『パークアヴェニューの妻たち』を読んで
ウェンズデー・マーティン 著<講談社単行本>


 ふと手にしてみた本だったが、特権と成功を示すものに価値が置かれる都会においてー実際は、取り憑かれているといった方が当たっているがー(P124)自分の優位性を他の女性に見せつけたがる女性たち(P110)を社会学者たる著者が、自身の過ごしたマンハッタンのアッパー・イーストサイドで子育てに携わるスーパー富裕層のママたちを「フィールド研究者かつ母親として、アッパー・イーストサイドのママたちの世界に入りこみ研究」したとの著作だ。

 映画で言えば、どこかウディ・アレン的なシニカルで自嘲を含んだ感じの癖のある語り口が成程ニューヨーカーと思わせるところがあって、興味深く読みつつも同時に辟易とするところも多々あったように思う。これをウィットとして愉しめるか、鼻持ちならないスノビズムとして嫌悪するかで本作に抱く所感が大きく違ってくるような気がする。

 ましてや人類学者の専門用語“現地化”に心惹かれた(P103)と吐露することでエクスキューズを添えている著者自身が、現地化は研究に不可避であると同時に有益な要素とされている。それは、フィールドワークを行う者が研究対象を知り、理解し、尊重して、彼らの信仰を内面化するうえで生じる、ダイナミックなプロセスなのだ(P103~P104)として、アッパー・イーストサイドの文化にどっぷりと浸かり染まって現地報告をしているものだから、語り口のみならず内容そのものが、興味深いと同時に辟易としてくるものに他ならないことで倍加される。

 そのアッパー・イーストサイドの文化とは、端的には皆と同じでなければならないプレッシャー、完璧主義、外見を気にして若さを保つことへのこだわりは常軌を逸しているし、片時も気が休まらない。…身なりを完璧にせねば、完璧な身だしなみをせねば、完璧なヘアスタイルにせねばというプレッシャーを感じないで、しかるべき時にしかるべきひとびとが集まるしかるべき集まりに出席するには、社会的音痴になるしかない。 しかし、そこにはまた、より深い意味合いがある。…アッパー・イーストサイドの社会は、…名誉と恥の文化である…集団の中で浮いたり、落ちぶれたり、村八分にされたりすることへの恥と恐怖が、地獄や刑務所行きになる恐怖を上回り、社会統制のおもな手段となっているのだ。 さらにアッパー・イーストサイドでは…顔を潰されることを嫌う。…体面や評判、せんじ詰めれば人間性そのものを汚されることを嫌う。…この地域には罪の概念はないし、おそらく神もいない…のに、恥の概念はある。それが奇異なものに思えたとしても、ひとたびこの体面を気にする文化の一員となってみれば、体面を保てないことが圧力になりうると、骨身にしみてわかるだろう。(P228~P231)と綴られているのを読むと、そこが本当にアメリカの最先端都市なのかとの思いが生じないではいられない。

 そこに人類学者のジャレド・ダイアモンドが名付けたとの“WEIRD”の苦悩(P221)が加わるというわけだ。“WEIRD”というのは、不安とストレスが西欧先進国の病気であるとして、Western(西欧)、Educated(学のある)、Industrialized(産業化した)、Rich(裕福な)、Democratic(民主制の国)の頭文字をとったもので、weirdとは、奇妙なという意味らしい。まさしく本書において報告されていたアッパー・イーストサイドのママたちの苦悩は、全く奇妙きわまりないと同時に、彼女たちに限られたものではなく、西欧化された我が国の僕の知り合いの幾人かの顔が容易に浮かぶようなところがあった。

 そのなかで選択肢を多く持つこと、さらに選択できるだけの財力を持つことは、わたしが属する部族(アッパー・イーストサイド)のママに降りかかるさらなる災いであることが、ようやくわたしにもわかってきた…あまりにも多くの選択肢があるのは、ストレスなのだと。三つか四つ以上の選択肢があると、後悔、期待の高まり、失望などマイナスの効果が増える。選択肢が多くなればなるほどこういったマイナスの効果が増大し、不安に繋がっていく。(P234)との筆者の弁には頷けるものがあったように思う。

 加えて(美容に励む)まさにアッパー・イーストサイドの女性にいえることだが、エストロゲンが減少すると痩せた中年女性は猛々しくなるのだ。強い不安を持つ女性とそうでない女性を対象に、攻撃性の実験をした研究報告がある。強い不安を持つ女性たちは、高い攻撃性を示した。驚いたことに、利益を得るという意味においては、攻撃をするという選択はなんら得にならない、つまり攻撃行動は“純粋に悪意を持って行うもの”なのだ(P242)との記述に窺える暮らしにくさに、ふくよかな女性のほうが好もしいとかねてより思っていて、多くの女性たちが痩せたがることの気が知れない僕は、改めてその意を強くした。


by ヤマ

'20. 4. 5. 講談社単行本



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