『MAZE~マゼ[南風]』
監督 岡田 主


 リセットの効かない人生というものには、取り返しのつかないことが付き物なのだが、かつてのそのときそのままの形ではないけれども、取り戻しということでは、取り戻せるものだという気が僕はしている。この作品は、人によっては、思わぬ事故で両親を亡くして一人生き残ったうえに、難病の再発に苦しんだ少年裕太(大沼健太郎)を描いた悲しい物語という受け取り方をするのかもしれないが、僕にとっては、両親共々本当は一家三人で死んでいたはずの少年が、母親好子(井上晴美)にまつわる悔恨の取り返しがつかなくなっている二人の男、弦次郎(蟹江敬三)と誠治(北村一輝)に“取り戻し”を果たさせるべく、まるで好子の遺志によって束の間の命を吹き込まれ、故郷の漁師町に遣わされたかのような寓話の趣を湛えて映ってきた。それは、やや類型的だとは言え、少年の難病もの映画らしからぬ無骨な男気が画面に満ちていたからだという気がする。

 そこのところが思いのほか目新しく、その一番の功績は、老壮二人の男を演じていた蟹江敬三と北村一輝にあるとはいえ、さすがは岡田主の脚本・監督作品だという気がした。本作が監督作品三作目の岡田主の映画を、僕は監督デビュー作の『実録ヒットマン~妻 その愛~』('02)しか観てないのだが、お話はともかく、映像センスのよさが印象に残ったような記憶がある。そのときは、ヤクザ映画なのだから当然という気がして特に注目もしなかったのだが、“男気へのこだわり”は、この作品の舞台でもある地元高知の生まれで、現在もなお高知を在所の一つとしているらしい岡田監督の気質なのかもしれない。この土佐の地にはそういう奴が確かに多い。沽券や意地にこだわる稚気を手放さず、洗練などには敢えて背を向けて突っ張る無骨さに憧れるようなところがあって、岡田監督と同郷・同世代の僕自身も気質的には無縁ではなく、苦笑を誘われるところだ。

 弦次郎や誠治のような男は、殊のほか“取り戻し”などということが苦手だ。弦次郎は、娘の好子にばかり非があるわけではない事情を察しつつも、幼い時から我が子同様に可愛がり、自分を継いでくれる若衆漁師としては頼もしく見守ってもいたであろう娘婿の誠治の手前、娘が他の男の元に走ったとなれば、自分にとって最も辛いことであればこそ勘当せずにはいられないわけで、加えて一旦勘当したからには頑なに貫くことを止められない男なのだ。幼く拙い字で「たむらよしこ」と署名された、家族を描いたクレパス画を大事に取ってあるくせに、幼子を抱いて帰郷した娘にホースの水を浴びせて追い返し、裕太の手術で不安に駆られて電話してきても二度とかけてくるなと撥ねつけていた弦次郎には、あのような形での裕太との邂逅がなければ、孫を介した娘の“取り戻し”は、生涯訪れなかったのではないだろうか。

 誠司にしても、自分が深酒で辛い思いをさせて別れてしまった好子の遺児裕太が不幸な境遇で現れたことでの親代わりを果たそうという意志を固めるといった手掛かりが得られなければ、好子との離婚以降ぷっつりと酒を断ち、酒に飲まれる後輩市川(鼓太郎)をしばきはしても、結婚を再度試みる踏み出しなどできもせず、想いを寄せる満里(星野真里)に告白できなかったような気がする。

 裕太は、言わば、そういう無骨な男の元に好子から遣わされた天使のようなものだ。こういう男たちにとって、女性というのは、裕太を遣わした好子がそうであるように、男を優しく見守りつつ手を差し伸べてくれる大きく温かい存在なのだ。裕太にとっての亜弥(尾崎千瑛)がそうであり、市川にとっての登美子(まなか)がそうであり、なかんずく弦次郎にとっての早苗(仁科亜季子)がそうだった。そういう女性たちの大きく柔らかな愛情に見守られたなかで、男たちは、龍一(松田悠太)と裕太がそうであったように、市川と誠治がそうであったように、そして、とりわけ裕太と弦次郎がそうであったように、ゴツゴツとぶつかり合いながら温かいものを通わせていくわけである。

 いささか時代錯誤的で、男にとって少々虫のいい甘えた男女観なのだが、これが観ていて実に懐かしいような心地よさをもたらしてくれる。そして、男たちのゴツゴツしたぶつかり合いが、そこにこそ何か血の通いのような温かさがあるように感じさせてくれる。それは、困ったことに、僕が土佐の地に生まれた男だからなのかもしれない。弦次郎に想いを寄せるスナックのママ早苗の男の包み込み方が、実に温かくさっぱりとしていて素敵で、彼女を演じた仁科亜季子の個性が生きて魅力的に映っていたことが、取り分けそのような思いに僕を誘ってくれたようだ。地元高知を舞台に、地元高知に生まれ育った監督が書いて撮った作品ならではの味わいが宿っていたように思う。また、映画のなかで耳にする土佐弁に対して、これほど違和感が少なかったことも初めてのことで、スタッフ・キャストが高知にじっくり腰を据えて滞在して製作した作品だけのことはあるとも思った。

by ヤマ

'05.11.20. TOHOシネマズ3



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