『麻雀破壊神 むこうぶち傀 山師』['20]
『麻雀破壊神 むこうぶち傀 相性』['20]
監督・脚本 片岡修二

 十余年に渡って高レート裏麻雀列伝 むこうぶちで袴田吉彦が演じてきた傀を、同シリーズの第9作で中国人雀士張を演じた金子昇が務めるとともに、お決まりの1980年代は、異様な時代だったではなくなり、バブル経済崩壊直前の平成バブルの時代に移っていた。

 前シリーズで銀座ホステスの詩織だった及川奈央がプロ雀士に替わっていて雪乃と詩織を合わせたアサミになり、ガダルカナル・タカに替わって前シリーズにも登場していた村野武範が雀荘のマスターを務めていた。下元史朗も中里ではなく松井となって、麻雀に精通した事業家に変じていた。あれだけの読みが出来るのであれば、半端な代打ちなど立てる必要がないではないかと可笑しかったが、与田に打たせないことには牌脈打法と傀との決着がつかないので致し方ないと了解。だが、総じて受ける印象が前シリーズと大差ないだけに却って、袴田吉彦で慣れてきている傀を金子昇が演じていることの違和感が拭いにくかった。及川奈央は、持ち前の明るさと声によって彼女であることが明白ながら、随分とふっくらとした面持ちになっていて、驚いた。鼻ピアスの痕と思われたものもすっかり判別できなくなっていたように思う。

 タイトルである『山師』の与田(川本淳市)が言う“牌脈”というのは初めて聞いた麻雀用語だったが、さすが山師だけあって、最後まで観てみると、どうやら麻雀業界の用語とは言えず、山師の与田が唱えた代物だったようだ。ただ自摸牌の流れというのは、実際に打ったことのある者には思い当たるところがあるはずで、自摸順をずらし変えるために喰いを入れるというのは、それを牌脈とは呼ばないにしても、一つの戦法としてそう珍しいものでもなかったような気はする。

 最後は、絶対に二・五・八筒待ちだと思ったら、嵌八筒で見事に外されてしまった。与田にしても、ショックは倍加したはずで、うまいと思った。ただ、あそこは作劇的には黒ではなく、赤五筒が一枚浮く形にすべきだと思ったし、嵌八筒よりも、持ち持ちの二・八筒の双碰待ちへの放銃のほうがいいような気がする。また、いくら与田が乱されたからといって、あの手の形で残り五牌となってしまうような喰い仕掛けをすることには無理があるように感じた。


 どうやらこれで終了(ラスト)ですねとなりそうな第二作『相性』では、これまで皆勤賞だった下元史朗が遂に姿を消し、前シリーズ第一作で観た小沢和義【大手出版社の元政治部記者で左遷されて久しい課長の古谷】を登場させていたから、作り手側もその気だったのかもしれない。ツキ、流れ、ほどではないにしても、麻雀を打つのが習慣化し、そこそこ雀友も増えてきたなかで誰しもが思ったことがあるはずの“相性”というのは、そう言えば、前シリーズでは触れられてなかった主題だなとちょっと感心した。

 前シリーズでお決まりだった1980年代は、異様な時代だったのナレーションがただの1990年代との文字表示だけになり、前作では不明だった雀荘名が「ばかんす」と明かされ、「東空紅」との差異に笑ったが、エンドロールを観ていたら、ロケに使った実際の雀荘名そのままだったことに驚いた。

 それにしても、政治家の汚職疑惑のさなかでの秘書の自殺とはまた、思わぬところから攻めてきたなと思っていたら、ベルリンの壁、崩壊。死んだんだよ、イデオロギーが…などという台詞が出てきて大いに意表を突かれたが、思えば、それもまた終了(ラスト)ですねに呼応しているのかもしれないという気がした。小沢和義がなかなかの好演だった。
by ヤマ

'22. 7.17,20. チャンネルNeco録画



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