その瞳に映りし者

〜第27話 奇跡〜

 

 ヴィトーとジュリアンが決闘するという話は、すぐに街中に広まった。

リリアは、すぐにやめるようジュリアンに懇願した。

「ジュリアン、お願い!…こんな馬鹿なことはやめて…ノエルが亡くなったばかりじゃないの…お父様だって、お悲しみになるわ」

「リリア…僕だって出来ることなら、こんなことしたくないよ…だけど…こうでもしなければ、きっとヴィトーは納得しないと思う…僕たち兄弟は、こうするしか他に方法がないんだよ…」

「そんなことないわ…二人が仲直りする為に、血を流す必要なんてない…もっと他の方法を探しましょう…長い時間かけて話し合えば…」

「話し合いで解決するようなら、とっくにしてるよ!…それが出来なかったから、今までこうやって確執が続いてきたんだ…もうお互い限界なんだよ…それに…」

ジュリアンは、静かに目を伏せた。

「それに……?」

「今回は、リリアのことだってある…あいつは、本気でリリアを僕から奪う気なんだ…それだけは、僕のプライドが許せない…絶対に阻止しなければ…」

ジュリアンの手が小さく震えた。

「ジュリアン…」

リリアは、それ以上問いただすことが出来なかった。

もはや、今の二人を止めることは誰にも出来ない…そう確信した。

 

 ソユーズ家でも、すぐにこの話題でもちきりになった。

人々が二人の行く末を心配する中、ジュディとカイルは別の事で悩んでいた。

一度出て行ったカイルが、何事もなかったかのように屋敷に戻ることなど出来ない。

周りは何も言わず、喜んで受け入れてくれたが…いつまでも、このままでいられる訳もなかった。

(一体、この先どうしたらいいんだ…ジュディさまと、こんなことになった私は、いわば罪人だ…奥様や亡くなった旦那様に申し訳がたたない…どうすれば…)

悩んでいるカイルのところへ、リリアがやってきた。

「カイル、どうしたの…戻ってきたことを気にしてるなら心配いらないわ…みんな、カイルが戻ってきてくれて喜んでいるのよ…どんな理由があるにせよ…」

「リリアさま…そうではないのです…わたしは…」

「カイル…?」

リリアは、何かを訴えようとするようなカイルの表情に戸惑った。

「何か、心配事でもあるの…」

「いえ…何でもありません…失礼します…」

カイルは、リリアの前から足早に去っていった。

「カイル……」

 

 リリアのもとを去ったカイルは、廊下でジュディとばったり顔を合わせた。

「ジュディさま…」

「カイル…私、決心したわ…あなたと共に生きる…だから、リオンと別れるわ」

「ジュディさま、それはいけません…そんなことをしたら…」

「解ってるわ…それは、罪だってこと…充分わかってるけど…でも、このままの状態が続くなんて嫌なの…あなただって、ここに居ずらいでしょう…だからリオンに全てを話すわ」

ジュディの決心は固かった。

「ジュディさま…申し訳ございません…あなたにこんなことを決心させるなんて…わたしは執事失格です…」

「自分を責めないで…これは私が決めたことです…あなたに罪はないわ…」

ジュディは、カイルに優しく微笑みかけた。

 

 そして、ジュディはリオンを屋敷近くの森に呼び出した。

一人でやってきたリオンは、何か予感のようなものを感じていた。

だが、それを隠すようにいつものように明るくジュディに挨拶をした。

「やあジュディ…どうしたの…突然、話があるっていうから、驚いたよ…街中、ヴィトーとジュリアンの決闘の話でもちきりだし…話したいことって、もしかしてその事なの」

「いいえ…違うわ、リオン…実はね…」

ジュディは、リオンをまっすぐ見つめた。

「ジュディ……」

ジュディの真剣な表情に、リオンは戸惑った。

「わたし…あなたと…」

「あ…そうだ…今度ダニエルが、婚約することになったんだよ…相手は誰だと思う?」

リオンは、話をはぐらかそうと必死だった。

「お願い聞いて、リオン…わたしね、あなたとの婚約を解消したいの…」

「……」

「本当に…本当に御免なさい…こんなことになってしまって…私の我侭で…」

「急に、そんなこと言われても困るよ…あんな立派な婚約パーティまで開いておいて…それはないんじゃないの…一体、理由は何…詳しく説明してほしいな…」

リオンは、動揺する気持ちを抑えて、静かにそう言った。

「理由は…私のただのワガママ…そう…結婚する意志が無くなったの…あなたと一緒にやっていく自身がなくなったのよ」

「他に誰か好きな人でもできたの…」

リオンは、はぐらかそうとするジュディに強く言い寄った。

「…いいえ…誰も…」

「嘘だ!…君はその人をかばおうとしている…一体、誰なの…」

更にリオンは、ジュディに激しく詰め寄った。

「御免なさい…許して…本当に御免なさい…」

「僕は、ちゃんとした理由を聞くまで…納得しないからね…婚約解消だなんて、そんな簡単に割り切れるものじゃないよ…君も、もう少し大人にならなきゃ…それじゃ…」

リオンは、そう言い放つと背を向けて去っていった。

一人残されたジュディは、その場に泣き崩れた。

 

 シュテインヴァッハ家では、元当主セルゲイが、息子二人の乱心に頭を抱えていた。

「一体、わが息子どもは何を考えているんだ…いい加減、わたしの寿命を縮めるようなことをしないでほしい…まったく、狂ったとしか思えん…あれだけ二人の身を案じて亡くなったノエルが、これじゃ浮かばれないじゃないか…」

