その瞳に映りし者

〜第26話 決闘〜

 

  あの日は、朝から雨が降っていた…。

黒い柩が、沢山の人々の群れの中を墓地まで運ばれていく。

人々は、皆涙にくれていた…冷たい雨の中を黒い葬列が続く…。

あの時と同じだった…そう、最愛の母が亡くなったあの日と……。

 

 あまりにも若くして亡くなってしまったノエルを悼む人々が、大勢参列した。

ベアトリスもその一人だった。

「まさか、こんなにあっけなく亡くなるなんて、思ってもいなかったわ…ついこの間まで、あんなに元気だったのに…命って、本当に儚いものだわ…」

叔母の言葉は、どこか他人ごとのように聞こえた。

「亡くなった母親と同じ病だったというのも、皮肉なものよね…そういえば、あの時も葬儀に参列したけど、こんなふうに雨が降っていたわ…」

リリアは、小声で話しかけてくる叔母の話を、ただ黙って横で聞いていた。

「やっぱり原因はジュリアンかしら…あの人が絡むとどうも、シュテインヴァッハ家は、運に見放されたようになるのよね」

突然の叔母の言葉に、リリアは反論した。

「叔母さま…ジュリアンは、このことには関係ないでしょう…言葉を謹んでください」

「あら、御免なさい…言い過ぎたかしら…でもね、リリア…あなた、噂に聞いたけど…ヴィトーさまに結婚を申し込まれたのですって?凄いじゃないの!…彼だったら、きっとあなたもソユーズ家も幸せにしてくれるに違いないわ…ジュリアンより、ずっと結婚相手として相応しいわよ」

叔母の無神経な言葉に、リリアは即答した。

「私、ヴィトーとは結婚しません…叔母さま、こんな所で、その話は不謹慎でしょう…」

「ええ、そうね…今は、ノエルの冥福を祈りましょう」

ベアトリスは、前に向き直って、小さく頷いた。

 

 神父が祈りの言葉を捧げた後…人々は、ノエルに最後の別れを告げながら、花を次々に柩に投げ入れた…。

(ノエル…天国で安らかに…)

ジュリアンも、ノエルに別れを告げ、静かに白い薔薇の花束を投げた。

参列した者から、嗚咽の声が聞こえてきた。

雨は、葬儀中ずっとやむことはなかった……。

 

 葬儀が済んだ後、ヴィトーは人々の合間をぬって、リリアに近寄ってきた。

「リリア…今日は参列してくれて、ありがとう…ちょっといいかな…」

突然ヴィトーに呼び止められて、リリアはビックリした。

「すみません…リリアをお借りします」

ベアトリスは、ヴィトーから会釈され、浮き足立った。

「どうぞどうぞ…お二人で、遠慮なく話し合って…」

ヴィトーは、なかば強引にリリアの腕を掴んで、森の中へ消えていった。

その姿をうっとりと眺めていたベアトリスに、突然ジュディが声をかけた。

「叔母さま…どうかなさったの…これからシュテインヴァッハ家で、近親者が集まってノエルを偲ぶ会をすることになってるのだけど…叔母さまも参加する?」

「ええ、そうね…でもそれより…あの二人、一体どうなっているの…なんだかとっても気になるんだけど…」

「あの二人って…」

ジュディは首をかしげた。

「勿論、リリアとヴィトーさまのことよ…さっき、二人で向こうにいったの」

ベアトリスの言葉に、ジュディは驚いた。

「お姉さまがヴィトーさまと…?」

「きっと、ヴィトーさまは彼女にプロポーズする気なのよ…ああ、これでソユーズ家も安泰ね!」

「叔母さま…お姉さまには、ジュリアンというれっきとした恋人がいるのよ…ヴィトーさまの申し出を受けるわけないじゃないの」

「ジュディ、あなたは現状がわかってないわね…ソユーズ家は今やヴィトーさまの後ろ盾があってやっともってるようなものなんだから…いわば、彼は救世主なのよ…この機会を逃す手はないわ」

ジュディは、意気揚々と話すベアトリスを見て、なかば呆れた。

 

