『ラスト・プレゼント』
監督 オ・ギファン


 一年半ほど前に高知県文化財団がトヨタのメセナ活動を活用して「トヨタ・アートマネジメント講座高知セッション'03 シネマ・マネジメントの挑戦〜公共的な映画事業を立ち上げよう〜」を開催したときのプログラムに、「(プレゼンテーション)公共的な映画事業を立ち上げよう[審査員:長谷川孝治、市村作知雄、堀越謙三、とちぎあきら、藤田直義]」というのがあって、映画センター系の四国文映社が、高知でも“バリアフリー上映会”を立ち上げたいというプリゼンテーションをしたことがある。そのとき市村審査員から「特に映像の見えない方に映画を、なんていうのは、実施される方々の意欲や主旨を否定するものではないけれども、個人的にはピンと来ない。」との発言があり、直ちに長谷川審査員が同調するのを見て、こういう支援プログラムに対するプリゼンテーションの審査員となる人たちの意識の実態でさえこれだから、なかなかユニバーサル・デザイン化は進まないよなぁと思ったものだ。だが、市村氏は、ダンス系の演劇畑の人だからまだしも、長谷川氏は、中世の里なみおか映画祭アソシエート・ディレクターを長年やっているのに、バリアフリー上映会についての見識が全く備わってなかったことには、いささか驚いたものだ。
 映画のほうでは、川崎のしんゆり映画祭や名古屋の福祉映画祭などでも既に長年取り組んできていて、エース・ジャパンの主催する「公共上映ネットワーク会議(現「映画上映ネットワーク会議」)」においても取り上げられたことのあるものだし、ミニシアターとして定期的に字幕朗読上映会を行っているシネ・ヌーヴォの活動は、映画の世界では既によく知られたものになっていると思っていた。
 そんなわけでトヨタの支援は得られなかったが、高知でも始まったバリアフリー上映への胎動が一つの結実を迎えたのが今回の上映会だ。高知バリアフリー映画会実行委員会が発足し、障害者の生活と権利を守る高知県連絡協議会会長の正岡光雄氏が代表となり、既成の点字チラシとは別に、バリアフリー上映会そのものに触れたオリジナルの点字チラシも作成して、車椅子で利用できる会場ということで県ふくし交流プラザを選んで上映会を開催した。上映当日は、手話通訳、字幕、場面解説の副音声ガイド用ヘッドホン、介助係の会場への配置、さらには障碍者のための無料送迎バスの運行も準備されていた。
 各回の上映に先立ち、御自身全盲の正岡氏ほかの実行委員が交代で手話通訳の備わった舞台挨拶を行ったが、同じ会場で同じ時間に同じ空気のなかで一緒に楽しむという“映画観賞の楽しみの原点”を鋭く突いた話をしていたのが印象深い。僕がビデオやDVDでの鑑賞を好まず、スクリーンで観たがる一因もそこにあるわけで、そのためのバリアを少しでも解消することが大きな意味を持つのだと思う。たぶん市村氏や長谷川氏は、彼ら自身の来歴からも、作り手側に留まっている部分が強くて、受け手側に対する思いがなかなか及ばないということなのだろう。
 そんななかで、第一回バリアフリー映画会上映作品に選ばれたのが『ラスト・プレゼント』で、いわゆる障碍者の問題を扱った映画作品ではないところがいい。啓発を意図した映画会ではなく、ともに楽しむためのバリアの解消に努めた映画会なのだから。そして、作品そのものも実にそういう主旨に適った大衆性を遺憾なく発揮していたように思う。僕などはひたすら主演女優イ・ヨンエの魅力を楽しんでいたようなものだ。売れない漫才師の夫ヨンギ(イ・ジョンジェ)の決勝の晴れ舞台を、最後の力を振り絞って観に駆けつけ、夫が綴った二人の愛の軌跡を辿るコント仕立てのステージを見つめながら息を引き取るまでの、独壇場ともいうべき表情演技の場面が素晴らしかった。ジョンヨン(イ・ヨンエ)の表情の綾なす彩りが嬉しく哀しく切なく揺らめき、彼女が回想とともにさまざまな想いを湧き立たせていることが静かに味わい深く伝わってくる。なんとも絶妙だった。
by ヤマ

'04. 7.25. ふくし交流プラザ



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