その瞳に映りし者


〜第10話 予言〜

 シュテインヴァッハ家を出たジュリアンは、途方に暮れていた…。

勢いづいて家出したものの、往く宛てなどなかったからだ。

「どこに行けばいいんだろう…」

街角のカフェで、紅茶を飲みながら考えていたが、とりあえずノエルのいる学院の寮を尋ねてみることにした。

父親に呼び戻されて屋敷に帰ってきていたノエルも、晩餐会などが終わるとすぐに寮の方へと戻っていた。

急に訪れた兄にいささかビックリしていたが、

「ジュリアン兄さん!どうしたの?何かあったの…」

と、驚きつつも明るく出迎えてくれた。

「ノエル…元気そうだね…ちょっと顔が見たくなってね」

少し元気のないジュリアンの様子を見て、ノエルは心配になった。

「もしかして、またヴィトー兄さんと何かもめたの?」

鋭いノエルの言葉に、ジュリアンは驚いた。

「さすがはノエルだな…実はそうなんだ…ちょっとしたことなんだけどね」

「でも、また戻るんでしょ…」

ノエルは探るようにジュリアンに聞いた。

「いや…今回は、戻れない…家を完全に出てきたんだ」

ジュリアンの答えに、ノエルは絶句した。

「うそでしょ…えっ…本当に家出しちゃったの?これからどうするつもりなの」

「そうなんだ…先のことなんて考えずに出てきたからね…まあ、なんとかなるでしょ」

「なんとかなるって…相変わらずジュリアン兄さんは無鉄砲だよね」

後先考えず行動するのは昔からだが…

今回ばかりは、さすがのノエルもお手上げな感じがした。

 

 気持ちを切り替えるつもりで、ノエルは晩餐会やその後のことを話し始めた。

「晩餐会では、シュテインヴァッハ家の綺麗な姉妹と出逢えたし、楽しかったね…

それからその後、2人を屋敷に招いて…残念ながらリリアさんは不在だったけど…

でも普段知り合えない人たちと遊べたりして良かったよね」

ほんの少し前の出来事だが、ジュリアンにとってはその短い間に色々なことがあって、

とても遠い昔のような感じがした。

「ジュディさん、どうしてるかな…気が強そうだったけど、可愛い人だったなぁ」

ジュリアンは、懐かしそうに目を輝かせるノエルを見て…

「ノエルは、もしかしてジュディのことが好きだったのか?」

と唐突に聞いてみた。

「っ!…ち…違うよ!そんなんじゃないよ…だってほら、リオンとかがアプローチしてたし…僕は別に」

しどろもどろになるノエルを見て、ジュリアンはクスッと笑った。

「何がおかしいの!そこ笑うとこじゃないから…」

ムキになるノエルが益々おかしくて、ジュリアンは声を出して笑った。

思えばこんなに心から笑ったのは、どのくらいぶりだろう…。

「ハハハッ…あ、ごめん…人の恋路を笑うものじゃないよね…僕も笑えないことやってるし…」

「ジュリアン兄さんも女性のことで、何かあったの?」

「ある女性に振られたんだよ…見事にね」

「ジュリアン兄さんを振る人もいるんだね…誰なの…もしかしてリリアさんとか」

何て鋭い弟なんだとジュリアンは感心した。

「我が弟は、実に鋭い感性をもっておられる…兄として誇りに思うよ…もうそのことには触れたくないけど…」

「なんか嫌味っぽいね…僕も人の痛い部分にはあまり触れたくないしね…この話しはこれ以上聞かないことにするよ」

ノエルは、兄を気遣ってそれ以上は聞かなかった。

「ありがとう、ノエル…本当に嫌味とかじゃなく…おまえは僕の自慢の弟だよ」

ジュリアンは、ノエルを優しくみつめた。

 

