポッドに合ったミサイルの補給が不可能なことから、MSS14型火星軍突撃戦闘艦に使用されている類似のMS対艦ミサイルポッドへ換装された。
艦首リニアガン用のスピアの補給はあきらめていたのだが、アブラハム大尉が火星軍工廠の工場長と交渉して、急遽類似の超重量合金を加工して7本ほど調達してくれた。
「しまかぜ」が、ほぼ完全な形で出撃可能となった一週間後、火星軍ダイモス基地に非常警報が鳴り響いた。


「……以上が、火星軍ダイモス基地司令部よりの情報です」
 「しまかぜ」艦橋内に集まった主要メンバーを前に、アブラハム大尉が戦況説明を行う。
 今、艦橋内には、三剣艦長、泉副長、ピアーズ少佐、そして通信管制の当番についているニコル一士、さらに操縦席には、葛西副パイロットが非常待機のため、ついているという状況だ。
「小惑星A21657Zが、火星本土への落下軌道に遷移したのは、やはりガルコリアのしわざでしょうか?」
「他に考えられないね」
 三剣艦長の質問に、ピアーズ少佐が答える。
「火星軍第四艦隊司令アーノルド准将は、艦隊戦力をもって正面から小惑星A21657Zを破壊した後、アステロイドベルト周辺に展開して策動しているであろう敵艦隊を捕捉、撃滅するつもりでしょうがー、危険すぎる賭けです……」
泉副長がディスプレイ画面に作戦宇宙図を表示させながら、持論を述べる。
「……小惑星の破壊には成功するでしょうが、その後、艦隊はそのデブリの雨に包まれます。レーダーも利かない状態がしばらく続くでしょうし、もし、レーダーが破損すれば、アステロイドベルトに潜んだ敵艦隊の捕捉はさらに困難なものとなります。それにひきかえ、敵からは、接近してくる火星軍第四艦隊は、はるか遠方からでも丸見えです」
「レーダー波を発していれば逆探知できるし、警戒を怠らなければいいだけじゃないかな?」
アブラハム大尉が反論する。
「レーダーを使う必要はないんですよ。光学観測だけで十分です。敵の目的が、火星本土の壊滅ではなく、火星軍艦隊戦力をおびき出すことにあるとしたら、非常に危険だと言っているんです」
「だからと言って、落下してくる小惑星を黙って見ているわけにはいかんだろう。艦隊司令部も、そんなことは百も承知している。それでもやらねばならんのだ。なあに、慎重に進めればいいだけのこと。アーノルド准将もその辺のことは承知しているさ」
アブラハム大尉が、泉副長の反論を一蹴する。
「まあまあ、泉副長の考えも最後まで聞いてみようじゃないか? んで、副長。君ならどうするね? どうすればいい?」
 ピアーズ少佐が間に割って入る。
「……小惑星の斜め背後から接近して、軌道を変えるようにすべきです。」
 泉副長は、さらりと言ってのけた後、ディスプレイ画面を提示しながら説明をはじめる。
「迎撃軌道は、完全に逆です。火星軍第四艦隊の迎撃航路は、右回りですが、わたしのプランは、左回りの小楕円軌道を取ります。接近する速度も相対速度を限りなく小さくすることで、うまくいけば、フルバーニアで押して軌道を変えることも可能になるかもしれません」
「なるほど。いいプランだ。だが、接近する小惑星は百万トン近い。その進路、軌道変更をするとなると、推進力だけで超重戦闘艦十隻分くらいは必要になる。現状でー火星軍第四艦隊から旗艦クラスの艦を提供してもらうことなど、とてもできんだろう」
「なら、砕けばいいだけです。この『しまかぜ』の全火力を使って――」
「無茶だ。軽戦闘艦の火力など、たかが知れている。もし、それを実行するにしてもー。ここは、第四艦隊に伺いをたてるしかない」
「あの固い上層部が認めてくれますかね?」
 アブラハム大尉の妥協案に、泉副長が皮肉で応じる。
「アーノルド准将なら、きっと認めてくれる。私は信じている」
「……」
 艦橋内に沈黙が流れた後、ピアーズ少佐が三剣艦長の方を振り返る。
「では、それで決定ということでー」
 ピアーズ少佐は、三剣艦長がうなずいたのを確認して続ける。
「ニコルは、火星軍第四艦隊に意見具申。内容は泉副長が……、いや、ここはアブラハム大尉に頼みましょう。『しまかぜ』は、一二○○に抜錨。副長のプランに沿って単艦での小惑星迎撃任務に向かいます」


 泉副長の迎撃プランは、あっけないほどすぐに承認された。ただし、正面迎撃のための戦力を削るわけにはいかないとの理由で、支援は一切認められず、「しまかぜ」は単独で迎撃するしかなくなってしまった。これは、明らかに泉副長のプランに対する不信感の表明と言えた。
「かまいません。もともと他人の力を借りる想定はしていません」
 泉副長は、味方の支援など初めから必要としないという口ぶりだ。アブラハム大尉の方が恐縮してしまっている。
「いや。私の説明不足、私の信頼がないばかりに、こんなことになってしまったのだ。許されよ」
「気にしなくていいです。私たちは、与えられたもので、できる限りのことをするだけですから」
 アブラハム大尉に対しても、泉副長は静かに答える。
「時間です」
 ピアーズ少佐が告げ、艦内のあわただしさが一段と増していく。副長の方は、迎撃プランの詳細を詰めるため、サブ・ブリッジで戦闘班、船外活動専門クルーと協議中だ。
「艦長。出航準備よし。いつでも行けます」
航宙士の増岡が、艦の操縦桿を握ったまま、出航時間の到来を告げる。
「『しまかぜ』出航!」
 三剣艦長が命じる。やがて、艦体を固定していたドッキング機構が解除される反響音がして、通信関係と補助電力供給用のブライダルケーブルが次々と回収されていく。
「ガイドビーコン確認! 進路オールクリア。管制塔よりの出航許可信号確認。」
「『しまかぜ』出航します!」
 航宙士の増岡が、艦の操縦桿を押す。同時に艦体がゆっくりと動き出す気配が伝わってくる。
 微かな姿勢制御ブースターの音と共に、次第に加速していく電磁カタパルトの振動が響き渡り、ドック内を一気に抜けていく。
三剣艦長は、艦橋から一瞬の間見えた管制塔に、白い服を着た火星軍高官たちが敬礼して見送る様子が垣間見えた気がした。
「火星軌道内、加速終了」
「周囲に艦影なし。進路上に障害物なし。オールグリーン!」
「現在、5宇宙ノット。五分後に、火星重力軌道離脱ポイントに到達します」
 艦橋内に航路変更に向けた、チェック項目の声が響く。レーダースクリーンには、先に展開空域に向けて出撃する火星軍第四艦隊の姿も捉えられている。ただし、その進路は、「しまかぜ」とはまるで正反対だ。
 それから二日後、「しまかぜ」は、ただ一艦、火星から二万五千宇宙キロ離れた空間を、小惑星A21657Zとのランデブーポイントに向けて航行していた。

 
小惑星A21657Zは、ジャガイモのような形状をしていた。火星の衛星、フォボスやダイモスに似ているが、大きさははるかに小さい。けれども質量は百万トンちかいものがあって、これが惑星を直撃すると、はかりしれない破壊力をもたらすことになる。
「火星軍第四艦隊は、八千宇宙キロの宙域に展開して迎撃準備に入っているはずです」
 アブラハム大尉が説明する。
「? はずです、とは?」
 三剣艦長が首を傾げる。
「強力なジャミング電波がどこからか放射されていて、レーダーや通信に障害が発生しているんです。近距離のどこかに、その放射源があるはずなんですが――」
「位置の特定はできない?」
「いえ。確認済です」
「どこだ」
「……小惑星です。接近中の――。小惑星A21657Zです」
「完全に敵の罠の可能性が高いというわけだ」
「ですが、だからといって、そのまま放置することはできません。ビーム砲の有効射程圏外を迂回して、予定通り後方から接近しよう」
 アブラハム大尉が航路図を示す。
「迂回は結構ですが、敵が潜んでいるとなると――やっかいですね」
 泉副長が、首をひねりながら答える。
「?」
「相対速度が遅くなりますから、接近するところを狙われるときついんですよ」
「?」
 泉副長の説明に、艦橋内スタッフは、あまりピンとこない様子だ。
「小惑星上に敵が潜んでいるのであれば、後方から接近する我々は静止目標同然となります。敵からは、いい的になります」
 泉副長の細かな説明に、ようやくスタッフ全員が納得する。
「いや、ジャミングが発信されているからといってー敵がいるとは限らないだろう? 第一、自分たちも一緒に火星の大地に激突死する可能性があるとなれば、遠隔操作か、プログラミングで自動設定している程度なんじゃないか?」
アブラハム大尉が、泉副長の懸念に疑義を挟む。
「いないとも限らないでしょう。ガルコリア人の非情な精神構造から考えれば、ありうることです。二十世紀に日本軍が行った『カミカゼ特攻』みたいなことを平気でやるかもしれない。だから――作戦は常に最悪のパターンを想定して行うべきものです」
「『カミカゼ特攻』を例に出すのはよしてくれ。民間人もまとめて皆殺しにしようとするテロとは違うんだ。ご先祖様の名誉を傷つけるようでおもしろくない」
突然、三剣艦長が泉副長の発言にクレームをつけた。
「あ、失礼しました。そ、そうですね。不適切でした。お詫びします」
「いや、それはあとでいい。副長。当初のプランでは後方斜め側面からの攻撃だったはずだ。相対速度のために的になりやすいという問題は、そう深刻に受け止めなくてもいいのではないか。こちらからすれば、相手の位置、進路もすでに完全に把握している。敵の射程外からロングレンジで先制攻撃をかけた上で、接近すればなんとかなると思うが?」
「なるほど。わかりました。それでは、予測未来位置へ向けてミサイル攻撃をかけた上で、様子を見ながら接近しましょう」
「そうしてくれ。ただし、全艦、警戒は怠るな。攻撃を受ければ確実に反撃してくるはずだ」
 泉副長は、今回、サブ・ブリッジで戦闘班、船外活動専門クルーを指揮して対応するため、移動する。全員が持ち場につくため移動していく。
 艦長席の横を抜けていこうとする泉副長を、艦長が呼び止める。
「……」
 小さな声で耳元に語りかける。
「――気にしてません。艦長のこと、信じてますから――」
 泉副長も小さな声で答えると、サブ・ブリッジの配置につくため、ハッチを抜けていった。



「対艦ミサイル着弾まで、あと十秒、五、四、三、二、一、着弾」
 スクリーンにはるか遠くの小惑星A21657Zの後ろ側に火柱があがる様子が映し出される。
「さーて。効果はどうかな?」
 ピアーズ少佐が腕組みをしながら、レーダーと通信管制に当たっているニコルの方へ目をやる。
 スクリーン上の小惑星A21657Zの表面には、さらに続けて後続のミサイルによる爆発の火柱があがっている。
「ジャミング……消えました。レーダー、通信回復します」
「ようし、行こう」
 アブラハム大尉が、三剣艦長の命令を受けて、艦橋内で副長代理を務めるアブラハム大尉が、命令を復唱する。
「全艦発進! 目標、小惑星A21657Z!」
 それと同時に、艦体後部からエンジン始動の微かな振動が伝わってくる。いよいよ敵の有効射程内に突入する。全員が宇宙服を着用しているとはいえ、ビームやミサイルの直撃を受ければ、ただではすまなくなる。
全員がスクリーンに映し出される小惑星A21657Zの姿を見守る。センサー類も総動員して、小惑星上に異変が探知できないか、徹底的にスキャンしている最中だ。
スクリーンに映る小惑星の姿が次第に拡大されていく。
「どうやら、取り越し苦労だったかな?」
 小惑星まで、距離百五十宇宙キロに接近した時、アブラハム大尉がほっと息をつきながらつぶやく。
「アブラハム。まだだ。まだ。気を抜くな」
 三剣艦長が、気を引き締める。
「こちらサブ・ブリッジ。無人偵察機四号、射出完了」
 サブ・ブリッジに詰めているマイケル一士から報告があがる。人手が足りないため、今では救助した他艦の乗組員にも配置についてもらっているのだ。
「確認しました。データリンク受け取りました。正常に作動しています」
「さあて、何が出てくるか?」
 ピアーズ少佐が、レーダーと通信管制に当たっているニコルの席の後ろへと移動する。
「異常ありません。目標との距離百宇宙キロを切りました」
「うん」
 静寂の中、無人偵察機からの情報と、スクリーンに映る映像に多くの注意が注がれる。
 緊張感ただよう艦内。
「無人偵察機からの目標スキャン・データきました。脅威度レベル5以上は確認できません」
「よーし。接近しよう」


