『ぶあいそうな手紙』(Aos Olhos De Ernesto)['19]
監督 アナ・ルイーザ・アゼヴェード

 2019年作品で七十八歳ということは、'60年代を二十代で過ごしたことになるから、スペイン語が公用語のウルグアイから、公用語がポルトガル語のブラジルに移住し、妻に先立たれて、異郷で独居生活をしているエルネスト(ホルヘ・ボラーニ)にしても、若き日々を共に左翼運動に注ぎ込んだと思しき親友オラシオとその妻ルシアにしても、いずれも政治活動により祖国にいられなくなった元闘士なのだろう。

 ブラジルでそれなりの職を得て政府要人たちの撮影をするカメラマンになった読書好きのインテリ老人が、五十五歳離れた若い娘ビアことベアトリス(ガブリエラ・ポエステル)との関わりのなかで、未解消の宿題だったルシアとの交流を手紙で果たすようになるという、今どきにないアナログ感覚の充満した物語を、同世代として政治の季節を過ごしていないにもかかわらず、懐かしく微笑ましく愉しく観た。

 良き隣人として過ごしてきたアルゼンチンからの移住者ハビエル(ホルヘ・デリア)もまた、似たような事情で異郷の地に住んでいたのではなかろうか。二度と戻らないと誓ったはずの地に、妻に先立たれたことから埋葬に戻り、娘と暮すことにしたという別れのハグ場面が、ビアとのハグ場面と同様、なかなか味わい深かった。

 年金暮らしのエルネストが、サンパウロに住む息子ラミロ(ジュリオ・アンドラーヂ)から用立てた3000レアルを「娘でもないのに」と言って受け取らず、50レアルだけ貰って去ろうとしていたビアも、エルネストの旅立ちの志への餞として恐らく受け取り、新生活のための借金返済に充てたのではないかという気がする。年老いて視力が弱り文字も読めなくなっていたエルネストに旅立つことを決意させたビアの功績は、彼にとって3000レアルの提供と不在にする家を使わせること以上の大きな価値があったということに他ならない。

 ルシアを訪ねたエルネストが、あいにく通貨を持ち合わせないと立替を頼んでいたのがペソだったから、ルシアと亡きオラシオが暮らしていたのも、アルゼンチンなのだろう。ハビエルの帰国もエルネストのアルゼンチン行きに一役買っていたのではなかろうか。

 飄々としたエルネストを演じていたホルヘ・ボラーニがなかなか好い。十八年前に観たっきりのウルグアイ映画『ウィスキー』['04]を再見してみたくなった。手元にあるチラシによれば、本作は、二十八年前に観たっきりのキューバ映画『苺とチョコレート』['93]とも繋がりがあるらしい。ところで、ビアは、なぜスペイン語の読み書きができたのだろう。
by ヤマ

'23.11.18. オーテピア4Fホール



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