『ガープの世界』(The World According to Garp)['82]
監督 ジョージ・ロイ・ヒル

 三十四年前に高知名画座で観て、その年度のマイベストテンの第1位に選出した作品を再見する機会を得た。まだ映画日誌を綴り始める前のことだから映画日誌として残していないので、僕が二十六歳だった当時の日記を紐解くとスケールの大きな、ややもすれば冗漫になりそうな作品を見事にまとめている。ジワッと沁みとおるような感動がある。人生って面白いなと思う。ジェニー(ガープの母)が幼いガープに“いつか皆な死んでしまう。でも、死ぬまでにしっかり生きていくのよ。人生って素敵な冒険なのよ。”と語る、そのことがテーマだ。くどくどした描写を切って捨てて、エッセンスを取り上げた、一見断片的なようにみえる描写でピシッと決め、決して大味になっていないのは、ジョージ・ロイ・ヒル監督の手腕だ。見事である。早速、原作を買ってこよう。手応えありとみた。役者では、メアリー・ベス・ハート(ヘレン役)に○○さんの面影を見、その点でも、僕はグッとこの作品に惹かれたようだ。オープニングとエンディングの宙にゆったりと舞う赤ん坊の絵が、人間が生を受け歩みゆく人生のかけがえのなさを象徴していて、且つ、明るく美しく素敵だった。と記してあった。

 確か僕が映画を観て原作小説を注文までして買い求めたのは、本作が最初だったはずだ。ジョン・アーヴィングによる上下二巻に渡る単行本(訳:筒井正明)は、今も僕の書棚のなかに納まっている。今回再見しての感想に大きな変化はないけれども、昨今のアメリカでの銃規制や国民分断の問題を想起させるような政治的個人的暴発テロやジェンダーアイデンティの問題が描かれていて、三十余年を経て全く古びていないことに改めて感心した。

 当時の日記では言及していないけれども、「ガープの世界」というよりも「ガープによる世界」を構築しているものは、いわゆる良識という言葉で示される偏識を確信的に排斥した世界なのだと思った。娘ジェニー(グレン・クローズ)から告げられて母親(ジェシカ・タンディ)が卒倒してしまうガープの出生顛末のみならず、いわゆる良識的世界観からすれば、顰蹙を買うようなエピソードばかりが起きていくわけだが、そのなかにこそ二十六歳の僕が感じた“人間が生を受け歩みゆく人生のかけがえのなさ”が宿っているところが、実に素敵なのだと思う。

 この日の上映会を主催した平林牧師はこの作品のキーワードは“飛ぶ”なんだと思います。幼いガープの描いた絵がアニメーションになって飛ぶ部分もそうですし、ヘレンと結婚したガープが買うことにした家への飛行機の墜落のことやオープニング・エンディングの宙に舞う赤ん坊の浮き沈みが端的に示しているように、飛ぶことと墜ちることを描いています。と話していたが、実にそのとおりで、数々の過激な本作のエピソードのなかでも最も悲惨で滑稽な、ヘレンの火遊び相手を去勢してしまうガープ(ロビン・ウィリアムズ)の車の運転の件に彼は言及しなかったけれども、後部座席に愛息二人を乗せたガープがその夜も楽しもうとしたヘッドライトを消灯しての坂道でのいつものニュートラル走行は、夜空を飛ぶ気分に浸れるからこそのお気に入りだった。

 閑静な住宅地を暴走するトラックに危険運転だと激昂していたガープが、それとも変わらぬ危険な運転をルーティーンにしている矛盾というのは、人には付き物だとしたものだが、悲惨な事故を起こしてしまうのがどっちなのか両方なのか、はたまたどちらも大事に至らないのかは、誰にも予知できないものだ。悪しき結果を引き起こさなければ必ずしも悪いことではないのか、顰蹙を買うような行為でも良き結果を招けば良いことなのか、といったことを少し考えてみると、物事の善悪当否正誤などというものは、単純明快な良識などでは断じられないことが明白だ。

 強姦されたうえ証言封じに舌を切られた少女エレン・ジェイムズの事件に抗議して自身の舌を切って唖になる女性たちの運動を非難していたガープが、危険な消灯運転による事故で二男ウォルトを死なせ、長男ダンカンの左眼を失った最悪の事態に苦しみつつも、奇跡的と言う他ない夫婦としての寄り添いを取り戻し得たことにおいて、彼が顎を骨折し舌を滅茶苦茶に切って針金で口を縛り暫く喋ることができなくなっていたことが、どれだけ大きな役割を果たしたかを想像すると、またまた物事の良し悪しを即断することのできない“人の生の真実”に思い当らずにはいられない。赤ん坊ジェニーを得るに至ったガープ夫妻の絆は、きっとウォルトを失う以前よりも遥かに強く深くなっているに違いない。

 おそらく全てのことに功罪はともにあるのだ。ジェニーが 『性の容疑者』刊行によって得た成功と名声にしても、元フットボール選手のロバータ・マルドゥーン(ジョン・リスゴー)が行なった性転換手術にしても、ガープが非難し、当のエレン(アマンダ・プラマー)自身が拒んでいたエレン・ジェイムズ党の運動にしても。

 
by ヤマ

'18.10.15. 高知伊勢崎キリスト教会



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