『トーベ』(Tove)['20]
監督 ザイダ・バリルート

 僕がムーミンに出会ったのは、小学四年の図書室だった。それが『ムーミン谷の彗星』だったかどうか覚えがないが、とても気に入って何冊か読んだ記憶がある。原作者トーベ・ヤンソンの名にも覚えがあったが、女性だとは知らなかった。

 もう少しムーミン誕生秘話のようなものが語られるのかと思いきや、バイセクシュアルに目覚めた自由人トーベ(アルマ・ポウスティ)の1944年からの恋愛模様が専ら綴られ、そのわりに恋愛劇自体としては表層に流れていたような気がする。

 既婚の知的な左派系政治家アトス(シャンティ・ローニー)と、性愛的にも芸術的にもトーベに新たな地平を切り開いていた女性演出家ヴィヴィカ(クリスタ・コソネン)との間での揺らめきのようなものが描かれて然るべき筋立てだったように思われるのに、妙に中途半端な気がした。ムーミン抜きのトーベを描くくらいなら、人物的にはヴィヴィカのほうが遥かに興味深いように感じた。

 同性愛者としても、表現者としても、トーベよりもずっと自覚的で行動力があり、トーベから“ブルジョア”と妬まれる境遇における己が自由を担保するうえで当時としては必要であったと思われる“偽装結婚”の選択にも自覚的な女性だった。そして、トーベが余技としていたムーミンの秘めたる価値をトーベ以上に見出していたのは彼女であったという描かれ方がされていたように思う。

 映友からは「「トーベと言えばムーミン」というような期待や決めつけを打破しようとしたのではないか」との意見をもらったが、新たなトーベ像の提示も何も元々名前くらいしか知らず、作品の印象から男性作家だとばかり思っていた僕にすれば、ムーミンとの関連よりも、今のLGBTQ【lesbian, gay, bisexual, transgender, queer】トレンドにあやかって“八十年近く前からSOGI【Sexual Orientation and Gender Identity】を貫き、成功も得た先達女性”を描こうとしているように感じた。そういう意味では、ムーミンのほうが端から添え物だったような気がする。

 さればこそトーベから真っ直ぐに向けられる眼差しが余りに眩し過ぎてと後に語っていたというヴィヴィカ・バンドラーの愛人としての別れとその後の交友がもっと丁寧に描出されるべき作品だったように思うし、最終的な伴侶になったと思しき同業者トゥーリッキ・ピエティラ(ヨアンナ・ハールッティ)との関係も、その存在の提示だけに留めるのでは物足りない気がした。




推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
https://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/22040101/
by ヤマ

'22. 4. 1. あたご劇場



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