公開ライトノベル作品

紹介する作品は、「最果ての海岸」タダヌキ/作です。

最果ての海岸     

                        タダヌキ/作

                                  

 ―ぶっちゃけ、分かる人にしか分からない物語―

 この世のどこかに、「最果ての海岸」と呼ばれる場所があった。
 そこは、ほぼ一年を通して温暖で、砂浜はまるでバターの様になめらかで肌触りがよく、海岸に面する海は透明度が高くどんな時でも青い輝きを見せ、何より、急な雨や嵐に見舞われることのない、まさに最後の楽園とも言える場所だった。
 だが、最後の楽園と言われるだけあり、そこは常人には絶対にたどり着けない場だった。
 だが、その場所には、何故か一件だけ海の家があり、そこで働く一人の男がいた。
 これは――その、海の家での物語。

『宝島』
「ああ……相変わらず暇だ……」
 そう呟き、海の家で働いている私は、溜息を吐きつつ空を仰ぎ見た。
 目の前に、穏やかな光を放つ太陽と、雲一つない、真っ青な空が見えた。
 非常に美しい光景だった。だが、私にとっては見慣れた光景だった。いや、それどころか、見飽きた光景なので、いまさら何の感慨も湧かなかった。
「おい」
 ふと、野太いそんな声が私の耳に届いた。
 私は、反射的に声のする方を見た。
「店、やってるかい?」
 そこには、左足のない老人がいた。バランスは、松葉杖で取っていた。
「ええ。開いてますよ」
 私は丁寧にそう答えた。
「そうかい。なら、これでなんか食わせてくれ……ついでにラム酒も」
 老人はそう言って数枚の銀貨を見せた。
「へい、まいど!」
 私は、この老人にラム酒と煮込み料理を提供した。
「わしは……シルヴァーというんだ」
 煮込み料理を食べ終え、ラム酒入りの瓶を口にしていた老人が答える。
「シルバー? ああ、『宝島』の……」
「なんだ、知っとるんかい」
 老人は肩を竦めてみせた。
「財宝を得ることも出来ず、全てを失い、孤島に取り残された哀れな老人よ。一応、仲間もいたんだが、いつの間にかいなくなっちまって、今は一人寂しく余生を過ごしているのさ」
「そのようで……」
 そう言って私は、そこで少し考え、続けた。
「なあ、シルバーさん。もしよければ、ウチで働いてみないか?」
 すると、シルヴァーはさも驚いたように私を見つめ、ニヤリと笑った。
「反乱を起こすかもしれねえぜ?」
「どう反乱を起こすので?」
 私は、肩を竦めてみせた。
「ハッ、それもそうだ! だが、アンタ見る目があるな。わしはこれでも前の船ではコックとして雇われていたんだ」
 こうして、私はシルヴァーを雇った。

『白鯨』
「なあ、店長よ」
 机ふきの仕事をしていたシルヴァーが私のことを呼んだ。
「この店、全然客が来ねぇなあ」
「ああ、分かってるさ」
 厨房の掃除を行いつつ、私はそう返した。
「でも、待ってたらいつかは来るよ」
「そうなのか? って、うおおおお⁉」
 突然、シルヴァーが絶叫した。
「シルバーさん?」
「て……店長! く……鯨が」
 鯨? 私は、青ざめたシルヴァーの指し示す方向を見た。
そして絶句した。
 ああ、読者諸君よ聞いてくれ。今、私たちが働いている海の家の前には砂浜があるのだが、その砂浜を行進するかのごとく(どういう原理かは知らないが)一頭の白い大きな鯨が、ものすごいスピードでこちらに向かってきているのだ。
「はっはー、店はやってるかー?」
 鯨はそんな言葉を放った。
「え……ええ、やってますよ」
「そうか、ならば結構!」
 そう言って鯨は海の家の前で止まり、その口を大きく開けた。
「では、補給を頼みたい。ビールは多めにな」
 口の中から、一人の男が姿を現した。
 その男の片足は、義足だった。
「白い鯨に、その足……もしかして、エイハブ船長ですか?」
「そうよ! よく知っとるな!」
 エイハブは生きていた。
 何でも、船ごと海に飲み込まれたエイハブは、なんと最後の力を振り絞って白鯨と対峙し、カタツムリよろしく白鯨を操って、他の仲間を回収し、白鯨を第二の捕鯨船(ピークォド)として使っているのだという。
「ところで、おぬし、イシュメールという若造のことを知らぬか? 俺のボートに乗っていた筈なのだが……」
「ああ……多分生きていると思いますよ」
「そうか! それを聞いて安心した」
 私はとりあえず、白鯨へ補給を行った。
「感謝する。礼はここに置いておくぞ」
 エイハブはそう言って、部下に命じ、大きな樽を二つ、店の前へ転がした。
樽の中身は、鯨油と鯨骨だった。
「いやいやいや! こんなもの、どうやって使えというんです⁉」
「はははは! では、また会おう」
 私の叫びを無視して、エイハブは白鯨に乗り込み、そのまま、砂浜を逆走し海へと戻って行った。
「モービィ・ディックを倒すことは出来なくても、共存することは出来るのか……?」
「義足か……今度わしも使ってみようかね」
 私とシルヴァーは、それぞれ別々の感想を抱き、呟いた。

