『あなたの旅立ち、綴ります』(The Last Word)
監督 マーク・ペリントン

 音楽番組でアナログのLPレコードをかけるDJによるFMラジオ放送を称揚しているだけあって、いかにも前世紀アメリカ映画風なテイストに満ちたノスタルジックな好作品だった。「せっかくの人生、勇気を出してリスクを取って思いっきり生きてみようよ、そうすれば、きっと面白い人生が開けるよ」と言っているような映画だ。そして、還暦を過ぎるこの歳まで、およそリスクを取って何かに挑戦するような生き方をしてこなかった僕が観ても、何だか微笑ましく気持ちよく観られるエンタメ作品になっていることに感心した。やはり随所に窺えるユーモアセンスの賜物なのだろう。

 実に見事というほかないハリエット・ローラー(シャーリー・マクレーン)の終活だった。彼女が、訃報記事ライターのアン・シャーマン(アマンダ・セイフライド)や施設暮らしの黒人少女ブレンダ(アンジュエル・リー)と夜の水浴を楽しんだ湖水は、昼間だと浸かるのが躊躇われるような溜水っぽかったが、それはともかく、一夜を共にすることのもたらす親密感というものの力を改めて感じた。

 自分の思い込みとは異なる現実を直視する勇気とは即ち、直視した現実に対処する力のほうであることを鮮やかに語っていたように思う。最高の訃報記事には欠かせない4つの条件家族や友人に愛されること、同僚から尊敬されること、誰かの人生に影響を与えるような人物であること、そして記事の見出しになるような人々の記憶に残る特別な何かをやり遂げることを、いかにも彼女らしいやり方でクリアしたハリエットに拍手を送りたい気分になった。広告業界で成功し財を成しても、人の得られていない孤独な人生はつまらない。経済的な勝ち負けではなく、自分を活かし人を得ていく生き方に挑戦してこその人生というわけだ。

 しかし、こういう人生観が、新聞の訃報記事やラジオDJといった今や廃れゆきつつある文化に目を向ける指向性のなかで語られるのは、アメリカでも既に現代性の真っ只中を舞台にしては語り辛い状況にあるということの反映のような気がした。もしかするとアメリカでさえも、今や廃れゆきつつあるチャレンジ性なのかもしれない。世界中から希望が失われ、人生の希望というものが回顧性のなかでしか語れなくなる時代に差し掛かっているのかもしれないと思うと、少々気が塞いでくるが、さればこそ、アンには存分の人生が訪れてほしいものだと思った。

 
by ヤマ

'18. 8.12. あたご劇場



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