馬車は、草原や森林を抜けたあと、ようやくソユーズの屋敷の前に到着した。

目の前に広がる広大な屋敷を見上げて、リリアは言いようのない不安にかられた…。

「ここが、ソユーズの屋敷…」

立ち尽くすリリアに、カイルが後ろから声をかけた。

「さあ、お嬢様 参りましょう!」

 

 重いドアが開いた次の瞬間…あまりのまぶしさに目が眩んだ。

それはシャンデリアの光だった。今まで、リリアが見たことのない景色がそこには広がっていた…。

「すごいっ…なにこの豪華さ」

 そしてリリアに向かって、使用人たちが一斉に深々と頭を下げて、挨拶をした。

「おかえりなさいませ お嬢様」

「は…はぁ…」

リリアは、あまりの驚きに目を丸くした。

今まで自分が味わったことのない世界がそこにはあった。

 

 すると、一人の若い女性が一歩前に出て、こう言った。

「初めまして、リリア様 私はリリア様付きのメイドで、ナディアと申します。

これから、どうぞ宜しくお願いします」

「よっ…よろしくね ナディア」

その女性の明るく屈託のない笑顔に、少し心が和んだリリアは右手を差し出した。

「まあ、お嬢様 勿体のうございます!私のような使用人にそのような」

「だって、これから私の身の回りの世話をしてくれるんでしょ?だったら、握手くらいしなきゃ」

リリアの態度に、他の使用人たちは少し驚いた様子だった。

今まで、ソユーズの一族の中で自ら使用人に対して、そういった態度で接する者がいなかったのである。

 リリアが、ナディアと握手しているのを見て、一人の着飾った女性がツカツカとやってきた。

「おやめなさい、リリア あなたは、使用人とは違うのですよ!

あなたは、このソユーズの跡継ぎでもあるのですから、もう少しこれからは自分の立場を理解した行動をとってほしいものだわ」

その喧々とした物言いに、少しムッとしつつも、リリアは誰なのかわからないので、反論の仕様がなかった。

「あの〜あなたは?」

「わたくし?わたくしは、あなたの叔母のベアトリスですよ

あなたが生まれたとき、最初に抱き上げたのは私なのよ 憶えてないでしょうけど」

勿論、憶えているわけがない。この急に現れた強烈な人物にリリアは呆気にとられた。

 

 その光景をみて、ため息をついたカイルが中に割って入った。

「今日は、お嬢様もお疲れでしょうから、お話はそのくらいにして、2階に上がりましょう」

「あら、話が尽きないのは当然だわ 何しろ、この日を待ちに待ってたんですもの

私も、妹のローズ・マリーもね」

「ローズ・マリー?」

リリアは、初めて聞く名前に思わず反応した。

「あなたの本当のお母様よ リリア」

 リリアの実の母親であるローズ・マリーは、昔から身体が弱く、現在は殆ど寝たきりの状態だという。その話を叔母から聞いて、リリアは、早く実の母親に逢いたくてしょうがなくなった…。

「ねえ、叔母様 これからすぐ逢えないかしら… 私、早くお母様に挨拶がしたいんですけど」

「しかし、お嬢様…今日は」

カイルの制止も振り切って、リリアはベアトリスと一緒に、ローズ・マリーの寝室に向かって歩いていった。

 

 ローズ・マリーの寝室は、日当たりの良い、南側にあった…。

窓からは、一面に咲いた薔薇の庭園が見える。

「ローズ、リリアが戻ってきたわよ!あなたの娘のリリアよ」

ベアトリスの突然の声に、驚いたようにベッドから起き上がったローズ・マリーは目の前にいるリリアをじっと見つめた…。

「リリア…本当にリリアなの?」

その瞳には光るものがあった…。

「お母様…」

リリアは、混乱した…正直、本人を目の前にしてもピンと来なかったのである。

(この綺麗な人が、私のお母さん…なんだか信じられない)

立ち止まったまま動かない娘を見て、ローズ・マリーは傍に来るように促した。

ローズ・マリーの方へ歩いていったリリアは、今まで嗅いだことのない甘い香りに、しばらくの間、夢を見ているような錯覚にとらわれた。

「リリアっ…ずっと逢いたかった 何度、夢に見たことか… もう二度と離さないわっ」

リリアを抱きしめながら、ローズ・マリーはつぶやいた。

 

