「傭兵夜葬曲」

GAMBITさん        


<4>

「奴だ!」

リサは昨日の事件の現場を脳裏に思い出していた。影に沈むかの様に消えた切り裂き魔・・・。

いつもは被害者の亡骸しか見る事がかなわなず、「影に沈む様に消えた」という、現場にいあわせた自警団員の証言しか聞けなかった。

この事件に関わるようになったのはこの「影に沈む様に消える者」に心あたりがあったからだ。


奴は傭兵だ・・・リサがエンフィールドに流れてくる前、もう4年前にもなろうか・・・エンフィールドの遥か東方、小国同士の小さな戦争で奴と彼女は同じ傭兵部隊に所属していた・・・

奴の名は”バサラ”といった。更に東方から流れてきたという。大きな鎌を武器として、戦列ではまるで草刈でもするかの様に得物を振りまわし、敵兵を薙ぎ払い、敵将の首を刈っていった・・・。戦場では「首刈りバサラ」と恐れられていたが、奴は単に血に飢えているだけだった。


ある作戦・・・そう、あれは敵の退路と後方拠点となる村を占拠するのが目的だった。

リサはこの作戦に参加したくなかった。確かに、戦局的には有利になる。

敵軍の戦意を喪失させるには十分で、戦争を早く終わらせるにはこの様作戦が有効なのはわかっていた。だが、武器も持たない村人たちを力でねじ伏せるのだ。正常な精神を持っている人間ならば、こんな作戦を喜んで受けるはずはない。しかし、雇われの身である傭兵部隊にはその様な仕事が多いのだ。そして、与えられた任務を遂行しなければ、明日の食事もありつけないのだから。

だから、リサはこう考える事にした。血に酔って自分を見失ってしまった部隊員たちのストッパーとして、無駄に村人を殺させないようにしよう・・・特に血に飢えているバサラのやりすぎを止めよう・・・。


かくして、作戦は開始された。木を切り先を鉛筆の様に削って作った柵が小さな城壁のように見える。四つの角には櫓が築かれ、それぞれ二人の兵士が見張りに立っている。

村の四方に入り口の門があり、大きな木の板に鉄板を打ちつけて作られた重そうな両開きの扉と、兵士が二人、槍を持って立っている。

傭兵たちは各々得意な武器や呪文で櫓の上の兵士をしとめた。門に近づく間や、村に入った後に、櫓から矢をいかけられない様にするためである。リサも投げナイフで一人の兵士を葬った。

――ドォォォォン

――ドォォォォン

――ドォォォォン

――ドォォォォン

次いで、わずかな時間差で村の四つの扉と八人の兵士は爆裂魔法によってふっとばされた。爆炎が消えないうちに傭兵部隊が四方から村に乱入する・・・

爆音に驚いて、各々の家に飛び込もうとする村人たちと、同じく詰め所から飛び出してきた兵士たちが無秩序に狭い路地にあふれる。焦る兵士たちが老人や女性をつき飛ばし、転んでしまった子供の泣き声があちこちで響く。

村に飛び込んだリサは武器を向けてかかってくる兵士にしか攻撃を加えなかった。突き出される槍を、振り降ろされる剣を、リサは巧みにかわし、ナイフでいなし、弾き返しす。隙をついて鎧の隙間からナイフを突き差し、喉を引き裂く。

リサはまだまだ未熟で、相手の命を奪う事でしか相手の戦意を奪う事ができなかった。それでも、血に酔って武器を持たぬ者、戦意を失った者には刃を向ける事はなかった。

未だ狭い路地でひしめきあう人間の群の中で、リサはバサラを探した。バサラの周りでは血煙が舞い、血の雨が降り、老若男女の断末魔の悲鳴が響いていた。

リサは舌打ちをして人ゴミをかき分けて走り出す。ひしめきう人ゴミの中でもがきながら走るリサの気持ちは焦るだけだった。

「ひひっひひひひ・・・」

口の両端をつりあげた笑みを作って、バサラは殺人の快楽を味わっていた。目も充血し、真っ赤になっている。

大鎌を縦に横に振りまわすその様は死神を連想させた。

リサがバサラの右側にたどり着いたのは、累々と横たわる死体の山で腰を抜かして震えているまだ少年といって差し支えない兵士に、バサラが大鎌を上段から振り降ろそうとしているその瞬間だった。

