『ゴールデンスランバー』を読んで
伊坂幸太郎 著<新潮社>


 映画化作品を先に観ていて、2009年度マイ・ベストテンにも選出していたのだが、最も気に入っていた父 一平(伊東四朗)の場面がさいたま市の古い住宅街にある一戸建ての前で、青柳雅春の父親がマイクを向けられている。詰め寄る記者やアナウンサーを身体で押しのけるようにした父親は小柄だったが、贅肉がなく、引き締まった体型に見えた。肌は健康的に日焼けし、眉が太い。髪は刈り上げ、海兵隊のようでもあった。投げかけられる質問に対し、父親はぶっきらぼうに答えていた。息子の無実を信じる気持ちには、田中徹も感じ入るところがあったが、それにしても、無根拠に、「息子はやってない」と主張するのは、利口ではない。反感を買うだけだ。しかも、息子の逃走を唆し、応援するかのような発言もしたものだから、リポーターたちが色めきたった。(P51)としか記述されていない第二部を読んだ後、一向に登場しないことに唖然としていたのだが、終盤(P429/全P501中)になってど~んと出てきて、快哉。雅春、ちゃっちゃと逃げろ(P432)もそのまんまだったんだなぁ(ふふ)。

 それにしても人間の最大の武器は何だか知ってるか…習慣と信頼だ(P78)に限らず、かなりの細部に至るまで、その軽妙な味わい共々いかに原作に忠実な映画化作品だったかということに大いに驚かされた。花火の下での掠めキスの場面は原作にはなかったし、米国愛国者法への言及やセキュリティポッドの設置(P25)といった部分を割愛していたりするが、若干構成を変えて、ほぼ網羅的に原作のエピソードを盛り込んでいたように思う。ほんとに素晴らしい脚本だ。

 だから、映画から受けた感想とほとんど変わらないのだが、軽妙でかつ含蓄のある会話の楽しさやメディアリテラシーに係る注意喚起が、原作ではより手厚く味わえる。かつて文芸サークルに身を置いたことのある者として、こんな小説が書けたらいいよなぁと、実に羨ましい気分になった。

by ヤマ

'13. 1.24. 新潮社単行本



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