 しばらくの間、思い出話などをしていたが、面会の終了時間が来てしまった…。

「そろそろ、帰るよ…色々ありがとう…お陰で少し気分がスッキリした」

「僕こそ楽しかったよ…で…これからどこへ行くつもりなの?」

「う〜ん、そうだな…父上の所へでも行ってみるよ」

「うん、わかった…父上によろしく言っといてね!兄さんも元気で」

2人は手を振り合い別れた…。

 

 寮を後にしたジュリアンは、父セルゲイの住んでいる所を目指した。

この国の中心にある住宅街に、セルゲイと恋人のクロディーヌの愛の住処があった。

勿論、初めて訪れるジュリアンは、正直緊張していた。

突然の息子の訪問に父は何て言うだろう…。

追い返されるかもしれない…。

そう思いながら、地図を片手に家を訪ねて歩いた。

ようやく訪ね歩いて、セルゲイの家に辿り着いた…。

「あった!ここだ…」

ジュリアンは、勢いよく戸を叩いた。

「どちらさま?」

すぐにある女性が戸を開けた。

セルゲイの恋人、クロディーヌである。

「あ…あの、初めまして…僕、ジュリアンです…急に訪ねてきて御免なさい」

「まあ、あなたがジュリアンなのね!セルゲイからいつも聞かされてるわ…さあ、どうぞ…中に入って」

クロディーヌから促されて、ジュリアンは家の中へ入った。

シュティンヴァッハ家に比べると、さすがに見劣りするが…

それでも清潔感の漂ういい雰囲気の家だと思った。

置かれてる家具などもクロディーヌのセンスのお陰か、とても部屋にマッチしていた。

(ここが、父と彼女の愛の巣か…)

ジュリアンは、部屋を見渡した。

「どうぞ、座って…セルゲイは外出しているの…すぐ戻ってくると思うわ」

そう言ってクロディーヌは、キッチンの方へお茶を入れに行った。

「おかまいなく…本当に、突然尋ねてきてすみません」

「何か心配ごとでもあるんじゃないの?顔色も悪いわよ…」

「……」

クロディーヌは、手際よくお茶を入れるとお菓子と一緒にテーブルに持ってきた。

それを置くと、突然ジュリアンの顔をマジマジとみつめた。

「あの…どうかしましたか?」

あまりにジッとみつめるので、ジュリアンは不安になり尋ねた。

「私ね…人の未来が見えるのよ…」

「えっ!…それって、あの…」

「あなた…今、とっても大きな問題を抱えているわね…隠してもわかるわ…ちょっと両手を貸してね」

クロディーヌは、ジュリアンの両手をとり、自分の手を重ねた。

そしてゆっくり目を閉じて何か呪文のようなものを小さくつぶやいた…。

少し怖くなったジュリアンは、何も言わずに息を殺した。

しばらくして、クロディーヌが話し始めた。

「怖がらせて御免なさいね…以前からあなたの事をセルゲイから聞いていて、心配はしていたのよ…お兄様とうまくいってないのでしょ」

一体、父は彼女にどこまで自分のことを話しているのだろうか…。

ジュリアンは、何でも見抜くクロディーヌの言葉に困惑した。

「兄のヴィトーとは、以前から粗利が合いません…今回もそのことが原因で…」

「つまりは、家出してきたのね…いいのよ、気の済むまでここにいて…セルゲイだって追い返したりしないと思うわ」

笑顔で答えるクロディーヌを見て、ジュリアンは少し安堵した。

「すごいですね…未来が見えるなんて…昔からですか?」

「そうね…子供の頃からよ…初めは自分でもどうしてなのかわからなかった…すごく気味が悪かったわ…でも、今ではそれを利用して、たまに人を占ってるのよ…結構喜ばれてるわ」

