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『風林火山』['69] 『宮本武蔵』['54] | |||||
監督 稲垣浩 | |||||
先に観た『風林火山』は、半世紀前の小学時分の確か総見のような形でリベラル劇場で観た覚えがあるのだが、それ以来の再見だ。由布姫を演じた佐久間良子が強い印象を残していて、再見してみたいものだと思っていたが、これほどの長尺作品だとは思わなかった。姫の美貌を妬み「父親を討った人の囲い者になりたくて遥々やってくるとは…国は滅びたくないもの…」との嫌味を言いに来た於琴姫(大空真弓)の挑発に憤慨し、本意ではなかった仇敵晴信(中村錦之助)の側室になる決心をする姫の負けん気の強さに恐れ入った。 ほぼ騙し討ちのようにして殺した諏訪城主(平田昭彦)の息女に側室を承諾させるよう、主命として求められていた山本勘助(三船敏郎)が、武田の血と諏訪の血を継ぐ子を成し、後継ぎとすることで諏訪を伝えることこそ生き残った姫の使命と説いたことが、姫にどれほど作用したかは定かではないが、勘助自身にとっては、晴信と由布姫の間に生まれた勝頼こそは、自分が生ませた我が子同然の入れ込みようで、勝頼をお家騒動から守るために破格の権謀術数を試みていた気がする。脚の具合が悪い勘助は、武勲においても得意はその権謀術数にあり、そもそも一介の浪人の身から武田家重臣の板垣信方(中村翫右衛門)に拾ってもらった謀略は、かなり悪辣非情な代物だったから、それからすれば、機を得て人を得て、最も成長していったのは、山本勘助だったように思う。 密かに想いを寄せていた由布姫が、子も成した晴信に対して抱く怨恨と情愛が鬩ぎ合う葛藤の苦しさを勘助に訴えたときに、恩人板垣や主君晴信以上に、姫と勝頼に尽くすことを決意したような気がする。諏訪城陥落の際に侍女ともども覚悟の死を迎えるはずだったものを止め立てして、姫の望んだ生き延びる道を拓いた自分の責務とすることで己が恋情を昇華させていたように思う。由布姫に対して、夢は謙信(石原裕次郎)の首と勝頼の初陣、甲斐の国が海を手に入れることの三つを目にすることだと言っていた彼の願いは、どれも寸でのところまでしか見ることが叶っていなかったが、元服前の勝頼(中村勘九郎)が勘助のために鎧兜を身に着け、勝鬨の号令をかける姿を見せて川中島合戦の先陣を務める勘助を送り出していた場面の彼の感無量は、晴信と由布姫が寛ぐ場で酒席を共にすることを得ていた場面との双璧で、大作映画としての最大の見せ場を謙信との合戦場面にしていたと思しき本作において、それ以上の見せ場になっていた気がする。 それにしても、本作では山本勘助が片目を射抜かれていたのは、川中島での戦いになっていたが、アイパッチ姿の勘助を何かで観たことがあるような気がするから、勘助は川中島の戦いでは死んでいないのかもしれない。或いは、隻眼になったのが、実際はそれ以前の合戦だったのかもしれない。だが、本作で描かれた顛末のほうが、夢追い人勘助の生涯として相応しいような気がする。また、武田信玄を演じた中村錦之助の「上杉謙信、名乗れや」の台詞回しが流石だった。 '69年の『風林火山』に続いて観た稲垣・三船コンビの作『宮本武蔵』は、武蔵を演じた三船敏郎の腰の据わった動きの機敏な美しさが見事だった。さぞかし膝が柔らかいのだろう。 慶長五年の関が原で戦功を挙げて侍に取り立ててもらう大志を抱いた武蔵が宮本村を発つところから始まり、池田家仕官の途を得ながら辞して、お通(八千草薫)に別れを告げて武者修行の旅に発つまでの物語だった。 オープニングで武蔵が又八(三國連太郎)を関が原に誘った際に登って行軍を眺望していた千年杉の見事に絵になる巨木が何と言っても素晴らしく、沢庵和尚(尾上九朗右衛門)によって幾晩も武蔵が木に吊るされる名高い場面の見映えが圧巻だった。当時、二十三歳の八千草薫の演じた通は、やはり格別に美しく、沢庵に求められて笛を吹く姿も、武蔵を巨木から降ろそうと全身を使って縄を懸命に制御する姿も、麗しく目を惹いた。 共に村を出た武蔵と又八の命運を分けたものは何だったのかを思うと、通という許嫁がありながら朱実(岡田茉莉子)の色香に惑わされ、拒まれた挙句、武蔵から袖にされたお甲(水戸光子)に篭絡されてヒモ亭主に成り下がる又八と、朱実から迫られても「女くさい」と退け、帰村して沢庵から自身を見つめることを教授され、身を挺して武蔵を巨木から降ろした通に対して、それまで誰にもしたことのなかったであろう詫びを入れるばかりか、沢庵の計らいにより書籍の山を前に幽閉される修業を得て、悪蔵から宮本武蔵へと生まれ変わった武蔵との違いからすれば、結局のところ、女色に対する自律のもたらした違いになっているところが興味深かった。 ドラマ的には、内面描写における武蔵と又八の対照がもっと丁寧に施されていれば、と思わぬでもないが、そういう意図での武蔵伝として制作するつもりはなかったのだろう。だが、又八に三國連太郎を配しながら、少々勿体ない気がした。 | |||||
by ヤマ '23. 6.21,22. DVD観賞 | |||||
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