「音楽療法を音楽大学で学ぶ」〜国立音楽大学に訊く〜 (2007-08-26改訂


音楽大学に「音楽療法」の学部学科または専攻コースが設置されるのは当たり前の時代となりました。
以前、「音楽療法専修」を設置する直前の国立音楽大学(東京・立川)に取材を行いました。そのときお訊きしたお話から、「音楽療法」についてと、音楽大学で「音楽療法」を学ぶ意義について伺った部分を、抜粋修正し、改訂版として掲載いたします。
音楽大学で「音楽療法」を勉強したいと志している人たちはぜひ参考にしてください。

*尚、以下のお話を伺ったのは、2003年7月です。




遠山文吉(とおやま ぶんきち)教授
1968年,東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。翌年、東京教育大学盲教育部特設教員養成コース普通科卒業。72年,東京芸術大学大学院音楽教育学研究科修士課程修了。埼玉県所沢市「かしの木学園」(小規模通園施設)、国立久里浜養護学校、宇都宮大学教育学部付属養護学校勤務を経て、97年から国立音楽大学勤務。国立音楽大学教授。「うつのみや音楽療法研究会」会長、「日本音楽療法学会」常任理事、広報委員長を務める。

日本音楽療法学会公式サイト















阪上正巳(さかうえ まさみ)助教授
1983年,金沢大学医学部卒業。89-90年,ウィーン大学医学部精神医学教室に留学し、同時にウィーン国立音楽大学音楽療法学科に学ぶ。国立精神・神経センター武蔵病院精神科医長を経て、2001年から国立音楽大学助教授。医学博士。





























国立音楽大学では、1年次から「音楽療法」が学べる<音楽療法専修>が設置されている。国立音楽大学のHPはこちら


――音楽療法ってなんでしょう?

遠山教授:<日本音楽療法学会>から出ている『音楽療法専攻コース カリキュラムに関するガイドライン01』というものがあります。そこで音楽療法についてこう定義しています。「音楽のもつ生理的、心理的、社会的働きを用いて、心身の障害の回復、機能の維持改善、生活の質の向上、行動の変容などに向けて、音楽を意図的、計画的に使用すること」。音楽は人間に様々な影響を与えますね。それを「生理的、心理的、社会的な働き」と呼び、その影響を活用するのです。何のために活用するかと言うと、「心身の障害の回復や機能の維持改善、生活の質の向上、行動の変容などのため」ということです。また、子どもの発達を促進するという「音楽療法」の目的も非常に重要な部分になります。対象者によって生活の歴史は違いますから、音楽の受けとめ方や影響は違ってきます。そのことを十分に考えた上で、意図的に音楽をコントロールして使わないといけません。そこで、音楽を統制的に使うことが重要であると言われています。それらのことをこの定義ではまとめて言っているのですね。

――音楽大学は「音楽療法」を学ぶのに最良の環境でしょうか?

阪上助教授:音楽大学で音楽療法の勉強をするというのは、実は大変重要なポイントなんですよ。なぜなら、音楽療法は音楽が基本だからです。音楽療法士の教育には3本柱があります。1つ目の教育の柱は「音楽の勉強」。音楽療法をするためには、音楽に関する知識や技能の基本が不可欠です。加えて音楽療法士ならではの自由に臨床的に音楽を使える能力が必要になります。楽譜を再現できるだけでなく、どんなクライアントが目の前にきても、ふさわしく音楽的に反応できるという、音楽空間を立ち上げられるような能力ですね。こういうことを勉強できるのはやはり音楽大学です。ですから音楽療法の教育は、音楽大学がベースにならないといけないと思います。ちなみに、アメリカでも、イギリスでも、ドイツ語圏でも、「音楽療法コース」はほとんど音楽大学にあります。2つ目の教育の柱は「対象を知るという勉強」です。障害とそれに対する治療を知るということです。これは、医療的、教育的、そして福祉的側面になります。3つ目の教育の柱は「音楽療法そのものについての勉強」です。これは音楽療法独自の分野になりますね。以上の3本柱を総合的に一番教育していきやすい理想の教育環境が音楽大学だということなのです。そしてもうひとつ大切なことがあります。対象とその治療について知るわけですから、実習がどうしても必要になってきます。そのために医療施設や福祉施設、あるいは障害児の施設などとのネットワークがいります。実はこれは、これからの課題なんですね。音楽大学とそれらの機関とのネットワークが完備すれば、音楽大学が養成コースと言われるのにふさわしい教育環境になっていくでしょう。ウィーンの音楽大学の音楽療法コースなどは、非常に充実していることで有名なのですが、ネットワーク作りを含めての教育環境作りには18年かかったと聞きます。日本はそれよりももっと早い時間でそういった教育環境を作っていかなくてはいけないと私たちは思っています。

