その瞳に映りし者

〜第9話 対立〜

 リリアが来るのをずっと待っていたジュリアンは、雨に濡れて、結局その後…

高熱を出して倒れてしまった…。

ジュリアンが風邪をひいて寝込んでいることを知ったヴィトーは、部屋を訪れると、冷たくこう言った。

「ジュリアン…雨に濡れて風邪をひいたんだって?相変わらずたるんでるな…一体、外で何をしていたんだ」

「あんたには、関係ないだろ…」

ジュリアンは、毛布をかぶったまま背を向けて答えた。

「どうせ、どこかの女と逢引でもしてたんだろ…そんなことだから、寝込むんだ…少しは、自分の生活態度を反省するんだな」

ヴィトーは、ジュリアンに容赦ない言葉を投げると、そのまま部屋を出て行った。

「なんだよ…あの鬼畜…あれが病人に対する態度か…」

ジュリアンは、ヴィトーが去ったあと、そうつぶやいた。

 

そこへヴィトーと入れ替わるように、食事を持ってメイが入ってきた。

「ジュリアンさま…食事をもってきましたよ…少しだけでも食べてくださいね」

「ありがとう、メイ…優しいのはメイだけだよ」

「そんなことないですよ…ヴィトーさまだって、きっと心の中では…」

「あいつが、僕の心配なんてするはずないじゃないか…さっきだって、意地悪なことしか言わないんだから…あの男は、血が通った人間じゃないね!絶対…」

ジュリアンの言葉に、メイも心が痛んだ。

この2人は、一体いつになったら和解するんだろう…。

もしかしたら、ずっとこのままかもしれない…。

「あの…ジュリアンさま…本当は、何処へ行っておられたのですか?あんなに天候が良くなかったのに…」

メイは、疑問に思ってることをジュリアンに聞いてみた。

「内緒…ただの散歩だよ」

「お一人でですか?」

「そう…」

ジュリアンが、誰かに逢いに行ったことは、もう噂になっていた。

メイは、ジュリアンが答えようとしないので、それ以上追求することはしなかった。

 

 ジュリアンが、風邪をひいて寝込んでいることは、リリアの耳にも入ってきた。

ジュディの友達のサラが、ソユーズ家に来て、その話しをしていったからだ。

それを聞いたジュディが、今度はリリアを攻め立てた。

「誰かさんのせいで、ジュリアンさまが風邪をひいたみたいよ…お気の毒だわ…本当にあなたって、疫病神よね」

「……」

「ジュリアンさまったら、なんで雨の中を…どうかしてるわ」

本当にどうかしてるとリリアも思った…。

何故、あの雨の中をずっと、自分が来るのを待っていたのか…。

確かに、約束はしたが…

でもその後、ベアトリスからクラウディアの話しを聞いてるはずである。

なのに、何故それでも敢えて約束を果たそうとしたのだろうか…。

リリアの心の中で、後悔の念がどんどん膨らんでいった。

(ジュリアンに謝らなきゃ…このままでは、私自身が一生後悔する…)

リリアは、誰にも告げずに、一人でジュリアンのお見舞いに行こうとした。

だが行く途中、執事のカイルにばったり出くわした。

「何処へ行かれるのですか、リリアさま…」

「っ!…あの…叔母さまのところへ…」

リリアは、思わず嘘をついてしまった。

「そうですか…気をつけていってらっしゃいませ…」

カイルは笑顔で答えた。

(御免なさい、カイル…)

リリアは、心の中でそう思いながら、シュテインヴァッハ家へと急いだ。

 