「やめろ!」

リサはとっさに投げナイフを投げつけた。

――キィィィィンン・・・

甲高い金属音が響く。弾かれたナイフは地面に突き刺さった。

「・・・」

真っ赤に染まった狂気の目で、イカれた死神はナイフを投げつけた女傭兵を見た。

「やめろ! そいつは戦意を失っているじゃないか!」

無駄と知りつつ、リサははなった。

「ひひっ・・・ひひひひ・・・」

帰ってきた答えははやり、狂気に満ちた笑い声でしかなかった。そしてリサに向き直り、大鎌を構えた。

(やるしかないのか・・・)

リサは内心、舌打ちした。奴は完全にイカレてる・・・普通じゃない・・・そう感じて、腰から格闘戦用のナイフを引きぬいて身構えた。

「ひひっ・・・ひひひひ・・・・リぃぃ〜サぁぁ〜・・・ひひひ・・・」

不気味な笑みを浮かべてバサラがリサの名前を呼んだ・・・と同時に間合いを詰めてきた。

(速い!!)

次の瞬間、大鎌の斬撃が一瞬前までリサがいた空間を横に引き裂いた。

リサはすばやく身を沈めて頭上でその斬撃をかわし、低い姿勢のままバサラとの間合いを詰める。

バサラは大鎌についた遠心力を巧みに利用し、体をひねって今度は下から斬撃を生み出した。

リサは今度はとっさに体をそらしてそれを避けた。避けきれずに髪の毛がわずかに散った。

(このままじゃ、ラチがあかない!!)

リサは断て続けに6本の投げナイフを投げた。

バサラは大鎌を風車のようにまわしてそれらをすべて弾き落とした。しかし、そのせいで一瞬だがバサラの攻撃に隙が生じた。リサはその隙を作るために6本のナイフを投げ、そして、次の瞬間にバサラとの間合いを詰めた。

リサは低い姿勢から切り上げた。勢いよく切っ先が走る。

「ぐぁぁぁぁぁ・・・」

悲鳴を上げるバサラの顔に鮮血がしぶく。彼は右手で顔の右半分を押えた。真っ赤な血が滝のように流れている。

リサは一歩跳びのいて大鎌の間合いから脱し、バサラの次の攻撃に備えて身構えていた。

(やったか?)

リサには攻撃が当たったという感覚が薄かった。だが、流れ落ちる鮮血とバサラの悲鳴から、その傷の深さを察した。

(どうくる?)

リサはバサラの反撃への警戒はとかない様に身構えたままだ。

しかし・・・バサラの反撃はなかった。その代わり、バサラは何事かをつぶやきながら、左手で大鎌をひと振りした。すると、その体は影の中に沈む様に消えていった・・・流れ落ちる血の跡も残さずに・・・。


作戦は終了した。村は陥落し、敵兵はリサがバサラから救った少年兵のみが生き残った。村人の死者も大量にあった。

傭兵部隊はというと、負傷者はいるものの、戦死者はいなかった。帰ってこなかったのは、リサの目の前で影に消えていったバサラのみだった。

それ以来、エレイン橋での事件を耳にするまでリサはバサラのその後などまったく耳にもしなかった。


<5>

「あの・・・リサさんいますか!!!」

昼飯時の戦場のような喧騒も一段落し、夕食時の嵐の前の静けさに沈んでいるさくら亭の扉を、勢いよく開け放って跳び込んできたのは、珍しくもシェリルだった。普段はおとなしく本を読んでいる彼女が血相を変えて、リサを呼んだのには何か理由があるに違いない。それもただならぬ理由が・・・。

