その瞳に映りし者

〜第18話 和解〜


 突然のジュディの言葉に、しばらくカイルは呆然とした…。

彼女は、一体自分に何を告白しようとしているのだろう…

婚約パーティまで開いた今になって、一体…

「ずっと…片思いだったわ…」

ジュディは、ため息をついた後、そう話しはじめた。

「彼の眼中に私はいなかったの…あるのは、リリアのほうだった…」

「リリアさま…?」

カイルは、一瞬ジュリアンのことを言っているのかと思ったが、すぐにそれは打ち消された。

「あの日、リリアの様子がおかしくて…すぐにヴィトーさまとの間に何かあったと直感したわ…そして、私はすぐにシュテインヴァッハ家を訪れた」

ジュディは、瞳を閉じてあの日のことを思い出しながら話した。

「彼は…ヴィトーさまは、寡黙な人だけれど…その話しの節々に、リリアへの思いが見てとれた…私に勝ち目はないと実感したわ…」

「ヴィトーさま…って」

カイルにとって、それは意外だった…。

まさか、ジュディが好きな男性がヴィトーだったとは…。

「でもね…彼に思いきって告白してスッキリしたのよ…全ての謎が解けた感じがして…だから、リオンにプロポーズされた時、決意できたの」

ジュディは、笑顔でカイルにそう言った。

「……」

カイルは、何も言い返せなかった…。

ジュディに、何を言えばいいというのだろう。

どのみち、執事の立場では、何の発言権もない…。

自分に出来ることは、ただ主の幸せを祝福するだけだった…。

「ジュディさま…リオンさまという素晴らしいお方と巡りあえて、本当によかった…わたしは、心からジュディさまの幸せを願っております…どうか、これからもリオンさまと二人三脚で、ご自分の人生を歩んでいってくださいませ」

カイルは、ジュディに深々と頭を下げて、その場をあとにした…。

「カイル……」

一人残されたジュディは、窓の外へ目をやった。

白い雪が一面大地を覆い、あたりは静けさに包まれていた。

そんな中、ふと考えた…。

(なぜ、カイルにこんなことを打ち明けたのだろうか…自分でも解らない…)

ジュディの心が揺れた…決意したはずの心が、なぜかざわめいた…。

 

 一方、リリアとジュリアンの関係を知ってしまったクラウディアは…

自分の屋敷に戻って、倒れてしまった…。

娘を心配したベアトリスは、この状況をなんとか打破しなくてはと思案した。

「娘がこんなに苦しんでいるというのに、リリアは一体どういうつもりなの…あれだけ私は釘を刺したはずよ…なのに、全然それを無視して、ジュリアンと黙って付き合うだなんて…信じられないわ」

クラウディアは、食事を受付けなくなっていた…。

「お願い、クラウディア…少しでもいいから何か食べてちょうだい…でないと、身体に毒よ」

「お母様…わたくし、もうこのまま死んでしまってもいいのです…だって、何の価値もない女ですもの」

「まあ、何を言うの!死ぬだなんて…そんなことを口にするものではありませんよ」

ベアトリスは、娘に強く訴えた。

「だって…ジュリアンさまはリリアと…わたくしは、彼女に負けたのよ…こんなに好きでも思いは伝わらず、選ばれなかった…最低だわ」

顔を覆って、そうつぶやく娘を見て、ベアトリスは再び怒りに震えた…。

「大丈夫よ…可愛いクラウディア…私が、絶対このままにはさせませんから…」

ベアトリスは、娘可愛さに意を決して、再びソユーズ家へと向かった。

 