「第四艦隊司令部より緊急連絡。本艦の位置確認を求めています」
「報告を」
「緊急返信。『すみやかに退避されたし』。き、緊急離脱命令です!」
「な? 何を今ごろ……」
「艦隊司令部より再返信。『目標での爆発確認後、司令部は、貴艦の作戦を失敗と判断。迎撃作戦を繰り上げ実施。二〇〇八、対艦ミサイル約百発、目標に向け発射。到達予定時刻二四○○』。あ、あと六分後ですっ!」
「艦長! 至急退避を」
副長代理を務めるアブラハム大尉が、血相を変えて艦長の方を振り返る。
「まてっ。今からでは間に合わん。むしろ目標を破壊して、その破片の弾幕で飛んでくるミサイルを破壊した方が――」
 ピアーズ少佐が、アブラハム大尉の腕をつかんで提案し、次いで決断を仰ぐように艦長の方を見る。三剣艦長はしばし沈黙した後、アブラハムの目を見つめ返しながら指示を出す。
「任せます……」
「レーダーに第四艦隊からと思われるミサイル確認。あ、ああっ! ジャ、ジャミング再開っ。だめです。レーダー探知不能っ!」
 次々とあがる突発的な報告に、艦橋内は騒然となる。
「しっ、進路反転。退避行動に移れ!」
副長代理を務めるアブラハム大尉が、あわてて追加の指示を出し、艦体に緊急制動がかかる。それでも、艦は止まらない。小惑星への接近は止まってはいるが、ほぼ同速度で慣性飛行を続けている。 
「サブ・ブリッジ! 泉副長っ! 作戦中止だ。至急ブリッジにあがれっ!」
 三剣艦長が、傍らの艦内電話で泉副長を呼び出す。
「こちら、サブ・ブリッジ。泉副長は、格納庫での船外作業の準備を中止して、これから上がってくるところです。最低、あと五分はかかります」
 マイケル一士からの報告があがる。
 三剣艦長の目が、ピアーズ少佐の方に向けられる。
「少佐っ! 増岡航宙士っ! このジャミングの状況下で、ミサイルの弾幕を操艦だけでかわせますか?」
 ピアーズ少佐と航宙士の増岡が目をむく。
「ええっ。無茶です。レーダーが正常に機能するならまだしもー。めくら状態での操艦で、接近する対艦ミサイルの雨を、コンピューターの支援もなしにかわすなんて、不可能ですっ!」
 増岡航宙士が艦の操縦桿を握ったまま、悲鳴のような声で答える。
「小惑星の影に入ったまま、進行方向の反対側へ全速離脱してください! ミサイルの雨は、小惑星が壁になって防いでくれます。あなたたちなら、できるはずです」
「や、やるしかないんでしょ!」
 増岡航宙士の声が、緊張で震えている。
「任せます。期待してますよ。進路反転。三百っ! ピアーズ少佐とニコル、アブラハム大尉は、接近するミサイルの弾道を監視、増岡航宙士に早めにアドバイスを指示してください!」
「ニコルっ! 脅威度順に目標設定して、監視カメラで熱源追尾。ロックオンしたら、俺たちに渡せ。サブ・ブリッジのマイケルたちにも、接近するミサイルを監視するように伝えろ」
「はい。ラジャー!」
 艦橋内があわただしくなる。
「無人偵察機四号、目標に激突しましたっ! 続いて小惑星前面の爆発確認。第四艦隊が放ったミサイル群の第一波だと思われます」
 レーダーと通信管制に当たっているニコルが、状況報告を続ける。
「あ! ミサイルらしきもの三発。後方から接近してきますっ!」
 センサーからの情報によって、警報が艦橋内に鳴り響く。
「増岡航宙士っ! 脅威度A1、左舷からくるぞっ。かわせっ」
「い、言われなくてもー。やってますっ!」
 三剣艦長の指示の前に、増岡航宙士の方はメインエンジンをフルスロットルで噴かしていた。
けれど、接近するミサイルの方が早い。たちまち艦の周囲を大型対艦ミサイルの群れが通り過ぎていく。艦体がくるっと回転し、それに合わせて平行して飛ぶミサイルの位置が、右舷から左舷へと変わっていく。
「舵もどせっ。このままだと脅威度B1に接近するぞっ!」
「はいっ!」
「おおっ。外れたか……」
 副長代理を務めるアブラハム大尉が、胸をなでおろす。
「まだですっ! 外れたミサイルは、時限信管が作動して自爆しますっ! ミサイルに近づかないでっ。加速しないでっ!」
 三剣艦長が指示し、増岡航宙士は、スロットルレバーをあわてて元に戻す。そのとたん、進路の先で、艦を追い越したミサイルが連続して炸裂する。
「制動噴射 5秒!」
「防御シールド艦首展開っ! シャッターおろせっ! 断片の直撃が来るっ!」
「ま、まってください。このまま有視界まで奪われたら、どうしようもないっ」
増岡航宙士が、悲鳴をあげる。
「ピアーズ少佐っ! 試作の『エンジン暴走制御システム』を始動できませんか?」
 三剣艦長が、ふと思いついたように提案する。
「ま、まさか? ナビゲーション設定なしで動かす気ですか?」
「ええ。使えるものはなんでも使います! 非常事態なんですよ。増岡航宙士っ! メインエンジンの『エンジン暴走制御システム』を解除してください。急いでっ」
「かっ、艦長っ! それは危険ですっ! エンジンが一旦暴走をはじめると爆発する恐れがあります。無茶です」
増岡航宙士は、艦艇操縦課程で教わった警告を思い出しながら、指示に抵抗する。
「今、それを使わなければ、ミサイルを食らって沈みます。どちらも可能性が一緒なら、私は自ら希望を切り開く方を選びますっ! かまいません! システムを切ってくださいっ!」 
「艦長っ! 私も増岡航宙士と同意見です。な、ナビゲーション設定なしでジャンプするなんて、危険すぎます。どこに行くかも、わからないんですよ?」
ピアーズ少佐も驚愕した顔で、反対する。だが、その危惧する内容は違う。そこで再度警報音が鳴り響く。
「システムを切れっ! これは――艦長命令です!」
 三剣艦長が、めずらしく苛立ちを隠さない声で命令する。
「新たな熱源探知。ミサイル十発と推定。全弾脅威度A。避けられそうにありません」
ニコルが、悲鳴のような声をあげる。
「かまいません! 増岡航宙士っ! 死にたくなければシステムを解除して、フルスロットルですっ!」
「ええい。もう、知りませんよ。行きますっ!」
 増岡航宙士が操作画面をスクロールし、システムロックを解除する。確認画面を連打で飛ばして、「解除OK」表示が出ると即座にスロットルを押し込む。操作画面には、警告やら、ランダム設定がなんたらかんたらと真っ赤な警告文字と最終確認画面が次々と表示されるが、スロットルの操作と増岡航宙士の「パス」というインカムへの音声指示に合わせて、すべてのシーケンスが省略されていく。
「目標座標? そんなの知るかよ! とにかくここから脱出だ」
 増岡航宙士が操作画面に表示された文字を読みながらコンピュータに指示する。
 操作画面に「ランダム・ジャンプ」の表示が出ると同時に、艦内に非常警報が鳴り響く。
 青ざめた増岡航宙士が艦長の顔を振り返るが、スロットルは戻さない。
最大加速がエンジンにかかったと思われた瞬間、「しまかぜ」の艦体は、白い発光現象に包まれた。艦橋内に詰めていた三剣艦長をはじめとするクルーたちには、一瞬、何が起こったのかわからなかった。
その時、全員の頭の中をよぎったのは、「爆発する」という恐怖だった。
だが、その瞬間は訪れなかった。ただ、白い光が自分も含めた全員の身体を包み込み、次の瞬間、ホワイトアウトを起こして視界が消失、全員が意識を失っていたのである。


「…………」
 その声は、三剣唯依にとって昔聞いた親しい者の声のように聞こえた。父母や兄弟の声ではない。もう何年も聞けなかった愛しい人の声に……。
 その包まれるような優しさと温かさに溢れた声に、唯依の心は高鳴り、思わずその名前を叫びそうになる。けれど、どうしてもその名前が浮かんでこない。
 なんで? どうして?
 思い出せない理由がさっぱりわからない。
 これほどまでに親しい相手であれば、論理的に考えて、忘れるはずがない。それなのに名前だけでなく、その人物の面影さえももやに包まれたかのように明確なイメージが、記憶が蘇ってこない。
唯依は、必死で思い出そうと試みたが、すればするほど、そのイメージもどんどん霞の中に溶け込んでいく。
 そんなことって。こんなのない!
「ううっ。い、いやあぁぁぁっ!」
 響きわたる自分の悲鳴に、三剣艦長は目を開けた。
 目の前にあるのは、見慣れた艦橋内の天井。白いクッション材で覆われていて、ところどころから配管やアクセスパネル、強化プラスチック製の内部支持構造材などが突き出ている。
「夢?」
 気がつくと同時に、艦内に響き渡る警報音が耳に飛び込んでくる。見渡した艦橋内にいたスタッフは、全員持ち場の席に突っ伏しているか、へたったように床に座り込んでいる。ピクリとも動かない様子からすると全員意識を失っているようだ。
「全員、起きてくださいっ!」
 三剣艦長は叫ぶと、シートベルトをはずして艦長席から飛び降りる。
 一番近くで床に大の字になって伸びているアブラハム大尉の身体を揺する。
「アブラハム、アブラハム大尉! 起きてっ」
 たったそれだけだったが、大尉は驚愕の表情をして飛び起きる。
「かはっ……。息子は? エレク……は、まだ?」
 アブラハム大尉は、混乱した顔で三剣艦長の肩につかみかかる。
「アブラハム。落ち着いてください。私です。艦長の三剣唯依です。ここは――『しまかぜ』の中ですよ」
 三剣艦長の答えに、一瞬呆けたような顔をしたアブラハム大尉は、はっと我にかえる。
「あ、し、失礼しました。取り乱してしまって――」
「だいじょうぶですか? 何かにうなされているようでしたけど――」
「はい。夢を……見ていました。懐かしい息子たちと過ごした日の夢を――」
「そうですか……」
 三剣艦長は立ち上がると、次に壁にもたれて意識を失っているピアーズ少佐を起こす。アブラハム大尉ものろのろと立ち上がると、次々と艦橋内のスタッフを起こしにかかる。
 十分後、目覚めた艦橋スタッフは、自動停止したエンジンを再起動させて、艦の位置確認を行った。そして、メインスクリーンに投影された艦外映像に思わず息を飲んだ。
「ち、地球だ……」
「すごい……。火星から、ここまで一気に飛んだ……のか?」
「……」
 どよめく艦橋内で、三剣艦長とピアーズ少佐は、黙って互いの顔を見つめる。
 日本艦JX707宇宙戦闘艦「しまかぜ」は、いつの間にか、故郷の星・地球の周回軌道に乗っていたのである。


