『クヒオ大佐』['09]
監督 吉田大八


 ジョナサン・エリザベス・クヒオ大佐と名乗る男(堺雅人)に騙されたナガノ弁当の女将しのぶ(松雪泰子)と、金を引き出す騙しにかけては一枚上手の銀座のNo1ホステスの未知子(中村優子)を観ながら、改めて「騙すのも騙されるのも、どっちにしても男は女に叶わない」などと思った。

 手元のチラシの惹句にある「実在した結婚サギ師。滑稽だけど、なぜか切ない。」どおりに何とも情けない哀感が漂うのは、湾岸戦争時に135億ドルもの大金をアメリカに貢がされた日本を、甘い言葉でクヒオに騙されていた永野しのぶや、彼女の弟達也(荒井浩文)に弱みを付け込まれ金を巻き上げられていたクヒオに擬えていたのが効いていたからと言うよりも、チラシに謳われた「奪ったのは女性たちの心と1億円!?」やビジュアルの華麗さが空々しく映るようなクヒオのアパートの居室の殺風景な貧相さや、達也から脅された100万円の調達に汲汲とするショボさ、或いはチラシに女社長と記されたしのぶの仕事ぶりのつましさやら、エリート学芸員と記された浅岡春(満島ひかり)の仕事ぶりの地味さ、No1ホステス未知子の思いのほかの背水の陣ぶりなどが効いていたからのような気がする。

 「そこはkill you じゃなくて、kill me だろ」とクヒオに電話で突っ込み、「姉貴は俺なんかと違って賢いんだ」と庇っていた達也とクヒオの遣り取りが何とも哀れっぽくて可笑しかったとともに、この程度に見透かされるチープな虚言に乗せられてしまう女心が哀しくも思えた。

 ファミレスで永野達也にやり込められて形無しの風情だったクヒオが隣席の見知らぬ父子の様子に興奮し逆上してしまうエピソード、クヒオの生い立ちにおける虐待や空への憧れは、原作にもあったものだろうか。少なくとも「第一部 血と砂と金」とラストの妄想は、映画化に際して付加されたものだという気がしてならない。橋本龍太郎首相を模しているとしか思えないヘビースモーカーを登場させ、国際平和のためだと言われて巨額の金の拠出を拒めない姿は、クヒオから国際平和のためと言われて金を出すしのぶや春と大差ないわけだ。

 とはいえ、おかしいと思いつつも遂には給料の遅配に及ぶまでの拠出をしてしまったしのぶは、従業員たちから納得がいかないと詰め寄られるのが当然で、日本政府と同罪だ。もっとも、その姿を達也が見ていたから、クヒオからせしめたドル紙幣を姉に与えて窮地を救ったかのように思えなくもない運びだったところが甘くて良い。
 クヒオなぞ比べ物にならないくらい英語が達者だった達也の習得術が在日米軍将校の妻を寝盗ってのものだったというのは“蜂の一刺しネタ”として結構イケてるように思ったが、クヒオと達也の遣り取りそのものが映画化に際しての脚色だという気がしてならないから、原作にはないエピソードのように思う。春の同僚である理香(安藤サクラ)や幸一(児嶋一哉)を含め、登場人物のキャラクター造形は、『沈黙の艦隊』ネタも含めて、ほとんど映画化に際しての潤色ではないかという気がした。

 エンドロールとともに流れるクレイジーケンバンドのVIVA 女性がなかなか良かった。湿っぽくない哀感と苦笑を誘ってくる唄だった。最後に ♪そして、私は私を知る♪ わけだが、まさしく「滑稽だけど、なぜか切ない」との想いが湧いてきた。

by ヤマ

'14. 1.12. ちゃんねるNeco録画



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