うそつき日記 12



mの町ではfは「田中さん」になる
fの町でもmは「田中さん」になる
もしもし「田中」ですけど
とfはいう
おい「田中さん」から電話だぞ
とmは受話器を受けとる
fとmの間に他人がいるときだけ
「田中さん」の生活ははじまる
郵便屋は「田中さん」の手紙をとどけ
電話線は「田中さん」の声をとどける
ある日ある時なんの前ぶれもなく
mの頭の中に直接「田中さん」はやってきた
かのじょのなまえなんていうの
うそつきな「田中さん」なのだ
fが「田中さん」なんかじゃないってことは
mだけしかしらない
「田中さん」はfとmの人生の裏側で
静かに暮らしている
だまって行ったり来たりする
三OOqの道のりを
夜更けのコインランドリーで洗濯物をまわしながら
fもだんだんうそつきになって
「田中さん」になるのもわるくはない

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