mの居場所がわからない
どこにいるのかわからない
長い長い手紙を出しても
どこに届くかわからない
あたしは最初どうせあんたなんか、あたしなしではひとりだけでは
生きていけるわけがないと思っていて、だからあんたの日記に「引
越すから、もう家賃のいらないところに行くから」と書いてあった
時も、ふん、どうせ、パチンコ屋の住み込みかよ、とか思ったのだ
った。●パチンコ屋だけはプライドが許さない、なんてよく聞いて
たもんだけど、とうとうパチンコ屋の住み込みかよ、よく決心した
よなって。でもだいたい引越しそのものの手続きさえもひとりでは
とてもできっこないと、どうせあたしをたよってくると、たかをく
くっていたのだった●自分ひとりで引越すなんて、できるもんなら
やってみなさいよって思っていた。大家だろ、ミニミニだろ、水
道局に中電にガス、住民票に郵便局。だからしばらく様子をみよう
と、近づかないようにしていたのだった。
だからいつまでもこの町から出ていくはずはないんだと
この町にずっといるんだと
それでもまあとりあえず、あんたの部屋にあずけておいたもののう
ち、これだけはあたしのもんだからね、と宣言しておいたもの、高
かった木の椅子とあたしの本だけは、ひょっとして奇跡的にもあん
たがひとりで引越しをなしとげてしまったその時に持っていかれち
ゃあたいへんだと、あんたのいないあいだをねらってあたしのくる
まにつみ込んだ。そのかわりテーブルもテレビもタオルケットもざ
ぶとんもほかほかカーペットも湯呑みもポットもコーヒー茶碗も、
もういらない●「それから貯金通帳は両方ともポストのとこに入れ
ておいてください」とあんたの手紙。ばかだな、こいつ、合鍵か
えせってふつう最初にいうだろうに。合鍵はまだもっていてもいい
んだな●部屋の中はあいかわらずの散らかしほうだい。ほんとに
出ていくつもりがあるのかわかりはしない。それでもとにかく本と
椅子。運び出すだけで手紙もメモものこさない●「今月いっぱいで
出ていきます」なんていったってどうせずるずるあの部屋にこの
町のどこかにいるにきまってるって思っていたから、来月あたり、
たとえば夜、下の駐車場から二階を見上げて窓に電気なんかついて
たりしたら、あたしは合鍵もっているのだからふみこんでやるつも
りだった。
ほんとうにいつまでもあんたはこの町から出ていかない出られない
ひとりでも飛んでいけるというのなら、どこへでも飛んでいけば
あたしのことなんかもう好きじゃない。そう思っているくせに置き
手紙がなければないで、あんたはきっとなんとかいってくる。きっ
と電話がかかってくると、たてた作戦にまんまとはまって「椅子だ
けでいいの? テレビは?」とあんたはいった。あんたがほんとに
いなくなるならがらくたなんか惜しくはない。「みんなあげる」と
あたしはいった。「じゃあ」とあっさり電話は切れてあいつ本気で
いなくなるかもしれないと、少しは不安になったりもした●ぎりぎり
ぎりの月末になって「あのさあ、カギ」とやつはいう。「うん、もって
るよ」とさめていう。「さっきクロネコがきたんだけど、積みのこ
しがあるんだよ。ひまな時にきて捨てといてよ。カギはガスのとこ
ろにおいといて」あたしはついに、おーまいがー。「いまどこにい
るの」「駅だよ」ほんとに駅の雑踏が電話のむこうで確かに聞こえ
た。アリバイチャンネル……なわけあるかー●「ふうん」とだけ
あたしはいって次のことばをまっている。「手紙をさあ、さがした
んだ。椅子がなくなっていたときに。いつもだったらぜったいひと
ことなにかあるじゃない。あったらあったで、けっ、とか思うくせ
にないとなんだか気になって、あっちこっちさがしたんだよ」それ
は作戦だったのよ。あんたはひっかかっただけなのよ。「それにも
っとぐちゃぐちゃいってくると思ってた。オレのいったとおり、す
ぐに荷物とりにくるなんて」「うん、ちょっと、雨ふりだして急い
でたからね。手紙どころじゃなくってね」「雨、ふってるよ。いま
も」あたしは外をみる。
ほんとにこんな雨の日にあんたはいってしまうのか
「元気でね」とあたしはいって「うん」とおとなしくあんたはいっ
て、でもまだうそだとうたがっている。あんたがひとりでクロネコ
呼んでどこかへいってしまうだなんて。………なことあるかー。あ
あまたそうじに行かなきゃならん●入ってみればあんたの部屋は
きれいさっぱりとはとてもいえなくて、いろんなものみーんななく
なってしまってはいるものの、あっちこっちにごみや新聞がちらば
っていて、これで引越したなんてよくいうよ。枯れた鉢植えもその
ままだし、ごはんつぶかたまって落ちているし、一円玉ふたつ拾っ
たし、そしてそしてあたしあての泣き言ならべた手紙まであるから、
思わず笑ってしまいました●それでも、二週間たった今でも、あの
引越しは狂言だったんじゃないかとうたぐっていて、どこからか
まいもどってきてはまた、あいかわらずの暮らしをしているような、
そんな気がしてしかたない。あの合鍵はもうなくなっているのに、
ポストをのぞくと封筒がいくつか。手をつっこんで、せまいせまい
ドアのポストに手をつっこんで、取り出してみると、あんたあての
請求書や振込通知、住民登録の確認票。
住所変更ひとつできないくせに