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『秘密と嘘』(Secrets And Lies) | |||||
監督 マイク・リー | |||||
危ない映画である。人生において秘密と嘘が守り、保証している平穏というものが、いかにありがたいものであるかを、多くの人は、その実生活のなかで、半ば無意識化させるほどに身に染みて知っている。その平穏から踏み出て、傷つくことをも恐れずに人生の真実に立ち向かう蛮勇が、この映画に綴られているような生き生きとした人間関係の再生をもたらしてくれるなどということは、恐らく現実的には希有のことであろう。それが判っていても、シンシアがラストシーンで呟く「人生っていいわね」という一言のリアリティと重みに思わず眩惑されてしまいそうになるだけの力をこの作品は持っている。真似した日にはとんでもないことになりかねないのに、「苦痛を恐れぬ勇気」とモーリスがホーテンスに向けた賛辞が頭にこびりつき、つい自分の人生でもそういう真摯さによって得られるかもしれないものを求めたくなってしまう。これは非常に危ない賭けにつながる誘惑だ。 もっと若いときに観たならば、人生の真実に立ち向かう勇気を蛮勇などと揶揄せずに素直に共感支持できたであろうし、また、そうでないと困りものだが、賭けに破れるリスクのほうが高く、そのときの代償も大きいことがよく判る齢四十にも到れば、とても自らそれを望むことはできそうにもない。シンシアとて、それはそうだったわけで、二六歳の娘ホーテンスが最初の駒を倒さなければ、こうはならなかったはずだ。 それにもかかわらず、観終えた後、この齢にしてつい誘惑にかられたりするのは、この映画に描かれた人物たちの存在感に自然さと親近感が満ちていたからだと思う。演出と演技の見事さが忘れ難い。誰もが指摘するであろう、シンシアとホーテンスのコーヒー・ショップでのシーン以上に印象深かったのは、ホーテンスと出会った後のシンシアの変化である。娘ロクサンヌに疎まれ、弟モーリスも立ち寄らなくなり、自分の存在を必要としていたはずの人々に捨て行かれてしまったように感じていたシンシアが、自分が捨てたはずの娘ホーテンスから、自分の存在を認め、必要とされている手応えを感じさせてもらえたことによって、着るものだけでなく生きる張りといったものが、まるで違ってきていることがよく判る。それまでも、二人の私生児を産み、工場で働くという決して楽な人生ではないなかで、いつも陽気で逞しくけなげに生きてきていた様子は窺えるが、このような溢れんばかりの喜びは、ついぞ見せたことがなかった。そのかけがえのなさを秘密と嘘のうえに構築したままにしておくことができなかったということだろう。 それにしても、顔も見ずに養子に出した子供と母親の肌の色が違っていて、黒人の娘のほうが中流階級で白人の母親のほうが下層階級で、話す英語の発音も違っているという設定は、実に巧みなものだ。意外さが却ってリアリティを強めることに大きな効果をあげている。充実した演技と演出のもたらす説得力とあいまって、このメルヘンティックなドラマにリアルな人生の真実を感じさせる現実感をもたらしている。 | |||||
by ヤマ '97. 7. 9. 県民文化ホール・グリーン | |||||
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