 シュテインヴァッハ家に訪れるのは、あの晩餐会以来である…。

リリアを迎えたのは、意外にもヴィトーだった。

「あ…あの、初めまして…わたし、リリア・ソユーズと申します 実は、その…ジュリアンが、風邪をひいて寝込んでいると聞いたものですから…お見舞いに…」

ヴィトーと話しをするのは、これが初めてで、リリアはすごく緊張した。

「あなたが、リリア嬢ですか…はじめまして、わたしはシュテインヴァッハ家の長男、ヴィトーといいます…」

まだ若いはずだが、年齢よりも落ち着いていて大人な印象を受ける青年だと思った。

「ジュリアンの容態は、どうなんでしょう…逢うことは出来ますか?」

リリアは、恐る恐る聞いてみた。

「それが…あいにく彼は、あなたには逢いたくないと言っていて…大変申し訳ないが…」

ヴィトーは神妙な顔をして、そう答えた。

「そうなんですか……そうですよね…だって、わたし彼に対してひどいことをしたし…当然です…」

リリアは、その言葉を聞いて落胆した。

「これ、彼に渡してください…うちの庭に咲いていた花です…綺麗に咲いていたので、少しは心が安らぐかなと思って…」

リリアは、持ってきていた淡いピンク色の花束を渡した。

それを受け取るとヴィトーは、

「わかりました…きっと、彼も喜ぶでしょう…必ず渡しますよ」

と、答えた。

「ありがとう!もうそれで充分です…それじゃ、彼に御免なさいとだけお伝えください! よろしくお願いします」

リリアはヴィトーに頭を下げると、屋敷の外へ出ていった。

「……」

リリアの後ろ姿を見送りながら、ヴィトーは、

(あんな女性もいるのだな…真っ直ぐというか、健気というか…)

と心の中で思った。

 

 ジュリアンは、たまたま窓の外を眺めていた。

すると、リリアが帰っていくのが見えて、驚愕した。

「えっ?!なんで、リリアが…」

ジュリアンは、慌ててリリアに向かって叫んだ。

「リリアーッ!!」

しかし、リリアは気付かなかった。

ジュリアンは、急いで部屋を出て、階段を駆け下りた。

そこで、ヴィトーとバッタリ出くわした。

「兄さん!一体どういうことなんだ…さっきのは、リリアだろ?なんで来ていることを言ってくれなかったんだよ」

「おまえが、病気で寝込んでいるから…彼女には、帰ってもらったんだ」

「なんでだよ…そんな勝手なこと!リリアは、僕に逢いにわざわざ来てくれたんだろ」

ジュリアンは、ヴィトーの言動が理解できなかった。

何故、こんなことをされなければならないのか…。

今まで、抑えていた怒りが一揆に爆発しそうになった。

「もう、あんたにはたくさんだよ!いつもいつも、僕の邪魔をして…そんなに僕が憎いの?

僕のことが許せないわけ?!」

ジュリアンは、ヴィトーに食って掛かった。

しかし、ヴィトーは冷静で、ジュリアンを相手にしようともしない。

「何をわめいているのか…熱がある割には元気だな…おとなしく部屋に戻って、寝ていろよ…」

そんなどこまでも自分を見下したヴィトーの態度に、ジュリアンは我慢できなくなり、さらに怒りをぶちまけた。

「兄さんは、僕に嫉妬してるんでしょ…僕が母上を殺したって言ってたけど…僕は、母上に愛されてたし…父上からも信頼を得ている…

父上は、兄さんにこのシュテインヴァッハ家を任せるのは忍びないと思ってるんだよ…兄さんは、人の情が無さ過ぎるから」

「黙れ!…何も知らないくせに…おまえに何がわかるんだ」

「わかるよ、その位…兄さんみたいな冷たい人は、誰からも愛されないよ!きっと…」

「……っ!」

2人は、睨み合った…。

そのまま、しばらくの間沈黙が続いた…。

そして、ジュリアンがこう切り出した。

「僕は、もう我慢できない…この家を出るよ…兄さんとは、もう一緒には暮らせない」

ジュリアンの突然の言葉に、ヴィトーもこう続けた。

「勝手にしろ…止めたりはしないぞ…」

ジュリアンは、大きくため息をついて、ヴィトーに背を向け自分の部屋に戻っていった。

カイルは、リリアから渡された花束をジッと見つめると…

それをゴミ箱の中に捨てた…。

 

 自分の部屋に戻ったジュリアンは、まだ興奮状態にあった。

あの男とだけは、解り合えない…。

リリアは、いつか解り合えると言っていたけど、絶対に無理だと思った。

自分の荷物を手短にトランクに詰めると、まだ熱のある身体で服に着替え、部屋を出た。

それを見たメイが、慌てて止めたがジュリアンは聞こうとはしなかった。

「ごめん、メイ…僕はもうここにはいたくないんだ…」

「ジュリアンさま…往く当てがあるんですか?そんなお体で出ていかなくても…」

メイは、無鉄砲なジュリアンが心配でならなかった。

「往く当てがあるわけじゃないよ…でも、ここには…あいつのいる所には…今は居たくないんだ…」

そう言って、ジュリアンはシュテインヴァッハ家をトランクひとつで後にした。

ふと、空を見上げると…

昨日までとは、打って変わり…空は雲ひとつなく、どこまでも澄み切っていた…。

 

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