『誰も守ってくれない』
監督 君塚良一


 予告編を観て、これは観たいと思っていたのに、TVで前置き版のようなものを放映したことで急速に意欲が減退していたが、いよいよ翌日限りとなって流石に観逃すのも心残りに思えて観に行った。

 常々感じている日本でのメディアスクラムの標的次元の低さとかネットバッシングの下劣さとかをストレートに描いていたが、それがいささか現実離れした作劇的嘘に装飾された過剰さで描出されているようには感じつつも、案外、実際にそうだったりするのかもしれないと思えてしまうところが自分の心のなかにあって少々狼狽した。それほどに現在の日本社会を病んでいると自分が感じていることに改めて気づかされたように思う。過日観たばかりのこの自由な世界でのキーワードとも言うべき「自分さえよければ、他人は地獄へ堕ちてもいいのか」との問い掛けは、それでいいわけがないとの前提があればこその反語的な問い掛けなのだが、今や本当にそう思っている人のほうが多いのではないかとの不信感と恐怖を煽る側面があったように思う。

 実際『バッシング』という映画にもなったくらいに、犯罪者どころか被害者に他ならない者までも、メディアやネットでの煽り立てがあると、それに押し流されるままになる現実というものが現にあるから、ライブドアの株価が鰻上りに高騰したり小泉政権が圧勝したりもしたのだし、安倍晋三がプリンスなどと持て囃されて人気を博したかと思うと閣僚人選の甘さから露呈した指導力不足が総スカンを食らうわけで、漫画好きが秋葉人気をさらうと過去に幾多の失言問題を起こしていようと麻生太郎が首相の座に就いたりもするのだろう。だから、今の世の中が“そういったことよりも更に無責任に臨む形で犯罪者の家族を生贄にする”ことに対して容赦がないという状況にあるのは、充分に察せられることだという気がする。だが、そこのところの凄まじさをもまた“煽り立て”風味で仕立て上げられることに対しては、ついつい煽られてしまう自分を感じて狼狽させられるだけに、少々気に障るものを覚えた。

 確かにドラマティックにヒステリックに商業的には盛り上がるのだろうけれども、ケン・ローチの眼差しの爪の垢くらいはとの想いを誘われたわけだが、遺憾ながらこれはもう習性と言うべきものなのだろう。少し美味ければ“絶品”と言い、ちょっと知られてない話は直ちに“秘話”となる。取り上げるもの全てに“激”だの“超”だのを冠し、涙の一筋でも流そうものなら“号泣”と相成るのがTVの世界のルールなのだから、それに毒されきった観賞者に何かを訴えようとする商業TV界出身の脚本・監督の作り手に、ケン・ローチの眼差しを求めるのは、お門違いなのかもしれない。悪貨が良貨を駆逐して最早ルールとなっているような状況にあっては、この作品はむしろ健闘作なのだろうが、メディアスクラムを批判的に扱う際には極悪の商業TVを姑息に避け、それでいてフリーライターではなく新聞記者に向かっていたことの安易さや「誰かを守るということは、その痛みを知ることなんだ」などという台詞をクライマックスに置く不興というものへの鈍感さには、やはり見過ごせないものがあるように感じた。演じた佐藤浩市が役者力でカバーして余りあったものの勝浦刑事のキャラクター造形にも苦しいところがかなりあったような気がする。

 それにしても、かつては決してネガティヴなイメージを持っていなかったと思われる“代弁”や“社会正義”といった言葉をここまで醜悪で品位なきものに貶めたのはいったい誰なのだろう。今や当事者責任を留保し回避する無責任さを意味する場面でしか姿を表さない言葉に堕した感がある。

 生贄を求める心性が人間にあるのは今に始まったことではなく、古今東西の人間社会に何らかの形で、文化として地中深く根を張っているものだと思う。そのうえで、昔は儀式や遊戯として顕在化していたものが、ヒューマニズムやデモクラシーといった思想を人類が獲得するなかで、地下に追い遣られ、潜るようになっているのだという気がする。ところが、貪欲に過ぎる商業主義が大衆社会のなかで過剰なまでの欲望創出による消費拡大に勤しむとともに、メディア・テクノロジーの進展が、先ずはマス・コミの出現と席巻を促し、次いで口コミにさえもネットやケータイという形で、かつてなら想像もし得ないパワーを付与したように思う。今や地下に潜っていたものを顕在化させるのみならず、競い合って、情け容赦なく生贄の消費と補充を煽り立てるようになっている気がする。これらが、規制などとは違う形で淘汰される道は、あり得ないものだろうか。




推薦 テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0902_3.html
by ヤマ

'09. 3. 5. TOHOシネマズ3



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