「傭兵夜葬曲」
「バサラめっ!」 シェリルが”バサラ”の名前を出した途端、リサの顔は怒りの形相に変わった。眼光も普段のものでなく、傭兵の目・・・猛禽の目であった。 「すまないがシェリル、自警団に走ってアルベルト達を呼んできてくれ!」 そう言い残すと、リサはさくら亭をとび出し、バサラとトリーシャがいるというエレイン橋に走った。 いくつかの角を曲がり、エレイン橋についた時、そこのは人影が一つしかなかった。橋の真ん中に猿轡をかまされ、手足が縛られて放置されている。それはさながらイモムシの様だ。 「トリーシャ!」 リサは橋の真ん中に横たわっている少女の名を呼んだ。周囲を気にする事なく駆け寄ろうと橋に踏み込んだ。 「大丈夫か? トリーシャ!!」 トリーシャの側に駆け寄ったリサはかがみ込んで彼女のかまされている猿轡をはずす。 「リサさん気をつけて!! バサラは地面の中だよっ!!!」 開口一番トリーシャは叫んだ。リサの表情が引きしまった。周囲を警戒しつつ、ナイフを引き抜いてトリーシャを拘束するロープを断ちきる。 ――ザッ!! 不意にリサはトリーシャを押し倒して、自らも伏せた。 大鎌の一閃がリサの肩をかすめる。 「ひひっ・・・ひひひひ・・・」 冷たい笑い声がリサの耳に流れ込んでくる。 「バサラァッ!」 リサは身を翻して懐のナイフを投げる。 ――キィィィン・・・ ナイフは弾かれた。橋の石畳に弾かれて火花が散る。リサはすばやく起き上がると愛用のナイフを腰から引き抜いて身構える。 リサとバサラは4年ぶりに相対した。リサの猛禽のような眼光と赤い狂気の眼光が交差するのが、傍らにいたトリーシャにもわかった。 最初に口を開いたのは意外にもバサラだった。 「ひひひぃ・・・探したぜぇ・・・リサぁ・・・」 彼は顔の右半分、刀傷を手で隠すようにおさえた。 「この傷の礼をしにきたぜぇ・・・」 そういって大鎌を構え直した。 「フン・・・律義な事だ・・・」 リサは構えをとかずにバサラをにらみつけた。その狂気の傭兵はニヤリと笑って言った。 「お前の助けたあのガキな・・・死んだゼ・・・ひひひひひ・・・」 冷たい笑い声をバサラは響かせた。リサは表情を変えない。バサラが言ったガキとは4年前のあの作戦でリサがバサラの狂刃から救った少年兵のことだ・・・ 「あの作戦の後、あの国は大負けしたな・・・あのガキはあの村の駐留軍のたった一人の生き残りとして、王都に送られた・・・」
王都についた少年兵は王の御前に招集された。駐留軍の唯一の生き残りの彼は内通者ではないかという疑いがかけられたのだ。内通者だったからこそ、一人生き残ったのではないかと・・・。 王の考えは当然間違っている。内通者だったなら、わざわざ王都まで帰還したりはしないだろう。しかし、そんな簡単なことさえわからなくなるほど戦に大負けし、国は揺れていた。 この大敗の原因を追求されるのを恐れた一人の将軍が彼にすべてを押しつけ、内通者として処断するように進言したのだ。 結局、その少年兵と彼の家族は反逆者として処刑されてしまったという・・・・
「つまり、お前は己の自己満足のために、あのガキだけでなく、その家族の命をも奪ったということだ・・・」 バサラはせきこむように笑い、そう締めくくった。 「黙れ!!」 リサは怒鳴った。声の様子から怒っているのは明らかだ。更に続けた。 「貴様は更に多くの非戦闘員の命を・・・」 「違うな・・・」 リサの言葉をバサラは言葉で遮った。 「己がやってる事は自由への救済だ・・・」 バサラの目が今までの狂気に満ちた赤い目とはまったく違う目・・・聖職者のそれになっていた。 「自由への・・・救済だと・・・?」 リサが理解できないかのように繰り返して聞き返す。 「そう・・・自由への救済だ・・・」 バサラがくり返しうなずく。 「ハッ! 何を訳のわからない事を!! 貴様のした事は無差別大量虐殺だ!!!」 リサはバサラに向かって飛びかかり、ナイフを一閃した。バサラは軽々とかわす。 「あの作戦が成功したから戦争は早く終わった! それによって死ぬ奴は少なくて済んだ。だが、占領した村の奴らはどうなったと思う? 子供は奴隷商人に売られ、女は辱めをうけ、男は他国を攻めるための戦闘奴隷とされた・・・」 バサラははっきりとした声で言った。 「戦争やってんだぜ! 何人殺そうと、何をしようと許される。