 シュテインヴァッハ家では、既に会が始まっており、ジュディは一度椅子に腰掛けたが、どうしても不安な心を打ち消せず…再び立ち上がってダニエル達と話をしているジュリアンに近付いていった。

「ジュリアンさま…ちょっと…」

ふいに声を掛けられたジュリアンは、振り返った。

「どうしたの、ジュディ…そんな不安そうな顔をして…」

「実は、あの…さっきヴィトーさまがお姉さまを連れて、森のほうへ…少し気になったものだから…伝えておこうかと思って…」

「なんだって!…兄さんとリリアが…?」

ダニエルとリオンは、お互い顔を向き合わせた。

「ジュリアン、行ったほうがいいんじゃないか…どうということはないと思うが、何かあったら後々問題だし…」

ダニエルの言葉に後押しされ、ジュリアンは深く頷いて外に出ていった。

 

 墓地の奥深くには、青々とした森が続いている……。

静かなこともあって、ここは恋人達の憩いの場所ともなっているのだ。

雨は、いつの間にか止み、雲間から光が差し込んでいた。

「ヴィトーさま…お話って何…」

「リリア…こんな時に言うのもなんだが…いや、こんな時だからこそ…伝えておきたいんだ…」

ヴィトーの真剣な表情に、いつもとは違う何か強い意志のようなものを感じたリリアは、そこから動けずにいた。

「わたしは、いずれシュテインヴァッハ家を正式に継ぐ…屋敷を安定させるためには、家族が必要だ…そう、一緒に生きていく伴侶がね…」

ヴィトーの言葉に、リリアはハッとした。

「今までもそのことを考えてきたけど…ずっと巡り合えずにいた…だが、やっとこの人だと思える女性に出逢えたんだ…それが君なんだ、リリア」

ヴィトーは、真っ直ぐリリアを見つめた。

リリアは、情熱的なヴィトーの瞳に、目を背けることが出来ずにいた。

「ヴィトーさま…でも、わたしには以前も言ったと思うけど、他に好きな人が…」

「それは、充分承知だよ…だが、私は彼に負ける気がしない…今だからこそ言うが、あの男は君に相応しくない…彼は、疫病神だよ…人を不幸に陥れる…わたしは、君を不幸にしたくないんだ」

ヴィトーは、思い悩んでいるリリアの細い腕をグッと掴んだ。

「ヴィトーさま、痛いっ…」

「リリア、どうか…わたしの妻になってくれ…必ず幸せにするから」

「でも、ヴィトーさま…」

リリアは、ヴィトーの鋭い眼光に射抜かれて、恐怖さえ感じた。

「あなたは、きっと…ノエルのこともあって、気持ちが混乱しているのよ…もう少し落ち着けば、きっと考えも変わるわ」

「わたしは、変わらない!…一度決めたら、意志は曲げない」

ヴィトーは、リリアを強く抱き締めた。

「ヴィトーさま…!」

「何をしてるんだ、兄さん!彼女から離れろ」

ジュリアンの叫ぶ声が響き渡った。

 

 一方、ジュリアンを見送ったダニエル達は、ずっと黙ったまま座っていた。

だが、一向に戻ってこないジュリアンやヴィトーに、いささか不安を感じ始めていた。

「なんだか、あの二人心配だな…何事も起こらなければいいけど…以前から、あまり兄弟仲が良くなかったからな」

ダニエルの言葉に、ジュディとリオンは頷いた。

「だけど、僕たちに何が出来る?…ノエルだって、ずっと二人の関係を心配していたけど…長い間の確執がすぐに解消されるとは思えないし…」

リオンは、暗い表情でそうつぶやいた。

「でも、今回リリア嬢が関わってるわけだろう…問題はより深刻だよ…ジュディ嬢、リリア嬢がヴィトーに心変わりするってことはないんだよね…」

ダニエルの言葉に、ジュディは首を横にふった。

「絶対にないと思うわ…姉は、とっても一途なの…ジュリアンさま意外の人とだなんて、考えられないわ」

「そうだよ…ソユーズ家の女性は皆純粋なんだ…ダニエルが考えてるようなことは、絶対にないね」

リオンの何気ない言葉に、ジュディは動揺した。

(私は、この人を裏切っている…彼は、わたしのことを純粋だと信じて疑わないのに…)