 その星は、青い海洋と薄茶色と緑に覆われた大陸で構成されていて、とても美しかった。宇宙パイロットになった身からすれば、すでに見慣れた光景のはずなのに、そこにはリフレッシュされたかのような美しさがあった。
 汚れたベールを一枚はがしたかのような、瑞々しさとでも表現すればいいのだろうか。そう思った者が大部分だったことだろう。
「……地球じゃないのか?」
「そんな、まさか? オーストラリア、アフリカ…それにアメリカ大陸……みんな一緒よ。大陸の形だってそっくり同じじゃない。なのに……」
 艦橋内に飛び込んできた他の部署のスタッフが、疑問を口にする。
「通信も何も聞こえない。応答もない……。それどころか、軌道上に多数周回しているはずの衛星さえまったくありません……」
 ニコルが通信管制の状況、衛星軌道内のスキャンデータを元に報告をあげる。
「敵に攻撃されて……全滅したとか……」
「ありえない! 我がアメリカ合衆国が敗れるなど……そんなこと、あるわけがない」
 ピアーズ少佐が即座に否定する。
「衛星軌道上から観測した情報では、地上に激しい戦闘の跡は見つかっていません。ただ、都市部におけるエネルギー放射が信じられないほど低下しています。限りなく……ゼロに近い……。これは、やはり壊滅させられたとしか……」
「ノープロブレム。問題ない。攻撃を受けて――地下都市へ、シェルターへ避難したんだろう。なら、都市部の状況も考えられることだ。つまり――放棄されたわけだ」
 ピアーズ少佐の言葉は、自身を納得させるためのようにしか聞こえない。
「確認のため、地上に船を降ろしますか?」
 泉副長が提案する。
「だめです。これがもし、敵の罠だとすれば、高重力下の大気圏内に閉じ込められたまま、宇宙圏からの攻撃を受けることになります。絶対的に不利な環境下で戦闘となるリスクは、極力避けるべきです」
三剣艦長が、即座に却下する。 
「なら、どうするね? 偵察隊を編成して、調査をするしか……」
 アブラハム大尉が、妥協案を出す。
「それしかないでしょうね……」
 三剣艦長が右の頬をかきながら、泉副長を見てうなずく。
「私が行こう。合衆国防空司令部のある地下要塞の位置は、私の方が詳しい。直接行って、状況を確認すればいいんだ」
 ピアーズ少佐が手をあげる。
「ま、まって。まってください。今、接近する漂流物を捉えました。かなりの大きさです」
 突然、ニコルが声をあげて、割り込んでくる。
「敵か?」
 艦橋内に緊張感が走る。
「いえ、エネルギー放射はほとんどありません。おそらく何かの残骸? 宇宙ステーションか、宇宙船の残骸かと思います。今、サブ・ブリッジ左舷カメラを指向させます。映像、出ます」
 ブリッジに集まった全員が見守る中、メインスクリーンにカメラが捉えた映像が送られてくる。「何だ? 宇宙船?」
「ガルコリアに撃破されたのか?」
「最大望遠にします」
「……どうやらー。エンジン部分だけ? ……のようですね」
 泉副長が、推測を述べる。
「ガルコリアの船か? それとも地球軍の船か?」
「どちらにしても、これは今だ戦闘が続いているという証拠になるんじゃないか?」
「ブリッジ! こちらサブ・ブリッジ。斉藤だ。接近中の残骸は、地球軍の船だ。こちらから艦体に描かれたテールコードの一部が確認できる。まちがいない」
「こちら艦橋。泉だ。テールコード知らせ!」
「まってくれ。えっと、マイケル。確認できるか? は? ……テールコードは…『07』……だ……?」
 不意に報告の声が小さくなり、やがて弱々しくなって途切れる。
「……? 斉藤? どうした?」
「艦種が……わかった……同型艦……だ。艦尾のメインノズル形状が……一致している」
「同型艦? どこの? はっきりしろ!」
「艦種はーおそらく……軽戦闘艦。国籍は日本。おそらく……宇宙戦闘艦『ゆきかぜ』級だ」
「ゆ、『ゆきかぜ』? この前沈められた……。鳴海大佐の船か?」
「まってください。ちがいますよ。『ゆきかぜ』のテールコードは、JX-701です。艦番号が一致しません。たぶん別の船です」
 泉副長の確認を、三剣艦長が即座に否定する。
「斉藤っ! 読めるテールコードに間違いはないのか?」
「間違いないです。カメラの角度を変えますからー。そっちでも確認してみてください」
 瞬時に送られてきた映像は、間違いなく同型艦「ゆきかぜ」級の艦尾であり、その垂直マストの基部に書かれたテールコードは、汚れてはいるものの「07」と読めた。
「……斉藤。そこはマイケル一士にまかせて、機動マシンで調査して来てくれないか?」
 泉副長が、静かな声で指示を出す。
「おいおい。どこに敵が潜んでいるかわからないんだぞ。今、そんな無茶なことー」
 アブラハム大尉が驚いたように叫ぶ。
「いや。俺の考えが正しければ――ここに敵はいない」
「え?」
「あれはー。あの残骸は……、本艦だ!」
 泉副長はそう言ってから、三剣艦長とピアーズ少佐と視線を交わす。
「泉副長も――そう判断する?」
「ええ。まちがいないでしょう? 少佐も同意いただけますか?」
 三剣艦長の念押しに答えて、泉副長はピアーズ少佐にも同意を求める。
「……斉藤の――。調査結果を待とうじゃないか。結論を出すのは……それからでも遅くない」
「斉藤。聞いたとおりだ。確認を頼む」
「ラジャー。けど、俺は、ただのテールコードのペイントミスじゃないかと思います。『ゆきかぜ』じゃなくても――『すずかぜ』、『いそかぜ』、『たちかぜ』、『あまつかぜ』それに、え~っと『たにかぜ』ですか? そのうちのどっちかじゃないですかね」
「いいから、さっさと調査する」
 斉藤の返事に、泉副長が少しいらついたように指示する。
「あ――。どういう意味なんです? 『しまかぜ』はーこの艦も含めて……2隻あるということなんですか?」
 アブラハム大尉が頭をかきながら訊ねる。
「実は――」
「調査結果を待って、説明する。もう少し待ってくれるか?」
 泉副長を制して、三剣艦長が代りに答える。
「いいかげんなことは、言えない。これは、我々のこれからを左右する大事なことだ」


 「しまかぜ」は、ランデブーした残骸を左舷に係留し、ともに地球の周回軌道に乗っていた。
 もはや残骸が、宇宙戦闘艦『ゆきかぜ』級のエンジンを中心とした艦尾部分であることは、誰の目にも明らかだった。
艦首部分、つまり居住区を中心とした部分がどうなったのかは、わからない。しかし、裂けた状態を見れば、何らかの爆発によって切断されたことは明らかだった。後部のミサイルポッドには、未使用のA2多弾頭対艦ミサイルが装填されたままになっているのも確認済だ。
 サブ・ブリッジからあがってきた斉藤を、艦橋にいた主要クルーたちが取り囲む。すでに一応の報告を受けているとはいえ、みんな半信半疑の顔だ。三剣艦長と泉副長、そしてピアーズ少佐以外は――。
「残骸は――日本艦JX707宇宙戦闘艦『しまかぜ』。……の艦尾部分と完全に一致しています。エンジンの製造番号も同じ……。本艦とそっくり同じ、瓜二つ。いえ、本艦に――まちがいありません。格納庫の扉付近には、この前、火星で船外作業準備中に俺が機動マシンをこすりつけた傷まで残ってましたから――。しかも……艦尾部分唯一の居住区画、サブ・ブリッジで、乗員一名の遺体を確認しました」
「そんなバカな! ありえん。船が二つに増えたなんてー。何かのトリックじゃないのか?」
 アブラハム大尉が、素っ頓狂な声をあげる。それは艦橋に集まったクルーたちほぼ全員の一致した見解の代弁でもある。それを無視して泉副長が、斉藤にたずねる。
「遺体? 身元はわかったのか?」
「はい……。たいへん言いにくいのですが……」
 斉藤が気まずそうな顔で、泉副長の顔を見て、首を横に振る。
「?」
「副長です。泉……副長……あんただ……」
「え? 俺ぇえええ?」
 泉副長が自分を指指ししながら、思わず叫ぶ。全員があまりのことにポカンとして、斉藤と泉副長を交互に見つめる。
「はははっ。何をバカなことをー」
 アブラハム大尉が、あきれたようにつぶやく。
「いえ、間違いありません。宇宙服の中で窒息して氷結していましたけど……副長でした。愛用の情報端末カードを握り締めていましたので――、ここに……回収してきました」
 そう言うと、斉藤は皆の前に、ピンク色の情報端末カードを取り出して見せる。それは、泉副長がいつも私用と公用の区別なく持ち歩いて使っているものと一緒だ。しかも上端には「泉史朗」の名前まで明記されている。
「貸してみろ」
 泉副長が斉藤から情報端末カードを受け取る。
泉副長の手の中でカードが反応する。カード上に立体メニューが表示される。
「に、認証したぞ」
 周囲の皆がどよめく。情報端末カードは、携帯用コンピュータの一種だが、持ち主の指紋や顔を認識して反応するようになっている。それが反応したということは、そのカードの持ち主だという証になるのだ。
 それでも泉副長は平静だ。黙ったままメニューを選択し、格納された個人情報を呼び出す。
表示される立体ディスプレイに、泉副長の顔写真、個人データが羅列表示される。表示された顔写真、立体映像は、まぎれもなく泉副長本人だ。
艦橋内にいた全員が、息を飲む。あまりの衝撃的な事実に全員ついていけないのだ。
だがー。
「……別人だな」
 泉副長が、冷静にそっけなく答える。
「そっ、そんなはずはない。今の写真、皆も見ただろう? 同じじゃないか! カードも本人だと認めてる。それに――副長とは、この艦でずっと一緒に仕事をしてきたんだ。あの顔、あの遺体は副長、あなただ。絶対に、まちがいない!」
 斉藤が反論するが、泉副長は両手を腰に当てて受けてたつ。
「本人を目の前にして、たいしたもんだ。じゃ、俺は誰だ? もちろん、その遺体が泉史郎じゃないと言うつもりはない。このカードの持ち主が、泉史郎だというのは、まちがいないからな」
全員、泉副長が何を言おうとしているのか、よくわからない。
「ただし、この泉史朗は大尉じゃなくて少佐、つまり艦長だ。そして――」
 泉副長は、ポケットからもうひとつのカードを取り出す。
「私のカードは、ここにある」
 全員が沈黙する中、そこに医療班長の二ナ・フレミング・高良少尉が現れた。
「……泉副長。遺伝子検査の結果をお伝えます……」
 二ナ医療班長は、遺体の遺伝子を採集して検査していたのだ。
「同じ。完全一致よ。あなたと……。これって、一体どういうこと? あの遺体、あなたの双子の兄弟とかじゃないの? それともクローン?」
「艦長。ピアーズ少佐……もうまちがいないでしょう」
 泉副長が二人を見て言った。
「あの残骸は、別の世界のもうひとつの『しまかぜ』だ。そしてー斉藤が発見したのは、もう一つの世界のもうひとりの俺だ。……たぶん我々は、別の世界に来てしまったんだ。今、眼下に見える地球もーそうだ。そっくりだが、おそらくー我々とは異なる歴史を歩んでいる、別世界の地球……だろう……」
「そのようだな。次元跳躍システムを作動させたんだ。当然だろう」
 泉副長の見解を引き継いで、ピアーズ少佐がうなずく。
「この世界の『しまかぜ』は撃沈されたが、今のところガルコリアの影は見えない。ーということは、この世界は、戦いに勝利したのかもしれん」
「楽観視するのも結構ですが、確証はない。現に、この空間にはあの残骸以外、宇宙艦艇の姿どころか人工衛星の類も一切見えない。むしろ逆に全滅させられた可能性だって……」
「合衆国は負けん! どんな敵にも――。偉大なる祖国、アメリカ合衆国が負けるなど、ありえない」
 ピアーズ少佐がかっとなって反論する。
「では、これほどまでに静寂な地上を、どう解釈するつもりです?」
「何か、理由があるのだ。理由が――。だから、私が地上に降りてー地下の生き残りとコンタクトする必要があると言っているんだ。合衆国防空司令部のある地下要塞へ行って、確かめることが必要なんだ」
「随行はどうします? まさか一人で降下するつもりじゃないでしょうね?」
 泉副長が、冷たい言葉を投げかける。
「いけないか?」
「降下艇の操縦はできるんでしょうが、母艦との交信を確保するためにも、最低あと一人は必要でしょう。万が一の時のためにも――」
「いや、逆に万が一のことを考えるなら、私一人の方が人員の損害を抑えられる。やはり、私一人で行くべきだ」
「それを防ぐためにも――」
「いらんと言ってるだろう!」
 ピアーズ少佐が苛立った声で拒否し、一瞬、艦橋内が静かになる。
「だめです。少佐」
 三剣艦長が静かに、だが有無を言わせない厳しい声で割って入る。
「え?」
「あなたは、次元跳躍システムの詳細を知る唯一のキーパーソンです。我々はあなたを失うわけにはいかないのです。絶対に――」
「ご心配無用。必ず帰ってきます。そして――」
「貴方の意志を聞いているのではありません。これは艦長としての命令です。もし、いやなら、他の者を行かせることも考えなければならなくなります」
「わかりました。同行者の人選はお任せします」
「よろしい。泉副長。誰がいい?」
「神田曹長でいかがですか? 機動マシンの整備が専門ですが、元々白兵戦専門の指導教官も務めた経歴を持っていますから――」
「カンダ? あの「ゆきかぜ」を降ろされた……神田曹長?」
「いやですか?」
「いいえ。副長の人選は正しいと思います。ただ、任務については、私から直接話します。あとで私の部屋へよこしてください」
そこまで言うと、三剣艦長は、ピアーズ少佐の方に向き直る。
「それでは、命令する。ピアーズ少佐は、神田曹長を引きつれ、降下艇にて一五○○、アメリカ合衆国へ降下。合衆国防空司令部とコンタクトを図れ。なお、安全のため連絡は密に行うこと。以上だ」


