その瞳に映りし者

〜第3話 或る朝の出来事 前編〜

 昨日の夜は、あまり眠れなかった…

リリアは、眠い目をこすりながら、ベッドから起き上がった。

カーテンから差し込む、朝の光が眩しい…。

「今日から、ソユーズ家での生活が始まるんだわ…」

リリアがそうつぶやいたとき、突然ドアをノックする音がした。

「お嬢様、おはようございます!」

ハツラツとした声で、ナディアが部屋に入ってきた。

「お…おはよう、ナディア」

「昨晩は、良く眠れましたか?」

「う〜ん…正直、興奮してて、あまり眠れなかったわ」

リリアは、生あくびをしながらそう答えた。

「そうですか…それは、残念です。ここでの生活に慣れるまで、大変でしょうけど、

わたしはお嬢様の味方ですからね!

ささっ、朝食の準備が出来てますので、お洋服に着替えて、リビングに参りましょう」

ナディアは、テキパキとした慣れた手つきで、着替えを手伝い、髪を整えていった。

「ねえ、ナディア…私、本当に歓迎されてるのかしら…」

リリアは、思わずナディアに昨日から疑問に思っていたことを聞いた。

「…お嬢様 ジュディさまのことは、気にしないほうがいいですよっ。ジュディさまは、時々ああゆう辛らつなことを言うんです…

あっ、今言ったことはナイショでお願いしますね」

ナディアは唇に手をあてて、リリアを気遣うようにそう促した。

リリアには、ナディアの何気ない優しさがうれしかった…。

 

 リリアがリビングに向かうと、そこには既に食事を済ませた面々が座っていた。

昨日、顔を合わせた叔母のベアトリスも一緒だった…。

「あの…お…おはようございます!遅くなって御免なさい。少し寝坊してしまって」

リリアが言い終わらぬうちに、ジュディが席を立ち上がった。

「叔母様、わたくしこれで失礼しますわ」

リリアの前を、長い髪をなびかせてジュディは去っていった…。

「…っ!」

リリアは、何も言うことが出来ずに、その場に立ち竦んだ。

それを見て、ベアトリスが席に座るように促した。

「…私、どうやら、彼女に嫌われてるようですね」

席に座りながら、リリアはベアトリスに尋ねた。

「あら、気にすることないわよ…ローズも言ってたでしょ?あの子は、わがままな所があるのよ 

それより、あなたこれから覚えること沢山あって大変よ〜」

ベアトリスは、身を乗り出して、リリアに話しかけた。

「あとで、書物をいっぱい届けるから、全てに目を通してねっ…

あなたには、これから専属の家庭教師が付いて、とことんソユーズ家の令嬢にふさわしい教育が施されるから、そのつもりでいてちょうだい」

「あっ…あの、待ってください!家庭教師が付くんですか?それって、今日から?」

「当然です・・・こうゆうことは、早いほうがいいんですよ さっそく今日から、始めましょうね」

楽しそうに話すベアトリスを見て、リリアは小さくため息をついた。

 

 朝食のあと、寝室に戻ると、すでに先ほどベアトリスが言っていた書物がドッサリとテーブルの上に置かれていた。

「うわっ!・・・なに、この量…嘘でしょう〜!!」

リリアは、その余りの量にいささかゲンナリした・・・。

少しは、学校にも通い勉強もしてきたが、歴史や哲学に関してなど、なんの知識も持っていない…

ましてや、ソユーズ家代々の当主の歴史などリリアにとっては、どうでもいいことなのである。

・・・と思いつつも、何もしないワケにもいかないので、パラパラっとページをめくり始めた…。

「・・・ね…眠い・・・睡魔が襲う」

難しい文章を読むと、どうしても眠くなってしまう。

それには、抗えないリリアであった。

・・・と、次の瞬間ドアがバ〜ン!と開いて、突然、いかにもな眼鏡の紳士が入ってきた。

「おはようございます、いい朝ですね!わたしは、ロベルト・オーウェン あなたに数学を教える者です 

さあ、始めましょうか!おや、眠っていたのですか?まだこんな時間ですよ〜起きて起きてっ」

「…ハァ〜」

リリアは、その紳士のハイテンションぶりに、深いため息をついた・・・。

 

 しばらくの間、次から次へと、専属の家庭教師が入れ替わり訪れ、しまいには声楽やダンスの講師までもが、屋敷を訪問した。

ベアトリスのスパルタ教育は、大変なもので、リリアが悲鳴をあげるほどの気合の入れようであった。

 

 ある日、さすがに休養が欲しいと思ったリリアは、思い切ってこう言った。

「あの〜叔母様・・・たまには、一日オフな日があってもいいのではないでしょうか

私、結構この数日間がんばったし…ご褒美として」

「何言ってるの、あなた・・・若いのに休養ですって?甘ったれるんじゃありませんよ!