だが、戦えない奴にそんなのは生き地獄だろ? だから俺が一瞬で殺してやったほうがその後の苦しみがなくていい・・・」 バサラは再び血の色をした、狂気に満ちた目に変わった。そして、大鎌をかまえ直し、間断なく切っ先をリサに放ってくる。リサは押されぎみで攻撃を避け続ける。 「そんなのは貴様の自己正当化だ・・・。貴様は罪のないエンフィールド市民を殺害し、町全体を恐怖に陥れた。それだけで裁かれるに値する。おとなしくお縄につけ! バサラ!!」 リサの背後から聞き覚えのある声が聞こえた。複数の鎧がこすれあう音も耳に入ってくる。 「お父さん!」 トリーシャが声の主を呼んだ。エンフィールドの守護神とも言える男が橋のたもとに立っていた。反対側にはアルベルトを中心とした集団が立っている。 「リカルド! 帰ってくるのは明後日じゃなかったのか!」 リサが驚きの声をあげた。予定では明後日の昼に戻ってくるはずだったからだ。 「ああ、毎日報告の為の伝書鳩を用意していたんだ。だから、この事件を知って、演習が終わってからすぐ、早馬をしたててきたんだ。留守中、アルたちが世話になったようだね」 リカルドは簡単に説明しただけで、バサラから目を放さなかった。その目はトリーシャの知らない目・・・リサと同じ鋭い猛禽の目をしていた。 「ひひひっ・・・お前が噂に聞いたエンフィールドの守護神、リカルド・フォスターか・・・」 バサラは不敵に笑った。大鎌を構えて隙を作らない。 「噂は聞いてるぞ、”首刈りのバサラ”・・・死神の如く大鎌を揮って無差別殺人を行う傭兵崩れ・・・」 リカルドは分銅のついた鎖をとり出して身構える。しかし、バサラとリカルドの間にリサに割ってはいった。そして口を開く。 「すまない! リカルド、こいつは私の因縁なんだ、手を出さないでくれないか?」 リサはリカルドに向き直って言った。 「そうはいくか! 奴の様な殺人鬼を逃すようなことがあっては・・・」 反対側の橋のたもとに展開した部隊を指揮しているアルベルトが口を出してきた。語尾が詰まったのはリカルドににらまれたからだ。 「・・・わかった、手は出さない。しかし、奴を逃すようなことがあれば、我々も動く。それでいいね?」 リカルドは一歩引いて、橋のたもとに戻った。だが、手には鎖が握られたままだ。 「すまない・・・」 リサはそう言って再びバサラに向き直った。腰の大振りなナイフを引き抜いて身構える。 「さぁ、オトシマエをつけようじゃないか、バサラ・・・」 バサラの狂気に満ちた目が更に赤くなり、口元が残忍な笑みをたたえる。 「ひひっ・・・イイ女だな・・・リサ・・・ひひひひひぃ・・・」 エレイン橋の上には二つの殺気が満ちた。 ――ダッ!! 最初に動いたのはリサだった。ナイフを逆手に持って体を低くし、バサラの足元に跳びこむ。 バサラは下から上へ、弧を描く様に大鎌を振るった。切っ先が頭上に振りかぶられた時、それは翻り、今度は振り降ろされる形となった。 ――キィィィン!!! 甲高い金属音が響いた。リサが頭上でバサラの大鎌の一撃を受けたのだ。 腕を交差し、腕を痛めない様にナイフの平で大鎌の柄の部分を受け、それを平で滑らせるようにして受け流す。そしてリサはそのままバサラとの間合いを詰める。 ――ブゥン! バサラは大鎌の柄を腰溜に構えて体を翻す。左から右に薙ぐ形で大鎌の切っ先はリサの襲いかかる。リサはそれを体勢を低くして避ける。そして、大鎌の柄を追う様にしてバサラの右側に詰める。 ――シャッ! バサラの右側を走り抜けると同時にリサはナイフを一閃した。服が切り裂け、革鎧が見える。リサはそのままバサラの背後にまわるが、バサラも隙を見せず、両者は三度相対した。 リサはバサラを警戒しつつ、小声で呪文を詠唱した。 「”イフリーターキッス”!」 ナイフに炎の精霊の力がみなぎる。 ――ビュッ! 今度はバサラが動いた。リサの呪文が完成したのとほぼ同時に、バサラが大鎌が左から右に薙いだ。リサはそれを身を沈めてその一閃をかわす。すぐに大鎌の切っ先はそのまま振りかぶられ、大鎌の柄尻が突き下ろされる。リサはその突きを右側に転がって避け、その間に懐の投げナイフを投げる。 ――キィィィン!! バサラは大鎌の柄を上に振り上げる形で投げられたナイフを弾いた。リサはそれを狙っていた。一気に間合いを詰めて空いた右脇にナイフを突き差した。 ――ズズッ・・・ 炎の精霊の力を得たナイフは、硬い革鎧を貫いた。鮮血がほとばしる。 ――ゴッ!! バサラに貼りついた形のリサの頭上に、殺人鬼の肘が振り下ろされる。リサの目の前に火花が跳び散った様な気がした。 「リサさんっ!」 二人の傭兵の闘いを見ていたトリーシャは、肘打ちが頭に直撃したの見て、たまらずリサの名前を叫んだ。 リサの額が割れ、一筋の血の流が滴る。そのまま崩れ落ちる様に膝を突いたが、すばやくバサラから離れた。手にしたナイフにも真っ赤な血がついている。バサラは血のほとばしる右脇を左手で押え、右手で鎌を振りまわした。リサは二転三転してそれをかわす。バサラは口元で何かをつぶやき始めた。 「逃すかよっ!!」 リサは再びバサラの懐に跳び込んでナイフを一閃したが、間に合わず、バサラは影に沈みつつあった。 「逃げるっ!」 完全に影に沈んだバサラを見て、トリーシャが叫んだ。 「油を撒けっ!」 同時にリカルドが叫んだ。橋の両側で油壷が割れる音が響いた。 「火を放てっ!!」 更にリカルドが叫んで、橋の両側に炎があがる。撒かれた油が燃えあがる。 リサにはリカルドがなぜこのような事をするのかわからなかった。視線でそれを問いかける。 「なぜ、こんな事をするのかって顔をしているね」 リカルドはそれを察して説明を始めた。傍らのトリーシャがポケットから白いハンカチをリサにさし出す。 「奴は”影に潜む”のではなく、”地に潜む術”を身につけていたんだよ。 これは文献で知ったことなんだが、遥か東方の地に”地遁術”と呼ばれる術があったんだ。どういう原理かまではわからないが、この術は地面に潜って移動する事ができるんだ」 リサはそれだけで納得した。バサラはあの因縁の始まりとなったあの戦場よりも遥か東方から流れて来たことをしっていたからだ。だから、この”地遁術”を身につけていてもおかしくはない。 「奴は”地に潜む”のだから、地面に油をしみ込ませ、火を放てば、焼け死ぬなり、いぶり出てくるなりのリアクションがあるだろう。ここは橋の上だから、両端をおさえればまず逃げられない。死んでも術が解けて死体が出てくるはずだ」 リカルドはそう説明して対岸を見るように視線をリサか転じた。リサも納得したかのようにうなずき、同じように橋の対岸に目を走らせる。 「ぐぁぁぁぁぁ・・・」 叫びとともに火だるまの人影が地面から浮き上がる様にして現れた。それはバサラだった。武器の大鎌を放り出し、地面の上でもがき悶える。 「リぃぃぃぃぃサぁぁぁぁぁ・・・」 炎をまとった殺人鬼の執念か、苦しみ悶えつつも、復讐の対象者たる傭兵の名を唱えつつ立ち上がろうとする。 「苦しいか・・・バサラ・・・。苦しみから自由になりたいか・・・? お前のいう自由へ開放されたいか・・・?」 リサはバサラを見下ろしていった。その目は傭兵のそれではなかった。無表情に努めてバサラの苦悶する顔を見下ろす。 「あ・・・愛・・・して・・・るぜぇ・・・・リぃ・・・サ・・・」 意外な一言が殺人鬼の口から吐き出された。しかし、それは消えいるようなか細い声でリサの耳にのみはいった。そしてバサラは口元で笑ってみせた。 リサは無表情のままナイフをバサラの胸元に突きたてた。炎の精霊の力はまだ消えておらず、バサラの着込んでいた革鎧もバターにナイフを突きたてるようにすんなりと突き通すことができた。リサはバサラに止めをさした。 リカルドもトリーシャもアルベルトも無言のまま狂気の傭兵の最期を見つめていた。
「さてと・・・」 リサはさくら亭の二階、リサが泊っていた部屋の中にいた。足元には旅支度の小さなザックが転がっている。彼女はそれを軽々と持ち上げ、肩にかけて背負うと静かにさくら亭の階段を降りる。 カウンターにはアレフとトリーシャがいて、パティと談笑している。 「よぅ! リサ ・・・って・・・なんだよ、そんな荷物なんかしょっちゃってさ・・・・」 降りてきたリサに声をかけたのはアレフ・コールソンだった。自称、エンフィールド随一のナンパ師で、ナンパした女の子の合鍵を集めるのが趣味という、妙な趣味を持っている。その女性については人一倍敏感なアレフが、いつもと違う雰囲気のリサに問いかけた。パティとトリーシャの視線もその肩に担がれたザックに集中した。 「ああ、エンフィールドをそろそろ出ようかと思ってね」 リサは平然と言った。