『山羊座のもとに』(Under Capricorn)['49]
『舞台恐怖症』(Stage Fright)['50]
監督 アルフレッド・ヒッチコック

 DVD発売当時は劇場未公開だった二作を続けて観た。先に観たカラー作品『山羊座のもとに』は画質が芳しくないことも手伝ってか、緩慢な運びと唐突な展開を和えたような何ともヘンな映画のような気がした。登場人物の造形もかなりヘンで、妙な按配の親愛と嫉妬に彩られた三角関係に加えて女中ミリー(マーガレット・レイトン)の不気味さに唖然とした。総ては、ハティこと御嬢様ヘンリエッタ(イングリッド・バーグマン)が使用人のサム(ジョゼフ・コットン)との結婚をした見境の無さから始まっていたような気がしなくもない。

 彼女の夫で元囚人の成金サム・フラスキーにしても、幼馴染にして救世主となるチャールズ・アデア(マイケル・ワイルディング)にしても、“何故そこまで”の部分が「バーグマンなれば」に負っている感じがあって何とも釈然としない。そのヘンリエッタがまた、精神を病んで情緒不安定に見舞われていたことの真因が判明した意外性に対しても、納得感よりは「なんだそれは」との思いのほうが強かった。だから、ハティに対する同情というか、憐憫が湧いて来ずに興醒めしたようなところがあって、ミリーの横恋慕による悪巧みの顛末が取って付けたように映って来た。アデアの叔父たる豪州総督(セシル・パーカー)の裁定がまた、いくら1831年の話だとはいえ実におかしな按配で、ご都合主義というか、出鱈目感が強かったように思う。ヒッチコックにもこんな作品があるのかと些か驚いた。

 もう少し巧みな見せ方をすれば、ヘンリエッタの無自覚で無垢なる魔性が浮かび上がり、その言わば毒牙に掛かったサムやチャールズの人物像が興味深く映って来てもいいような話だった気がするが、脚本も演出も的を外しているように感じた。


 タイトルに相応しく舞台の幕が上がるようにして始まるモノクロ作品『舞台恐怖症』のほうは、得意の殺人事件の真犯人に対して前作『山羊座のもとに』と対照的な設えを施していることが思い掛けなく、なかなか面白く観ることができた。随所にとぼけたユーモアを仕込んである点も好い。殺人犯は精神的な異常ないしは脆さを抱えているとの前提に立つクラシカルな構えが、いかにもヒッチコック風味ではあるとも思った。

 それにしても、ジョニーことジョナサン・クーパー(リチャード・トッド)は、何ゆえ血塗られたドレスを火にくべたりしたのだろう。そんなことをしなくても、新人女優イブ・ギル(ジェーン・ハイマン)の支援は得られていたのだから、妙に釈然としないものが残った。

 イブの父親(アラステア・シム)の飄々とした人物造形が好く、ピアノなんぞものする只のスミスならぬウィルフレッド・スミス刑事(マイケル・ワイルディング)がかっこいい。イブが何ゆえドリスを騙って人気女優シャーロット(マレーネ・ディートリッヒ)の身辺を探ろうとするのか、何とも腑に落ちなかったが、運びが巧みだとそう気にもならない点が『山羊座のもとに』と対照的だ。

 マレーネ・ディートリッヒの出演作をそう多く観ているわけではないのだけれども、四十年前に観たっきりの『嘆きの天使』['30]以外に僕は殆ど魅せられた覚えがない。本作においても、横たわった彼女が♪気怠い女♪と歌い始めるステージ場面以外に僕の目を惹く場面はなかったような気がする。
by ヤマ

'24. 5. 9. DVD観賞
'24. 5.10. DVD観賞



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