その瞳に映りし者

〜第17話 衝撃〜

 

クリスマスそして婚約パーティの日がやってきた…。

その日は、朝から雪が降っていたが、夜になるとすでにやんでおり…

深々とした静けさだけが辺りを包んでいた。

日が暮れた頃、招待された人々は次々とソユーズ家に集まりはじめた…。

婚約パーティに呼ばれたのは、次の面々…

リオンのご両親、(リオンは一人っ子なので兄弟はいない)

ベアトリスとその夫ヘラルド、そして娘のクラウディア…

リオンの親友ダニエル、ジュディの友達オリヴィアとサラ…

そしてシュテインヴァッハ家からは代表としてジュリアンだった。

当初は、もっと大勢の人を呼ぶつもりだったが、時期も時期なので、本当に親族と親しい者たちだけの集まりとなった。

はじめにやってきたのはベアトリスの家族だった。

「ご婚約おめでとう、リオンにジュディ…」

ベアトリスの夫ヘラルドは、初々しい二人と挨拶を交わした。

娘のクラウディアもまた笑顔で、二人に祝福の言葉を贈った。

「婚約おめでとう、ジュディ!本当に心から嬉しいわ…リオン、ジュディをお願いね…

必ず幸せにしてね」

その言葉にリオンは深く頷いて応えた。

ジュディもまた親しくしていたクラウディアの言葉に満足げな笑顔をみせた。

次に現れたのがオリヴィアとサラ、そしてそれに同行するかのようにダニエルがやってきた。

もしかしたら、ダニエルは今だにサラと仲良くしてるのかもしれない。

「おめでとう、リオン…おめでとうジュディ嬢…本当に今晩は、聖夜で誰もが幸せになれそうな夜だよ…不幸な僕にも幸せを是非分けてほしいな」

ダニエルだけは、相変わらずである…。

そして、最後に遅れてジュリアンが現れた。

なかなか来ないので、気をもんでいたリリアも、その姿を見て安堵した。

「遅れて御免なさい…ご婚約おめでとうございます!本当に突然のことで驚いたよ

 でもすごくお似合いだし、二人は絶対幸せになれるよ…今晩は本当におめでとう」

ジュリアンは、並んで迎え入れた二人を交互に見ながら、そう祝福の言葉を述べた。

そして、二人の後ろでソワソワしているリリアの姿を見て、すぐに手を振った。

リリアも笑顔で、ジュリアンとの久々の再会を心から喜んだ。

 

 すべての人々が集まったところで、沢山の料理が運ばれてきた。

そして、リオンとジュディの軽い挨拶があり…

人々は、次々に乾杯をしたあと、会話や食事を楽しんだ。

親しい人たちだけの集まりということもあり、ほのぼのとしたパーティだった。

しかし、そんな賑やかなパーティの中で、ひとり沈んだ顔の男がいた。

それは、ソユーズ家の執事カイルだった…。

そのことに気付き心配したリリアは、彼に声をかけた。

「ねえ、どうしたのカイル…今日は元気がないわね…ううん、今日だけじゃなく最近はずっと沈んでいたわ…何かあったの」

「いいえ、別に何もありませんよ…どうぞ私のことは気にせず…今晩のこの楽しいパーティを存分に楽しんでください」

カイルは無理に笑顔を浮かべて、リリアに返事をした。

「カイル…あなた…」

リリアは、ふと心にあることを思い浮かべたが、すぐにそれを打ち消そうとした。

(そんなはずないわよね…まさかカイルがジュディのことをだなんて…)

「リリア、こんなところにいたの…少し外に出ないかい」

二人が会話しているところへ、ジュリアンがやってきてそう言った。

リリアも頷いて、ジュリアンと手をつないで出て行った。

「……」

そんな幸せそうな二人を見ながら、カイルは小さくため息をついた。

今のカイルにとって、リリアとジュリアンは真っ直ぐで眩しすぎる存在だった。

(自分には、あんな未来は想像すら出来ないし…考えてもいけないのだ)

そう思いながら、静かに自分の仕事へと戻っていった。

 

 冷たい空気が心地よかった。

二人はバルコニーに出て、空に浮かぶ月を眺めた…。

今晩は空気が澄んでいるため、いつもより更にハッキリと美しくみえた。

「なんて美しいの…吸い込まれそうな荘厳な美しさだわ…」

リリアは夢見るようにそう呟いた。

そんなリリアを見ながらジュリアンは、こう言った。

「僕は、今晩のリリアの方が月の女神ダイアナより美しいと思うよ…」

「え…やだ、からかってるの…そんな言葉、ダニエルじゃないんだから、恥ずかしいわ」

「僕はダニエルとは違うよ…本当に思ってることしか言わない…」

「ジュリアン…」

 

 リリアとジュリアンがバルコニーに出ていった後…

ジュリアンを探している一人の女性がいた。それはクラウディアだった。

「ねえ、ジュリアンを見かけなかった?さっきから姿が見えないんだけど…」

クラウディアはジュディにそう訪ねた。

「ジュリアンだったら、さっきリリアとバルコニーに向かったけど…」

隣にいたリオンがすかさずそう言った。

「リリアと…どうして…」

二人のことを知らないクラウディアは、不思議そうな顔をした。

それを見て慌ててジュディがこう言った。

「あ、あのね…クラウディア…今は行かない方がいいんじゃないかしら…すぐに戻ってくると思うし…ね、そうしましょ」

「私、探してくるわ…それじゃ」

クラウディアは、ジュディが制止するのも聞かず、ジュリアンを探しに行ってしまった。

「どうしよう…」

ジュディは、呆然とした。

 