明るく話す気さくなクロディーヌを見て、ジュリアンはいい人だと思った。

「父とは、その…」

「出逢いはね…同じカフェを利用してたの…あの人は、ちょうど奥様を亡くされた後で、とても意気消沈していて…そんな彼に私から声をかけたのよ」

初めて聞く二人の馴れ初めに、ジュリアンは少し興奮した。

母を亡くして落ち込んでいた父は、彼女によって救われたのだろうか…。

それを考えると、クロディーヌの力は凄いものだと思わずにはいられなかった。

「ところで…こんなことを言うのは酷だけど…あなたのこと、これから話してもいいかしら…」

「ええ…どんなことでも聞きます…どうぞ正直に話してください」

ジュリアンは覚悟を決めたように、クロディーヌを見据えた。

「近々、あなたのとても親しい人に不幸が訪れるわ…」

「えっ?!…」

「あなたは大切な人を失うわ…残念だけど…そうゆう暗示が出てるのよ」

クロディーヌの突然の告白に、覚悟はしていたもののジュリアンは震えた。

「それは…防げないんですか…」

「たぶん、無理だと思う…これは運命なの…人には変えられる運命もあるけれど…あなた自身が、ここまで生きてこられたのも実は奇跡で…本当はもうとっくに子供の頃に亡くなっててもおかしくなかったのよ…その人はあなたの代わりにいなくなるのよ」

説得力のあるクロディーヌの言葉に、ジュリアンは絶句した。

(防げないだなんて…信じたくない…第一、大切な人って誰のことなんだ…まさかリリアなのか?僕のせいで、リリアは死ぬのか)

ジュリアンは、深く考えこんでしまった。

「昔、子供の頃…僕は身体が弱く…よく熱を出してました…その度に母を心配させて…あるとき流行風邪にかかって連日高熱が出て…肺炎を併発して…医者からはもう長くないとまで言われたんです…でも、奇跡的に助かって…」

ジュリアンは、記憶をたどるように、過去のことを静かに話し始めた。

「あのとき…つまり、僕は本来なら死んでいたということなのですか?今の僕は奇跡的になんらかの力によって生きていると…」

「そういうことになるわね…もしかしたら、お母様が守ってくれてるのかもしれないし…」

落ち込むジュリアンをクロディーヌは、優しく抱きしめた。

「たとえこれから、何が起ころうとも…それはあなたのせいじゃないの…決して、自分を責めたりしないでね…あなたはとっても繊細な人で、それ故に人一倍傷つきやすいとセルゲイが言ってたわ…セルゲイは、あなたをとても大切に思っているのよ…そのことを忘れないで」

「……」

ジュリアンは、そっと目を閉じた。

 

 しばらくして、外出していたセルゲイが帰ってきた。

ジュリアンが来ていることにとても驚いた様子で、

「一体どうしたんだ、ジュリアン…またヴィトーともめたのか?」

と、上着を脱ぎながら尋ねた。

それを遮るようにクロディーヌが、こう言った。

「だいたいそうゆうことよ…しばらく滞在するみたいだから、そのつもりで」

「おいおい…私がいない間に、すっかり話しはまとまってるようだな…クロディーヌがそういうなら、そうなんだろう…ジュリアン、部屋は空いてるからゆっくりしていくといい…」

父の優しい言葉に、ジュリアンは小さく頷いた。

「ありがとう、父上…恩にきます」

「水臭いな、おまえも…親子じゃないか…遠慮することはないよ」

セルゲイは、明るくジュリアンにこう言った。

セルゲイとクロディーヌの放つ空気感が、ジュリアンにとってはとても居心地よく感じられた。

 

 その晩、ジュリアンはベッドに入って色々と考えてしまい…眠れずにいた。

これから自分がどうなっていくのかと思うと、いてもたってもいられなかった。

クロディーヌの予言が、どのくらい当たるものなのか解らないが…

なんとなく、その言葉からは逃れられないような気がした。

果たして自分にとっての大切な人というのは、リリアのことなのか…

それとも、親族関係のことなのか…。

どちらにせよ、クロディーヌは防げないと言っていた。

でもジュリアンはその運命をどうにかして、回避する努力をしたいと思った。

そしてジュリアンは、強く目を閉じ…

夜は深く静かに更けていくのであった…。
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