 巨大な山脈のふもと、乾いた大地に、目印となるような人工物はまったくなかった。あったのは、細いわだちが幾筋も刻まれた土ぼこりの舞う道だけだ。
「何も――ない……」
「座標は――? 間違いないのか? インプットミスじゃないのか?」
ピアーズ少佐が信じられないという顔をしながら、目を皿のようにして地上を見回す。
「間違いありません。ご自分で確かめますか?」
 神田曹長が降下艇のディスプレイ画面に、ナビゲーション情報をアップで表示させる。
「信じられん。緯度も経度も正しいなら、この数十メートルの範囲内に、合衆国防空司令部のある地下基地への通路があるはずだ。何もないはずがない!」
「さっき、原住民……インディアンって言うんですかね? そのテントらしいものが並んだ場所がありました。保護区とかいうんですか? あそこで確かめた方が――」
「無駄だ。彼らには、国家機密の基地の所在など、まるでわからんよ」
「そうかもしれませんが――、何かヒントが掴めるかもしれません」
「……よかろう。あまり期待はできんが――」
 そう言うとピアーズ少佐は、後部へ移る。
「少佐? どうする気です?」
 神田曹長は、途中で見かけたインディアンのテントの群れのあった場所へと降下艇を反転させながら、後部に移ったピアーズ少佐に声をかける。背後からは、カチャカチャと装備を準備している音が聞こえてくる。 
「……フライトスーツで降りる。お前は降下艇を空中で待機させておけ。俺の姿を見れば、どこかから通信が入るかもしれん。もし、俺が危なくなったら、その時は、上空から援護してくれ」
「え? ちょっ、ちょっとーっ」
 神田曹長が、あわてて止めようとするが、間に合わない。ピアーズ少佐は降下艇の後部ハッチを開けると、空中へと飛び出した。降下艇の高度は、百メートルを切っているとはいえ、そのすばやさに神田曹長はあせる。
「『しまかぜ』。こちら降下艇Ⅰ号。ピアーズ少佐がフライトスーツで、地上へ降りた。インディアン? の保護区へ一人で行く気だ。周辺の状況確認と監視を頼む」
 神田曹長の操縦する降下艇の前を、フライトスーツで飛ぶピアーズ少佐が横切る。
「はあっ。ほんとせっかちな人だね。艦長の言ったとおりだよ」
 しかし、少佐はすぐにインディアンたちのテントの方へ行くことはなかった。山脈の堅固な岩肌の方へ降りて、その周囲を半時ほど歩きまわる。降下艇も、その上空をゆっくり旋回する。
 赤茶色の岩肌の一部には、捻じ曲がった地層がむき出しで、その地域一帯が大規模な地殻変動でつくられた山脈であることを証明していた。奇抜な地形もところどころにあるが、いずれも人工の遺物ではない。
「少佐?」
「待たせたな。行こうか」
 神田曹長の問いかけに、インカムの向こうから、少佐の返答が入り、再び少佐が飛び立つ。
 今度こそ、インディアンたちのテントの方へ行くようだ。
やれやれ。やっとかよ~。
神田曹長が、そう思った時だった。「しまかぜ」からの情報が入ってくる。
「こちら『しまかぜ』。泉だ。神田。インディアンの村の十キロほど北で、馬に乗った集団同士が対峙している。どうも、様子がおかしい。何か祭りか、スポーツ大会みたいだ。そっちが向かう村には、あまり人影は見えない。情報を取るなら、こちらへ向かうべきじゃないか?」
「副長。勘弁してください。もう先に降りちゃってる人もいるんです。フライトスーツで十キロは飛べません」
「そうか。ん? まて。一部の馬に乗った集団が、別ルートでそっちに向かっている……? なんだか……様子が変だぞ」
インカムの向こうの副長の声が途切れ、艦橋内の雑音を拾う。
なんだ? どうしたんだ?
神田曹長が首をかしげている間に、ピアーズ少佐は、インディアンのテントの群れの真ん中に降り立った。周囲のテントから女、子供、年寄りが現れ、遠巻きにしてピアーズ少佐と、その背後、数十メートルの高さに浮んでいるこちらを見つめている。
「神田っ。たいへんだ。戦闘が始まった」
 突然、インカムに「しまかぜ」の泉副長からの連絡が入る。
「え? 敵……ガルコリア艦隊ですか?」
 神田の操縦桿を握る手に一気に緊張が走る。
 しまったっ。やはり罠だったのか?
「ちがう。そこから十キロ先の平原で、馬に乗った集団同士の戦闘が始まったんだ。小火器と刃物をもった集団同士の殺し合いだ……」
「へ? そんな――。間違いないんですか? さっき、スポーツ大会か、お祭りだって言ったじゃないですか」
 神田は、何がなんだかわからなくなる。
馬に乗って戦争だってぇ? いつの時代の話だよ。昔の戦争とかを再現した祭りなんじゃないのか?
神田の疑問を感じとったのだろう。泉副長の声がさらにインカムから響いてくる。
「いや。間違いなく戦争だ。殺し合いを……している。インディアン? と、青い制服を着た集団との戦争だ。気をつけろ。絶対に巻き込まれるなっ」
「む、無理です。少佐がすでに村へ降りています」
「呼び戻せ。さっき言った一部の集団がそっちに向かっているんだぞ。危険だ。どうやらこっちの戦闘は陽動だ。青い軍の奴らの目的は、そっちだ。無防備の村を襲おうということらしい」
 神田はインカムを少佐に切り替えると、大声で叫んだ。
「しょっ、少佐ーっ!」

「戦争? 昔の……戦争なのか?」
 その目前で、青い制服を着た騎兵が、サーベルをふりかざして、インディアンたちの村へと突撃してくる。さきほどまで少佐を取り巻き、あがめるように地に頭をこすりつけていたインディアンたちが、あわてて飛び起き、逃げ惑う。そんな逃げ惑うインディアンの女子供の群れに、ライフルが火を吐き、一人、また一人と無防備な住民たちがバタバタと血をふきあげて倒れていく。
「や、やめろお~っ!」
 ピアーズ少佐が、騎兵の前に立ちふさがるが、青い騎兵が放ったライフルの弾が少佐の左腕付近に当たる。その衝撃で、少佐はバランスを崩し、もんどりうって倒れる。
 そのそばを駆け抜けた騎兵が、走って逃げるインディアンの少女の首を、サーベルで跳ね飛ばす。切り飛ばされた頭が黒いボールのように回転しながら地面に落下し、首から噴水のように赤い血しぶきがあがって、頭を失った少女の身体がばったりと倒れる。
泣きながら逃げ惑う子供の背中に、血に染まったサーベルが情け容赦なく切りつけられる。あるいは背後から串刺しにする。
母親らしい女性に襲いかかろうとする青い騎兵に、一人の幼い子供が必死で止めようとしてその足に組み付く。青い騎兵はその身体を蹴り飛ばすと情け容赦なく踏みつけ、拳銃の弾丸をその子の顔面に撃ち込む。母親にはサーベルを突き刺し、まるで昆虫の標本のように地面に縫い付ける。
鮮血が飛び散り、騎兵の顔にもはねる。騎兵は、それをぬぐうこともしない。
ピアーズ少佐は、その血まみれの顔を見てゾッとした。
 その青い騎兵の顔には、罪悪感などまったく見えない。むしろ、楽しんでいる様子で、ほほ笑みさえ浮かべていた。
「ストップ! ドント ファイアー! やめろっ……。やめるんだっ!」
 青い騎兵たちの衣装には、見覚えがあった。
歴史の教科書か、アメリカ史の映像ライブラリーで閲覧したアメリカ合衆国陸軍の歴史か、何かの写真資料だったかは、よくおぼえていない。
ただ、それが、西部開拓時代の合衆国騎兵隊の姿であり、その衣装を着ているのは、……金髪をした白人たち。ピアーズ少佐の同胞たちに間違いないことは、明白だった。
俺の……開拓時代の……先祖なのか?
 ピアーズ少佐は怒りと恥ずかしさのあまり、切れた……。
「のぅおおおおおおぉぉぉぉぉっ!」
 ピアーズ少佐は、立ち上がると膝のホルスターから短機関レーザー銃を取り出し、セーフティーロックを外した。
 片手でサーベルをふりかざして、自分に向かって突進してくる騎兵へ、銃口を向ける。
「ちがうっ! ちがう、ちがう、ちがう」
 少佐の口から思わず声が出る。
 銃口から白い光がほとばしる。馬もろとも騎兵がひっくり返る。倒れた馬から振り落とされた騎兵が、拳銃を取り出す。その血だらけの顔面に凶悪な意志を感じて、ピアーズ少佐は短機関レーザー銃の銃口を指向させて、なぎ倒す。引き絞ったままなので、レーザーの白い光は、光の刀となって、騎兵の身体をそばにいた馬もろとも、真っ二つに切断する。
撃ち倒した騎兵の死体を見下ろしながら、ピアーズ少佐は独り言をつぶやいていた。
「お前たちは、誰だ? 何者だ? 偉大な合衆国の名誉を汚すお前たちはー誰なんだ?」
 血に濡れたサーベルを持って、三角形のテントが燃え上がる村の中を歩き回る騎兵たちがいた。逃げ遅れた子供たちをかばう年老いた女がいた。騎兵は背後のテントを一瞥し、中に子供たちが隠れているのを確かめると、火の付いた薪を手にする。
それを見て、年老いた女は騎兵たちの意図を知り、あわててつかみかかってくる。とたんに銃声が鳴り響き、女が地面に前のめりに突っ伏す。
将校らしい騎兵が、テントの入り口に立って、中の子供たちに手招きして呼びかける。
「カモン! ゲットゥ アウト!」
その手に握られた拳銃の劇鉄が起こされる。
「やめろーっ!」
ピアーズ少佐が絶叫する。
「ホワッツ?」
 振り向いた騎兵の将校の顔から笑みが消える。手にした拳銃が少佐の方へと向けられる。
 銃声とともに視界が発光し、ピアーズ少佐の身体全体に衝撃が走る。だが、倒れることはない。
足を踏ん張って、銃撃の衝撃を受け止める。
「私の愛する祖国は……お前たちをー同胞とは認めない……」
 ピアーズ少佐の手が、トリガーを引いた。

光学ステルスを展張し姿を隠した降下艇の中で、神田曹長は眼下で展開される殺戮の光景に、思わずゾッとした。
え? 捕虜にするんじゃないのか?
そう思っていた。いや、思い込んでいた。
騎兵たちが村の中に突入し、大混乱の中で一方的な皆殺しが始まっていた。
やめろっ。その子は武器なんか持っていない。丸腰だ。
ま、まてよ、そんな小さい子にまで――。
なんで、なんで殺す? なんでそこまで、残酷なことができるんだ?
神田曹長は、あまりの出来事にパニックになりかけ、ついでカッと頭に血が上る。
思わず、降下艇のレーザー砲塔を旋回させる。ターゲットスコープを表示させ、的を絞ろうとするが、その時には、守ろうとした命はすでに消え去っていた。
あおむけに絶命した幼子の顔が目に飛び込んできて、目が離せなくなる。
ついさっきまで、ピアーズ少佐と自分が乗っている降下艇を好奇心をいっぱいたたえた目で見つめていた子だ。キラキラ輝いていた瞳は、今もう完全に光を失っている。
「うおおおっ」
 思わず声が漏れる。やるせない怒りで、身体が爆発しそうだ。
そこで、艦長からの指示が頭をよぎる。
(「少佐を守ってください。彼は、我々にとってかけがえのない人物です。絶対に死なせてはダメです」)
神田曹長は、歯をギリギリと噛み締める。
乱戦状態の中で、あちこちで展開される殺戮行為を、誰も傷つけずに止めることなど、とてもできそうもない。
目の前の青い制服を着た男たちの持つ武器は、はるか昔の火薬式の銃火器と殺傷用の剣の類だ。今、少佐の身体は、降下艇の下面から電磁シールドを展張して包み込んでいる。この程度の武器であれば、少佐に危害が及ぶことは、まず、ないだろう。
できれば、少佐を守っている電磁シールドの向きを、殺された幼い子供たちの方へ向けたいと何度思ったことか。けれどそんなことをすれば、少佐の命に危険が及ぶ。そして何も知らない子供たちを電磁シールドで保護し続けることも、かなり難しい操作になる。多くの住民が逃げ惑う中で、一体誰を選べばいいのか?
我が物顔で走りぬけていく青い制服の男たちの背を神田は、怒りに燃える目で睨みつける。
降下艇の操縦桿を握る手がワナワナと震える。神田は、これほどの怒り、殺意を感じたことは生まれて初めてだった。
こいつらっ。殺してやりたいっ……。
そう思った時、ピアーズ少佐の短機関レーザー銃が火を噴いた。青い制服の男たちが次々と少佐の手で射殺されていく。
やれっ。少佐っ。そいつらをぶっ殺せっ! 一人も生かして帰すなっ!
神田曹長は降下艇の操縦席でわきあがる怒りと、ともすれば放棄したくなる任務との板ばさみに必死に耐えながら、少佐に対して無言の声援を送っていた。