しかし、三人は思いもよらぬその言葉に息を飲んだ。 「ま・・・ま、ま、ま・・・待ってよ! 急にどうしたの? リサさんっ!」 トリーシャはびっくりして席を立った。アレフもパティと顔を見合わせた。そしてアレフも口を開く。 「そうだぜ、リサ・・・なんだよ急に・・・」 アレフがリサの前に立って彼女の行く手をはばんだ。リサの目の高さが同じくらいのアレフが、彼女の目を見つめた。トリーシャとパティの視線もリサに突き刺さっている。 リサは一同を見回してため息をついた。そして口を開いた。 「私は流れの傭兵だからね・・・そろそろエンフィールドを出ようかと・・・」 リサは一応の説明はしてみせたが、三人は納得いかない顔で見つめるので、口篭った。ため息を一つついたリサはあきらめたようだ。頭を掻いてもう一度口を開いた。 「私も傭兵だからね・・・脛に傷がある身なんだ・・・この間のみたいなことがまた起るかもしれない・・・私を殺って名をあげようとする奴もいるだろう・・・もう、この町から私のせいで犠牲者を出したくないんだ・・・」 リサの表情が少し沈んだ。 「だから、エンフィールドを出ていくというの?」 面喰らったパティが暗く沈んだリサの顔を覗き込んで聞いた。 「この間の事件の事は俺も聞いたぜ・・・でも、それはリサのせいじゃないだろう? たまたまエンフィールドに流れてきた傭兵崩れの殺人鬼が、リサを見つけて復讐心を駆りたてられただけだろう?」 アレフが珍しくマジメな顔をして言った。 「最初からリサ狙いならリサの周りの人間を狙うだろう? 俺が奴ならそうするぜ」 アレフはいつもの髪を掻き上げるしぐさで言葉を続けた。 「そうだよね。バサラは無差別に通り魔をやったんだよ! リサさんがエンフィールドにいるってコト、知らなかったんだから!!」 トリーシャもアレフの意見に賛同した。パティもカウンターの向こう側で真剣にうなずいて口を開いた。 「それに、今回の事件、リサは自警団と連絡をとりあって夜遅くまで町を巡回していたじゃない。誰も責めたりしないわよ。リサはやるべき事をやったんだから」 「パティ・・・トリーシャ・・・アレフ・・・」 リサは三人を順番に見つめた。 「ここはエンフィールドだぜ、いつもおかしな事件が起るんだ。辛気臭いのは無しにしようぜ」 アレフがいつもの愛くるしい(?)ウインクをしてみせた。 「そうだよ! 今回はおくれをとったけど、今度はそうはいかないよ!! トリーシャチョップでやっつけてやるんだから!!!」 トリーシャが細腕にグッと力こぶを作ってみせた。 「どうせ出ていくならさ、みんなでパ〜ッと送別会をやってからにしないとね!」 パティが冗談めかして言った。 「そうそう、シーラもちゃんと呼んで、街中みんなでやろうぜ!!」 パティの冗談にアレフが乗って口を開いた。 「おいおい、シーラが帰ってくるのなんてまだ先じゃないか」 アレフの台詞にリサは苦笑しながらつっこんだ。シーラというのは、ローレンシュタインに留学しているピアニストの卵、シーラ・シェフィールドのことだ。 「そうだよ、リサさん! だからず〜〜〜〜〜っとエンフィールドにいてよね!!」 トリーシャが明るい笑顔でリサに言った。アレフもパティも笑い出す。 「トリーシャ・・・パティ・・・アレフ・・・負け! 私の負けだよ・・・」 リサが笑いをこらえて行った。もう思い詰めたような暗く沈んだ表情はなかった。 「じゃぁ!」 トリーシャトアレフが同時に口を開いてリサノの顔を覗き込む。 「ああ、出ていくのはまだ先の事にするよ・・・」 リサは肩に背負っていたザックを床に下ろして、いつものカウンター席に腰を下ろした。 三人の顔がパァッと明るくなった。アレフとトリーシャが高々とハイタッチの音をならした。 「パティ、日替わり定食大盛り・・・3人前だ・・・」 二人のハイタッチを横目に見ながら、カウンターの向こう側のパティにオーダーを飛ばす。 「オッケ〜〜!」 明るい返事がカウンターの奥から返ってくる。 「今日はおごるぜ、リサ!」 「うん、ボクも!!」 アレフとトリーシャがリサの両側の席に座る。 「じゃぁ、お言葉に甘えて・・・パティ! ピザ10枚追加!!」 リサは嬉々として二人の好意を受ける事にした。
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