『タワーリング・インフェルノ』(The Towering Infernot)['74]
監督 ジョン・ギラーミン

 十五年前に回ってきた【映画のバトン】高校時分に大ヒットしているのを後目に、内心は観たくてうずうずしてるくせに、ブームに流されたくないとのこだわりから背を向けてて大学に入ってから観た作品。公開時に観に行けば良かったと深く反省し、ブームのせいで観に行かないのは、ブームに流されて観に行くのと同様に、ブームに翻弄されていることに他ならないことに気づかせてくれた大事な作品。と記した本作のスクリーン観賞は、高田馬場パール座で観て以来、四十四年ぶりになる。まだ男たちが、アメリカが、自負と自信というものを持っていて、それを自他ともに認めていた時代の映画であることが随所から伝わってきて、感慨深かった。今のアメリカ映画でどんなに大きな映画を作っても、登場人物たちの醸し出すこの風格や映画としてのスケール感は果たせないような気がしてならない。

 久しぶりに観て最初に目を惹くというか面白かったのが、摩天楼が燃え上がる前から男も女も超高層ビルで、がんがん燃え上っていたことだった。最初の二人“設計屋”ダグ(ポール・ニューマン)とスーザン(フェイ・ダナウェイ)では、より主導的なのが女性で、次の二人グラスタワービルの広報部長ダン(ロバート・ワグナー)と秘書ローリー(スーザン・フラネリー)では、やる気満々なのがダンのほうと、バランスも良く、命運のほどもバランスが良かった。新築の建物に入ると妙に奮い立つということがあるにしても、二組とも職場でいそいそというのが何とも可笑しかった。十代の時分に観たときには気づかなかったけれども、今にして思えば、作り手の側に摩天楼が燃える前から摩天楼で燃え上るというフレーズが着想としてあった気がしてならない。

 そういうなかでのカップル・エピソードとしては、彼ら二組よりも、自身を三流詐欺師と自嘲するハリー(フレッド・アステア)の心根の良さを詐欺師のセールストークを看破するなかでなお見留め、彼の生き方を変えさせて共に過ごそうと口説く、富裕婦人リゾレット(ジェニファー・ジョーンズ)の姿が沁みてきた。彼女の孤独な生活の象徴とも言える猫の使い方の上手さもあって、なかなか映画的だったように思う。最上階に戻ってきたエレベーターから飛び出してきて倒れた火傷男の元にいち早く駆け付けたハリーが介抱しようとして絶命を知り、貸衣裳とはいえ、自分の礼服の上着を脱いで掛ける場面が利いていた。パニック映画の多くが、その描出を通じて主題としては、人の値打ちというものを問い掛ける作品になっているように感じるが、その点においてこそ本作は出色の出来栄えで、とりわけハリーの人物造形は目を惹いた。そして、市長夫妻(ジャック・コリンズ、シーラ・アレン)や上院議員(ロバート・ヴォーン)の振る舞いについても、そのような意味合いから込められているものがあるように感じた。

 また、本作では本当に悪漢とさえ言えない“とことん見下げた男”以外の何物でもなかったロジャー・シモンズ(リチャード・チェンバレン)だったが、彼の妻パティ(スーザン・ブレイクリー)が、それでも夫を見放さず、本来の彼はそのような人物ではないとの思いのもとに「結婚した頃の貴男に戻って」と哀願しても顧みられないなかで、これ以下はないと思えるような無様な死を遂げた夫を悼み、父親ダンカン(ウィリアム・ホールデン)から慰められていたのが哀れだった。火災になっても確実に消せる7階よりも高い建物をなぜ建てたがるのかとオハラハン消防隊長(スティーブ・マックイーン)が言っていた“摩天楼”の魔によって一番最初に被災していたのは、ロジャーだったのかもしれない。

 出火しないよう万全を期した設計の超高層ビルを危うい摩天楼にした張本人たるビル・オーナーのダンカンは、しかし、娘婿ロジャーと違って“とことん見下げた男”ではなかったけれども、杜撰な仕様変更ではなくても、ロジャーが指摘していたタチの悪い下請けいじめによって浮かせた400万ドルというのが事実なら、当時、変動相場制に移行したばかりの為替レートで1ドル360円から300円くらいに下がっていたように思うから、12億円のリベートを取っていたことになる。ダグがスーザンへの手土産に買ってきたセクシーな高級下着が140ドルと言っていたように思うから、半世紀近く前の作品ながらも円換算で言えば、いまの金額とそう変わらないような気がする。随分なものだと思うが、ダンカンにはさほどの悪気があったようには見えず、却ってタチの悪さが窺えた。

 悪気はなくても、娘には優しくても、ダンカンが何かすると大きな厄災になるというのは、奇しくも、バーテンダーが、爆破された貯水タンクからの奔流で倒れてきた石像を胸に受けて絶命したことにも繋がっていて、脚本の妙に感心した。この非常事態のさなか、出過ぎず足を引っ張らず落ち着いた対応をスマートにこなし、ダグが救出してきた幼い兄妹にパフェを振舞っていた彼は、雇い主ダンカンの大事にしていたロマネ・コンティ'29年ものの木箱を抱えるようにして身体を結わえていたのに、ダンカンが「こんなもの!」とバーテンダーの元から蹴り剥がしたのだった。ダンカンがそのようなことをしなければ、倒れてきた石像が彼を直撃することはなかったように見受けられる形になっていた。
by ヤマ

'20. 5.30. TOHOシネマズ3



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