 しばらくの沈黙のあと、ジュリアンは上着のポケットから、何かを取り出した。

それは、小さな箱だった…。

赤いリボンのかかったその箱を、リリアへと差出した。

「開けてみて…」

「え…これ私に?嬉しい…何かしら」

突然のジュリアンからのプレゼントに、リリアの心は舞い上がった。

そしてリボンをほどいて、箱を開けると…

そこには、キラキラ光る小さなペンダントが入っていた。

「きれい…」

リリアは嬉しさのあまり、目を輝かせた。

「プレゼントには何が一番いいかなって、ずっと考えてたんだけど…宝石店で、これが目について…きっと似合うだろうなって思ったんだ」

ジュリアンは、ペンダントを手にとって、リリアの後ろにまわり…

ペンダントをリリアの首に付けてあげた。

「ありがとう、ジュリアン…すっごく嬉しい!最高のプレゼントよ」

リリアは、嬉しさのあまりジュリアンに飛びついた。

「あ…御免なさい!私ったら、つい興奮して…」

リリアは、ジュリアンから離れようとした。

それを止めるかのように、ジュリアンは再びリリアを自分の方へ引き寄せた。

「リリア…僕はね、リリアに救われてるんだ…君と出逢ってからの僕は、以前とは違ってしまった…君が、人を大切にする気持ちを思い出させてくれたんだ…本当に感謝している…もし君に出逢っていなかったら、僕は今頃どうなっていたか…それを考えると、本当に奇跡としか言いようがない…君と出逢えたことを神様に感謝しているんだよ」

「ジュリアン…」

ジュリアンは、ゆっくりとリリアに顔を近付けた…。

そして、二人の唇が重なった…。

 

そんな二人を、クラウディアは静かに見ていた。

彼女にとっては、その光景は屈辱以外の何ものでもなかった。

ジュリアンは、自分の気持ちを知っているはず…母親から話を聞いているはずなのに…

自分の知らない間にこんなことになっていたとは…

悔しさで身体が震えた…。

心の奥から、例えようのない怒りが込み上げてきた…。

クラウディアは、ドレスを翻し、その場から立ち去った。

そして、人々が集まっている部屋まで戻ってきて、メイドのナディアににコートを持ってくるように促した。

それを見たベアトリスが、慌てて声をかけた。

「一体どうしたというの、クラウディア」

「お母様…わたくし、帰らせて頂きますわ…もうここには、いたくないんです」

「何があったの…今晩は、ジュディの婚約パーティなのよ…お願いだから、もう少しいてちょうだい」

「いいえ…こんな屈辱もうこれ以上耐えられませんわ!お二人には申し訳ないけど、帰らせてもらいます」

クラウディアは、急いでコートを羽織ると玄関から外へと出ていった。

「クラウディア!」

これはただ事ではないと思ったベアトリスは、慌ててその姿を追った。

そんな騒ぎをみて、他の人々も何があったのかと集まってきた。

「どうしたの…何故クラウディアは出て行ったの」

心配そうにジュディは、訪ねた。

「わかりません…急にご立腹になられて…」

ナディアも、どうしていいかわからずオロオロしていた。

「僕が、ジュリアンとリリアがバルコニーにいると言ったからかな…」

リオンは、ふとそうつぶやいた…。

「まさか、そんな…」

ジュディは、嫌な予感が的中してしまったと思った。

きっと、クラウディアは見てしまったのだ。

プライドの高いクラウディアが、二人の関係を知って、黙ってるわけがない。

何事も起こらなければよいけれどと、心配でたまらなくなった。

 

 凍えるような冬空の中、やっとクラウディアに追いついたベアトリスは、息を切らせながら再びこう訪ねた。

「あなた、一体何に対して、そんなに怒っているの…」

「お母様…知っていたんでしょう…あの二人の仲を…」

「え…あの二人って?」

「ジュリアンとリリアのことですわ…知っていて、黙ってたんでしょう」

「ジュリアンとリリアですって?!…」

ベアトリスは、クラウディアの怒りをやっと納得した。

自分の知らないところで、いつの間にか二人がそんなことに…。

きっと娘はジュリアンの裏切りが許せなかったのだ…。

「なんてことでしょう…」

ベアトリスは、娘の心情を思うと、心が締付けられる思いがした。

 

 途中でベアトリスとクラウディアが帰ってしまうというハプニングがあったものの、

なんとか無事に終了した婚約パーティ…

パーティの後片付けも済んで、再びソユーズ家は静けさを取り戻した。

そんな中、片付いたリビングで、カイルはひとり佇んでいた。

さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返り、ひんやりとした空気が漂っていた。

「驚いたでしょう…無理もないわね」

急に、後ろからジュディの声がした。

「ええ…」

カイルは振り返らずに、そう応えた。

「何故、こんなに急に婚約を決めたのかって聞かないのね…」

「聞いてどうするのですか…ジュディさまがお決めになったことです…今晩の婚約パーティでのお二人の姿…とてもお似合いでした…それが全ての答えだと思っています」

「祝福してくれるの…私たちを…」

「当然です…主人の幸せを願わないわけがありません…リオンさまは、とても素晴らしいお方です…あなたにふさわしい家柄の…そう、立派な家柄のご子息です…」

「でも、私…彼を愛してないわ…これって罪なこと?愛してない人のもとに嫁ぐことが理解できないって、リリアは言ってたわ…あなたもそう思うの」

「なぜ、そんなことを私に聞くのです…リオンさまを愛していないだなんて…」

「わたし、他に好きな人がいたの…」

ジュディは、思いがけずカイルにそう告白した……。
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