『太陽はひとりぼっち』(L'eclipse )['62]
監督 ミケランジェロ・アントニオーニ

 耳馴染みのある主題歌の後に管とピアノによる不穏な曲が流れてから、しばらく無言の場面が続くのを観ながら、これがアントニオーニの『太陽はひとりぼっち』かと思った。先ごろ課題作として観た赤い砂漠欲望と違ってモノクロだから、色遣いを楽しむわけにはいかず、絵柄を楽しみ、意表を突く場面を続出させながらもドラマ的には実に盛り上がりを欠いた平板さに、いくら倦怠を描こうとするにしても、観ている者を倦怠感で包むような仕上げ方には少々違和感を覚えた。

 劇中わからないを繰り返すヴィットリア(モニカ・ヴィッティ)こそがまさしく訳の“わからない”女性だったように思えて仕方がなかった。テーブルもクロスも本も男も同じ、飽きるのよとの弁は、ヴィットリアのものだが、婚約者のリカルド(フランシスコ・ラバル)から愛していないのか?(それとも)結婚が嫌なのか?と問われても「わからない」としか答えられない関係性のなかで、一晩中どのような対話を交わしていたのか、そちらのほうを観てみたい気持ちが湧いてきた。あなたを知った二十歳の頃は幸せだったと言っていたヴィットリアは、このとき幾つになっていたのだろう。既にかなりの年数が経っているように感じたのは、演じたモニカが三十路に入っていたからとばかりも言えない気がした。軽佻浮薄そうなピエロを演じていたアラン・ドロンのほうが年下のような感じだった。

 オープニングのピアノ以上に不穏な響きを覗かせていたエンディングの本作からは、ピエロとヴィットリアの未来が明るくはなさそうに感じられた。リカルドは勿論ピエロといるときでさえも、ヴィットリアは、女友達と過ごしているときほどに愉しそうにも寛いでいるようにも見えなかった。『情事』['60]『夜』['61]と並んで「愛の不毛三部作」とされているのも宜なるかなと感じる。遠い昔ながら『情事』は観ているので、あとは『夜』だけとなった。
by ヤマ

'25. 6.21. DVD観賞



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