――
国立音楽大学の音楽療法コースを目指す人たちへ

遠山教授:学生に期待することはいくつかあります。まずは、音楽療法に対するしっかりした動機をもってほしいということです。将来、どんな道を進みたいと考えているのかも含めて、なぜ音楽療法を勉強したいのかという動機をもっていることは、大変重要になります。それから音楽及び音楽療法に関する豊かで幅広い知識をもてるように、積極的に学ぼうという気持ちや態度をもってほしいですね。音楽をしっかり学び、日々、技術を身につけるように努力し、そして、自己を表現することが大事になります。そのためには、なによりも音楽をすることの喜びを知っているということがとても大切です。また、音楽療法の実践の場では様々な出来事が起こります。そのときに、落ち着いて、臨機応変に対応できる能力を身につけるように努力していかなければなりませんが、これは大変難しいことです。現場を数多く踏んでないとなかなか理解できないものでもありますからね。時間をかけてやっていかないといけません。そこで、自己の感情をコントロールすることや、公平に他者とかかわれるような性格を身につけていくことに努力していってほしいのです。私はいつも思うことがあります。音楽療法士と言うのは、他者と一緒にあることを常に意識しつづけることが大事だということです。ですので対象者と一緒にいることを喜べる人であってほしいと願います。以上のようなことを大切にしてくれることを学生に期待しています。

阪上助教授:音楽療法というのは、対象が様々ですから、入ってみたらすごく深くて広い世界です。障害児ばかりでなく、精神を病む人も多くいます。そのような対象者に対して、音楽で何ができるかということをやるわけですから、これはものすごく深くて広い世界なんですよ。ですから音楽とほんとに深く付き合わないとならなくて、おそらく音楽のことを見直さなきゃいけないと言えます。やりようによって可能性のある仕事ですので面白いんだけれども、その分厳しい。そこで期待する人はというと、音楽と人間に対する感受性が高い人がいいです。音楽療法の世界にほしい人はそういう人です。知識や技能はその後に増やせますが、感受性がないと困ります。音楽について、人間に対して、しなやかな感性をもっていてほしいなと願いますね。

――音楽療法の資格をどのように捉えたらいいでしょうか?

遠山教授:資格はあったほうがいいと思うけれども、資格を目指す学生ではだめだと思うんですね。本物の音楽療法士を目指す、その結果、資格を得られるという考え方のほうがいいですね。私たちは時間をかけていこうと思っていますよ。ほんとに深い感受性のある人を育てていきたいという考え方から、音楽療法のコースを1年次から設置したのです。私はいつも思うんですけれども、大学に入ってきて勉強するのはもちろん必要なことですが、在学中に、もし余裕があれば、いろいろな所へ行って、ボランティア活動をしたり、いろんな人を知ってほしいのです。世の中には様々な人がいます。特に、自分と違う状況にある人を知ってほしいんですね。現在、音楽療法コースにきている学生の中にも、2年次のうちからどんどん外に出て行って、いろんな場所でいろんな体験を積んでいる学生がいます。「ここへ行って勉強しておいで」と言って送り出すと、すごいショックを受けて帰ってきたりしますよ。そして「もっと勉強したいと思いました」と学生は言います。音楽療法の勉強には社会を知っているということがすごく大事なことなのです。

阪上助教授:音楽を使って人のために役に立ちたいと思っている学生には、これは専門職なんだということを伝えたいですね。つまり他の職種ではできない、音楽療法士にしかできない事をするということです。ピアノが弾ける看護婦さんではできないんですよ。音楽療法は、状況によって音楽の使い方が様々になりますから、専門に勉強していないとできない専門職なのだということです。

遠山教授:大変だけれどもね、どれかひとつでもいいから、抜きん出て自分を表現できるものをもてるようにがんばってほしいですね。患者さんに対して、自分を打ち出すことがまず最初なんです。それに対して、患者さんもこうだよって応えてくれます。そのやり取りが大事になります。ですから、歌でもいいし、ピアノでもいいし、フルートでもいいのです。自分が表現しやすい方法を身につけていることが大事になるのですね。

(取材・文 浅井郁子)
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