海辺の変電所

 

わたしはおぎさんと手をつないで歩いていた。

おぎさんは左側にいたか、右側にいたか、はっきりしない。

もう一人、反対側にも背の高い男の人がいたような気がするが、じ

ょうさんだったか、いわつきくんだったか、そのどちらでもない別

のひとだったか、でもすずきさんや、やすかわくんではけしてない。

ひょっとすると、まつながさんだったかもしれない。

風が吹いていた。

強い風が吹いていた。

砂ぼこりで目をつぶった。

むしろがぱたぱたとはためくドヤ街が、パノラマのように三六O度

回転し、二人の目の前を通り過ぎていった。

もう一度強い風が吹いた。

みわくんが帰ってきた。

―――あっ、みわがいる。

おぎさんが言った。

―――かちさんも、いるよ。

わたしが言った。

みわくんとかちさんが、二人とも赤んぼをおんぶして向こうからや

ってきて、わたしたちとすれちがった。

すぐ横を通っていったのに、二人は何も言わなかった。

それからはもう、誰ともすれちがうことはなかった。

海辺の変電所についた。

灰色のコイルが何本も何本も空に突き出ていて、太い電線があちこ

ちに伸びていった。 

どこまでも。

山がすぐそばまでせまってきていて、緑色がきれいだった。

植物の青い匂いがした。

わたしたちは堤防に腰をおろし、ただじっとしていた。

―――もうじき夏が来るの。

それからわたしは、おぎさんのおなかに頭をのせてひとねむりした。

そしてまた歩きはじめた。 

―――こんどは誰にあうとおもう?

港町は坂道が多くて、両側に間口の狭い家がずらりとならんでいた。

家々の戸も窓もぱあぱあに開いていて、中がよく見える。

でも誰も出てこなかった。

干物のカーテンがゆれて、猫が昼寝していた。

おぎさん早く帰ろう。

ここには長くいたくない。

でももう二度とここに来ることはないだろう。

そんな、きがした。

話しかけたのに、おぎさんはだまって向こうをむいていた。

だまってわたしの持ってきたおにぎりを食べていた。

食べおわるとごろんと寝っころがった。

みかん畑のそこここに見えかくれする白い家。

―――つばちゃんにもらったアンダルシアのおみやげを覚えてる

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