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『忍ぶ川』['72] 『泥の河』['81] | |||||
監督 熊井啓 監督 小栗康平 | |||||
合評会の課題作になったので、二年余り前に初めて観た『忍ぶ川』を再見した。まだ日もそう経っておらず、そのとき「僕がまだ14歳だった中学三年生の時分に、志乃を演じた当時27歳の栗原小巻のヌードシーンが大評判になった作品を今頃になって初めて観た。哲郎(加藤剛)の妙に取り澄ました人物像が何とも肌に合わず、僕の琴線にはあまり触れてこなかった。コマキストでもないしなぁ(たは)。」とメモしたものと、感想的には殆ど変わるところがなかった。 志乃が生まれたという深川の洲崎パラダイスなら、『洲崎パラダイス 赤信号』['56]のほうが余程いいと思う。栗原小巻のヌードはともかく、ドラマ的には、どこがいいのかまるで響いて来ない映画だと改めて思った。売春防止法罰則施行前の赤線地帯の残っていた当時の『洲崎パラダイス 赤信号』で「洲 パラダイス 崎」となっていた歓楽街の看板がそのとおり再現されていて志乃が「パラダイスなんて あたし 何だか嫌ですわ」と言っていたことと先ごろ観たばかりの『青春の門 自立篇』に続き、演劇博物館の見える大学キャンパスと都電が映っていたことが目を惹き、木場のデート場面に『青春残酷物語』['60]を想起したりした。 カップリングで課題作とされた『泥の河』を観たのは、四十一年前の愛宕劇場だ。根岸吉太郎の『遠雷』、高橋伴明の『襲られた女』『日本の拷問』との四本立てで、いずれも秀作だった。観賞年度のマイベストテンの邦画第1位に選出している作品でもある。 先に観直した『忍ぶ川』の“時代設定が判然としない作り”とは違って「昭和三十一年・大阪」とクレジットされて始まる戦後十年の日本を描き出した秀作で、作中の新聞で「もはや戦後ではない」「太陽族」といった見出しを映し、ラジオでの「赤胴鈴之助の歌」が流れ、大相撲の栃若戦のTV放映が食堂の客寄せになっていた。なには食堂の料金は、朝定食35円、昼定食40円、夕定食70円。開幕早々に出てきた信雄(朝原靖貴)の髪型から半ズボンにランニングシャツの夏姿、僕も得意だったリム転がしなど、昭和三十三年生まれの僕にとっては懐かしい風俗満載で、当時は十年くらいの違いは大した世代差ではなかったのかもしれないと思ったりした。戦後の'50年代生まれまでの者にとっては、とりわけ特別な作品だという気がする。ただ食事の「いただきます」の際に合掌する習慣は、この時分には見なかったような記憶があるのだが、作中に現れ、意表を突かれた。 書棚にある角川文庫に当たってみたのだが、原作小説にもある、きっちゃんこと松本喜一(桜井稔)が板倉晋平(田村高廣)の営む食堂で軍歌の♪戦友♪を歌うところから後の一連の場面は、原作以上の出来映えで就中、田村高廣が素晴らしくて、後年、彼が本作を自身の代表作だと言っていたという言葉を得心させてくれる名場面だったように思う。藤田弓子の演じた信雄の母貞子がまた良くて、喜一の母(加賀まりこ)との対照が実に鮮やかに利いているように感じた。貞子の人物造形も映画化作品のほうが好いような気がする。 意味深長で印象深い「子は誰の子でもあれへんねん」と言っていた近所の老女の言葉や、貞子と内風呂に浸かった銀子(柴田真生子)の声に「姉ちゃん、笑うてるなぁ、笑うてるわ」との喜一の感慨深げな台詞は原作にはないもので、映画化作品には原作以上に児童福祉を問いかける視点が濃厚に窺えるように思った。晋平が舞鶴に残してきた元妻の存在という原作小説にはない設定が際立たせていた“子供の誕生”の持つ意味について、子は宝だった時代から、子は難儀の時代になって少子化が社会問題になっている今、改めて考え直す必要があるような気がした。 また、今回『忍ぶ川』とのカップリングだったことから、聡明で気が利く健気な銀子の姿を観ながら、廓舟の娘と洲崎パラダイスの射的屋の娘の違いはあれど、志乃の幼時の姿を銀子に観たような気がした。「僕、(のぶちゃんとこみたいな、)普通の家に住みたいわ」(角川文庫P59)との喜一の言葉が沁みてくる哀切の籠った作品だったように思う。「おーい、ぼん、やるわ」と突如、降って湧いたように信雄と喜一に川を下る船から西瓜を投げ上げて、「ちょっとだけ割れてんのが美味しいんやで、この姐ちゃんみたいにな」と芸者連れの屋形船から声を掛けていた男(殿山泰司)の場面は原作小説にもあったもの(P65)だが、僕が幼かった昭和三十年代は、子供だということで、大人が気前よく食べ物を施してくれることが普通にあった時代だったことを思い出した。その後、松本喜一は、どのような大人になったのだろう。“ええ男”になっていてほしいものだ。 合評会で示されたカップリング・テーマは「渡るべき川、渡れない河」だった。なんでも川・河・江の違いは流域面積の広さによるのだそうだ。雪降り積む夜に忍ぶ川を渡った三浦夫妻と、自力では航行できない宿舟をポンポン船に曳かせて板倉一家の元を去って行った松本母子たちの間に横たわっていた川と河について、思いを巡らせた。 *『泥の河』 推薦テクスト:「やっぱり映画がえいがねぇ!」より https://www.facebook.com/groups/826339410798977/posts/1746638638769045/ 推薦テクスト:「ケイケイの映画日記」より http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20120620 | |||||
by ヤマ '23. 1. 8. DVD '23. 1. 9. BS2衛星映画劇場録画 | |||||
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