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『ノーカントリー』(No Country For Old Men) | |||||
監督 ジョエル&イーサン・コーエン
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なかなかスリリングで、見せる力に富んでおり、流石はコーエン作品だ。1958年から22年旅してきたコインの裏表で生死を決める殺し屋の物語なら、1980年の話ということになるけれど、実話物でも時代懐古にも見えない作品が、なぜ今1980年の殺し屋を描くのだろうかと思ってたら、ベトナム帰還兵の話をしたかったのだと納得した。 麻薬取引に絡む大金をたまたま見つけて掠め取って追われることになったルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)は'66年'68年と二度も出征した猛者で滅法タフな男なのだが、その彼をも上回るタフさを発揮していたのが殺し屋アントン・シガー(ハビエル・バルデム)だった。彼が何者なのかは一切謎だったが、シガーと同じ雇い主からの差し金でシガーを追っていた殺し屋カーソン・ウェルズ(ウディ・ハレルソン)もモスと同じくベトナム帰還兵との設定だったから、否応なく、その二人を上回るシガーもまたベトナム帰還兵なんだろうと思わずにいられない。思えば、モスもシガーも同じように、手傷を負ったとき、行き縋りの若者から着ているシャツを買い取っていた。おそらく三人ともベトナム帰りの後の十余年を、社会とうまく馴染み成功する人生としては歩めずに過ごしてきた男ということなのだろう。それどころか居場所のなさが生きにくさを与えてきたような影をそれぞれが負っていたような気がする。さすれば、原題にある“Old Men”というのは、おそらく彼ら三人のごとく、かつては国に必要とされながら打ち捨てられ過去の者とされているベトナム帰還兵たちのことを指しているのだろう。近頃、イラク戦争がらみで、戦場帰りものが作られる傾向をアメリカ映画に感じているけれど、この映画も同じ潮流のなかにある、少しコーエン風にひねった作品だという気がする。 それにしても、シガーの存在感は強烈で、ちょうど“走らないランボー”のようだった。無口で、手傷を負うと自分で治療をしてじっと体力の回復を待つところなど、まさしくランボーそのままだった。自分の立てたルールにのみ、実に忠実でストイックな印象を与えるところもランボー風味だ。そういう意味では、モスも相当にシガーと拮抗してはいたのだけれど、彼にシガーに劣る甘さがあるとすれば、やはり妻帯し、アウトローにまでは堕していない境遇が、瀕死の男から水を求められながらも放置して大金だけを奪ったことに気の咎める人間性を残していたことにあるのだろう。 少々気になっているのは、損得勘定など些かの行動選択基準にもなり得ず、自分の立てたルールにのみ忠実なシガーなれば、コイントスの後、モスの妻に迫った賭の結果がどうなり、彼女の生死がどっちに転んだのだろうということだ。男である雑貨屋のオヤジは結局、答えたけれども、モスの妻は答えたのか答えなかったのか。相手が答えなければ、シガーのルールでどうなるかは、映画の序盤での雑貨屋のオヤジのエピソードでも示されてはいない。怯えであれ、意志であれ、彼女が断固として答えなかったら、深々と椅子に腰を下ろしたまま、相手が答えるまで威圧するのがシガーのルールでありプライドのような気がしてならない。だが、それでも彼女が答えず即ち賭に負けはせずに、あるいはコインの裏表を当てて賭に勝ったのに、彼女を殺したとすれば、シガーはルールを破ったことになる。もしまた、彼女が賭に勝ったことで命を奪わなかったとしたら、その点ではルールに則ったにしろ、足のつく可能性のある目撃者は必ず始末してきたルールを破ってしまうことになる。殺しても殺さなくても、シガーが自分の立てたルールを破ったことになるのであれば、何も彼女の答えや生死を画面に映し出すまでもなく、彼がモスの妻にコインの裏表を当てさせる場面だけで充分というわけだ。そう考えると、もしかするとシガーの見舞われた不慮の激突事故というのは、彼が初めてルールを破ってしまったことを暗示していたのかもしれないという思いが湧いたりした。コーエン作品なれば、きっと作り手側からの答えというものを何らかの形でロジカルに仕込んであるように思うからだ。 しかし、ここでハタと困ったのは、彼女がコインの裏表を答えたうえで外れて賭に敗れてしまった場合には、シガーは彼の立てたルールを破らずに済むという可能性が残っていることに気づいたからだ。そうなると、もう他に僕には思い当たるところが見つからない。ちょっと残念だ。そういうことからすると、作り手の仕込みではなく、受け手としての僕の趣味ということになるのかもしれないが、僕は“モスもシガーも女で計算違い”という話にしている気がした。だから、シガーの交通事故をそのように受け止めたりするのだろう。 参照テクスト:mixi&掲示板談義編集採録 | |||||
by ヤマ '08. 5.27. TOHOシネマズ1 | |||||
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