『陸軍登戸研究所』
監督 楠山忠之


 そもそも登戸研究所とはを語る第1部、名高き風船爆弾の第2部、謀略作戦として中国経済を混乱させようとする偽札作りの第3部という構成だった。いちばん楽しみにしていたのは第3部なのだが、コンサートと被っていて途中退場となったのが少々残念だった。

 映画『ニセ札』['09]を観たときに、せっかくの面白い題材をもっともっと面白く出来たように感じ、中途半端に笑いを誘って、中途半端に軽みを追い、中途半端に社会派で、中途半端に情に訴えて来ながら、いちばん欠けていたのはパンチ力だと思った覚えがあるのだが、映画の題材となった実際の新千円札発行に乗じて村ぐるみで偽札造りを計画した山梨県での事件の背景として示されていた「日本かて戦時中、中国の偽札作ってたんや、僕らが作ったらアカンという法はないで。」「私は偽札を作るつもりはない。これから作ろうとしているのは、あくまでも本物の紙幣です。」との戸浦文夫元陸軍大佐(段田安則)の台詞によって仄めかされていた登戸研究所に対しては、一体どういう組織だったのだろうと大いに興味をそそられていたからだ。

 面白かったのは、第三科が作っていた偽札は中国侵略に際して接収した資材のなかにあった本物の紙幣印刷機によるものだったことだ。奇しくも『ニセ札』の戸浦の言葉どおり不法に本物を作っていたわけだ。北朝鮮が国家事業として世界通貨のドル紙幣の偽札作りを行っていると報じられたのは近年のことではあるが、謀略国家の企てることは似たようなもので、アメリカなども諜報機関ではやっているのではなかろうか。日本にも諜報機関を作る必要があるだとか言い出しているから、国による他国の偽札作りが再開される日は遠くないのかもしれない。

 考えさせられたのは、米軍などと違って日本軍は、隊に必要な糧食をその偽札を使って現地調達すべしとして現物搬送の負荷を軽減する効率化を図ったらしく、そのことが現場に食糧が行き渡らない状況を作り、非戦闘民からの収奪や暴行を誘発したらしいということだった。金という形で渡して全てが目的どおりに使われるわけでは決してない腐敗を招くのは、何も戦時に限った話ではない。おそらくは最前線の兵士たちに自己調達との強奪を促しつつ、自分たちの遊興や蓄財に費やすことに励んだ不心得者の現地幹部を頻出させたのだろう。便利で効率的な仕組みには、必ず落とし穴がある。とりわけ金が絡んでくると、たちまちにして腐敗構造が出来上がりやすくなり、そのツケを払わされる犠牲者が生まれるとしたものだ。非常時となれば、平時には考えられないような横暴がますます罷り通るようになる気がする。偽札作戦は、中国経済を混乱させるという所期の目的以上に、日本の軍隊組織を腐敗させるという痛撃をもたらしたのではなかろうか。

 聴く側の思い込みかもしれないが、戦時に関わる証言というものを少なからぬ数のドキュメンタリー作品で観てきたなかで、これほど語る者たちに陰りのようなものが感じられなかったのは覚えがなく、そのことも何だかとても印象的だった。軍部から破格の扱いを受けていたらしい登戸研究所の関係者にとって、当時ほかの日本人に比べていい思いはしても嫌な思い出がないのだろう。風船爆弾の貼り合わせ作業に動員された勤労奉仕の女学生が体調を崩し、作業場に泊まったときに夜になると普段嗅いだことのない美味しそうな匂いがしてきて軍関係者たちが贅沢をしていることが判り、私たちすら駆り立てる一方でこんなことをしているようでは負けるに違いないと思ったという証言をしていた。関係者にしても、責任ある立場の者ではない多くの証言者の「これまで単に問われることがなかったから語っていないだけ」とも見える風情が妙に新鮮で、ときに自慢話めいていたりもしたように思う。

 そんななかにあって、既に死去している第二科の班長だった伴繁雄(元陸軍技術少佐)氏が'93年に遺している手記のなかで青酸ニトリールを使った人体実験を731部隊とは異なるもうひとつの石井部隊とも言うべき南京の1644部隊で行っており、最初は抵抗感があったが次第に趣味になっていったというようなことを綴っているらしいことが唯一の影の部分だったような気がする。

 それにしても、極秘作戦と言いながら、全国で学徒勤労動員をして製作し、打ち上げには地元民を使って満天に気球を飛ばしていたり、極秘に研究を進めていたとの殺人兵器である“怪力光線”になぜかPR映画としてのアニメーションが見つかっているとして映し出されると、なんだか「秘密とか機密って何なんだよ」という気がしてくる。

 大体が少なからぬ関係者抜きの国家機密なんてあろうはずもなく、ごく少数者しか知らない機密は、敢えて機密とするまでもなく漏洩しにくいのだから、要は、何ぞで処罰をしたいときのもっともらしい根拠として都合よく使える“秘密とか機密とかいう位置づけ”がほしいだけなのだろう、などと思ったりもした。マル秘だとかなんだとか言うけれども、大概の事というのは「公然の秘密」だというような気がする。




推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
http://dfn2011tyo.soragoto.net/dfn2005/Review/2013/2013_09_23_2.html
推薦テクスト: 「なんきんさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=4991935&id=1919270800
by ヤマ

'13.11. 2. 民権ホール



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