立ちこめる煙の中、どこからか飛来した弾丸が、ピアーズ少佐の頬を掠め、バシッと白光がはねる。電磁シールドが弾丸をすんでのところで弾き返したのだ。
少佐の手にした短機関レーザー銃が、弾の飛来した方向に向けられ、ライフルの弾込めをしている騎兵の姿を捉えると、即座に白光が噴き出して、騎兵の身体を孔だらけにして黙らせる。
 いつしか、少佐は生き残ったインディアンの子供たちの中央に陣取って、インディアンの村を襲う騎兵隊と戦っていた。
 ちがう。こいつらは、俺たちの祖先なんかじゃない。そうさ、別の世界の歴史なんだ。俺には関係ないんだ。
 ピアーズ少佐は、自らに言い聞かせる。
 頭の隅で「歴史への介入」とか、「タイムパラドックス」とかいう言葉がよぎるが、そんなことは、もうどうでも良かった。自身の良心にかけて、少佐は見過ごすわけにはいかないと思った。
 少佐は、涙を浮かべながら短機関レーザー銃を撃ちまくった。
 騎兵たちは、最初は何が起こっているのかわからなかったことだろう。村の中、あちこちで、インディアンたちを殺しまくって雄たけびをあげていた男たちの狂気は最高潮に達していた。
切り飛ばした小さな子供の首を独特のお下げの髪で数珠繋ぎにして、無邪気な子供のようにはしゃいでいるその姿は、血に狂った白い悪魔にしか見えない。
 だから、ピアーズ少佐は、何のためらいもなく、合衆国騎兵隊を次々と撃ち殺していった。音もなく撃ち出されるレーザーの刃は、次々と騎兵たちの息の根を止めていく。
 次第に仲間が沈黙していくのに気がついたのだろう。数人の騎兵が、馬に飛び乗り逃げ出そうとする。その手に切り飛ばした女たちの首を持っている。その悲しげに閉じられた瞳から一筋の涙が流れているのを見て、ピアーズ少佐の目も涙でかすむ。
 涙は、インディアンたちへの鎮魂のためなのか、それとも自らの祖先たちの罪悪にたいする良心の呵責によるものなのか、少佐にはわからなかった。
 少佐の短機関レーザー銃が、再び白光を放った。

「少佐っ! インディアンの戦士たちの後を追って、青い軍の本隊が、そちらへ向かっていきます。すぐに退避してください」
 インカムに降下艇を中継した泉副長からの通信が入る。
「……インディアンたちはー、原住民側は……負けたのか……?」
 ピアーズ少佐は、乾いた唇を舐めながら、声を絞り出す。
「武器が、ちがいすぎます。弓矢と銃じゃ、戦争になりません。ワンサイドゲームですよ」
「なら……俺は残る」
「え? なんです?」
「残る……と、言ったんだ」
「は? な、なんで?」
 泉副長が、驚いたように聞き返してくる。
「おれには、ここにいるインディアンたちを――、子供たちを守る義務が……ある」
 唾を飲み込み、乾いた口中をなんとか潤しながら、ピアーズ少佐は答える。
インカムの向こうから、降下艇の神田曹長と「しまかぜ」艦内での交信の様子が聞こえてくる。
どちらも動揺を隠し切れていない。
「ピアーズ少佐。私です。三剣です。帰還してください。これは命令です! 現状から見て、ここは、古いアメリカ、過去のアメリカのようです。もし、そうなら――今、あなたがしようとしていることは、歴史への介入になる恐れがあります。確認が済むまで……。あなたのしようとしていることを、艦長として認めるわけにはいきません……」
「それは――、現場を知らない人間だから言えることだ。私は――、私の良心は、ここにとどまって彼らのために戦うことを望んでいる」
 ピアーズ少佐は、命令違反も恐くないと思った。自分は、今、自分が信じたとおりの行動をしている。それがとても当然のことに感じ、そういう行動ができる自分に強い喜びと感動を感じていた。
 だれも――、何も恐くない。
 これは、神が私に与えた使命なのだとさえ感じた。
「落ち着けっ。ピアーズ少佐。これは今、起こっていることじゃない。過去に起こった出来事なんだ。我々から見れば、終わったことなんだ。我々が手を――、出すべきものじゃない」
 艦長にかわって、泉副長の声がインカムに出る。
「過去なんかじゃないっ。これは、今、ここで起こっている現実だ。俺は……俺は、こんな過去なんかいらない。こんな歴史なんか、糞喰らえだ。全部書き換えてやるっ!」
「やめろっ! それ以上、歴史に介入するなっ! もし、これが俺たちの時代につながっているとしたら、我々は、二度と元の世界に戻れなくなるかもしれないんだぞ」
 泉副長の怒鳴り声がインカムからガンガン響き渡り、そばにいたインディアンの女の子がビクッと怯えた表情で見上げる。ピアーズ少佐の周りに大人はいない。すべて小さな子供たちだけだ。
「だいじょうぶだ」
 ピアーズ少佐は、子供たちに優しく語り掛ける。通じないとわかっていても、声をかけずにはいられなかった。
「な、何がだいじょうぶなんです?」
 泉副長のいらついた声がインカムから飛び出す。
「だまれっ! それがお前の本音か? ここにいるインディアンたちの命よりも、自分たちが帰れなくなる方が心配か? 歴史を改変してはダメだとか、えらそうなことを言ってたが、本音はそれだろ! 自分さえ良ければ、他はどうなってもいいと思っているんだろう。この偽善者めっ!」
「……」
「いいかっ! 俺は残る。残って彼らの命を守るために戦う。そして、この世界の合衆国の歴史を正しい道にもっていくんだ。俺には、その使命がある……」
 ピアーズ少佐は、熱にうかされたようにしゃべりまくる。自分でも自身の言葉に陶酔し、大風呂敷を広げているような気がしたが、今はそれが正しいと信じたい気持ちでいっぱいだった。
考えるよりも行動だ。
「神田っ! ピアーズ少佐を止めろっ」
 インカムに、泉副長から神田曹長への命令が入る。
「……」
 ピアーズ少佐が、降下艇の浮ぶ位置を見上げる。少佐の頭上、ほぼ五メートル上空に光学ステルスを解除した降下艇が、パッと姿を現す。
 ピアーズ少佐は、神田曹長が実力行使に出ることを予想して身構える。しかし、次の瞬間、インカムに神田曹長の声が響く。
「あ――。無理です。今、そんなことしたら、ピアーズ少佐の安全の確保は不可能になります。」
「? 降下艇を下ろして、力づくで引っ張ってくればいいだろ!」
「電磁シールドを切ってですか? こんな戦場のど真ん中で? どこから弾丸が飛んでくるかわからないのに? それこそ危険です」
 降下艇の窓から、神田曹長の手が出て、少佐に向けて指でOKサインを作って見せる。
 ピアーズ少佐は、それを見て、肩の力を抜く。
 インカムの通話は、「しまかぜ」艦橋内部での雑音を拾う。協議中のようだが、不思議なことに、艦長からの積極的な発言はない。
「わかった……ピアーズ少佐。現状を伝える。今、敗走している原住民の騎兵はわずかだが四方に散りつつある。だが、追撃している百騎近い青い騎兵は、まっすぐそちらの村に向かっている。これ以上接近させると、こちらからの有効な支援はできなくなる。だから――大気圏外から精密照準でビーム攻撃を加えて殲滅する。その後、すぐに引き上げてくれ。それで……了解してくれるか?」
「なら、すぐにやれっ!」
 ピアーズ少佐は、苛立ちを隠すことなく怒鳴る。
すでに、少佐と子供たちが見守る地平線の向こうに、青い騎兵たちの大集団が現れたところだったのだ。その数からすれば、少佐の持つ短機関レーザー銃だけで防ぎきれるものでないことは十分予測できた。
地響きとともに接近してくる悪魔の姿に、ピアーズ少佐の周りにいる子供たちが恐怖の表情を浮かべてしがみついてくる。
「だいじょうぶ。神の怒りが下されるさ」
 ピアーズ少佐が子供たちに声をかけると同時に、天空から細い白光がシャワーのように降り注ぐ。
 視界が一瞬、闇に包まれ、強烈な爆発が起こった。


 インディアンたちと合衆国騎兵隊の戦闘は、双方共にほぼ全滅するという結果となった。神田曹長が降ろした降下艇が、ピアーズ少佐とともに収容したインディアンは、少女が三人と幼児が五人の計八人だけだった。
「連れて行くなんて無茶ですよ」
 神田曹長は、困ってしまった。ピアーズ少佐が勝手に乗せてしまったのだ。
「なら、俺は残る。残って守る義務がある」
「それはわかりますけど――」
 とたんにピアーズ少佐が激怒した。
「何がわかる、だ? いいかっ。この子たちを守れる大人は、もう誰もいないんだぞ。それを承知で、お前は、ほうっておけと言うのか?」
「怒鳴るなって。気持ちはわかるって言ってるだろ。誰もほうっておけなんて言わないさ。特に艦長はー。絶対に……そんなこと、言わないさ」
 神田曹長は、ピアーズ少佐の噛み付くような返答にも動じない。言葉遣いも階級を無視していて、まるで古くからの戦友と話すような感じだ。
 そこに「しまかぜ」の泉副長から連絡が入る。
「あー。少佐。ピアーズ少佐。聞こえますか?」
 泉副長の声は、さきほどまでは変わって、とても丁寧だ。
「なんだ?」
 対して、ピアーズ少佐の声はとてもきつい。
「そこから百キロほど北西に、インディアンの集落がある。これは、提案なんだが、そこへ子供たちを預けてはどうだろうか?」
「はん。やっかい払いをしようというのか?」
「ん……否定はしない。ただ、これは、その子たちのことを考えてのことだ。我々とその子供たちは、まったく住む世界が違う。文化や慣習、食べ物すべてにおいてー。そして、おそらく時間さえも。ちがう世界にいるんだ。だから、その子たちの将来を考えて――」
「詭弁だな。この子たちのためを思うからーとか、偽善者の言いそうなセリフだ」
「偽善じゃないっ! 俺たちがもし時間を越えてしまったのだとしたら、これから何が起こるのかわからないと言っているんだ。仮に保護したとして――、再び『しまかぜ』が元の時間軸へ跳ね返される可能性だってある。その時、その時代のものを無事に持ち帰れるという保障はない」
「何が……言いたい?」
「過去のものは、我々のいた元の時間に戻った時点で、それだけの年月を一気に取り戻すかもしれないんですよ。だから――その子たちも、一瞬で数百年の歳をとるかもしれないって言ってるんです」
「でたらめを言うな」
「でたらめ? 確かに根拠なんかありません。でも昔のSF作品にはよくあるパターンです。少佐が自ら責任を持ちたいなら、やればいい。その子たちが一瞬で、生きたままミイラになるのを見たいというなら、やればいい」
「きっ、貴様っ。そんなことしてみろ。ただじゃおかん」
 泉副長とピアーズ少佐の怒鳴りあいが続く。神田曹長は、後部の椅子に座っているインディアンの子供たちを振り返って笑いかける。
「だいじょうぶ。悪いようにはしないよ」
 八人の子供たちの中で一番大きな女の子が、神田の言葉に緊張気味の笑顔を返す。日に焼けた素肌に漆黒の長い黒髪のお下げで、笑顔はとてもかわいらしい。
「あ、そうだ」
 神田は、操縦席横のサバイバルキットを取り出し開封する。携帯食料の袋から、チョコレートバーを見つけると、それを女の子に差し出す。
「みんなで、食べるといい。おいしいから元気が出るよ」
 それでも、女の子は手を出さない。警戒しているのか? 食べ物だということがわからないのか?
「んー。言葉が通じてないかな? こうやって、食べるの」
 神田は、チョコレートバーの一本の包みをはがし、自分で食べてみせる。
 そこでようやく食べ物だということがわかったらしい。女の子が意を決して受け取ると、同じようにちょっとかじる。とたんに女の子の目が驚いたように見開かれる。
「どう? おいしい?」
 女の子のうれしそうな笑顔に、神田も思わず微笑んでしまう。
「オ、オイシィ……」
 女の子は、神田の言葉を繰り返し、次いで自分がかじったチョコレートバーを二つに折って、後ろでポカンと見つめている子供に分け与える。そして他の子たちにも、包みをはがして与えていく。チョコレートバーをかじった子供たちの目がびっくりしたように見開かれる。未来のお菓子を食べた衝撃が、子供たちの間に広がっていく。
「はははっ。おいしいか? ゆっくり食べなよ」
 後席から聞こえてきた子供たちの明るい声に気がついたのだろう。ピアーズ少佐が後席を振り向いて、ついで、神田曹長の方を見る。
 神田曹長は、にっこり笑って肩をすくめて見せるだけだ。
「ピアーズ少佐。私です。艦長の三剣です」
「あ、ああ。艦長……」
 通信画面が切り替わり、泉副長に代って三剣艦長が出て、ピアーズ少佐の勢いが少しだけ弱まる。
「少佐は、思い違いをしていますよ。私たちは、未だに戦闘任務を続行中です。元の世界へ戻れるかどうかもわからないし、もしガルコリアの艦艇と出会えば、必ず戦闘になります。そんな危険な旅に、子供たちを連れて行くつもりなんですか?」
「え、あ、いや……私は、ただ子供たちのことを守るために……」
「素敵です。そんな優しい気持ちを持っているなんてー。でも私たちにできることには、限界があります。少佐一人の力で、その子たちをいつまでも守れるはずがありません。私たちにできるのは、その子たちがせいいっぱい生きることができるよう手助けすることだけですよ」
「そ、そうかもしれない。しかし、しかし――だ」
「子供は、いつまでも子供じゃありません。いつかはひとり立ちしていきます。その子たちの運命は、歴史の中にすでに刻まれています。それを無視して連れ去ることが、本当にその子たちの幸せにつながるのでしょうか? 私には、答えは出せません。だからーあの地球の歴史にゆだねて、せいいっぱい生を全うして、いけることを祈るしかないと思います」
「……地球の歴史に、ゆだねる?」
 ピアーズ少佐がいぶかしげに通信画面の艦長の顔を見る。
「はい」
「それはーどういう……?」
「あの原住民の――、仲間のインディアンたちの村に預けたいと思います」
「……い、……………」
ピアーズ少佐は折れた。