まだまだ、たっくさん覚えてほしい事があるんですからね 時間が足りないぐらいですよ それなのに褒美ですって?そんなこと、10年早いですよ、まったく」

相変わらず口が減らない叔母である…。

だが、今回はさすがのリリアも負けていなかった。

ここで少しは反論しておかないと、あとでどうなるか知れないからだ。

この叔母に全て実権を奪われてしまいかねないと、リリアは危機感を感じていた。

「叔母様だって、少しは私から離れて、他のことがしたいでしょう…ジュディのことだって気になるでしょうし… 

私は、もうだいぶここでの生活にも慣れてきたので、大丈夫ですから」

「あなた…私がやってることをいらぬお節介だと思ってるんでしょ!なんてことでしょう…

私がこんなに病弱な母親に代わって、面倒をみてあげてるというのに…恩を仇で返すようなこと言うなんてっ」

突然、ベアトリスはリリアの前で泣き崩れた。

「…お・・・叔母様」

さすがに言い過ぎたのかと反省したリリアは、叔母を気遣い、こう言った。

「ごめんなさいっ…わたし、ただ少しだけ外の空気も吸いたいなぁって思ったものですから…」

その様子をみて、急にベアトリスは起き上がり、

「ま…いいでしょう わかりました…今日、一日だけ自由になさい」

そう言って、部屋を出ていった。

「あ…ありがとうっ!叔母様っ」

リリアは、突然の叔母の言葉に、歓喜の声をあげた。

 

 リリアには、自由な時間が出来たら是非行ってみたいところがあった…。

それは、広大な敷地の中にある馬が放牧されている場所だった。

外の空気は、さすがにおいしいものだ…。

特に、ずっと部屋に缶詰になって勉強ばかりしてきたので、それは尚更であった。

ぐっと両手を高く上げて、背伸びをしてみた。

身体には風を感じ、目を閉じると鳥のさえずりも聞こえてきた…。

「気持ちいい〜っ!」

リリアは、小走りになって庭を抜け、目的地までドレスの裾が汚れるのも気にせず、

一揆に駆け抜けていった…。

 

 しばらくして、放牧されている馬が数頭みえてきた…。

「いたいたっ!やっぱり、すごいわっ…もっと近くに行ってみよう」

好奇心で、リリアは危険も顧みず、馬の傍に寄ってみた。

「なんて、綺麗なたてがみなのっ…太陽に照らされてキラキラしてる」

リリアが、思わず触れようとした瞬間…

「おやめなさいっ!あなた、馬の扱い方知らないんでしょ?」

甲高い声で、誰かが叫んだ…。

その声に、ビックリしてリリアが振り返ると、そこには白馬に乗ったジュディがいた。

「…ジュディ」

「馬は、デリケートだから、慣れない人間が触ったりすると、興奮して暴れるのよ

乗馬なんて、したことないんでしょ?だったら、触らないで」

そう言うと強いまなざしで、リリアを睨んだ…。

「ごめんなさい、つい好奇心で…わたし、馬を見るのも初めてで…ここに来たとき、馬が放牧されてるのを見て、ぜひ間近で見てみたかったの」

そんなリリアを、ナディアはジッとみつめ、何を思ったのかこう答えた。

「ふ〜ん…そんなに、興味があるのなら、乗ってみる?」

「えっ!乗っていいのっ?!」

リリアは、興奮したように目を輝かせた。

「特別に許可するわ…」

ジュディに促されて、リリアは気を許したのか、大胆にもドレスのまま先ほどまでジュディが乗っていた白馬に跨った。

「ちゃんと手綱を持ってないと、危ないわよ」

ジュディは、何かを企んでるかのように微笑んだ…。

「さあ、お行きなさいっ!どこまでも遠くへね」

リリアは、突然白馬の尻を鞭打った。

「ちょっ…ちょっと待って!わたし、まだ無理だからっ!」

リリアが言い終わらぬうちに、驚いた白馬は興奮したようにいなないて、草原を走り始めた。そして、リリアの悲鳴と共に遠くに消えていった…。

「さようなら…リリア」

ジュディは、姿が見えなくなったリリアにむかって、小さく手を振った…。
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