 その2人の光景を、扉の向こうからじっと見ているものがいた。

「ジュディ様っ…いらしてたんですか」

カイルは、驚いたように、振り返った。

「カイル…この方、どなた?」

その娘は、冷たい視線で、リリアをみつめた。

「この方は、あなたの姉上のリリア様ですよ、ジュディ様」

「…そう、姉上なの」

ジュディのその冷めた態度に、リリアは困惑した…。

明らかに、自分をよく思っていないということが見てとれた。

「ジュディ…何度も話したと思うけど、リリアはね」

ローズ・マリーの言葉を遮るように、ジュディはこう言った。

「知ってるわ、使用人に誘拐されて貧民街で育ったんでしょ?」

「えっ…」

その言葉は、侮辱ともとれる言葉だった。

「お母様、私こんな方をとても姉上だと呼ぶこと出来ませんわ」

ジュディのあまりの態度に、リリアはフルフルと震えた…。

それを見てとったカイルは思わずこう叫んだ。

「ジュディ様っ!いい加減に…」

「もうおやめなさい…ジュディもジュディですよ

せっかくリリアが16年ぶりに戻ってきたというのに、いくら動揺してるからって、大人げないわよ 今日は、このくらいにして、私たちは退散しましょ」

ベアトリスから促されて、ジュディは黙って部屋を出ていった…。

後に残ったリリアに、ローズ・マリーはこうフォローするように言った。

「リリア…ジュディのこと悪く思わないでね…あの子は、少しワガママに私が育ててしまったの…本当に根はいい子なのよ」

「大丈夫ですっ…私、気にしてませんから それじゃ、私もこれで失礼します…

また明日、お母様」

リリアは、心配そうにしているローズ・マリーに笑顔でこう答え、部屋を出ていった。

 

 正直、期待していたわけではなかった…。

カイルから、馬車で来る途中、自分のことをよく思っていない者がいるということを聞いてもいた…。

が、しかし…実際、こう目の前で馬鹿にした態度をあからさまにとられると、凹まないわけがない。

(これから、私やっていけるのかしら…なんだか、前途多難だなぁ)

リリアは、自分にそぐわないキングサイズの豪華なベッドの上で、そう考えにふけった。

 

 一方、ジュディは別の部屋で、先ほどの態度について、叔母のベアトリスからお説教を受けていた。

「確かにね、リリアは教育もろくにされてないし、いたらない点は多々ありますよ…

でも、あくまでソユーズ家の長女ですからね 口をつつしまないと、性格を疑われますよ

ちょっと、聞いてるの?ジュディ」

「は〜い、聞いてますわ、叔母さま」

「ったく、あなたときたらもう…」

ベアトリスは、ジュディが言っても聞かない性格であることは、当に解っていた。

「誰に似たんだか…」

ため息をつきながら、ベアトリスは立ち上がり、帰る仕度をはじめた。

そして、ふと思い出したかのように振り返って、

「あ、そうだ…今日はあなたに縁談の話をしようと思ってたのよ!

もう、すっかり忘れてたわっ」

いそいそと一枚の紙を取り出し、ジュディに見せた。

「何ですの?これ…」

ベアトリスは、その紙を指差し、こう言った。

「この用紙に、あなたのお婿候補のことが、書いてあります!

あなたも、もうそろそろお年頃でしょう…だから、選りすぐりの男性を選んできたのよ」

「叔母さま、今回は、私好みの男性はいらっしゃるのかしら…

前回は、まったくつまらなかったわ 変な男ばかりで」

意外とジュディは、そういった話に興味深々なのである。

「勿論よっ…もうあなたったら、本当に面食いだから困ってしまうわ〜

今回は、名門シュテインヴァッハ家の3兄弟もリサーチ済みです」

自慢げにベアトリスは、言い放った。

「あのシュテインヴァッハ?すごいわっ叔母さま!シュテインヴァッハ家の3兄弟と言ったら、社交界では知らない者はいないくらい有名よ」

さっきまでの冷めた態度とは大違いである…。

ジュディの瞳は乙女のように光り輝いていた。

その態度の変化にいささか呆れつつも、ベアトリスは話をどんどん進めていった。

ソユーズ家の次女、ジュディは…お嬢様特有のプライドの高さを誇ってはいるが、意外とそういった下世話な話が大好きなのであった…。


                                                Novelsへ
                                                                                                NEXT→

その瞳に映りし者

 

 〜第2話 ソユーズ家の人々〜