 地上に降りたピアーズ少佐と神田曹長が周回軌道に浮ぶ「しまかぜ」に帰還してから、二日がたとうとしていた。
 二人が帰還して以降、「しまかぜ」から地上へ降下する者は一人もいない。「しまかぜ」は、もうひとつの「しまかぜ」の残骸を係留したまま、静止軌道を確保したまま地球の回りを回っていた。 
 アブラハムなどは、先祖の国トルコの上空を飛ぶことを切望したが、艦長は許可しなかった。それどころか、許可なく地上に向けて調査用の望遠カメラを向けることさえ禁止していた。
 ピアーズ少佐をはじめとする一部のクルーからは、かなりの不満が出たが、それも大掛かりな作業が指示されて多忙になったことで自然と治まっていった。
 大掛かりな作業というのは、「しまかぜ」の残骸から使えそうなものを徹底的に回収するというものだった。 
「これから我々がどう行動するかにもよりますが、この先、まともな補給を受けられる可能性は限りなくゼロに近い。だからー、使えるものはすべて回収して、これからに備える必要があります」
 作業を始めるにあたって、泉副長はその目的をこう説明した。
「食料だけじゃなくて?」
 二コルがたずねる。残骸が後部胴体だけのため、食料を積み込んでいたメイン倉庫は、前部胴体と共に失われていて、あまり多くの食料の確保は期待できなかったのだ。
「使えそうなものは全てだ。エネルギー、消耗品、武器、弾薬の類、艦内に詰め込める限り、すべて取り外して回収しろ」
「対艦ミサイルもですか?」
ミサイル担当の伊藤一士がたずねる。 
「当然だ。これからどこで使うかわからんからな。必要なら機動マシンで外壁を引っぺがしてもかまわない」
「わかりました。残骸に残っている対艦ミサイルは、オリジナルのA2ですから、空になっている火星軍のMS対艦ミサイルポッドとそっくり入れ替えます」 
 こうして、二日間に渡って、残骸からの回収作業が続いていたのである。


「艦長。泉とピアーズ少佐です。入ってよろしいですか」
「どうぞ」
 その日の夜遅く、三剣艦長の部屋へピアーズ少佐と泉副長が訪れた。
「失礼します」「お邪魔する」
 入ってきた二人に簡易椅子を勧めて、三剣唯依は自身のデスクに備え付けの椅子に座る。
「何か、御用?」
「はい。先日実施した地上探査についての報告書がまとまりましたので、お届けにきました」
 そう言うと、泉副長が自身の情報端末カードを取り出し、立体メニューを表示した上で、ファイルを選択する。
 それを見て、三剣艦長も自身の情報端末カードを取り出し、ファイルボックスを展開する。
「どうぞ」
 泉副長が手渡したカードを受け取ってカード同士を重ねる。ポーンと信号音が鳴って「指定のファイルの転送が完了しました」の合成音声によるメッセージが流れる。
「あとで、詳細は読ませてもらうけど、結局のところ、どうなんですか?」
 カードを返しながら、三剣艦長は二人の顔を見る。
「副長が言うように――。少なくとも眼下の地球は、私たちの住んでいた時代、あるいはその後の地球ではない」
 ピアーズ少佐が先に答える。
「過去の時代の地球。というのは、正しいかと思いますが、この過去が、我々のいた時代への時間の連なりにあるのかどうかは、よくわかりません。ですが、少佐の持つアメリカ合衆国の歴史には、かなり近いものがあることは間違いないでしょう」
 泉副長が補足する。
「少佐が歴史に介入しちゃったけど、影響はないのでしょうか?」
「逆です。影響がないということは、むしろ眼下の地球は、我々の住んでいた世界とは繋がっていないということです。本艦に係留しているもうひとつの『しまかぜ』の残骸と、関係があるとすれば――。ここは、別の次元世界の過去の地球。それではないかと……」
 泉副長はそこまで言ってから、口ごもってしまう。何かが頭の隅を掠めたのだ。何か大事なことを見逃しているのではないかと。
 その間にピアーズ少佐が再び口を開く。
「なら――。別の世界の地球だと言うのなら――、あの子達のために、私に、ここに留まることを許可してくれないか」
 ピアーズ少佐の思いつめた顔を見て、艦長は首を横にふる。
「許可できません」
「どうしてですか? 私が残ったとしても、我々の歴史に影響がないことがわかったんですよ。なら、私に合衆国の狂った歴史を直させるチャンスを与えても――」
「地球で待っている奥さんやお子さんを捨てる気なんですか?」
「……」
 ピアーズ少佐が黙る。
「……前に言いましたよね。『地球には、妻も子供たちもいる』って。今、ここに残るということは、永遠の別れになるかもしれないんですよ」
 艦長は、さりげなく以前ピアーズ少佐が熱く語った口ぶりをまねる。
「ははっ。すごいね。よく、覚えておいでで」
 ピアーズ少佐は乾いた笑いをしてから、肩の力を抜いて椅子に深く腰掛け直す。
「実はー、妻のエバとは別居中なんだ。子供たちの親権もエバに握られてて、ここ数年会うことも認められていない。祖国を守るという崇高な使命のために、いつも全力を尽くしてきたつもりなんだが、エバにとっては、俺は単なる仕事バカにしか見えないらしくてね。愛想をつかされたってぇ、ま、そんなとこだ。俺は帰りたい。妻にも子供たちにも会いたい。けど、向こうがそれを望んでいないんじゃあ、話にならない……」
 ピアーズ少佐は、自嘲気味に自分のプライベートをぺらぺら喋りだす。
「それで、残りたいと?」
「ああ。あの子供たちを守って戦っている間に、俺は気づいたんだ。祖国を守るという使命以上に、目の前の大切な命を守ることが大切なんだって、な。これが、神が俺に与えた本当の使命なんじゃないかって、思って……」
「その気持ちは――素晴らしいです。とても大切だと思います」
「え……」
 ピアーズ少佐は予想外の褒め言葉に思わず顔をあげて、三剣艦長の顔を見つめる。
「けど、それが――家族を捨てる理由になりますか?」
 少佐を見つめる艦長の目は笑っていない。むしろ逆だ。厳しい視線が、少佐に向けられている。いつもの温和な艦長からは信じられないほど、きつい視線だ。
「あ、いや、だから……」
「私には、あなたのご家庭の細かい事情はわかりません。何がどうなって別居に至ったのか、それはこの際、聞かないでおきましょう。ただ、ご自分の家族を捨てるということは、あなたにとって、そんなに軽々しくできるものなのですか? たいへん申し訳ないのですが、私には、とても理解できません」
「……」
「そしてーこれは、この「しまかぜ」に乗る全乗組員の命を預かる艦長としての結論です。少佐は、次元跳躍システム、ガルコリアとの交渉過程、ナビゲーションシステムと、今回のこの事態に至ったキーになることを知る唯一の方です。あなたをここに残して、私たちだけで旅立つことは無理だと思います」
「では……」
「ダメです。少佐。我々には、あなたが必要なんです。わかってください」
 三剣艦長の静かな言葉に、ピアーズ少佐の興奮も少しずつ落ち着いていく。
「私は、これほど自分がアメリカ人だということを、恥じたことはない……」
「負の歴史、人類史の汚点は、どの国にもあります。今を生きる我々の価値観、高い人間性、ヒューマニズムなんて、過去の人間には通用しません。私たちは、長い時間、歴史を経て、そして多くの犠牲の上に、それを手に入れ歩んできたんですよ。」
「自分を正当化するのですか? これから行われるかもしれない蛮行をー見て見ぬふりをしろと?」
「正当化する気はありません。ただ、少なくとも、勝者が語る歴史ではなく、本当の歴史から目をそむけずに直視できだけ、ましでしょう。痛い真実は見たくないというのが、今の我々全員の本音だと思います」
「艦長は――日本は……ちがうのか?」
「まさか。日本だって、近代国家成立以前は、野蛮で残酷な歴史をいっぱい抱えています。それにー二十世紀初頭には、欧米各国を見習って世界と戦争もしました。ただ、その後は、二発の核爆弾で滅亡寸前まで敗者の歴史を歩みましたからー。あの壮絶な時代をーよく生き延びたと、先祖には感謝するしかないと思っています」
「欧米が、日本人をジェノサイドしようとしたというのか?」
「可能性はあったと思います。あの当時の……人種差別が当たり前の世界では。少佐は、否定できますか?」
「そ、……そうだな……」
 ピアーズ少佐は、頭を抱えて黙り込む。そして、しばらくしてから、ポツリとつぶやいた。
「宇宙の意思がそうさせているのか? 我々に――過去と向き合えと? それを正せと?」
「……」
 泉副長は、そんなピアーズ少佐を黙って横目で見つめる。やがて――
「そんなことはどうでもいい。俺たちはーとんでもない間違いをしたかもしれない」
「間違い? 無防備のインディアンたちを救うことのー何が間違いだと言うんだ?」
「それじゃない。おちついてください。いいですか? 私は、この世界の『しまかぜ』の残骸を見てー、この世界は私たちの歴史とは繋がらない別世界の地球だと言いました。けど地上の状況は、どうです? あの残骸となった『しまかぜ』を作れるような近代科学文明は、この地球にはまだ、ない。完全に矛盾しているんですよ」
 ピアーズ少佐と三剣艦長は黙ったまま泉副長の次の言葉を待つ。
「『しまかぜ』の残骸と眼下の地球とは、直接の繋がりはないと見ていい。では、ここは、どこか? 別の世界の過去の地球ならまだいいんです。『しまかぜ』の残骸に残っていた私の遺体は、階級が少佐でしたからー、私も別の世界の自分なんだと思い込もうとしました。けれど、『しまかぜ』の残骸には、A2対艦ミサイルポッドが装着されていたんです」
「少佐は、以前、話しましたよね。『パラレルな多次元宇宙への出発点が、もし仮に決まっているなら、その存在はその時がくるまで絶対の安全が保障されるはず』だと。そして、この『しまかぜ』の幸運がそれによるもの』だと」
「あ、あれは、あくまでも、私自身の考えであって――。何の根拠もないことだ」
 ピアーズ少佐が、手を振って否定する。
「かも、しれません。ですが、パラレルな多次元宇宙への出発点が火星での次元跳躍で、そこから、この多元宇宙が分かれて展開されたのなら――、その時まで私たち、もうひとつの『しまかぜ』も同じ歴史を歩んでいたはずです」
「よくわからないけど、副長は、あの残骸もそっくり同じじゃないと――。おかしいといいたいのですか?」
三剣艦長は、艦長室の窓から見えるもうひとつの「しまかぜ」の残骸を指差す。
「はい。同じ時間、同じ瞬間に次元を飛び越えることで、相互に別の世界へ跳ぶことができるのではないでしょうか? そうでなければ、一つの世界に無数の自分が集まってしまって次元世界のバランスが崩れるということもあると思います」
「う~ん。副長の考えもよくわかるが――。ごくわずかな差……、なんじゃないか? 見たところ、もうひとつの『しまかぜ』は前部艦体が破壊されているが――。それも次元跳躍寸前に大破したのかもしれないし……」
「いいえ。次元跳躍寸前まで、私たちと同じであったなら――、その時まで装備は同じでなければならないはずです。本艦は火星で整備と補給を受けた時、オリジナルのA2対艦ミサイルポッドを降ろしました。なのに、あの残骸は、オリジナルを装備しています。装備が違うということは、あの『しまかぜ』の残骸は、私たちの別の時間、未来から飛ばされてきたものの可能性だってあることになるんです」
 あまりにも突飛な推論だということは、泉副長自身、理解していた。それはピアーズ少佐も艦長も同じだっただろう。それでも、黙って聞いてくれている。
 泉副長は続ける。
「……歴史へ介入できたから、我々の過去の歴史ではない。みんなそう信じたかったんです。今ある状況証拠をいいように解釈して――、そう思い込もうとしてたんです。でも、本当にそうだと言えるだけの根拠は、ここにはないんですよ! 何も」
「……」
「我々は、次元世界を跳躍したのではなくて――、本当にタイムスリップしたのかもしれない」
「……」
「今、私たちの目の前には、眼下に見える地球という過去と、船の残骸という未来が提示されているかもしれないんです」
「我々は……、自分たちの過去に、本当はすでに介入してしまっているかもしれない」
 そこでようやく、ピアーズ少佐が動いた。
「そうだとすると――。いや、それはちがうだろう。もしそうなら――、タイムパラドックスの観点からすれば、過去への介入は不可能なはずだ。仮にできたとしても――そんなことをすれば、我々の歴史が書き換わって、未来から来た我々に何らかの影響が出ているはずだ。けど、何も起こらない。これは、ここが我々の世界の歴史とは繋がっていないという証になるんじゃないのか?」
 ピアーズ少佐が、疑問を返す。
「それを認知できるのでしょうか?」
「ホワッツ?」
 ピアーズ少佐は、思わず英語でかえす。
「歴史が書き換わっても、我々がそれを認識できなければ、わからないだけですよ」
「は? わからないのか?」
「おそらく。ドミノ倒しのように、今、歴史が書き換わっているとしたら――その瞬間がきっと訪れます。そして、どこかの時点で、忘れる」
「わ、忘れる……のか?」
「あるいはー。もうひとつの可能性として、我々の介入自体がすでに、歴史的事実として設定されていたということです。それなら、介入の影響は起こりません」
「私のしたこともすべて予定されていた、ということか?」
 ピアーズ少佐が、うなりながら尋ねる。
「……かもしれません。提出した報告書も――書き換えが必要になるかもしれません。いえ、書き換えられるかもしれません。」
「誰に?」「……」
 思わずピアーズ少佐が尋ねるが、泉副長は答えない。
 艦長室に集まった三人は、黙ったまま外に浮ぶもうひとつの「しまかぜ」の残骸を見つめた。
 残骸には、多くのクルーが宇宙服姿でまとわりつき、作業を続けていた。



