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『アスファルト・ジャングル』(The Asphalt Jungle)['50] | |||||
監督 ジョン・ヒューストン | |||||
マリリン・モンローの名がまだオープニングクレジットには現れない時期の映画だが、作品そのものが充実していて、とても面白かった。 本作の開幕早々に登場する、検挙率を上げるためには「(証言をしない)目撃者を脅せ」とまで言う、いかにも予断と偏見に満ちた警察署長(ジョン・マッキンタイア)が、記者団を前にして警察の激務と必要性について熱弁を振るう終盤場面との対照同様に、せこい強盗事件を繰り返しながら、博奕で一獲千金を夢見てはカネを失くしているディックスことウィリアム・ハンドレイ(スターリング・ヘイドン)が、記者団の前で警察署長が言うような「ならず者の非情な殺人者で人としての感情や慈悲がない」男では決してなかったことを描いてきた最後に、馬三頭にのみ看取られながら父親の失ったヒッコリーウッド牧場で息を引き取るラストが感慨深かった。 ディックスだけではない。出所早々に宝石強盗の計画を立てるドクことアーウィン・リーデンシュナイダー(サム・ジャッフェ)が物事においそれとは動じない冷静さと胆力を窺わせる一方で、ノミ屋の元締めで威勢だけいいコビー(マーク・ローレンス)の事務所でピンナップガールカレンダーを捲ってニヤつく若い娘好きが仇になって、ジュークボックスに屯する若者をかまって長居をしたために巡邏中の警官に捕まる失態を晒していたが、ディックスの父親が牧場を失ってなければ、というのと同様に、彼がドイツ系移民でなければ、といったことを思わせるような人物造形が施されていたような気がする。 強盗計画において、金庫破りを担ったルイス(アンソニー・カルーソ)にしても、犯行計画の打ち合わせをしながら、生後九か月の息子の写真を見せる子煩悩ぶりを見せていた。 黒幕を担うはずだったエメリヒ弁護士(ルイス・カルハーン)にしても、若い愛人アンジェラ・フィンリー(マリリン・モンロー)を囲いつつ、妻のメイ(ドロシー・ツリー)に見せる心遣いにはそれなりに真情が窺えたような気がする。また、カードゲームで妻から「これじゃ勝てないわ」と笑われてしまうとおり、不用意に「宝石」強盗事件などと言ってしまったばかりに追い詰められた段では、目前でアンジェラが警察署長から彼のアリバイに係る証言について真偽を質され窮していると、素直に観念して穏やかに「真実を話せ…君はよくやったよ」と覚悟を決めていて、その往生際は、どこぞの政治家たちとは違って、醜態を晒したりしていなかった。 後半での前線にも立つ警察署長の姿を観る限り、序盤でのデイトリック警部補(バリー・ケリー)への暴言も、彼が担当区で袖の下を取って犯罪を観逃していることを見越しての脅し文句だったように映ってくる運びだったような気がする。署長が言う「法をすり抜けるような奴は一番の悪党だ」との台詞が政治資金規正法がらみで大騒ぎになっている現今にタイムリーに響くとともに、悪事を画策した弁護士の漏らす「努力が空回りしたら簡単に犯罪になってしまう」との台詞がいかにも皮肉に響いてきた。 簡単にはパトロンを売り渡したりはしなかったアンジェラにしても、最後までディックスを庇って手助けをするドール(ジーン・ヘイゲン)にしても、悪事への加担ではなく健気な誠意のほうが印象づけられる人物造形が施されていて、主要な登場人物に卑しい人間が一人も登場しない気持ちのよさがあったように思う。宝石強奪事件で運転手役を担っていたガス(ジェイムズ・ホイットモア)から「裏切り者!」と罵られていたコビーさえも、卑劣漢というよりは腑抜け弱者として描かれていた気がする。 エンドクレジットによれば、マリリン・モンローは十一番目の作品だったけれども、大いに満足できる出来映えだった。マリリン以上に、ジーン・ヘイゲンが好かった。ヘイドン、ジャッフェ、マッキンタイアは無論のこと。 | |||||
by ヤマ '23.12.11. DVD観賞 | |||||
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