ジュディの顔色が一瞬変わったことに気付いたリオンは、心配そうに訊ねた。

「どうしたの、ジュディ…なんだか、顔色が悪いよ…」

「あ…御免なさい…ちょっと疲れが出たみたい…わたし、これで失礼させて頂くわ…」

ジュディは、椅子から立ち上がった。

「そうだね…屋敷に帰ってゆっくりと休んだほうがいいよ…送ろうか」

「いいえ、大丈夫…叔母さまと一緒に帰るわ…それじゃ…」

ジュディは、送ろうとするリオンを遮って、慌てたようにベアトリスのほうへ向かった。

「彼女、急にどうしたんだろう…僕、何かおかしなこと言ったかなぁ」

リオンは、ダニエルのほうを見て訊ねた。

「さあな…乙女心は理解不能だ…」

ダニエルも首をかしげた。

 

 ベアトリスと一緒に馬車に乗り込んだジュディは、ずっと自問自答していた。

(このままでいいのかしら…リオンに本当のことを告げなきゃ…でも、そうすれば、きっとソユーズ家は大混乱する…ただでさえ、お母様の心労は計り知れないのに…一体どうしたらいいの…どうしたら、全てがうまく解決するの)

隣で、ジュディの様子を見ていたベアトリスが声をかけた。

「ジュディ…あなた、さっきから様子が変よ…一体どうしたというの」

「何でもないの、叔母さま…ただ、葬儀に参列して、疲れが出ただけよ…心配しないで」

ジュディは、馬車の窓から外を眺めた。

(お姉さま…あなたなら、どうする…どう決断するの…)

 

 森の中には、眩しいくらいの光が差し込み…空には虹がみえた。

リリアを奪いかえしたジュリアンは、ヴィトーを強く睨んだ。

「あんたは、いつもそうだ!…なんで、こんなことをする…僕のことが憎いならそれでもいい…だけど、これ以上彼女に負担をかけないでくれ」

「負担をかけてるのは、おまえのほうだよジュリアン…」

ヴィトーは冷静に、そう言った。

「どういう意味だ…」

「ノエルも母上も…皆、おまえのせいで死んだ…おまえが関わると、いつもシュテインヴァッハ家に災いが起こる…できれば、永遠に縁を切りたいくらいだ」

ヴィトーは、天を仰ぎ見るようにして、そうつぶやいた。

「いっそ、おまえがノエルの代わりに死んでくれていたらと思うほどだよ…」

ヴィトーの憎悪を剥き出しにした言葉に、リリアはゾッとした。

(この人は、冷静な顔をして、なんて怖ろしいことを言うのだろう…ジュリアンを憎むことが、彼にとっての存在意義のようにさえ感じるわ)

「僕が死んだら、あんたはさぞかし満足だろうね…ああ、僕だってノエルの代わりが出来るものならそうしたかった…だけど、無理だ…今の僕には守りたいものがある…だから、今は死ねない…」

ジュリアンは、静かにリリアを見た。

「ジュリアン……」

リリアも、ジュリアンを強い眼差しでみつめた。

二人の強い絆を感じ取ったヴィトーは、強く目を閉じた。

(この二人を、引き裂く手立ては他にないというのか…)

そして、再び目を開き、こう言った。

「決闘しよう…ジュリアン」

「え…今、なんて…」

ジュリアンは、我が耳を疑った。

「決闘しようと言ったんだ…おまえとわたしが決着つける為には、もはやこの方法しかない…三日後のこの時間…この場所で…受けてくれるな」

ヴィトーのあまりにも狂気めいた言葉に、ジュリアンは驚愕したが…

それほどまでに、追い詰められているのかと思い…こう返答した。

「わかった…受けてたつよ、兄さん…」

あまりの驚きにリリアは言葉も出ず…ただ、呆然と二人の姿を見ていた。
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