 婚約パーティが済んで、普段通りに戻ったソユーズ家では…

ベアトリスの訪問を受けて、何か起きることが予見された。

「リリア…あなたと二人で話しがしたいの…別室へいいかしら」

冷たくそう言われ、リリアは不安にさいなまれた。

「わかりました…すぐ行きます」

ベアトリスとリリアは、別室にこもったまま、暫く出てこなかった。

カイルもナディアも…そしてジュディも二人の動向を心配した…。

先日の件で、リリアとジュリアンの関係が知るところとなり、ベアトリスが良く思うはずがないことは誰にとっても明白だったからだ。

「リリアさま、大丈夫でしょうか…」

ナディアがふと不安を漏らした。

「今は、見守るしかないよ、ナディア…使用人の私たちでは、どうすることも出来ないのだから…」

カイルは、まるで自分に言い聞かせるようにそう言った。

 

 「ねえ、リリア…わたくしは以前、あなたとジュディにこう言ったわね…今後いっさいシュテインヴァッハ家のご子息とは、関わるなと…憶えているかしら」

「はい、叔母さま…憶えていますわ」

「だったら、どうしてこんなことになったの?あなたとジュリアンのお陰で、うちの娘が倒れたのよ」

「え…?!クラウディアが…」

リリアは、その事実を知って絶句した。

「あの子は、とっても繊細なの…だから、あれ以来物も食べられなくなって…このままだったら、本当に生命が危ぶまれるわ…どうしてくれるのよ…」

「……」

ベアトリスの訴えに、リリアは何も言い返せなかった。

まさか、自分たちのせいで、こんなに傷つく人がいようとは…。

「黙ってないで、なんとかおっしゃいな…あなたは、私の申し出を了解したはずなのに、それを無視して自分の恋情に走ったのよ…自分さえ良ければそれでいいって考えなのね」

「いいえ…いいえ、私はそんなつもりは…」

リリアの目から涙が溢れてきた…。

さらに追い討ちをかけるように、ベアトリスの声が響いた。

「わたくしは、あなたがそんなことを平気でするような娘だと思っていませんでしたよ…本当に、失望したわ…もっと、素直で優しい子とばかり思って、目をかけてあげてたのに…こんなことをするなんて…」

そして、ベアトリスは、こうつけ加えた。

「やっぱり、育ちが悪かったからかしら…どんなに名門ソユーズ家の生まれでも、育てられ方が悪いんじゃ、こうもなるわよね」

その言葉は、リリアを深く傷つけた…一番、言ってはならない言葉だった…。

信頼していた叔母から、こんなことを言われようとは…。

「叔母さま…その言葉は、酷すぎます!わたしの育ての両親は、私を時には厳しく、時には優しく深く愛情をもって育ててくれました…私は、ちゃんと教育も受けてます…いくら叔母さまでも、それを否定するようなことを言う権利はありません」

「な…なんですって?!よくもまあ…」

ベアトリスは、リリアの発言に更に怒りをあらわにした…。

「育ちが悪いのは、事実でしょう!あなたの育ての親は、あなたを奪っていった、いわば泥棒よ…それと同じことをあなたは今しようとしているのよ…それが解らないなんて、本当にどうしようもないわね」

「叔母さま…」

ベアトリスの強い反撃に、成す術を失ったリリアは、その場に倒れこんだ。

そのとき、ドアをノックする音がして、ジュディが入ってきた。

「ジュディ…まだ話し中なんだけど、何か用かしら」

ベアトリスは、ジュディを見て冷たくそう言った。

ジュディは、床に倒れこんで震えているリリアの姿を見て、絶句した。

よほどのことがない限り、心根の強いリリアがこうはならない…

きっと叔母に何か酷いことを言われたのだろうと思った。

「叔母さま…一体どうしたというのです…突然、うちにやってきて、リリアと二人で話しがしたいといって、この有り様…姉が何かしたのでしょうか」

「何かしたですって…?ジュディ…あなたからも言ってやってちょうだい…あんなに私が訴えたというのに、リリアはジュリアンと恋仲になったのよ…お陰で、娘のクラウディアは倒れてしまって…死んでもいいなんて言い出すの…あなただったら、こんな泥棒ネコみたいなことしないでしょう?」