「信じられないね」「ホント――」
 非番になったニコルとマイケルは、眼下に見える青い地球を見ながらつぶやく。
「ピアーズ少佐。地上に降りて、大昔の騎兵隊と戦ったんだってさ。原住民のインディアンを守ってー。おかしいよね。騎兵隊に――自分のご先祖様かもしれない相手に、銃を向けるなんてー。僕だったらありえないと思うよ」
 マイケル一士は、艦隊旗艦「ワシントン」の生き残りの一人だ。艦載艇や船外活動用の機動マシンのメンテナンスが持ち場だったため、第一艦隊が壊滅的被害を受けた時もいち早く脱出ができる部署にいた。百人を超える乗組員の中で、生き残ったのは、自分も含めて十人もいるかどうかというところで、自分の運の強さに満足していた。
この「しまかぜ」では、斉藤少尉の下でサポート配置についているが、その配置も「ワシントン」の時と同じ格納庫とサブ・ブリッジだ。今度この「しまかぜ」に何かあったとしても、真っ先に脱出できる部署になる。
「こんなことになるなんて、時間を飛び越えちゃうなんて……信じられない」
ニコルがつぶやく。
「僕も信じられないよ。でも、こうやって過去に干渉することができるなら――、ある意味、すごいことだと僕は思う」
「え?」
「だって――そうだろ。何回失敗しても、やり直せるってことじゃないか。ゲームみたいに、リセットできるってことじゃないか。だから――これをうまく使えば、こんないいものはないかもしれないじゃないか」
「私は、そう思わない。そりゃ、起こった事実は変えられるかもしれないけど――。人の心はたぶん変わらないから――。何度繰り返しても、同じような出来事がまた繰り返されると思う……。それに――みんな自分がいいように世界を変えることができるのなら――、永遠に妥協することはできないと思う」
「救助された時のこと、言ってるのかい? あんなの気にすることない。恋人だったらしいけどー、彼の本心がわかっただけ、良かったんじゃないか? 僕なら自分だけが助かるために――、そんなことしない。ちゃんと君を――守ってあげるよ。だから……何かあったら、真っ先にここに逃げて来ていいよ」
 マイケルが優しい言葉をささやく。けれど、ニコルは首を横に振る。
「そんなこと言わないで。不公平だよ。私だけに、そんなこと言うなんて――」
「え? 不公平って……?」
「みんなこの船に乗って、協力しあって戦っているのに――。私一人、そんなことできるわけいかないじゃない。もうあんなこと、ごめんよ」
「いざって言う時、生き残りたいって思うことの、何が悪いんだよ。当たり前のことだろ!」
「そうやって、みんなが自分のことしか考えられなくなったら、おしまいだって言ってるの! 私、もう、そうまでして生き残りたいって思わない。死ぬなら、みんなと一緒でいい……」
「はっ。それ、おかしい。クレイジー。クレイジーだよ。そんな考え。まるで、東洋の新興宗教みたいな考えじゃないか」
 マイケルが頭を振って答える。
「それでもいいのっ!」
 ニコルは、そう言ってマイケルの身体を押しのけて、立ち去ろうとした。
「……?」
 ニコルの手に、マイケルの身体の感触は感じられなかった。スーッとまるで、空気を押すように、ニコルの手はマイケルの身体を突き抜けていった。
ニコルの悲鳴があがる。
それは、艦内通路に大きく反響した。
「ま、マイケルっ……」
 ニコルの悲鳴を聞いて、艦橋からクルーたちが駆けつける。そして、クルーたちは、艦内通路の壁にしがみついて震えているニコルと、その前で呆然として立っているマイケル一士の姿を見つけた。
「何してる?」
 アブラハム大尉が、マイケル一士に声をかける。
 それを聞いて顔をあげたマイケル一士の顔は、真っ青だ。いや、それは顔の色ではなかった。艦内通路の壁に貼られたクッション材の色が、透けて見えていたのだ。
「な……どういうことだ?」
 驚いて目をむくアブラハムたち。マイケル一士の口が、ゆっくりと開く。
「な、くなる。……なくなっていくんだ……俺の記憶が……。た、大尉っ……俺、一体……どうなっちまったんだ?」
 その声と同時に、マイケル一士の身体はどんどん透きとおっていく。
 人間が目の前で消えていくという異常事態を目の前にして、駆けつけたクルーたちは、手も足も出ない。ただ、声も出せず、遠巻きに見守るだけだ。
 そして、マイケル一士がアブラハムの方に近づいてきて、あと数歩というところで、前のめりに倒れた。アブラハムは、とっさにその半透明の身体を受け止めようとする。
「おおおっ!」「きゃああああっ!」
 驚きと悲鳴が混じった声があがる中、マイケルの身体はアブラハムの身体を通り抜けて、そのまま消えてしまった。

 マイケルはー消えた。正確に言うと、マイケルの身体は、着用していた衣服も含めて、すべて、何も残さず消え去ってしまった。
 アブラハム大尉にとっては、目の前で見ていても信じられない出来事だった。

 

「このまま、ここにいると――、我々は際限なく自らの歴史に手を出してしまうことになる。即刻、退去すべきです」
「いや。これはある意味チャンスかもしれない。今、ここで科学の発達をさらに進めておけばー、将来ガルコリアが侵攻してきた時に、我々は圧倒的な軍事的準備を持って迎え撃つことができる。そうなれば、我々の地球は安泰だ」
アブラハム大尉は、ピアーズ少佐が支持してくれるものとばかり思ったのだろう。少佐の様子を伺う。けれど、少佐は何も反応しない。
「わずか三十数名の人間だけで、人類の歴史を早送りしようというのか? 無茶だな」
 泉副長が、冷ややかな声で答える。
「いいえっ! この艦もあります。超兵器を満載した『しまかぜ』が――。やってやれないことはないでしょう」
「あきらめろ。下手な介入がどんな不測の事態を招くかー、わからないんだぞ。マイケルの件もある。あれは、警告だと思う。この世界にとどまるのは、あまりにも危険すぎる!」
 マイケルの件を出したことで、アブラハム大尉は返す言葉を失ってしまう。過去の歴史へ干渉したことで、マイケルは消えてしまったのだということは、すでにクルーたち全員に知れ渡っている。
「その方がいいと思います。私たちは、この地球を武力で制圧することもできます。自ら神と名乗って、思い通りに歴史を変え、支配することも可能でしょう。でも、そうなってしまったらー、自分の欲望を抑えきれるかどうか――、正直言ってわかりません」
 長友雄一戦闘班長も、泉副長に同調する。
「だいじょうぶだ。未来のー知性と理性ある我々が、そんなことするわけがない。この世界の野蛮な人間たちとは違う!」
 アブラハム大尉は、意地になって説得を試みるが、すでに大勢は決していた。クルーの誰も、アブラハム大尉の意見に同調するものはいなかった。アブラハム大尉が同調することを期待した、ピアーズ少佐でさえ――。
「そう言う口の端から……、すでに差別的な匂いがするけど。私の気のせいでしょうか?」
 アブラハム大尉は、三剣艦長に指摘されて思わずハッとし、とうとう押し黙ってしまった。


係留している、もうひとつの「しまかぜ」の残骸からは、様々なものが回収された。未使用の対艦ミサイル、艦載艇、食料やエネルギー、機関のパーツなど、我々は使えそうなものは徹底的に回収した。機関科主任の加賀見竜中尉は、残骸ごと持っていきたいと希望したが、艦内の容積との関係でそれは不可能だった。ただし、サブ・エンジンについては、空いていたミサイルポッドに押し込んで持っていくことにした。
次元世界、時間を越える旅は始まったばかりなのだ。これから何があるかわからない。それに備えるためにもーすべて、無駄にしたくなかったのだ。
残った残骸は、姿勢制御ブースターで、大気圏側へ押し込み、係留索を外す。
離れていくもうひとつの「しまかぜ」の残骸は、計算では、まもなく太平洋上への落下軌道に入る。燃え尽きる確率がはるかに高いが、万が一の場合も考慮した措置だ。我々が旅立った後、何らかの状況で地上に被害を及ぼすことがないよう、先に手を打つことにした結果だった。
「副長」
艦橋の窓からもうひとつの「しまかぜ」の残骸の行方を追う泉副長に、あがってきた医療班長の二ナ・フレミング・高良少尉が声をかける。
「なんだ?」
「いえ。言っちゃうのかなって思って?」
「言っちゃう?」
「もうひとりの副長のこと。あの残骸の中で見つかった副長の遺体のことよ」
「宇宙葬だよ。大気圏突入の摩擦熱で火葬にもなる。一石二鳥さ」
「あれ、一応調べてみたけどー。宇宙服の製造年月日……」
 二ナ少尉の声が、急に小さくなる。
「ビンゴだったろう?」
「平気なの?」
「艦長と俺以外、……誰にも言うなよ。聞けば、みんなパニックになるかもしれない」
「そうね」
「それに――確証にはならないよ。多元宇宙世界なんだ。どんな未来を選ぶかは、我々みんなにかかっていると思う」
「難しくて、私にはよくわからないけど、予言みたいなものだって思って、胸にしまっておくわ」
「そうしてくれると助かる」
 窓の外に光が走る。眼下の地球の、夜の側へ消えていく光があった。
 その光が、もうひとつの「しまかぜ」の最後の姿だった。


