目を奪う意匠や演技力
 『グランド・ブダペスト・ホテル』(The Grand Budapest Hotel) 監督 ウェス・アンダーソン
 『幸せのありか』(Life Feels Good) 監督 マチェイ・ピェプシツァ


高知新聞「第176回市民映画会 見どころ解説」
('15. 6.17.)掲載[発行:高知新聞社]


 今回のカップリングは、より感性に訴えてくる『グランド・ブダペスト・ホテル』と、より感情に訴えてくる『幸せのありか』という対照的な作品のようだが、根っこのところで通じているのは実は、知性に対する訴求であるような気がする。

 両作ともにヨーロッパ映画なのだが、ドイツ・イギリス合作の前者は、TOHOシネマズ高知で告知されながらも上映が流れていたベルリン国際映画祭審査員グランプリ受賞作なので、とりわけ好機会だ。ポーランド映画の後者は、数々の映画祭で観客賞を受賞しているように、正統派の感動作。

 なかでも『グランド・ブダペスト・ホテル』の個性的な色遣いと画面構成による語り口の妙味は、前作『ムーンライズ・キングダム』と同様に、現実感よりも象徴性や寓話色を強くした物語を紡ぎだしていて、なかなか興味深い。物語そのものよりも、その語り口を味わうことが愉しい作品で、ピンクとブルーの色彩が印象深い芸術色の強い映画だ。そのせいか、物語でも重要な位置を占める、富豪老女のマダムD(ティルダ・スウィントン)の遺した破格の価値を持つ絵画だという『少年と林檎』が、あえてルネサンス期の作だとされながらも、あまりそうは思えないことが気になったり、架け替えられたエゴン・シーレ風の絵の強烈さの仄めかしているものが気掛かりになったりと、作り手の凝らしたさまざまな意匠に目が奪われる。

 フランス五月革命に限らず世界中が政治の季節に包まれた1968年に、作家(ジュード・ロウ)が老舗ホテルのオーナーだという風変わりな男ムスタファ(F・マーレイ・エイブラハム)から聞かされた、無一文の移民から大富豪になった顛末が、欧州をファシズムが包み始めた1932年から始まるというのも、何やら思わせぶりだ。だが、何も持たないゼロの身のベルボーイである若きムスタファ(トニー・レヴォロリ)と彼が師匠と慕う老舗ホテルの名コンシェルジュ、グスタヴ・H(レイフ・ファインズ)の関係の風変わりな味わい深さが面白かった。

 いっぽう実話から想を得たとの『幸せのありか』の見どころは、何と言っても脳性麻痺の障害者マテウシュを演じたダヴィド・オグロドニクの卓越した演技だ。だが、本作で重要な鍵を握っている父親(アルカディウシュ・ヤクビク)との関わりを描いた少年時代を演じたカミル・トカチの名演にも注目していただきたい。そして、マテウシュの父親が息子に遺したものについては、それ以上に目を凝らしてほしい。

 個人レベルでも社会レベルでも国家レベルでも、人が人とのコミュニケーションを十全に図ることは、とても困難であるけれども、マテウシュが負っていたほどの困難は多くの人には課せられていない。本作を観れば、英題の示す、気持ち良く生きられる幸せの在り処を求めて、その困難に向い続けられる力というものが、どこから得られ、何をもたらし得るのか、あらためて振り返らずにはいられない気持ちにきっとなるはずだ。
by ヤマ

'15. 6.17. 高知新聞「第176回市民映画会 見どころ解説」



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