「リリアが、泥棒だとおっしゃりたいの…それは、お門違いですわ、叔母さま」

「え…?」

「リリアは、自分の思いを貫いただけです…ただ、自分に正直なだけですわ…それに、別にクラウディアとジュリアンが以前から恋人同士だったわけでもないですし…」

「ジュディ…あなたまでそんな…」

ベアトリスは、ジュディの言葉に驚いた。

ジュディは、どちらかというとクラウディアびいきで、決してリリアを良く思っていなかったので、これはまさかの発言だった…。

「叔母さまが、クラウディアの幸せを願う気持ちは、私にもよく解ります…でも、だからといって、リリアをここまで否定することはないと思いますわ…リリアは、ソユーズ家の長女です…彼女の決めたことを駄目だという権限は私にはありません」

凛とした佇まいで、ベアトリスに向かって論じるジュディを見て、驚いたのはベアトリスだけではなかった。

リリアもまたジュディの変貌ぶりに驚きを隠せなかった。

あれほど、自分を否定してきた妹が、自分をかばっている…。

リリアにとって、それはとても意外なことだった。

「叔母さま…今日のところは、これでお帰り頂けますか…姉もこんなに弱っておりますので…私からお願いしますわ」

ベアトリスは、ジュディに促されて、納得はしていないようだったが、渋々屋敷をあとにした…。

 

 ベアトリスが帰って、部屋にはリリアとジュディだけが残された。

「ジュディ…さっきは、ありがとう…あなたのお陰で、少し気持ちが落ち着いたわ」

「私、何かしたかしら…別にリリアをかばって言ったわけじゃないわ…誤解しないで…あまりに、叔母さまの言葉が理不尽だったから、言っただけよ」

ジュディの相変わらずの態度に、リリアは笑みを浮かべた。

ジュディは、間違いなく変わった…何が彼女を変えたのか解らなかったが、それは良い兆しだと思った。

「ジュディ…あなた、変わったわ…きっと、大切な人が出来たからなのね…とてもいいことだわ…本当にリオンと巡りあえてよかったわね」

「私が好きなのは、リオンじゃないわ…ヴィトーさまよ」

突然のジュディの告白に、リリアは暫く言葉が出なかった。

「え……」

「私、ずっとヴィトーさまを慕っていたの…だから、思いきってヴィトーさまに告白したのよ…でもね、全然駄目だった…ヴィトーさまはね、あなたを好きなのよ…私の入る隙間なんて何処にもなかったわ…だから、少しあなたを恨みもした…だけど、これが運命なんだなって思い始めたの…」

「ジュディ……」

「だからこそ、こんな私に2度もプロポーズしてくれたリオンを選んだのよ…私のことを、これほど思ってくれる人がいる…そのことが私を救ってくれたから…リリア、あなたもジュリアンさまと出逢って救われたでしょう…私から冷たく罵られて、きっと色々傷ついてたと思うわ…ジュリアンさまの存在が、あなたを強くした…今になってそう思うから…だから」

「ジュディ…あなたったら」

リリアは、思わずジュディを強く抱き締めた。

「本当に、今日はありがとう!やっとあなたと心が通じ合えたわ…ずっとずっとこの時を信じて、待っていたのよ」

「リリア…」

「私は、今凄く嬉しいの…私たち姉妹は色々なことがあって、本当に打ち溶け合えることがなかった…だけど、やっとこうしてお互いの思いのたけを話せる時がきた…これって、とても素晴らしいことじゃなくって」

「わ…わたしは…」

「何も言わなくていい…あなただって、充分傷ついてきたわ…もう解ってるから」

「御免なさい!お姉さま…」

ジュディが初めてリリアの事を姉と認めた瞬間だった…。

二人は、暫くの間その場で抱き合った。

長い年月をかけて、やっと氷が解け始めた…。

ソユーズ家にも、春はもうすぐそこまできていた…。
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