『海底二万哩(マイル)』
「シルバーさん、何をしているんだ?」
 私は、砂浜に腰掛け、ナイフで木を削っているシルヴァ―に問いかけた。
「いやねぇ、わしもエイハブ船長みたいな義足が欲しくなってね、自分で作ろうかと」
「ふーん、それはまた……大変そうだな」
 果たして木だけで義足が作れるのだろうか? そう思いつつも、暇だった私はその作業をぼんやりと眺めていると……。
「すまない。補給を頼みたいんだが……店は開いているか?」
 唐突に、見知らぬ男性から声をかけられた。
 濃い髭に、どこかの海軍が使っていそうな軍服と帽子を身に着けた男だった。
「ええ、開いていますよ。補給ですね?」
「そうか、助かる」
 そう言って、男はその辺にあった椅子に腰かけた。私は補給の準備をしつつ、男を観察する。
「なにか?」男が私の視線に気づいた。
「いや、その服が気になっただけで……お客さん、どっかの海軍出身とか?」
「いや、私は海軍などではない。だが、潜水艦の艦長をしている」
「潜水艦? もしかして、ノーチラス号……」
「なんだ、知っていたのか」
「ということは、あんた……『海底二万哩』のネモ船長?」
「そうだ」
 ネモ船長は静かにそう答えた。
「へぇ、これまた変わった人が来るもんだ」
 私とシルヴァーは、適当に補給品を砂浜の上に敷き詰めた。
「あ、しまった。潜水艦じゃあ、ここまで来れないのか。さて、どうやって運ぶか……」
 私が補給品をどうやって沖まで運ぼうか考え始めた時だった。
「いや、その必要はない」
ネモ船長がそう呟き、立ち上がった。
 すると、急に私たち三人の体を、影が覆った。私は、驚いて空を見上げた。
「は?」そして、絶句した。
 何故なら、私たちの真上に、可変式の翼を持つ、巨大な空中戦艦が浮遊していたからだ。
「いやいやいや! おかしいだろっ」
 私は思わず、ネモ船長に向けて吠えた。
「潜水艦じゃねーし! ビーム砲ついてんじゃん! アンタ『海底二万哩』じゃなくて『ふしぎの海』のネモ船長だろっ!」
「はっはっは、君の想像に任せるよ」
 次の瞬間、ネモ船長と補給品は、空中戦艦(ネオ・ノーチラス)から飛び出した牽引ビームに吸い込まれ、姿を消した。
 先程までネモ船長がいた場所には、鋼鉄製の板が落ちていた。
「いや……だから、どう使えと……?」
 ズシリと重い板を手に取り、私は、水平線の彼方へと去り行く空中戦艦を見つめた。

『老人と海』
「それで、義足製作は順調か?」
「いや、さっぱりって感じですぜ」
 シルヴァーは木とナイフを放り投げた。
「まあ、だろうな」
 どうしたものかと、私は、水平線の彼方に、今まさに沈みゆく太陽を見つめた。
「?」そこで私は、夕陽を背に、一人の老人がこちらに向かって近づいてきていることに気づいた。
「ああ、サンチャゴさん。いいところに」
 その老人は『老人と海』の主人公、サンチャゴだった。
「うん、どうした?」
「知恵をお借りしたい」
 私は、老人に事の成り行きを話した。
「なるほど。だが、その前に腹ごしらえをさせてはもらえないか?」
「勿論です。御代は結構ですから」
 丁度夕食の時間ということもあり、私は三人分の料理を作ることにした。魚を混ぜた飯を炒めたものと、ビールを出し、それを三人並んで食した。
 それらを食べ終えると、いよいよサンチャゴ主導による義足製作が始まった。
「そこら辺にある木で義足を作ろうとしても駄目だ。もっとしなやかなものでなくては」
 そこで、私は試しにエイハブ船長が置いていった鯨骨が使えないかと提案してみた。
 当たりだった。それから、関節に使う金属が必要になったので、ネモ船長が置いて行った鉄板を使ってみることになった。
 だが、とてつもなく硬い鉄板をどう加工しようかと思っていると、なんとサンチャゴが腕一つだけでその鉄板をぐにゃりと曲げてみせた。これには、私もシルヴァーも驚きを隠せなかった。
 サンチャゴいわく「腕相撲大会をしたときに比べれば造作もない」とのことだった。
 そうして私たち三人は、協力し、時折楽しげに会話を折混ぜながら、義足製作を楽しむのだった。
 最果ての海岸は、珍しくにぎやかだった。
END