『海の沈黙』(Le Silence De La Mer)['47]
監督 ジャン=ピエール・メルヴィル


 五十を超える歳にもなれば、反戦映画もいろいろとは観ているのだが、これだけ気品のある反戦映画には、これまでお目にかかったことがないように思った。しかも長編第1作監督作品だとは、さすがメルヴィル、恐るべしという感じだ。
 動きも少なく、ほとんどがナチスドイツの青年将校ヴェルナー(ハワード・ヴェルノン)と映画の語り手たるフランスの老紳士(ジャン=マリ・ロバン)及びその姪(ニコル・ステファーヌ)の三人による室内劇で、しかも会話なしのモノローグばかりという地味な作りで、いかにもフランス映画らしいナレーションと台詞が中心の作品ながら、その繰り出される言葉を上回るテンションを維持し続けている映像に感心させられた。

 だが、それ以上に感心したのが、この原作がドイツのフランス侵攻によるヴィシー政権下での'42年当時に刊行されていたことだった。映画では、フランス文化を敬愛する青年将校の辛抱強い紳士ぶりを描くとともに、彼にナチス批判をさせるという、ある意味、当時のフランス人からもドイツ人からも反感を買いかねない物語になっていたから、原作そのものの描いていたドイツ将校の人物像は、映画で描かれていたものとは違っていたのではないかとさえ思った。もしこの人物造形がメルヴィルの脚色ではなかったとすれば、相当に大した原作だったと思われるのだが、果たしてどうだったのだろう。

 フランス文化を破壊しようとするナチスの占領政策に異議を唱え、前線への転進を願い出た彼に対して、それまでずっと“抵抗の沈黙”を守っていたニコル・ステファーヌが小声で呟くように「アデュー」と発した場面が、実に鮮やかだった。また、最後に老紳士が、アナトール・フランスの本に新聞を挟んで「罪深い命令に従わない兵士は素晴らしい」という送辞を沈黙と眼差しで贈った場面も、心に残った。

 この作品は、リバイバル上映ではなく、日本での劇場公開が今年になってからという映画のようだが、63年も前の作品が今になって公開されるというのも凄い話だが、おかげで観る機会を得たとも言えるわけで、こうして観られる作品と未見のまま終わる作品というのは、まさしく出会いの奇遇に等しい縁によるものだと改めて思った。



推薦テクスト:「LE CERCLE ROUGE」より
http://melville.nomaki.jp/lesilencedelamer.html
by ヤマ

'10. 9.14. 民権ホール



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