「ん? シェリルじゃないか・・・なんかあったのかい?」

カウンターで新聞を読みながら腹ごなしのハーブティーをすすっていたリサが乱暴に扉を開けて跳び込んできた少女に問いかける。

「あ・・・あの・・・あのっ・・・トリ・・・トリーシャちゃんが・・・トリーシャちゃんがぁぁ・・・」

リサの姿を認めた三つ編みの少女は床にへたり込んだ。

「落ち着きなさいよ、シェリル!」

奥で夕食の仕込みをしていたパティが水の入ったグラスをさし出す。

「あ・・・ありがと・・・」

へたり込んだシェリルは一気にグラスの水を飲み干した。

「落ち着いたかいシェリル?」

リサがしゃがみ込んでシェリルの目の高さに合わせて問いかける。

「トリーシャがどうしたって?」

まだ肩で息をしている眼鏡の少女が言おうとした事を聞き返す。

「そうなんです! トリーシャちゃんがっ!」

リサにすがるようにシェリルは両手を床についた。そして、それまでのいきさつを話し始めた。


<6>

シェリルとトリーシャは同じエンフィールド学園に通っている。

二人は仲が良く、学園寮で生活しているシェリルだが、今日はトリーシャの家に遊びに行くので、二人はエレイン橋を渡っていた。

黄色いリボンの少女は、例によって昨日、リサに怒られたことを愚痴っていた。

「それでね! リサさんたらねっ!! ボクにこう言ったんだ!!!」

今日何度目かの同じ話を適当に聞き流していたシェリルだが、次に続くであろう”子供の探偵ごっこで解決できるような事件じゃないんだ!”のくだりが、なかなか来ないので不思議に思った。

「トリーシャちゃん?」

右隣にいたはずの彼女の姿が見えなかったので、シェリルは振り返ってみた。

「!!」

三つ編みの少女は息を飲んだ。いつのまに現れたのか血の様に真っ赤な髪の男が、トリーシャの口を左手で押え、右手に持った大鎌が彼女の首に当てられていた。トリーシャは夕日を鈍く反射させている大鎌の刃を見て恐怖におののいている。

「ひひっ・・・ひひひひぃ・・・」

男は残忍な笑みを浮かべていた。血のように赤い眼光は一つ。右目は刀傷によってつぶれているのが夕暮れの薄暗いなかで見て取れた。

「あ・・・ああ・・・」

シェリルは恐怖に体が震えていた。彼女も”エレイン橋の通り魔”の事は知っていた。それが目の前にいるのだ・・・。

「おい、そこのガキィ・・・」

心臓が凍りつくような声が震えている眼鏡の少女にかけられた。彼女は返事をする事ができなかった。 男の方も返事を待たずに言葉を続けた。

「このガキが言っていたリサ・・・ってのは、リサ・メッカーノのことか?」

冷たい眼光がシェリルを突き刺す・・・

「どうなんだ?」

男はトリーシャの首筋にあてられた大鎌がギラリと光る。シェリルは首を何度も縦に振った。

「そぉかぁ・・・ひひひっ・・・見つけたぁ・・・」

男はニヤリと笑って一人つぶやいた。そして続ける。

「呼んでこい・・・」

「え?」

シェリルは聞き返した。ちょっと状況が飲み込めなかった。

「リサ・メッカーノを呼んでこいつってんだよぉ」

男は三つ編みの少女をにらみつけた。

「リサ・・・さんをですか・・・? どうして・・・?」

シェリルは更に聞き返した。男もイライラしだす。

「”首刈り”の”バサラ”が呼んでるっていやぁわかるからよぉ・・・早くしねぇとこのガキ殺すぞぉ!!」

バサラと名乗った男はトリーシャの首筋に大鎌の刃先を軽く走らせた・・・一筋の血が流れ落ちていく。

「早くしろぉ!」

バサラが怒鳴ると同時にシェリルはきびすをかえしてリサがいるはずの”さくら亭”に走った・・・





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