『空白』
監督・脚本 吉田恵輔

 タイトルとは裏腹に観終えた者に「空白」を許さない映画のパワフルさに感心した。すべからく是非もなきものが人の生だという気がしている僕から観ても、心穏やかにはいられない場面が頻出して、いろいろ逆撫でされ、とても空白ではいられなかった。

 観賞後、劇場外壁に貼り出されたプレスシートを眺めていたが、そもそも題名の『空白』が何の空白かピンと来なかったことに加え、河村プロデューサーが英題を『イントレランス(不寛容)』にしたとの弁があって、さらに違和感が募ってきていた。

 何か事が起これば、誰かを加害者に仕立て上げ、被害者もろとも叩きのめす社会の陰惨を指しているなら「不寛容」では済まない非道だし、娘を殺されたと思っている漁師の充(古田新太)に寛容を求めるのも、万引きされたと思っている「スーパーアオヤギ」のオーナー店長の直人(松坂桃李)に寛容を求めるのも、事件関係者なのだからと彼らをネタにすることに寛容を求めるのも筋違いの話だ。犯意なき彼らをメディアスクラムに掛けたりせずに置くことは、社会側の「寛容」でも何でもなく、当然の良識なのだから、その問題に「寛容」を持ち出すのも筋違いという外ない。

 また、空白と言うなら、何の空白を指していたのだろうと思った。存在感を発揮できずに事故死した女子中学生花音(伊東蒼)の学校生活を指すにしても、娘とも妻とも家族の絆を結べなかった充の家族関係を指すにしても、思い掛けない事故死をさせることになってしまった後の直人の心中を指すにしても、虚ろさを意味するにしても「空白」はないだろうという気がする。

 だから、本作に描かれていたものは「空白」でも「不寛容」でもなく、「捌け口」だと僕は思った。誰も彼もが「捌け口」を求めているから、何か起こると槍玉に挙げたり、自身の内に抱えているやり場のない気持ち、行き場のない苛立ちの代償を負わせていた気がする。単純な悪意や善意よりも遥かにタチの悪いものに支配されがちなのが人の性で、充が直人にぶつけていた悪意も、草加部(寺島しのぶ)が過剰に振りまいていた善意も、メディアがマスの人々の代弁者を口実に曝け出していたものも、捌け口だった気がする。いじめもそうだが、捌け口にされた者は堪ったものではない。

 近年ことさらに煽られている感のある「被害者感情」なるものが、妙にそれにかこつけて食い物にしている者たちのためばかりに作用していて、被害者の感情を救済することに繋がらず、囚われに向けさせているのではないかと思ったりすることが多々あるせいか、充が爆発させていた「被害者感情」を観ながら、暗澹たる気分に見舞われるとともに、その充をたじろがせ、自省に向かわせた女性(片岡礼子)の態度と言葉に恐れ入った。

 直人に追われて車道に飛び出した花音を最初に撥ねた女性ドライバーの母親だとはいえ、娘の自死に見舞われた葬儀における充への対応には気丈を超えるものがあった気がする。昨今とんとお目に掛ることのなくなった「責任感覚」という言葉を想起させてくれた。謝罪などでは埋められないものをもし補うことのできるものがあるとすれば、それは、責任感覚をきちんと伝えることに他ならない気がした。そういうものを全く持ち合わせていないとしか思えないようなマス・メディアを刺すうえでも本作のタイトルに相応しいのは、『空白』ではなく『責任感覚』だったように思う。

 直人が最も苦しんでいたのも、そこのところの部分だったような気がしてならない。自身に応分の責任が掴み切れないままに吊るし上げられ、引き裂かれている姿が痛ましかった。「店長は悪くない」と繰り返す草加部の言葉を鵜吞みにできれば、悪意ある風評に晒される経営に悩み、難儀はしても、苦しまずには済むけれども、そうはならない「責任感覚」を備えている様子を切々と描いていたような気がする。

 観終えたときは、妙に据わりというか収まりが悪いように感じたが、それは何故だろうと振り返りつつ、河村プロデューサーの「不寛容」に接して、 そういう映画ではないだろうと思いながら、充にあのような形での「被害者感情」の爆発を本作がさせていたのは何故だろうと思うなかで、いろいろな想いが触発されてきて尾を引くことで、結果的に観応えを感じさせる作品になっていた気がする。元妻(田畑智子)から娘のことなど何も知らないくせにと咎められていた充が、娘の遺した絵のなかに奇しくも自分が描いた絵と同じ画題である“空に浮かぶイルカの形をした雲”の絵を見つけて、娘との空白の時間を僅かに埋められたかのように感じていると思しき救済というものが、決して謝罪や賠償といった他者から提供されるものによって生じたわけではない部分が重要だと思った。




推薦テクスト:「Silence + Light」より
https://silencelight.com/?p=1315#toc3
推薦テクスト:「シネマ・サンライズ」より
http://blog.livedoor.jp/cinemasunrise/archives/1079896676.html
推薦テクスト:「シューテツさんmixi」より
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1981019969&owner_id=425206
by ヤマ

'22. 1. 3. あたご劇場



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