高知の自主上映会史
えいネ〜ブックレット「Bistro de Cinema シネマの食堂」('08.5月)掲載
[発行:高知県映画上映団体ネットワーク]


 高知は、自主上映が盛んだとよく言われる。十年ほど前にフィルムアート社から出してもらった拙著『高知の自主上映から「映画と話す」回路を求めて』に、その理由について記したが、なかでも大きいのは、1951年から半世紀を越え今なお続いている公民館映画(現在の市民映画会)が重要な役割を果たしている“オフシアター(劇場外)上映の伝統”と、2001年3月に四半世紀にわたる活動の幕を下ろした"高知映画鑑賞会の存在"だ。現在、高知のオフシアター上映で主だった展開を見せている団体の代表者は、県立美術館の館長も含め、その多くが高知映画鑑賞会の運営委員をかつて務めており、同会を支えてきた川崎康為さんの薫陶を受けて育った人たちなのだ。
 今回の「シネマの食堂(ビストロ ド シネマ)」に参加している団体のなかでも、年に一回か二回というのではなくコンスタントに上映会を開催してきた、シネマ・サンライズやこうちコミュニティシネマ、ムービージャンキーの代表者は、いずれも高知映画鑑賞会を経て、今に至っている。拙著にて現在形で活動紹介したなかの、B級遊民はスタッフを拡充してシネマ・サンライズとなり、シネマLTGは自主上映と異なる分野での活動に携わっている人たちを巻き込んで2005年4月認証のNPO法人こうちコミュニティシネマを設立して発展解消している。これは、1998年に自主上映団体間の連携を企図して始められた「ICS(インディペンデント・シネマムーヴメント・サポーター)カード」の取り組みへの参画を拒み、一線を画したいと表明したシネマLTGの果たした帰結でもあった。
 1996年から毎年開催されている全国規模の「映画上映ネットワーク会議」の「2003 イン 大阪」で採択された憲章に基づく“コミュニティシネマ(地域における豊かな映画環境を創造することを目指し、地域に根ざした上映活動や上映に関わる事業を継続的に行う非営利団体)”をどこがどういう形で標榜するかは、高知のように、いわゆる公共上映を行っている団体がいくつもあるなかでは、一つの岐路だったように思うが、県立美術館を運営する公益法人高知県文化財団が核となる形での自主上映団体の連合体をもって高知の“コミュニティシネマ”を構成することができていれば、今回試みているようなネットワークが自ずと築けたはずなのだが、そうはならなかった。県文化財団が2002年に「トヨタ・アートマネジメント講座“シネマ・マネジメントの挑戦”」で主だった上映団体の全てを集めてパネルディスカッションを行い、2004年の夏に映画上映ネットワーク会議そのものを開催しながら、そのような形での結実を見せることができなかったのが残念でならない。
 その他この十年を振り返ると、映画徹底研究会が活動を停止する一方で、活動終了宣言を出していた窪川シネマクラブが活動を再開するとともに、小夏の映画会として高知での上映にも意欲的に取り組むようになった。この間に新たな名称を掲げて上映活動を始めつつも、既に活動を停止しているものもあるし、拙著にて高知の映画祭として紹介したものは、すべて現在は途絶えてしまっている。とりわけ「ひとつの団体では実現できない企画を合同の取り組みによって果たす」ことを柱の一つとして1990年に始まった高知自主上映フェスティバルが2000年を最後に開催を取りやめざるを得なくなってしまった経緯のなか、当時は未発足だったとさりゅう・ピクチャーズやグラフィティ蛸蔵映画会が中心になって呼びかけ、2004年に逸したものを挽回する形で今回新たに広くネットワークを築こうとしているのは、まさしく“シネマ・マネジメントの挑戦”であり、とても意義深いことだ。
by ヤマ

'08. 5月. えいネ〜ブックレット「Bistro de Cinema シネマの食堂」



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