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『コヴェナント 約束の救出』(Guy Ritchie's The Covenant) | |||||
監督 ガイ・リッチー | |||||
顔が見え、生死を共にした関係のなかで、国籍、人種、宗教といったものを超えて受けた恩義によって突き動かされるジョン・キンリー軍曹(ジェイク・ギレンホール)以上に、やり手の経営者として夫不在のキンリ―モータースを切り盛りしていた妻キャロライン(エミリー・ビーチャム)が、家さえ担保に入れて十五万ドルを用意して、夫の命の恩人であるアフガン人通訳アーメッド(ダール・サリム)救出に夫を送り出す姿に恐れ入った。そしてエンドロールで、アフガン撤退まで二十年かかった戦争に現場で携わった人々の写真を幾人も、目線を入れたり顔全体を暈した形で映し出していたことに驚いた。 昨今やたらと目に付く「実話に基づく」という売りがされていないし、クレジットもされていなかったから、キンリー&アーメッドのエピソードそのものが実話ということではないのだろうが、アフガン派兵後十年となる2011年の時点で、十万人もの米兵を派遣し、それに応じて五万人ものアフガン人通訳を雇って退役後のビザ発給を約束しながら、アメリカ政府が反故にしていることは事実なのだろう。協力アフガン人へのビザ発給に対して強力に反対する勢力がアメリカ国内に幅広く存在することがおそらくネックになっているに違いなく、そういう無理解と非人道に対する啓発と異議申し立てが製作動機になっている気がした。だから、「実話に基づく」ではなく製作・監督・脚本を担った「ガイ・リッチーの」という原題になっているのだろう。 恩義に報いたいなどという余裕どころか、アーメッドによる救出は呪いだとさえ言うジョン・キンリーの姿は、それが当然のあるべきアメリカのことであり、妻キャロラインの選択は、それが当然のあるべきアメリカ世論の姿を託したものだと思わずにいられなかった。そして、キンリー&アーメッドの依頼だと判っていたら自腹を切って参加した、光栄だと言いながら握手を求めていた民間軍事会社を営むパーカー(アントニー・スター)の台詞こそは、アメリカ人ではないガイ・リッチーの心意気を託したものなのだろう。 なかなか熱い男たちの物語だったように思う。あり得べからざるような驚くべき再会に際して、やたら犬の吠え声が聞こえてくるなかでアーメッドに先ず「犬(タリバン?)が多いな」と穏やかに声を掛けたジョンの救出の申し出に対して「残念だな、ここを離れるのは」と静かに返しつつ直ちに準備を始める二人の間に救出に係るコヴェナント【契約】はなかったのだけれども、絆とも誓いとも訳されていたように思う固い結びつきはあったような気がする。元々の動機はカネと反タリバンだったアーメッドにしても、彼の誇り高さと卓抜した能力に手を焼き持て余していたジョンにしても、決して好き好んで結んだ縁ではないながら、互いに人として「見棄てるわけにはいかない」行き掛りに対して、苦悶しながらも誠実に振舞っている姿が眩しく映った。 アーメッドを演じたダール・サリムの通訳らしからぬ面構えと身のこなしがよく、タリバンの追撃を避けて山道を手押し車で進みながら絶望的な雄叫びを挙げている姿と、窮地に残してきたアーメッドのことが頭から離れず、何とかビザの発給に漕ぎつけようとしながらも役所の盥回しと保留電話に苛立ち、怒りの雄叫びを挙げていたジョンを演じるジェイク・ギレンホールの『ナイトクローラー』を彷彿させる演技の凄みに感心した。 | |||||
by ヤマ '24. 3. 8. TOHOシネマズ3 | |||||
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