しばらくして、艦内放送が始まった。
「艦長です。乗組員全員に、本艦の、現在おかれている状況を説明します」
 三剣艦長の声は、いつも通り静かだ。
「私たちの艦『しまかぜ』は、四日前、火星宙域にてエンジンをオーバーブーストさせ、次元を跳躍しました。今、私たちは、地球の衛星軌道上にいます。眼下に見える星は、地球です。けれど、そこは――私たちの生まれる前、西暦でいうと一七〇〇年代の、過去の地球です――」
 アブラハム大尉が、黙ったまま肩をすくめる。
「ー私たちは、三日前、地上で起こった出来事に介入してしまいましたが、その結果、マイケル・G・オースティン一士を歴史の改変により失ってしまいました。
私たちは、次元跳躍によって別次元の世界ではなく、偶然にもタイムスリップしてしまったのです。信じられないことかもしれませんが、これはまぎれもない現実です。マイケル一士の尊い犠牲は、その証明なのです……。
だからー、私は、これ以上、この世界にとどまるべきではないと判断しました。
この時代、この世界の我々の先祖はーあまりにも残酷で、今の私たちであれば、看過できないことがあまりにも多すぎます。残れば、どこまでも介入せずにいられなくなるでしょう。それが、どのような歴史の改変をもたらすか、それは誰にもわからない、あまりにも危険なことです」
 泉副長は、艦橋内の予備椅子に腰掛けているピアーズ少佐の白髪混じりの頭を見下ろす。ピアーズ少佐の身体はピクリとも動かない。
「――ですから、私は再度、次元跳躍を試みたいと思います」
 艦内放送で流れるメッセージに、操縦席で発進準備を進めている増岡操縦士が、ふと手を止めて、天井を見上げる。すでに発進準備の命令は伝えられていたのだが、目的地は告げられていなかったのである。
「あちゃ~。マジかよ」
 独り言をつぶやく。
 艦長の艦内放送は続く。
「ー次元跳躍システムは、ガルコリアの科学技術のコピーであり、ナビゲーションシステムの要となるものは、未だに確保されていません。危険は、先の跳躍の時以上かもしれません。そして、跳躍が成功したとしても――この『しまかぜ』が、どんな世界、どんな時間のところへ飛ばされるか、まったく予測がつきません……。
それでも私は、希望に向けて旅立ちたいと思います。故郷の星、進宙歴199年の地球へ、帰りたいと思います。
これからの旅は、苦難の旅路となるでしょう。現に、この空間で出会ったもうひとりの我々の乗る『しまかぜ』は、無残な最期を遂げています。
私は、艦長としてクルー全員の理解と協力を切望します。これからの旅路を、苦難を乗り越えて、故郷の星・地球へ帰るために、皆さんの積極的な協力を期待します。……以上です」
艦内放送が終わっても、誰も声を出さない。黙ったままだ。
我々は、迷子のようなものかもしれない。
泉副長は、沈んでいる皆の顔を見ながら思う。
けど、そうやって現状を嘆いていても始まらない。
「さあ。艦長の決定は降りた。全員持ち場について、作業開始だ。発進予定時刻は、一五○○だ」
 泉副長が手を叩いて、全員に指示を出す。
「副長。あの子達は、だいじょうぶだろうか?」
 ピアーズ少佐が立ち上がって、艦橋の窓から眼下に広がる地球を眺めながらつぶやく。
「少佐が保護したインディアンの子供たちですか? 心配はいらないと思います。なにしろ、あのインディアンたちの少佐たちを見る様子では、神様から子供たちを託されたようなものですからー。あのインディアンたちなら、しっかりと責任を持って受け入れてくれると思いますよ。たぶん、だいじょうぶでしょう」
 泉副長が答える。
「なら――、いいのだがな」
 ピアーズ少佐は、アメリカの西部開拓史を知識として知っている。西へ西へと広がる白人たちの開拓の波に追われて、インディアンたちは先祖から住み続けてきた土地を奪われ、荒涼とした地へと押し込められていく運命にある。その過程で生じた多くの争い、悲劇は、今始まったばかりなのだ。
 問題は、インディアンの方にあるんじゃない。我々、白人たちの方にあったのだ……。
 ピアーズ少佐は、助けた命の絶望に覆われた未来を思い、胸が張り裂けそうになった。歴史に任せることにしたとはいえ、それが正しい判断だったのかどうかは、誰にもわからない。


「もう一度、することになるなんて、思いもしませんでしたよ」
増岡操縦士が、ぼやきながらも緊張した面持ちで、操縦桿を握り締める。
「次元跳躍だ。ナビゲーションシステムがない中でのランダム跳躍だが、それしか方法がないんだ。やるしかない」
「そりゃ、そうでしょうけど――」
「二度目だろ。前と同じようにすればいいだけだよ」
 泉副長が、手にした情報端末カードをチェックしながら、増岡操縦士に指示する。その隣では、緊張した面持ちで、井上、葛西両副パイロットがシステムチェックをサポートしながら、次元跳躍手順を見守る。
「了解。このまま地球にー、自分たちの地球に帰れなくなるなんて――御免です。生きている限り、帰りたいですからね」
「それは、みんな同じだ」
 泉副長が、クルーたちの思いをまとめて、艦橋内にいる全員の顔を眺める。みんな緊張した面持ちで次元跳躍に備えている。前回の跳躍は突然の出来事で、何がなにやらわからない中で行われた。でも、今回は違う。次元跳躍という未知の世界への旅立つということを、皆が知っている。その上での再出発なのだ。
行く手に待ち受けるのは別世界なのか、それとも自分たちの過去か、未来か? それとも本来いるべき時なのか? それは誰にも予測できない。
「……行きましょう。いいえ、帰りましょう。時を越えて――」
 三剣艦長の声が、艦橋内に響き、メインエンジンの始動音が高まっていく。
「『しまかぜ』発進っ!」
プラズマジェットの炎を吐いて、宇宙戦闘艦「しまかぜ」は、地球周回軌道を離脱すべく加速を始めた。


「あれ! 見て!」
 インディアンの少女は、西の夕焼け空に一条の光が現れたのを見て、みんなに知らせた。
 赤い夕焼け空を背景にそびえる山脈の上、はるかかなたの空に一筋の光が輝いている。それは、夕焼け空に瞬き始めたどんな星よりも明るい。まるで流れ星のようでもある。
村の中でそれに気がついた大人たちが、怯えたような声を出して騒いでいる。
 ここ数日、次々と起こる信じられない出来事に、ホピ族の村は少々興奮気味だ。
「お前たち、よく見ておくといい」
 ホピ族の酋長は、天空から降りてきて、ナダル族の子供たちを自分たちに託して去っていった不思議な白き人たちのことを思い出しながら、子供たちに告げる。
 酋長のまわりには、ホピ族とナダル族の二つの部族の子供たちが仲良く並んで座っている。昨日まで喧嘩のようなものもあったが、今は落ち着いている。
変化に対する適応力は、子供たちの方がはるかに高い。大人たちの方は、突然空から降りてきた奇妙な箱に怯え、逃げ惑ったくらいだ。そして箱から出てきた、ナダル族の子供たちを連れた白き人の姿の前に、ただひれ伏すしかなかった。
「天から降りてきた白き人は……大地の果てからやってきた白人たちとは違う。似ていてもー違う。彼らの背には、空を飛ぶ翼があり、光を操る無類の力があった。けれども一番大事なのは、彼らが優しく清浄な、良き心を持つことだ。我らと同じ。信じあえる心を持つ」
「神様……なのかな?」
 ホピ族の子供がつぶやく。
「絶対、神様よ。私たちは、神様に命を救われたの。まちがいない」
 ナダル族の娘が、きっぱりと言い切る。
「白き人は――、自らを神ではないと言った。同じ人として、成すべきことをしただけだと――。その言葉は、思慮深い心の表れ。神を信じ、そこに近づこうとする崇高な心の現われ。だから――罪深い同族を、白人を討ったと言った。そう言った白き人の目には、義があり、人としての心があった。その言葉に、ウソはなかったと私は信じる。……我らは、彼らに感謝しなければならない」
 やがて一際大きな輝きとともに、一条の光は少しずつ消えていく。
「あ、消えてく……」
「白き人たちが、旅立つのだろう。遠くへ――。苦難の旅へ――。お別れの時が来たのだ。さあ、私とともに、父なる空と母なる大地の神に祈ろう。夜空に瞬く星と月、神と精霊たちへ感謝と祈りを捧げよう。旅立つ彼ら、白き人たちの無事のために――」
 インディアンの子供たちは、酋長の傍らに並んで座って祈りを捧げる。
ホピの酋長の祈りの言葉とともに、子供たちは地に額をこすりつけて祈る。
祈りを終え、見上げた夕焼け空に、その光はもうなかった。







 エピローグ

 私は、手の中にある情報端末カードに目を落とした。
 銀色のボディーの中央にある個人認証ボタンをクリックすると即座に反応して、メニュー表示が浮かびあがる。
 私は、泉史郎だ。
この日本艦JX707宇宙戦闘艦「しまかぜ」の艦長を補佐する副長・泉史郎だ。それは、この個人認証で確認された通りで、間違いない事実だ。
そして……私の胸ポケットにある、もう一つの情報端末カードの主も私であることに間違いはない。
多元宇宙世界への旅に乗り出した私は、未来の私の運命を知った。この「しまかぜ」の艦長となって、艦と運命を共にして迎える死という運命を――。
だが、カードには、かなり詳細な個人日誌が残されている。これを活かせば、これから先の航海、旅を予見してあらゆる危険を回避することができるだろう。
では、未来は変えられるのか?
私の運命は、変えることができるのだろうか?
私が、このカードの持ち主、未来の泉史郎と同一人物であるなら、未来を変えるために何らかのアドバイスなり、忠告なりを残すはずだ。
私なら絶対にそうする。そうするはずだ。
それなのに、カードにはそんな重要なメッセージの類は、まったく入っていない。
らしくない。
まったく、私らしくない。
ひょっとしたら、このカード自体が仕組まれた罠、あるいは何か壮大なトリックである可能性も否定できない。
現に私は今、2枚のカードを持っているが、もしこのままカードを持って未来へたどり着き、運命通りの死を迎えたならどうなる? 堂々巡りする世界、ループしている世界なら、カードはどんどん増えていくことにならないか?
そうでないなら、どこかの時点で、2枚のカードのうちの1枚は失われるということになる。そして、失われるカードこそが、私の本物のカードだという可能性だってあるだろう。
時空を超えて侵攻してきたガルコリアのこれ以上の侵攻を阻止する切り札。
信じられないことだが、このカードには、それに関する情報らしきものも詰まっている。
戦争終結のカギになるかもしれない、このカードに蓄積された情報の真偽はまったく不明としか言いようがない。
疑心暗鬼を起こさないための配慮?
思いたくないが、ありえないことではない。
 未来の私が運命を黙って受け入れ、メッセージを残すことを避けたというのも、俄かには信じられない。
 私は、手の中にある情報端末カードを握りしめる。
 すべてはこの多元宇宙を巡る航海の中で明らかになる。
 そして、未来がもう一人の私の運命の通りなら、JX707宇宙戦闘艦「しまかぜ」は、無事に元の世界へ戻り、ガルコリアとの戦争を終結させることになる。
 私以外の者にとっては、希望あふれる明るい未来の展望なのだろうが……。
 頭の痛い旅になりそうだ。
 
 私は字句校正を保留にしたまま、日誌を保存した。
 CIC内を見まわした私は、レーダーオペレーターの水島曹長に目をとめる。艦の周囲に異常がないことを告げる水島曹長の声が、CIC内に響く。
 カードに残された日誌の通りなら、次元跳躍した先は、もう一つの別の地球だ。そして、我々は永遠の別れを告げたはずの懐かしい顔に会うことになる……。
 私は、予言者ではない。
 責任を放り出すことを認めるような運命、宿命という言葉も嫌いだ。
だが、このカードに残された日誌の真偽を確かめることは重要だ。そして、未来を変えることができるかどうかということも。
 

(完)