『ネバーエンディング・ストーリー』(The Never Ending Story)
監督 ヴォルフガング・ペーターゼーン


 嘗てSFとかファンタジーとか言われ、今、SFXと呼ばれているジャンルは、いわゆる夢と冒険がそのエッセンスであり、そこに登場するのは、人間の願望の具象化としての美とか憧憬であった。宇宙船とかロケットとかは美しくカッコイイものであり、王子は凛凛しく美男子である。ところが、近年このSFXの世界にこれまでの美とか憧憬といったイメージとは馴染まないものが多々現われて来るようになった。具体的には、例えば『エイリアン』のグロテスクで怪奇なイメージ、『スター・ウォーズ ジェダイの復讐』の猥雑なイメージなどなど。『E・T』や『グレムリン』にしてもそうである。ルーカスにしろスピルバーグにしろ、自分達が子供の頃みて楽しかった、理屈抜きの単純で面白い映画を作ろうとし、成功した。しかし、彼らが現代映画状況に蘇えらせたのは、夢と冒険の世界でも専ら冒険の方においてであって、夢の方は嘗てのような形では蘇えらせ得ていない。SFXの世界を人間の夢と願望ないしは憧憬の具象化として見た場合、現代の作品に怪奇やグロテスク或は猥雑なイメージがおしなべて現われるようになっているというのは、現代人の潜在意識の表出として捉えると興味深いものがある。

 ところで、この作品であるが、そういった現代のSFXものの流れにまさに逆行して、徹頭徹尾あくまで可愛らしくて美しい世界を現出させる。何せドラゴンがまるで縫いぐるみの犬のようにクリクリした眼の可愛らしい顔をしているのである。そのファルコンのみならず、ロック・バイターにしろモーラにしろあくまでユーモラスで可愛らしい。それが却って新鮮なのである。

 イメージとしての「夢」の方で、このように一味違うのであるが、更に物語としての「冒険」の方でも、他のSFXもののように単純ではない。無の侵略によるファンタージェンの崩壊を食い止めようとする話を通じて、人間にとって想像力とか空想ということがどんなに大切なものなのか、またそれを養う年少期の読書がどんなに素晴らしいものなのかを、それを忘れかけている大人、今の教育制度の中で子供達から本を取り上げてしまった大人に対して訴えかけてくる。今まさに直面しつつあるコンピュター革命の時代にあって、人間が人間らしさを失わないで生き延びていく鍵は何処にあるのかといったことを考える上でも示唆に富んだ映画と言える。そういったことからも子供と大人にそれぞれに味のある面白さを与えてくれる。しかし、これは子供から大人までということとは少し違うようである。子供には子供らしい面白さ、大人には大人なりの面白さであるから、子供でも大人でもない中高生には何とも物足りないようである。いみじくも見終った後、母校の制服を着た高校生達がたいしたことなかったとかつまらないという感想を洩らしていた。また、大人でも子供でもない彼ら同様、この作 品をつまらないとか他愛ないとか思うものがいるとするならば、それは現代という時代の持つ、更にはメディアが蔓延させている、毒とかアクといったものにすっかり汚染されてしまった感受性の持主であろう。そういう意味では、感受性が汚染されているか否かの試金石にもなり得る作品なのである。
by ヤマ

'85. 3.20. 宝塚



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