セルゲイの怒りは、もっともだった。

ノエルの悲願だった兄弟二人の和解…やっとノエルの前で成就したと思われていたのに…喜んだのも束の間、まさか決闘することになるなんて…。

だが、ヴィトーの意思は相変わらず固く、セルゲイがいくら訴えても、聞き入れようとはしなかった。

「父上…どうか、最後の我侭だと思ってお許しください…これは、わたしのプライドをかけた闘いなのです…長年続いた確執に決着をつける時がきたのです…」

「おまえのプライドとは何なんだ…わたしには、お前がただジュリアンに嫉妬しているようにしか思えんが…」

「どう捉えてくださっても結構です…静かに見守っていてください」

「いいか、ヴィトー…これだけは言っておく…エリザベスも、ノエルも…決してジュリアンが原因で亡くなったのではないんだぞ…」

「……」

セルゲイは、深くため息をつくと、そのまま屋敷を出ていった。

(そんなこと…言われなくても解っている…だが…もう賽は投げられた…もう前に進むしかないんだ…)

ヴィトーは、静かに目を閉じた。

 

 リオンに別れを告げ、傷心のまま戻ってきたジュディは…

カイルの姿を見て、思わず人目もはばからず、その胸に飛び込んだ。

「カイル!…わたし、リオンに別れを告げてきたわ…あなたのことは言い出せなかったけど…でも、彼を深く傷つけた…もう、ここにはいられないわ…」

カイルの胸に深く顔を埋めて泣くジュディを…カイルは優しく抱き締めた。

「ジュディさま…申し訳ない…わたしがこんな立場でなければ…もっと…」

「カイルのせいじゃないわ…これは私が決めたことだもの…自分を責めないで」

「いいえ…わたしは、ずっと自分を偽ってきた…はじめに好きになったのは、私のほうなのです…その心をずっと抑えてきた…あなたの幸せを考えると、どうしても打ち明けられなかった…」

カイルの突然の告白に、ジュディは目を見開いた。

「カイル…あなた…わたしを…」

「ずっと、お慕い申し上げておりました…ソユーズ家の令嬢としてではなく…一人の女性として…」

「カイル……」

二人のシルエットが、沈み行く夕日の中重なり合った…。

 

 やがて時は過ぎ…あれから3日後…決闘の朝がやってきた。

森には霧がうっすらと立ち込めていた…。

「このぐらいの霧なら…問題ないだろう」

ヴィトーは、シュテインヴァッハ家に代々伝わる紋章入りの銃を、厳重に保管してあった戸棚から取り出した。

そして、それを決闘責任者として頼んであった人物に預けた。

その人物は、従兄弟のダニエルだった。

ダニエルは、丁寧に2丁の拳銃を手に取り、問題ないか確認した。

「ヴィトー…もう一度だけ聞く…本当にやるのか…」

「いまさら何を言う…当たり前だ…この後に及んで、やめるなんてことは、あり得ない」

「しかし…今ならまだ間に合うぞ…後で後悔しないためにも…」

「後悔なんてしない…どちらが負けても勝っても…それは、神がお決めになることだ」

ヴィトーは、ダニエルをまっすぐに見据えた。

「わかった…もう何も言うまい…黙って行く末を見守るよ…」

ダニエルは、2丁の拳銃を持って、屋敷から出て行った。

(あの落ち着きぶりは、なんなんだ…まさか、死ぬ気じゃないだろうな…)

ダニエルは、心の中でヴィトーの身を案じた。

 

 決闘の時刻になり、いつもは静かな森に、人々が集まってきた。

そして、当の二人…ヴィトーとジュリアンも現れた。

ヴィトーは、黒い服を…ジュリアンは白い服を着ていた。

(ここまで来たからには、逃げも隠れもしない…ただまっさらな気持ちで、運命を受け入れるだけだ…)

ジュリアンは、目を閉じ…覚悟を決めた。

二人は、静かにお互いを見合った。

(リリア…もし万が一のことがあったら御免…そのときは…どうか僕の亡骸を君の手で、弔ってくれ…)

ジュリアンは、そんな思いで傍で不安そうな表情で見守るリリアを見つめた。

「ジュリアン……」

リリアは、祈るような気持ちで、両手を胸に当てた。

(お願い、神様…どうか私の頼みを聞いてください…二人が、傷ついたりしませんように…両方とも外れますように…)

 

 やがて、ダニエルが二人に銃を渡した。

「これから、決闘責任者のもと、決闘を始めます。それぞれ銃を取り、背中合わせで十歩ずつ歩いてください…わたしが合図をしたら互いに向き合って撃つこと…決して、反則はしないように…それでは、始めます…」

厳粛な張り詰めた空気の中、ヴィトーとダニエルは静かに背中合わせになった。

お互いの心臓の高鳴りが聞こえるほどの近さだ…。

そして、静かに歩き始めた。一歩一歩ゆっくり前へと進んだ。

見物人は固唾を呑んで、二人を見守った。

ほんの何秒のことが、何分にも感じられた。

やがて十歩目…ダニエルは二人に合図を送った。

二人は、振り返りお互いに向けて銃を構えた。

バサバサバサッ……急に、何かが目の前を塞いだ。

バーーン!!森に銃声が響いた…。

リリア一同、皆一瞬何が起きたかわからずにいた…。

「鳥だっ…!」

ダニエルが叫んだ。

そう、白い翼を広げて、一斉に鳥が飛び立ったのだ。

鳥達は、空高く舞い上がっていった。あとには、ただ白い羽だけが残った…。

「ノエル……」

白い鳥を見送りながら、ジュリアンが呟いた。

二人の放った銃弾は、お互いを外していた。
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