『画家ボナール ピエールとマルト』(Bonnard, Pierre et Marthe)
監督・脚本 マルタン・プロヴォ

 午前中に市立博物館でわたしは、謎を愛する。デ・キリコ展を観覧した後の午後に観てきた。

 どこかぼんやりとしていて俗っぽい印象のあるボナール作品が得心できるような、実に凡庸で鈍くさえあるピエール(ヴァンサン・マケーニュ)の人物造形がなかなか面白かった。画家ボナールというのは、ピエールとマルト(セシル・ドゥ・フランス)の二人によって生れた画家だという作家観があっての作品だったように思う。まさに天衣無縫というか、自然のなかでも室内でも裸になって走り回るマルトの些かエキセントリックな個性によって、ピエールとの対照が際立っていた。二千点ほど残しているボナールの作品の三分の一がマルトを描いたものだというのは、知らずにいたことだったけれども、然もあらんという気がした。

 それにしても、ルネ ・モンシャティ(ステイシー・マーティン)の死は、本当にピエールとマルトの結婚が原因だったのだろうか。実際に亡くなっているのだろうから、死に紛れはないにしても、どうも腑に落ちないというか釈然としないものが残った。六十歳前の鈍感男が三十年来の腐れ縁のほぼ古女房のような内妻と正式に結婚したことに憤慨はしても、死まで選ぶ激情を歳離れた若い女が見せたことに些か驚いた。

 また、マルトがベッドで大きく足を広げた姿を描いた『ベッドでまどろむ女(ものうげな女のようなカットを暈しもなくそのまま映し出し、陰毛どころか外性器の一部までもが僅かに現れていて吃驚した。

 書棚にある1992年発行の中山公男監修による『世界の名画と巨匠50人』世界文化社>に『浴槽の裸婦』[1937]が取り上げられ、'80年代に好評を博した朝日新聞日曜版に連載された「世界名画の旅」を全五巻の冊子にして刊行した最終巻の表紙が『裸婦』[1930]になっているボナールだが、本作のチラシに記された“幸福の画家”というのは実は「おめでたい画家」ないしは「いい気な画家」という意味ではないかと思われるピエール・ボナールだったように思う。
by ヤマ

'24.10. 8. シネ・リーブル神戸



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